2018年2月18日

句集 『産土』 小林 まさる

小林 まさる略歴
昭和6年   群馬県生まれ
昭和41年  赤城俳句会「風苑」入会
昭和42年  「ぬかるみ」俳句会入会
昭和43年  「海程」入会
昭和54年  現代俳句協会会員
平成元年  ぬかるみ巨峰賞受賞
平成7年   ぬかるみ賞受賞
現在    「海程」「ぬかるみ」「風苑」各同人
       群馬県現代俳句協会幹事
 
金子 兜太序文 (抜粋) 「人間が伝わる」 

上毛三山の一つ、赤城の山麓に大胡町がある。小林まさるは、この町で蕎麦の老舗大村屋を営む土着の人。「紅葉原野やって来ました大村屋」がある。・・・・・・・小林 まさるに次の句あり。

母に内緒の脛の古傷蛇いちご

 この人の青年期もなかなか強かったときいているが、私がはじめて会ったときは中年だった。しかしその面影は残っていた。いまは淡々として、俳句仲間の世話役を楽しんでいる。どこかに英五郎に似た土着者の雰囲気を私は感じているのである。

 俳句仲間といったが大胡から宮城村とつづく赤城山麓の集落、さらに前橋市におよんで「樹の会」という名称の俳句グループがある。軸は、長老の上野丑之助だったが他界した。上野と同じ宮城村村長をつとめた阿久沢嘉十も他界し、息子の長道が花栽培の傍ら俳句を作っている。小堀葵が会のマスコット的存在といってよい。そして井上湖子、山崎子甲、足利屋篤、木田柊三郎、六本木伸一あり。浜芳女、澤悦子が控えている。すこし離れたところにいる芹沢愛子や室田洋子といった若い人たちも句会に出没すると聞く。「樹の会」の人たちと私との付き合いは長い。赤城山の温泉宿でいくども句会をやった。自動車に乗せてもらってあちこち出掛け、これは今でも続いている。・・・・・・・・

句集『水時計』 山中 葛子 (やまなか かつこ)


著者略歴 山中 葛子
昭和12年千葉県市原市生まれ
昭和31年より同人誌「炎星」「黒」「俳句評論」を経て
昭和37年「海程」創刊同人。昭和47年「花」入会。
現在「海程」同人・現代俳句協会会員。
海程賞受賞・花賞受賞・
句集「魚の流れ」(昭和41年刊)  
  「縄の叙景」(昭和54年刊)  
  「山中葛子句集」(昭和58年刊)   
  「青葉天井」(昭和61年刊)  
  「球」(平成6年刊)

金子兜太序文より(抜粋) 

 山中葛子という人は面白い人である。私の付き合っていめ連衆には面白い人が
多いのだが葛子君は三役級である。したがって当然この人の俳句も面白い。
俳句は人を現すと、と私は確信している。
 数年前、私は隠岐島に旅した、そのときの葛子作に、たとえば次がある。

     神島やしずかにお月さま飛ばす
     隠岐時雨たちまち青色症候群

 なんとなく自由で愉快である。一風変わった趣向がこらされているが嫌味はない。
むしろ独特の興趣として賞味できる。その次の年、葛子君は、出羽の国最上川に
赴き松尾芭蕉が曽良とともに川下りの舟に乗った乗船の地本合海を訪ね、同じ
ように舟下りを体験した。
そのときの作品より二句を。

     最上舟歌のぼるしだれるしぐれるや
     こがねなる酒田さ行ぐこがねなる

 好い気なものである。「のぼるしだれる」とは何だ。「しぐれるや」を呼び
おこすための韻合わせぐらいのことかとおもうが、それでもなんだか、ほんのり
艶めいた韻律が伝わってくる。「こがね」の繰り返しも「行ぐさ」の方言も、
やりすぎともいえ、この趣向嬉しともいえる。
 
 母が平成九年に他界し、義母をその翌年に亡くした。そのときの葛子俳句が
六句ずつこの句集に入っているがこの人らしい作品なので抄記してみた。

句集『翌朝回路』 宮崎斗士(みやざき とし)


