2018年2月20日

現代俳句の場  金子兜太


2007年刊 この本から抽出しました

 平成3年の冬季号か平成7年秋季号までの5年間、俳句欄の選を担当した。担当していて端的におもっだことは、俳句に関しては、この本(『抒情文藝』)は、ユニークな場所を提供している、ということだった。

 「俳壇」とは何ぞや、となると、かくかくのものといいきること昔と違って難しくなっ
た。結社、同人、総合俳句誌、それに新聞雑誌の俳句欄を加えなければなるまい。さらに、ここ十数年、自治体、企業の企画する俳句関係のイベントが増加し、少年少女の俳句への関心を剌激している。「新俳句」といわれるものがその企画のなかで多産されている。これらを「俳壇」内の動向と見るか、外の動向と見るか、難しいのである。

 それにしても、結社誌の過半と俳句総合誌は、内容の上でも雰囲気でも、よく似、季定型」を、程度の差はあっても信奉している。高浜虚子が、大正初期に、河東碧梧桐の「新傾向」俳句と、そこから生まれてきた「自由律」俳句に対決して、「有季定型」のスローガンを掲げた。

そのときからこの四文字が俳句界に広く信奉されるようになったのだが、それ故に、大正期以降伝承されてきた俳句観であって、伝統とはいえない。世の中には俳句史を知らないで、「有季定型」に基づく俳句を伝統俳句などと呼ぶが、これは正確ではない。正確には「伝承俳句」というべきものなのである。

金子兜太YouTube動画 14/10/20 秩父俳句道場

 2014.10.20 秩父俳句道場の動画です。


道場で兜太先生と、宇多先生がそれぞれ戦争体験を語りました。
聞き応えがありますよー。もう一度聞いてみたい方のために・・・・。 






句集「出雲驛站」董 振華(とう しんか)



著者紹介

中国山西省生まれ。北京人。北京第二外国語大学アジア、アフリカ語学部 日本語科卒業後、中日友好協会に就職。
平成八年から、金子兜太について俳句を学び始める。現在中日詩歌比較研究会会員。北京良寛研究会会員。「海程」同人。句集に「揺籃」「年軽的足跡」<青春の歩み>がある。

序に代えて    金子 兜太 

董振華の句集はこれで三冊目で、第一句集は日本の大学に留学中、第二句句集は留学が終わって帰国後、間もない時期のものだった。

今度の第三句句集は、そうした日本での学生生活の日常を土台としたものと違って、国際交流員として島根県に在住し、県や県内の自治体、商工団体企業が中国との経済交流をすすめてゆくための、さまざまな支援活動を一年間つづけた。その生活から産まれたもの。いわば多忙な実務活動を土台とした所産なのである。


 したがつて県庁所在地の松江に居住し県内各地、さらに故郷の中国各地に出向いている。作品はその土地土地の風物を題材として取れ入れ、そこで感応し思惟したことを書き込んでゆく。若い感性は活気とともに多感。旅愁にとらわれることも多く、それらを逆らわず表現している。

 董振華との付き合いは長いが、この青年が驚くほど早い時期に、日本語で俳句を書ようになり、その語感が美しく、内容の豊かなことに感心してきた。天性の詩才に恵まれてる証拠とも思うが、日本人のかなりの人に見受けられる修辞を必要以上に凝らして書く俳句よりはるかに平明で、魅力を覚える。中国人でなければ書けない俳句の新鮮さがある、
といってもよい。私の好きな句のいくつかを記しておく。

  春津和野近づけば鯉遠ざかり

  春耕や郷思細細と来れり

  春宍道湖観音の顔を真似ており

  風の谷夏きわまりて日の暮るる

  夏の旅重ねて黙りがちのわれ

  睡眠薬の彼方に居たり蛍たち

  秋灯一つ二つ消えゆく月照寺

  地平線より立冬の光澄みきる

  冬月のぼり血圧のぼる孤独かな

  嘘をつく弱さと雪と融けにけり

2018年2月19日

兜太句を味わう「おおかみが蚕飼の村を歩いていた 」

 

金子兜太と言えば一連の「オオカミ」の句がある

故郷の秩父三峯神社は狼が守護神、狛犬の代わりに神社各所に狼の像が鎮座
している。
江戸時代には、秩父の山中に棲息する狼を、猪などから農作物を守る眷族・
神使とし「お犬さま」として崇めるようになったそうです。
小倉美惠子著「オオカミの護符」にも書かれています。金子先生は「生きもの
同士の共感、」相手の生きものに「原郷」というものを感じていた。その原郷は
アニミズムの世界であると述べています。

 狼をりゆう神と呼びしわが祖
 
 暁闇を猪(しし)やおおかみが通る

 おおかみが蚕飼(こがい)の村を歩いていた

 おおかみに目合(まぐわい)の家の人声ひとごえ

 おおかみに蛍が一つ付いていた

 狼生く無時間を生きて咆哮

 山鳴りに唸りを合わせ狼生く

 山鳴りときに狼そのものであった

 狼や緑泥片岩に亡骸 (なきがら)

 山陰に狼の群れ明くある 
 (やまかげに おおかみのむれ あかくある)

 狼の往き来檀の木のあたり

 狼墜つ落下速度は測り知れず

 狼に転がり墜ちた岩の音

 狼を龍神と呼ぶ山河かな 





金子兜太アルバム 

戦争体験が基となり反戦意識を深め復員後、日銀労働組合の専従となるがレッドパージで退かされ、その後俳句に専念。1962年、同人誌「海程」創刊、後主宰となる。現在98歳になり、戦争体験を伝えることを念頭に活動中の金子兜太です。

句集『天田や屋文ェ門』中村ヨシオ

東京四季出版 2600+税

 序に代えて   金子兜太
 
 寝室は十燭石蕗はいま五燭

 「寝室は十燭」と明るさが数字で示されることへの珍しさが新鮮に通じている。一面、くどいという思いもあるが……。「石蕗は……五燭」という感じ方は新鮮さの方が強い。こんなところにこの句は、単なる景色というよりも感じ方の独特さがあり、独特さのもつ新鮮さがある。

 最初この句を読んだときは、「十燭」を十個の燭と感じた。いまふと十燭光ではと思ったのだが、これが曖昧のよろしさで、十個の燭のある感じ、十燭光の明るさの感じの両方で読んで置いて、「寝室は十燭」、「石蕗は……」はその半分という感じの面白み、新鮮さがある。曖昧ではあるがなんとも言えない魅力。その魅力の焦点は、寝室には十個の灯の光があり、石蕗は五つの花が咲いている感じでもいいが……。その対照の面白さに新鮮味を覚え、そういう風景の受け取り方に感銘を覚えるのだ。

 この句には、物の見方の面白さもあるが、書き方の面白さもある。そして書き方の面白さによって結構いろんなことが喚起され、その風景から離れた情景が出てきたり、感銘が出てきたりということがある。そんな例としてもこの句はある。例えば、この句から洋風の建物が浮かぶ、その洋風の建物と石蕗との対照の気の利かせ方がある、そしてそこに住む標準の人の生活が見えてくる……。現代生活の書き取り方の巧みさみたいなものがこの句にはある。その意味での新しさかおる。

2018年2月18日

句集『情の帆 こころのほ』篠田悦子(しのだ えつこ)


著者略歴 
篠田悦子 しのだえつこ
昭和五年十月、山梨県生まれ。昭和六十三年、カトレア俳句会を経て「海程」入会。平成四年、「海程」同人。第二回海程会賞、第四十九回海程賞、第四十回海隆賞受賞。現代俳句協会会員。埼玉文芸家集団会員。

序に代えて     金子兜太
  栖み古りて武州のみどり情(こころ)の帆
  夏の森一番星のため暮れる
 しっかりと自分の生活を身に付け、潔癖にからっと乾いていて、誠実に真面目にやっている篠田悦子の姿が此処にある。
 長いこと野草に親しんでいる篠田は武州の木々の緑の暖かさ、奥行きの深さを感受して生きていると思う。
 人間から植物、植物から人間へと大きく往き来する「こころ」即ち情(こころ)の動きを見る思いが普通にあり、そんな篠田の情(こころ)が、九十七歳の自分にいま、 柔らかく扶けになることが多い。


  ラムネ飲む常識お化け躱しながら

  紅花百貫ほどの夕日が裏口に

  濁流や逝く夏の木の間がくれ

  鮎のぼる土着のしずけさ妹たち

  会釈して御馬草(みまくさ)が匂う信濃人

  平凡とは丸いおにぎり森林浴

  葱焼ける野の匂いかな懐(ふところ)

  霾や地球に人が居なくても

  草木瓜の花胸熱く八十路なり

  人として棒立ちの汗爆心地

 ざっと取り上げて見て、改めて感心している。今更ながら嬉しく思う次第である。

句集『短編集』日高 玲(ひだか・れい)


著者略歴    日高玲(ひだか・れい)
1951年12月 東京生まれ
1973年ごろ「東京義仲寺連句会」にて連句に親しむ
1996年   束明雅主宰「猫蓑連句会」入会
2003年   退会
2003年9月 「海程」入会
2007年   「海程」新人賞受賞
現在     「海程」同人