著者略歴  宮崎 斗士 
昭和37年東京都生まれ
海程・所属。「青山俳句工房05編集発行人
宮崎斗士句集『翌朝回路』栞
気分回復「翌朝回路」      谷  佳紀
ストラダムスの翌朝回路     白井 健介
誰にも似ない人        守谷 茂泰
壊れない玩具         芹沢 愛子
気分回復 「翌朝回路」    谷 佳紀 

 ご本人は短気で喧嘩っ早いというが、私が知っている宮崎さんは穏やかで世話好きである。句会の運営はお手の物。もう青年という年齢ではないようだが、Tシャツに野球帽が似合っているので二十代から三十代そこそこと長い間誤解していた。一緒にいると気持ちが開放される。

そのような宮崎さんの句集である。活気に満ちた作品が一杯詰まっているだろうと思っていた。実際にその通りの句集になっている。いかにも宮崎さんらしいと思ったのは、春と夏で句数の三分の二を占め、秋と冬の作品が少ないことだ。いつも明るく元気で、寂しさや暗さに閉じこもれない性格にぴったりである。
  本日のきっぱりとあり蕗の薹
で句集がはじまっている。句集の性格を宣言しているような作品だ。早春の明るい光と、蕗の薹の初々しさとみずみずしさをとらえつつ、「きっぱり」の一言を持って表現を引き締めている。この潔さはすがすがしい。そして「夏」は、丸裸どんどん空を持ってこい だ。威勢がよい。真夏の太陽の目眩む明るさと照りつける暑さは生命力そのものだ。
「きっぱり」も「どんどん」も衒いがない。真っ直ぐ真っ正直だ。ただこのような単刀直入の毒だけでは単純の面白さはあれ表現の幅が狭くなる。一見青年風、しかし中年初期らしい宮崎さんである。
この境地だけでは不満足なのだろう。

句集『幻日』石川青狼(いしかわせいろう)


著者略歴   石川青狼
  1950年 北海道生まれ
  1982年 「えぞにう」(斎藤青火主幹)入会
  1988年 「えぞにう」同人
  1989年 現代俳句協会会員に推挙「海程」入会 金子兜太に師事
  1994年 「釧路春秋賞」受賞 第29回「海程新人賞」受賞「海程」同人
  1998年 「吟遊」(夏石番矢代表)創刊同人
  2006年 第4回海程同人(海童集2)年間賞受賞
  2006年 第42回「海程賞」受賞
  著書  共著『海程新鋭集 第2集』『シリーズ俳句世界1 エロチシズム』『21世紀俳句ガイダンス』『現代俳句と私性』『多言語版 吟遊俳句2000』『日英対訳 21世紀俳句の時空」等
現在、現代俳句協会会員、東北海道現代俳句協会事務局長、「海程」同人・海程釧路会代表・濃霧]発行l編集人、北海道釧路明輝高等学校非常勤講師

序ー時期熟したりの感     金子兜太 

 石川青狼は北海道釧路の住。俳句は、そこで生活している自分の現実を書きとろうとしてきた。感性の純度は高い。しかし自分の修辞が掴みきれてない感じがあったのは、自分を囲む天然への関心が不十分だったためと見る。それがここへきて一歩進んだ。独自の映像と修辞が展けつつある。

  春光の手のひらいっぱい自由市場

 ああ、全くこれは自由市場の感じを書いたのだろうね。で、この句がうまいと思うのは、自由市場だから春の光がいっぱいと言うのでは当たり前、常套になってしまう。それを「手のひらいっぱい」と手のひらというものを持ってきたのがお手柄だ。

非常に具体体感も出てきて。なんというか、手を挙げて物を買うとか、売るとか、それから自然に手を振りながら歩くとか、いろんな人間の手の動きが見えてくる。

 それがこの句の具体感を深めている。特にこの作者は釧路のひとで、釧路あたりの市場の感じから生まれているんだろうね、こういう発想が。もっと野性昧のある中東とか東ヨーロッパあたりの自由市場のイメージも念頭にあるかもしれない。だんだんいろんなことが言えてくる句だ。

  自由かな毛虫輪になり棒になり

句集『まひるの食卓』室田洋子(むろた ようこ)

ふらんす堂 2,600円
         室田洋子(むろた ようこ)
   1960年、群馬県生まれ
   2000年「海程」入会 金子兜太に師事
   2004年 海程新人賞受賞
   現在「海程」同人 現代俳句協会会員