――手法の自由さ   金子兜太

蛍火や野生の相(そう) となりて死す  日高 玲 

 夫君他界のときの策とおもうが、俳句の会でお目にかかって間もなく、連句の会の常連であった夫君が亡くなった。夫婦仲良く連句と俳句に親しんで亡くなった。そして、付合の手法を一句の句作りにも活用しして独特な俳句の世界を築いていったのだ。眼が大きくて明るい。
 たとえば俳句の一泊吟行会に参加したときも遊牧のように鼻梁の並ぶ春の眠り  日高玲と。枕を並べて眠る句友を句材として親しむ新鮮に消化してしまうのである。
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自選十句
春の夜の水音よみ人しらずかな
囀りや緑の眼眠る柩
白牡丹うつらうつらとうまい嘘
寝物語に犀の生き死に無月なり
紅葉かつ散る大航海時代かな
馬肥ゆる大津絵の鬼どんぐり眼
熊撃たる日曜の僕のベッド
ふぐ刺しの震えのように君寄り来
お降りや短編集に恋の小屋
なまはげの三人でゆく一列

句集「恋のぶきぶき」 川崎千鶴子(かわさき ちづこ)

                 文學の森  2667E


自 選 十 句
もういちど蝶になりたい白い紙
春眠をむさぼる力浮き麩かな
恋猫や声のぶぎぶぎ僕もぶぎ
田水張るぶるっと記憶もどるかな
夏星を挑発露天風呂のわたし
蟻じぐざぐ人間じぐざぐ眠るまで
七十年ぽっちの平和原爆忌
分校さびし本校さびし水母かな
鬼百合やひとり欠伸は手を添えず
まんげつの終着駅の海鼠かな

句集『秋の蜂』 川崎益太郎(かわさき ますたろう)



序に代えて    金子兜太
                    
 漂泊の表面張力すすき原  益太郎

 川崎益太郎のこの句、「漂泊の表面張力」という捉え方が魅力的で、「漂泊」の語義を詮索し始めると詰まらなくなりそうだ。一般的な感覚で受取りたい。
漂泊感でよい。そうすると、風に揺れているような揺れていないような、芒原の広い(この広いが大事)広がりが見えてくる。その頼りげな広がりの感触を「漂泊の表面張力」と言う。陽光まで感じる。人っ子一人いない。
   「海程」二〇〇七年五月号(新・秀作鑑言

 九条が耐える狂風原爆忌  益太郎

自主防衛の原則(九条)から、集団自衛へと色眼を使い出した政治の危うそ若者の命の危うさ。第25回ヒロシマ平和祈念俳句大会(金子兜太特選句・選評)

句集『黄鶺鴒』鈴木修一(すずき・しゅういち)


著者略歴  鈴木修一

昭和35年11月 秋田県秋田市に生まれる。
昭和60年 歌誌「香蘭」入会(平成4年まで)俳誌「礁」(鈴木勁草代表)「みづうみ」に参加
昭和61年  鷹(藤田湘子主宰)に投句開始(昭和63年まで)
昭和62年  海程に入会
平成3年  詩の創作を始める。「詩民族」(佐藤博信代表)に参加。
平成4年  第27回海程新人賞受賞
平成8年  県高文連文芸部会俳句部門の講師、選者を務める。(平成15年まで)
平成9年  合同句集『海程新鋭集 第2集』に自選100句を発表
平成20年  第6回同人年間賞受賞
平成21年  第9回海程会賞受賞
現 在[海程]同人、現代俳句協会会員

序に代えて     金子兜太
人の背は瀬音に黙し黄せきれい  

 川っぺりにこういう風景はよく見受けるよね。多分男の人でしょう、すーつと川原に立っていて、瀬音だけが妙に聞こえてくる。その人は黙っている。
その傍近く黄せきれいがチョンチョンと飛んでいる。黄せきれいで、なんとなく明るい気分。
 意味を探る必要のない句ですね。なんとなく懐かしさのある風景だけを静かにとらえればいい。その風景をとらえている人の気持ちのやわらかさ懐かしさというのがいい。妙に知的な感じの男の人の背中を感じるね。
    (「海程」192号所収「秀作鑑賞」より)


句集『風あり』内野 修(うちの おさむ)


著者略歴 内野 修
1943年5月30日 埼玉県大里郡妻沼町(現熊谷市)生まれ
句集「単発機」『直登』
現在、「海程」同人、現代俳句協会会員、NHK学園俳句講座講師、
埼玉新聞「埼玉俳壇」選者

あとがき
一九九三年から二〇一二年までの二〇年間の作品の中から、各一年間の作品を二〇句ずつ選んで、四〇〇句をまとめて第三句集とした。
『風あり』という句集名は、自然とともにあるという人生観を表している。これからも自然とともにあり、人間(じんかん)にあって、俳句を作ってゆきたいと思っている。

  二〇一五年 晩秋           内野 修


日本人余分に笑ふみぞれかな     

寂しさの大きさ鹿の大きさに      (大台ヶ原)

蝶の目のらんらんと我の汗を吸ふ   (大杉谷)

藁塚と愛犬匂ふ日暮れかな     

母亡くて春の日ざしのありにけり    (母みまかる)

草刈ってきけいに刈って一休み

秋の夜のテレビを少し乱しけり     (NHK俳壇に出演)

句集『羽後残照』武藤鉦二(むとう しょうじ)


略  歴 武藤鉦二(むとう・しょうじ)
昭和10年  12月 秋田県生れ
昭和30年  西東三鬼により俳句入門 34年F断崖」同人
昭和37年  金子兜太に師事「海程丿入会 39年「海程」同人
昭和48年  秋田県俳句懇話会「作家賞」受賞
昭和52年~ 現代俳句協会員
昭和58年  昭和57年「合歓」賞受賞
平成2年  秋田県国語教育研究賞受賞
平成11年  しらかみ句会設立 「しらかみ」創刊
平成13年~ 海程秋田支部長
平成13年~ 14年 秋田県現代俳句「作家賞」2年連続受賞
平成15年  第4回「海程会賞」受賞
平成15年  句集「羽後地韻抄」(うごちいんしょう)上梓
平成16年  第29同・平成15年度 秋田県芸術選奨受賞
平成16年~ 北羽新報新春文芸俳句選者
平成18年~ 秋田魁新報「さきがけ俳壇丿選者
平成19年  第41回「海程賞」受賞
平成21年  秋田県俳句懇話会「作家賞」受賞
平成23年  第43回秋田県芸術文化章受章
現  在  「しらかみ」主宰「のしろ俳句の会」指導、
                   「海程」「合歓」同 人
      秋田県現代俳句協会会長  海程秋田支部長

      秋田魁新報「さきがけ俳壇」選者 

帯  金子兜太

  岩と土:の重層する暗部の粘り強さとともに善意でユーモアに富む明るい資質が十分に諧謔を賞味させてくねることが貴重と思う。双方の特徴が融け合って溢れ出す感性の豊かさ。諧謔含みの乾いた具象感が「奥羽山脈のどてっ腹に過ごした」時代をも韻かせている。

 自選十句より
  尺蠖の輻に写経の母います
 雲跟野や沼守の名が沼の名に
 鬼太鼓の不意のの打止め夜の蝉
 掻いて雪掘ってまた雪絵ろうそく
 はらからやひよこひしめく箱運ぶ
 父の掌に雪の径あり山河あり
 だまし絵のなかのふくしま夕桜
 収縮も弛緩も飽きてなまこかな
 氷柱にも念力津軽あいや節
 鬼になれる器でもなし夕ざくら

句集「谷と村の行程」 白井重之(しらい しげゆき)

平成俳人叢書 定価2667+税

著者略歴 白井重之(しらい・しげゆき)
昭和12年 富山県立山町生まれ
昭和44年 俳人家木松郎先生を知る
昭和47年  「海程」福井勉強会で金子兜太師に初めて会う、「海程」5月号から投句
昭和49年 海程新人賞受賞
平成8年  句集『わが村史』刊行
平成9年  海程賞受賞
平成25年 富山県現代俳句協会会長
現  在   俳誌「海程」同人・「海程富山」支部長。
         みのり俳句会代表・現代俳句協会会員

帯より
田の中でぐらり青嶺の乱反射

いぐつもの谷を背後にした村での暮らしが長くなった
まことに狭い範囲に生きてきた人間が表現する
俳句どいう詩型は、私にとってもっとも
相応しいものだったと思っている   
「あとがきより」

句集『風媒』柳生正名(やぎゅう まさな)


著者略歴 柳生 正名
1959年 5月に大阪市で生まれる。その後は主に首都圏で過ごす。
1992~3年勤務先の社内句会に参加。大木あまりの指導を受ける。
1995年 「海程」への投句を始め、金子兜太に師事。海程新人賞。海程賞など受賞。
2006年 現代俳句協会評論賞受賞
現在  「海程」同人 現代俳句協会会員 同評論賞選考委員

    自選12句
  牡丹に金閣燃ゆる闇のあり
  麦秋のどこまで眠りどこより死
  螢火を映して少し水でゐる
  玉虫の碧に人が沈みけり
  ロザリオや二百十日の頚細く
  水満ちてきてばつたんこすぐに空
  冬菫人間魚雷に窓なけれ
  鬼房ゐて海猫来て束北鉈の冷え
  臘梅と卑弥呼刺青冷たけれ
  雛流す甚平鮫へつづく水
  古雛を仕舞ひ土星の輪の薄き
  地に殉教宙に毛深き蝶の貌 

句集『かもめ』山中 葛子(やまなか かつこ)