   帯より   金子兜太

   かなかなや考える椅子ちょっと貸して 
   室田洋子の作品は、豊かな一般性に恵まれている。
   感性が柔らかいので、書かれたものは日常を越えて、
   非日常の美を抱懐することが多い。 

句集『コイツァンの猫』こしのみこ


著者略歴  こしのゆみこ
 1951年   愛知県幡豆町海の町に生まれる
 1989年   「海程」入会 金子兜太に師事
 1993年   海程新人賞受賞「海程」同人
 1994年   超結社句会「豆の木」を片岡秀樹等と結成後に代表・編集人
 1998年   第16回現代俳句協会新人賞受賞
 2004年   第5回現代俳句協会年度作品賞受賞
 現代俳句協会会員「海程」同人「豆の木」代表

 序に代えて   金子兜太
 私とこしのゆみことの俳句による付合いは二十年ほどになるが、いまでもこの人 の俳句を読んでいると、里山に春が来て、最後にぼこっと一つ、山頂ちかい凹みに 残っている雪、その丸いかたまりが見えてくる。私の郷里は秩父(埼玉県西部)と いう山国で、そんな春来る里山の風景を見て育ったのだが、それがなつかしく想い出されてくるのである。しかも、その雪の丸いかたまりはしだいに綿か羽のかたま りのようにも見えてくる。もやっとした、やわらかい感触になって、芽ぶきのはじ まった枯木のなかでぼんやりと、なんとなくにこにこと、そこにいるのである。

こしのゆみこにこんな俳句がある。

   金魚より小さい私のいる日記
   百足の子鈴つけて大急ぎなり
   きゃっきゃっと水新米によごれおる
   透明な袋満員寒卵
   そのほかにれんげのかんむり流しけり

句集『蛍』 柳 ヒフミ


日本全国俳人新書  定価1500円+税
著者略歴      昭和19年 東京に生る
          昭和41年「短詩」に投稿
          昭和55年「桐」へ投句
          平成9年「海程」へ投句、現在に至る
          現代俳句協会会員

序   雨
雨のネオン 石畳 少女の感傷もうあるまい
秩父の山に住んだ片足は帰らず
コオロギの声と私の時間が重なっています
春に別れ 一枝をたおし 一枝をたおし
今日も私を食べる 決して愛さない人の列
闇に坐って 沈黙を守る それだけが仕事のように
空虚な花が開くことなくまた垂れていく昼下り
碧遙とした空に憧れる私の孤独よ

風吹く
竜胆の触れたき色も遠退けり
石榴弾け見えざる世界あるを見る
若菜摘み蜥蜴の眠り妨げり
戦さ知らぬ体の中に弾痕
秋の陽をこなごなにして舟はしる
冬木立一葉蝶の呼吸して
オリオンの真下に少年は老いず
小食の母へ点滴灌仏会

句集『眠れぬ夜にひとりで読んでみろよ』中内亮玄



玄  俳句結社「狼」同人金子兜太に師事
  『虚構による感動の再構築』      亮 玄

この句集は一風変わっている。十話のショートショートと、たった七十一句(主に、二〇〇一年から 二〇〇六年の間に詠んだ七百以上の句から抜粋)の俳句から成り立つこともそうだが、それらの物 語が全でフィクションであるということが、ひとつの試みである。

 あくまで、句のイメージ、句から放たれる匂いのようなものを第一に考えて物語を構築した。句が 先けできているところへ、伝えたいイメージを物語にして逆輸入するようにそれを当てはめたため 一つの物語の中に別の季語が使われているなど、完全にルール違反の箇所もある。なにとぞニュ アンスを許容しながら読み進めて頂きたい。この点、作者の力量不足であり次回の課題としたい。
 ・・・・・・・・・・続く

  色彩や冬の光というだけでも

句集『月の巣』矢野千代子(やの ちよこ)


著者略歴
昭和10年 秋田県、鳥海山麓生まれ
昭和21年 田沢湖移住
昭和30年 西東三鬼に師事「断崖」入会
昭和32年 「断崖」同人
昭和37年 金子兜太に師事「海程」入会
昭和39年 「海程」同人
昭和42年 角館、・刈和野を経て、能代へ移住
現在    「海程」同人「合歓」同人「しらかみ」代表
発行所    ふらんす堂 2450円+税