略 歴 山中 葛子
昭和12年(1937)千葉県市原市生まれ。
昭和31年より同人誌「炎星」「黒」「俳句評論」を経て、
昭和37年「海程」創刊同人。「海程賞」受賞。
句集『魚の流れ』『縄の叙景』『山中葛子句集』
   『青葉天井』『球』『水時計』
現在「海程」同人 現代俳句協会会員 千葉日報俳壇選者

帯より 金子兜太

かもめは小生のなかの山中葛子の映像で
もある。房総の海と空を屈託なく飛び、
発想独特、且つさわやか。かもめより自
由とおもうこともあるくらいだ。

句集『そんな青』宮崎斗士(みやざき とし)


句集 そんな青 宮崎斗士   六花書林  2300E

帯より    金子兜太
 
詩が溜まっているから
峠をどんどん歩いてゆく
鹿や狐や猪に
よく出会う
どっちも笑う    
  
著者略歴    宮崎斗士(みやざき とし)  
1962年東京都生まれ。
「海程」所属。「青山俳句工場05」編集発行人。
現代俳句協会会員。
第5回海程会賞、第45回海程賞、
第27回現代俳句新人賞受賞。
第1句集『翌朝回路』(六花書林)。
 
言語の跳躍力へ      安西 篤 

 宮崎斗士の第二句集『そんな青』が上梓された。第一句集の『翌朝回路』の発刊から八年半ぶりの上木という。私には、八年半という時間がまだ信じられないほど、『翌朝回路』の衝撃は今も生々しい。例えば次のような一連。

 一人暮らしはまず陽炎に慣れてから 
 前世は岡っ引きです日曜大工  
 木耳やアインシュタイン的ぼんやり
 蓑虫の上下にうごく若旦那  

 感性を全開にして、片端から俳句にしてしまう『翌朝回路』の作品群を前にして「俳句ってこんなに面白いものだったのか」思わずにはいられなかった。だが同時に、これだけの新鮮さを維持するのは容易なことではあるまいとも。『そんな青』はそんな懸念を吹き飛ぱすものだった。
 
 東京暮らしはどこか棒読み蜆汁 
 鮎かがやく運命的って具体的
 終戦記念日輪投げのぼんやりと成功
 蓑虫にも僕にもぴったりくる雨音

句集『私雨』塩野谷 仁(しおのや じん)



『私雨』 塩野谷 仁

 角川学芸出版  2700E
 本書は『全景』につぐ第七句集である。平成二十一 (二〇〇九)年
 から平 成二十五(二〇一三)年までの作品を収めた。配列はほぼ
 制作順である。
 麦飯は日暮れの匂い私雨) (わたくしあめ) から採った。
  
  塩野谷仁 自選十二句

  きのうにも昨日ありけリ薺粥
  行き先はきさらぎのあの水鏡
  野遊びの終りはいっも大きな木
  落日をたしかめにゆく蝸牛
  麦飯は日暮れの匂い私雨(わたくしあめ)
  こころにも左側あリ落雲雀
  盆過ぎの象の高さを愛(かな)しめる
  胡桃割る丸ごとの淋しさを割る
  さかしらを悔みつ鬼の子と揺れつ
  むこうからささやいてくる鳥瓜
  にわとりを真っ白にして十一月
  いつか来るつぶてさざ波白集

句集『箪笥』若者京子 (わかもり きょうこ)


帯より     金子 兜太   

「紬の京子」と俳句仲間から言われている。
着物好き、そして箪笥好き。 
畳のさっぱりした箪笥の部屋に坐って、     
この人の感性は更に豊潤。
 
雛流し耳殻にはるかなる怒濤
透明ないのちの分母かたつわり
一汁一菜みのむしの愛吹かれて
ふくしまや虹を観念的に画く
授乳の汀しずかに被曝の波寄せる
耳鳴りや古野に巣作りの気配
浮島現象アンニュイな日向ぼこ
霾や阿弥陀のてのひらは荒野
七十路絽にも紗にも添い遂げよう
寒鯉や箪笥の底に澱むもの

句集『蒼の騏麟騎士団』 中内 亮玄(なかうち りょうげん)


海程11月「小野裕三・抄出」から転載させていただきました。

 『蒼の騏麟騎士団』抄 中内 亮玄

線路というにわかに冷えた父子かな

少年まだ遅刻の途中冬の空

万歳のどこから伸びる影だろう

地下鉄は春飲み込んで潜りおり

そら豆ご飯風がたくさん入る家

手袋のなかの明かりを聖夜という

家族という綺麗な糸よ冬の朝

句集 『産土』 小林 まさる

小林 まさる略歴
昭和6年   群馬県生まれ
昭和41年  赤城俳句会「風苑」入会
昭和42年  「ぬかるみ」俳句会入会
昭和43年  「海程」入会
昭和54年  現代俳句協会会員
平成元年  ぬかるみ巨峰賞受賞
平成7年   ぬかるみ賞受賞
現在    「海程」「ぬかるみ」「風苑」各同人
       群馬県現代俳句協会幹事
 
金子 兜太序文 (抜粋) 「人間が伝わる」 

上毛三山の一つ、赤城の山麓に大胡町がある。小林まさるは、この町で蕎麦の老舗大村屋を営む土着の人。「紅葉原野やって来ました大村屋」がある。・・・・・・・小林 まさるに次の句あり。

母に内緒の脛の古傷蛇いちご

 この人の青年期もなかなか強かったときいているが、私がはじめて会ったときは中年だった。しかしその面影は残っていた。いまは淡々として、俳句仲間の世話役を楽しんでいる。どこかに英五郎に似た土着者の雰囲気を私は感じているのである。

 俳句仲間といったが大胡から宮城村とつづく赤城山麓の集落、さらに前橋市におよんで「樹の会」という名称の俳句グループがある。軸は、長老の上野丑之助だったが他界した。上野と同じ宮城村村長をつとめた阿久沢嘉十も他界し、息子の長道が花栽培の傍ら俳句を作っている。小堀葵が会のマスコット的存在といってよい。そして井上湖子、山崎子甲、足利屋篤、木田柊三郎、六本木伸一あり。浜芳女、澤悦子が控えている。すこし離れたところにいる芹沢愛子や室田洋子といった若い人たちも句会に出没すると聞く。「樹の会」の人たちと私との付き合いは長い。赤城山の温泉宿でいくども句会をやった。自動車に乗せてもらってあちこち出掛け、これは今でも続いている。・・・・・・・・

句集『水時計』 山中 葛子 (やまなか かつこ)


著者略歴 山中 葛子
昭和12年千葉県市原市生まれ
昭和31年より同人誌「炎星」「黒」「俳句評論」を経て
昭和37年「海程」創刊同人。昭和47年「花」入会。
現在「海程」同人・現代俳句協会会員。
海程賞受賞・花賞受賞・
句集「魚の流れ」(昭和41年刊)  
  「縄の叙景」(昭和54年刊)  
  「山中葛子句集」(昭和58年刊)   
  「青葉天井」(昭和61年刊)  
  「球」(平成6年刊)

金子兜太序文より(抜粋) 

 山中葛子という人は面白い人である。私の付き合っていめ連衆には面白い人が
多いのだが葛子君は三役級である。したがって当然この人の俳句も面白い。
俳句は人を現すと、と私は確信している。
 数年前、私は隠岐島に旅した、そのときの葛子作に、たとえば次がある。

     神島やしずかにお月さま飛ばす
     隠岐時雨たちまち青色症候群

 なんとなく自由で愉快である。一風変わった趣向がこらされているが嫌味はない。
むしろ独特の興趣として賞味できる。その次の年、葛子君は、出羽の国最上川に
赴き松尾芭蕉が曽良とともに川下りの舟に乗った乗船の地本合海を訪ね、同じ
ように舟下りを体験した。
そのときの作品より二句を。

     最上舟歌のぼるしだれるしぐれるや
     こがねなる酒田さ行ぐこがねなる

 好い気なものである。「のぼるしだれる」とは何だ。「しぐれるや」を呼び
おこすための韻合わせぐらいのことかとおもうが、それでもなんだか、ほんのり
艶めいた韻律が伝わってくる。「こがね」の繰り返しも「行ぐさ」の方言も、
やりすぎともいえ、この趣向嬉しともいえる。
 
 母が平成九年に他界し、義母をその翌年に亡くした。そのときの葛子俳句が
六句ずつこの句集に入っているがこの人らしい作品なので抄記してみた。

句集『翌朝回路』 宮崎斗士(みやざき とし)


著者略歴  宮崎 斗士 
昭和37年東京都生まれ
海程・所属。「青山俳句工房05編集発行人
宮崎斗士句集『翌朝回路』栞
気分回復「翌朝回路」      谷  佳紀
ストラダムスの翌朝回路     白井 健介
誰にも似ない人        守谷 茂泰
壊れない玩具         芹沢 愛子
気分回復 「翌朝回路」    谷 佳紀 

 ご本人は短気で喧嘩っ早いというが、私が知っている宮崎さんは穏やかで世話好きである。句会の運営はお手の物。もう青年という年齢ではないようだが、Tシャツに野球帽が似合っているので二十代から三十代そこそこと長い間誤解していた。一緒にいると気持ちが開放される。