金子兜太序文より〈抜粋〉

武藤鉦二の名を私が初めてきいたのは、西東三鬼からだった。三鬼晩年の句集『変身』の昭和三十三〈1958〉年に、「男鹿半島と八郎潟」と題した一連があるが、そのときの出会いだったようだ。三鬼は東北に旅した話をし、秋田で「武藤鉦二という好い青年」にあってきた、と妙に感〈かん〉を込めた口調で呟いたのである。誰も武藤鉦二を識る人はいなかったから話はそのままに過ぎてしまったのだが、私には三鬼の感〈かん〉を込めた物言いととも鉦二の名が残ってしまった。・・・・・・・

   白魚啜る音して干潟のろうそく
   白魚啜って親父の貧乏ゆすりかな

 前の句は村井由武への追悼句である。白魚を啜って父を想うあたりには、あるいは三鬼への回想が込められていたのかもしれない。

句集『月の巣』矢野千代子(やの ちよこ)


著者略歴  矢野千代子 
昭和13年   兵庫県生まれ
昭和56年    「未完現実」入会
昭和59年   「海程」入会
平成8年    第32回 海程賞受賞
平成9年    句集『羽化の時間」|刊行
平成11年   「遊牧」入会
「海程」[遊牧]同人 現代俳句協会会員

本書収録作品より
1月17日 阪坤淡略震災忌
十七日授乳のような木漏れ日と


蝦夷鹿は託(ことづか)りもの霧の巻く


山滴るいっぱい蒐めた鳥の切手


金雀枝の大きなうねりよく噛もう


料峭の石雨ふる素読という


気泡かわるがわるに姉と雨蛙


辣韮堀り夜の心音あかるいよ


高速道に先頭がある麦の秋


ぜいたくながりがねの道月の素へ


風花が頬へ後方羊蹄山(しりべしやま)の使者


句集『身体期』 佃 悦夫(つくだ えつお)


著者略歴   佃 悦夫 

昭和9年9月22日生まれ
昭和44年   句集『空の祭』刊
昭和51年   第23回現代俳句協会賞受賞
昭和52年   『佃悦夫句集』刊

現在
現代俳句協会新人賞選考委員
NHK学園俳句講座講師
小田原俳句会会長
「海程」編集同人
 
あとがき 
俳句を始めた動機は、高校文芸部の顧問が俳人だったことによる。五十余年前のこの出会いが、この道一筋に繋がることになった。 以来、何誌かを経て、「海程」二号から一句組として入会。
齢七十になって今日まで、師・金子兜太の鞭撻を受けつづけている。作品の配列は制作発表順とした。私の俳句観を縷々述べるつもりは無い。作品がすべてである。
 この句集の出版にあたり、角川文化振興財団の中西千明氏に大変お世話になったことを特記しておく。

句集『荒髪』 塩野谷仁(しおのや じん)


塩野谷 仁  
昭和14年 栃木県生まれ
昭和37年 「海程」創刊と共に入会
昭和54年 「第三回花賞」受賞
昭和58年 「第十八回海程賞」受賞
平成11年 同人誌「遊牧」を仲間と共に発行
句集 「円環」「塩野谷仁句集」「独唱楽譜」「東炎」
現代俳句協会幹事
よみうり文化センター柏俳句教室講師

 金子兜太序文より  

  豪雨特急うねるとき白鷺を見た
  赤松残雪快眠はごうとくる
  正座ときに放浪であり曼珠沙華
  冬ざくら剛球は落日が受ける
  粥は吹くもの裸木は水の向こうに
  梅咲いて猫背がちなるわれは飛脚
  げんげ咲き胸底という長い廊下
  六月とは遠くの牛の傾きなり
  冬の雨救急車とは何たる純
  青鬼灯文明という自転車過ぐ

句集『八月の橋』水野真由美(みずの まゆみ)