そのような宮崎さんの句集である。活気に満ちた作品が一杯詰まっているだろうと思っていた。実際にその通りの句集になっている。いかにも宮崎さんらしいと思ったのは、春と夏で句数の三分の二を占め、秋と冬の作品が少ないことだ。いつも明るく元気で、寂しさや暗さに閉じこもれない性格にぴったりである。
  本日のきっぱりとあり蕗の薹
で句集がはじまっている。句集の性格を宣言しているような作品だ。早春の明るい光と、蕗の薹の初々しさとみずみずしさをとらえつつ、「きっぱり」の一言を持って表現を引き締めている。この潔さはすがすがしい。そして「夏」は、丸裸どんどん空を持ってこい だ。威勢がよい。真夏の太陽の目眩む明るさと照りつける暑さは生命力そのものだ。
「きっぱり」も「どんどん」も衒いがない。真っ直ぐ真っ正直だ。ただこのような単刀直入の毒だけでは単純の面白さはあれ表現の幅が狭くなる。一見青年風、しかし中年初期らしい宮崎さんである。
この境地だけでは不満足なのだろう。

句集『幻日』石川青狼(いしかわせいろう)


著者略歴   石川青狼
  1950年 北海道生まれ
  1982年 「えぞにう」(斎藤青火主幹)入会
  1988年 「えぞにう」同人
  1989年 現代俳句協会会員に推挙「海程」入会 金子兜太に師事
  1994年 「釧路春秋賞」受賞 第29回「海程新人賞」受賞「海程」同人
  1998年 「吟遊」(夏石番矢代表)創刊同人
  2006年 第4回海程同人(海童集2)年間賞受賞
  2006年 第42回「海程賞」受賞
  著書  共著『海程新鋭集 第2集』『シリーズ俳句世界1 エロチシズム』『21世紀俳句ガイダンス』『現代俳句と私性』『多言語版 吟遊俳句2000』『日英対訳 21世紀俳句の時空」等
現在、現代俳句協会会員、東北海道現代俳句協会事務局長、「海程」同人・海程釧路会代表・濃霧]発行l編集人、北海道釧路明輝高等学校非常勤講師

序ー時期熟したりの感     金子兜太 

 石川青狼は北海道釧路の住。俳句は、そこで生活している自分の現実を書きとろうとしてきた。感性の純度は高い。しかし自分の修辞が掴みきれてない感じがあったのは、自分を囲む天然への関心が不十分だったためと見る。それがここへきて一歩進んだ。独自の映像と修辞が展けつつある。

  春光の手のひらいっぱい自由市場

 ああ、全くこれは自由市場の感じを書いたのだろうね。で、この句がうまいと思うのは、自由市場だから春の光がいっぱいと言うのでは当たり前、常套になってしまう。それを「手のひらいっぱい」と手のひらというものを持ってきたのがお手柄だ。

非常に具体体感も出てきて。なんというか、手を挙げて物を買うとか、売るとか、それから自然に手を振りながら歩くとか、いろんな人間の手の動きが見えてくる。

 それがこの句の具体感を深めている。特にこの作者は釧路のひとで、釧路あたりの市場の感じから生まれているんだろうね、こういう発想が。もっと野性昧のある中東とか東ヨーロッパあたりの自由市場のイメージも念頭にあるかもしれない。だんだんいろんなことが言えてくる句だ。

  自由かな毛虫輪になり棒になり

句集『まひるの食卓』室田洋子(むろた ようこ)

ふらんす堂 2,600円
         室田洋子(むろた ようこ)
   1960年、群馬県生まれ
   2000年「海程」入会 金子兜太に師事
   2004年 海程新人賞受賞
   現在「海程」同人 現代俳句協会会員

   帯より   金子兜太

   かなかなや考える椅子ちょっと貸して 
   室田洋子の作品は、豊かな一般性に恵まれている。
   感性が柔らかいので、書かれたものは日常を越えて、
   非日常の美を抱懐することが多い。 

句集『コイツァンの猫』こしのみこ


著者略歴  こしのゆみこ
 1951年   愛知県幡豆町海の町に生まれる
 1989年   「海程」入会 金子兜太に師事
 1993年   海程新人賞受賞「海程」同人
 1994年   超結社句会「豆の木」を片岡秀樹等と結成後に代表・編集人
 1998年   第16回現代俳句協会新人賞受賞
 2004年   第5回現代俳句協会年度作品賞受賞
 現代俳句協会会員「海程」同人「豆の木」代表

 序に代えて   金子兜太
 私とこしのゆみことの俳句による付合いは二十年ほどになるが、いまでもこの人 の俳句を読んでいると、里山に春が来て、最後にぼこっと一つ、山頂ちかい凹みに 残っている雪、その丸いかたまりが見えてくる。私の郷里は秩父(埼玉県西部)と いう山国で、そんな春来る里山の風景を見て育ったのだが、それがなつかしく想い出されてくるのである。しかも、その雪の丸いかたまりはしだいに綿か羽のかたま りのようにも見えてくる。もやっとした、やわらかい感触になって、芽ぶきのはじ まった枯木のなかでぼんやりと、なんとなくにこにこと、そこにいるのである。

こしのゆみこにこんな俳句がある。

   金魚より小さい私のいる日記
   百足の子鈴つけて大急ぎなり
   きゃっきゃっと水新米によごれおる
   透明な袋満員寒卵
   そのほかにれんげのかんむり流しけり

句集『蛍』 柳 ヒフミ


日本全国俳人新書  定価1500円+税
著者略歴      昭和19年 東京に生る
          昭和41年「短詩」に投稿
          昭和55年「桐」へ投句
          平成9年「海程」へ投句、現在に至る
          現代俳句協会会員

序   雨
雨のネオン 石畳 少女の感傷もうあるまい
秩父の山に住んだ片足は帰らず
コオロギの声と私の時間が重なっています
春に別れ 一枝をたおし 一枝をたおし
今日も私を食べる 決して愛さない人の列
闇に坐って 沈黙を守る それだけが仕事のように
空虚な花が開くことなくまた垂れていく昼下り
碧遙とした空に憧れる私の孤独よ

風吹く
竜胆の触れたき色も遠退けり
石榴弾け見えざる世界あるを見る
若菜摘み蜥蜴の眠り妨げり
戦さ知らぬ体の中に弾痕
秋の陽をこなごなにして舟はしる
冬木立一葉蝶の呼吸して
オリオンの真下に少年は老いず
小食の母へ点滴灌仏会

句集『眠れぬ夜にひとりで読んでみろよ』中内亮玄



玄  俳句結社「狼」同人金子兜太に師事
  『虚構による感動の再構築』      亮 玄

この句集は一風変わっている。十話のショートショートと、たった七十一句(主に、二〇〇一年から 二〇〇六年の間に詠んだ七百以上の句から抜粋)の俳句から成り立つこともそうだが、それらの物 語が全でフィクションであるということが、ひとつの試みである。

 あくまで、句のイメージ、句から放たれる匂いのようなものを第一に考えて物語を構築した。句が 先けできているところへ、伝えたいイメージを物語にして逆輸入するようにそれを当てはめたため 一つの物語の中に別の季語が使われているなど、完全にルール違反の箇所もある。なにとぞニュ アンスを許容しながら読み進めて頂きたい。この点、作者の力量不足であり次回の課題としたい。
 ・・・・・・・・・・続く

  色彩や冬の光というだけでも

句集『月の巣』矢野千代子(やの ちよこ)


著者略歴
昭和10年 秋田県、鳥海山麓生まれ
昭和21年 田沢湖移住
昭和30年 西東三鬼に師事「断崖」入会
昭和32年 「断崖」同人
昭和37年 金子兜太に師事「海程」入会
昭和39年 「海程」同人
昭和42年 角館、・刈和野を経て、能代へ移住
現在    「海程」同人「合歓」同人「しらかみ」代表
発行所    ふらんす堂 2450円+税

金子兜太序文より〈抜粋〉

武藤鉦二の名を私が初めてきいたのは、西東三鬼からだった。三鬼晩年の句集『変身』の昭和三十三〈1958〉年に、「男鹿半島と八郎潟」と題した一連があるが、そのときの出会いだったようだ。三鬼は東北に旅した話をし、秋田で「武藤鉦二という好い青年」にあってきた、と妙に感〈かん〉を込めた口調で呟いたのである。誰も武藤鉦二を識る人はいなかったから話はそのままに過ぎてしまったのだが、私には三鬼の感〈かん〉を込めた物言いととも鉦二の名が残ってしまった。・・・・・・・

   白魚啜る音して干潟のろうそく
   白魚啜って親父の貧乏ゆすりかな

 前の句は村井由武への追悼句である。白魚を啜って父を想うあたりには、あるいは三鬼への回想が込められていたのかもしれない。

句集『月の巣』矢野千代子(やの ちよこ)


著者略歴  矢野千代子 
昭和13年   兵庫県生まれ
昭和56年    「未完現実」入会
昭和59年   「海程」入会
平成8年    第32回 海程賞受賞
平成9年    句集『羽化の時間」|刊行
平成11年   「遊牧」入会
「海程」[遊牧]同人 現代俳句協会会員

本書収録作品より
1月17日 阪坤淡略震災忌
十七日授乳のような木漏れ日と


蝦夷鹿は託(ことづか)りもの霧の巻く


山滴るいっぱい蒐めた鳥の切手


金雀枝の大きなうねりよく噛もう


料峭の石雨ふる素読という


気泡かわるがわるに姉と雨蛙


辣韮堀り夜の心音あかるいよ


高速道に先頭がある麦の秋


ぜいたくながりがねの道月の素へ


風花が頬へ後方羊蹄山(しりべしやま)の使者