風の花冠文庫4 発行所 鬣の会   定価 1,000円
略 歴
1957年群馬県前橋市生まれ。和光大学人文学部文学科卒業後、同市にて古書店・山猫館書房を営む。85年金子兜太に師諷その後「俳句空間」新人賞準賞、海程新人賞。俳句誌「未定」、「吟遊」に入会、後に退会。2001年俳句誌「鬣TATEGAMI」を林桂、佐藤清美らと創刊。句集『陸封譚』(七月堂)により第六回中新田俳句大賞受賞。
エッセイ集『猫も歩けば』(山猫館書房)。
共著に『燿-『俳句空間』新鋭作品集』(弘栄堂書店)、
『海程新鋭集2』(海程新社)、『現代の俳人101』(新書館)、など。
現代俳句協会会員、「海程」同人、「鬣」TATEGAMI」編集人。
2008年5月より朝日新聞群馬版・「上毛俳壇」選者。

金子 兜太
真面目な人間である。不真面目な人間である。

暮尾 淳 (詩人)
水野真由美さんのお酒の酔い方や俳句はイノセントで不思議なバランス感覚が潜んでいる。それは摩訶不思議の域に入ってきたようだ。真っ当な批評の眼がいつもどこか瑞々しい。

林  桂 (俳人)
水野さんの俳句は、ネットワークの装置である。

句集「直瀬」 松本勇二(まつもと ゆうじ)


プロフィール 虎杖副編集長
海程」同人。「虎杖」同人。愛媛県俳句協会理事
1956年   愛媛県久万町直瀬生れ
1983年   「虎杖」入会
1991年   「海程」投句開始。虎杖賞受賞
1995年   第30回海程新人賞受賞
1999年   愛媛県現代俳句協会賞受賞

新・俳句の杜2  定価3800円
雪の夜の狐が里へ降りて来る
水浴びの小鳥一切隙がなく
枇杷のたね子のポケットで光り出す
夏風邪の児に地球儀回してやる
骨に血を送りてマラソンが過ぎる
おとうとよ東京は走るように歩け

句集「女のうしろで 」 らふ亜沙弥

金子兜太一句鑑賞

お蚕のむにゅむにゅむにゅと縮むかな  らふ亜沙弥

 小生のような山国秩父育ちに養蚕が盛んに行われていた時間を少年期に持つものはこの擬態語が何ともいえない。作者の体験のなかにもあるのだろうか。いや、まったくなくて都会人の俳諧感覚だけで捉まえたものかもしれないが、とぢらかといえば後者か、となれば、体験はともかく作者の「肉体」の美趣として、こんな感応が根付いているのかも知れぬ。

 自選句
 
 いのこずちつけて男の一泊す

 寝室に飾ったままの春の銃

 元旦や虫は見つけたらつぶす

 麻酔切れ口の中からかたつむり

 スイッチはみんな乳首だ鱗雲

 今日中に食べてほしいの菊膾

 機関車に抱かれる夢や日向ぼこ

 六月尽体じゅうから種こぼれ

 夏の星私の中の散らかって

 むらさきは女の色って春がいう


 竹丸はこの句集を頂き非常にとまどいました。
あらっ、らふさんてこういう句を書いていたんだ。
いつも諧謔っぽくひねりが効いてあれっと思わせる句でした。
海程人とは違う感触で目立つ存在だが、悪く言えば俗っぽ
いのですが諧謔こそ、俳句の本質の一部分と思っていました。

 しかし、この句集は一句一句は意味はそれほど込められて
いないですが、まとめて並べると「男と女」がざれあっていると
いう視点が濃厚です。

よくも悪くも特徴が際立ち物語りめき面白かった。
竹丸は第一章「あの時の顔」が楽しく読めましたので
これを抜粋してアップします。

句集『雨童子』関田誓炎(せきだ・せいえん)

著者略歴
関田誓炎本名 清延(きよのぶ)
昭和13年2月9日、埼玉県秩父郡影森村(現秩父市)に生る。「暖流」(瀧春一主宰)を経て、昭和37年「海程」に入会し金子兜太に師事、3号から投句。昭和39年「海程」15号から同人。平成20年「NHK俳句」 3月号に新作の俳句とエッセイを執筆。平成21年、
第9回「海程会賞」受賞現 在「海程」「遊牧」同人、現代俳句協会会員、埼玉県現代俳句協会理事

 帯より  金子兜太

 虫の夜の空気に少年の家あり  誓炎

 別にレトリックで空気と言っているんじゃなくて、生活実感として止むに止まれぬ気持ちで出してきている、という感じがあるね。
 あるいは乱暴な感じを与える場合もあるかもしれない。 そういうことはまた、率直な批評のやり合いの中から正されてゆく ことである。そのことを前提に置いて、この「空気」は生きている と、生きていると。
  
  自選十句 

  星があかくて鉱夫が酔って湖底歩く 
  晴れやかに眼あり朝の黄金虫
  さくらに小鳥きて去る波の刹那かな
  雨童子金木犀を零しゆけり
  水辺かな雉が新書のように来る
  初昔肝胆を火に照らしたり
  鯉濡らす春月老いの寝入りばな
  種物屋主人鳥語のごとくあり
  自画像にささがねの蜘蛛下りるかな
  秩父札所蝌蚪を狸が嗅ぎゆきし 
   

句集『源』野崎憲子(のざき のりこ) 

 
句集『源』より自選  野崎憲子

  
潮騒や純白の蝶てのひらへ

  しやぼん玉芭蕉の耳は小さかり

  雨上りじだじだしだだ揚羽未る

  満月をごくりと飲みぬ爆心地

  霧深し瀬戸大橋は天の川

  釣瓶しこの位置は譲れない

  燧灘(ひうちなだ)月の兎が来てゐるよ

  朝霧はやし源へ還るかな

  猪も鴉も素足ひかり巻く

句集『離氷』 宮川としを


著者略歴 
 昭和8年12月3日 旧樺太(サハリン)生まれ
 北海道砂川出身
 昭和34年、園一勢実兄)の勧めで「氷原地帯」入会。細谷源二に師事。
 36年同人。「氷原帯」賞。
 昭和39年、金子兜太に師事。「海程」同人
 現代俳句協会会員、多摩地区現代俳句協会参与
 「海程」「粒」「銅」同人 「俳句交信」主宰
 読売・日本テレビ文化センター講師 
 大宮・八王子「現代俳句」入門・lリラックス俳句講座講師

 職業
 
 作詞・作曲家
 (社)日本音楽著作権権協会正会員 
 全日本音楽著作家協会常任理事
 日本詩人連盟副会長
 (社)日本作曲家協会会員
 昭和49年 第七回古賀政男賞グランプリ受賞
 

句集『八月の橋』水野真由美(みずの まゆみ)


風の花冠文庫4 発行所 鬣の会   定価 1,000円
略 歴
1957年群馬県前橋市生まれ。和光大学人文学部文学科卒業後、同市にて古書店・山猫館書房を営む。85年金子兜太に師諷その後「俳句空間」新人賞準賞、海程新人賞。俳句誌「未定」、「吟遊」に入会、後に退会。2001年俳句誌「鬣TATEGAMI」を林桂、佐藤清美らと創刊。句集『陸封譚』(七月堂)により第六回中新田俳句大賞受賞。
エッセイ集『猫も歩けば』(山猫館書房)。
共著に『燿-『俳句空間』新鋭作品集』(弘栄堂書店)、
『海程新鋭集2』(海程新社)、『現代の俳人101』(新書館)、など。
現代俳句協会会員、「海程」同人、「鬣」TATEGAMI」編集人。
2008年5月より朝日新聞群馬版・「上毛俳壇」選者。

金子 兜太
真面目な人間である。不真面目な人間である。

暮尾 淳 (詩人)
水野真由美さんのお酒の酔い方や俳句はイノセントで不思議なバランス感覚が潜んでいる。それは摩訶不思議の域に入ってきたようだ。真っ当な批評の眼がいつもどこか瑞々しい。

林  桂 (俳人)
水野さんの俳句は、ネットワークの装置である。

2018年2月17日

句集『蒼穹のカンタービレ』 渡部陽子(わたぺ ようこ)


序文より  渡部陽子と炭大祗      金子兜太

波部陽子の生活姿勢は、率直且つ積極的である。純粋といいかえてもよく、求めて、意に決したことは、こだわりなく実行する。そして実現する。

 日本銀行に勤めていた二十九年のあいだに、同じ職場で出会った中村孝史の影響を受けて、俳句をはじめた。中村が所属する俳誌『海程』に投句して、私の選を受けるようにも
なったのだが、投句しはじめて間もなく、『海程』の大会席上で「かならず新人賞をとります」と宣言した。私は驚き呆れて、逆に注目したわけだが作品は気合が入りすぎて生硬。しかし現象にかまけず自分の内側を見つめてつくっているところが頼もしかった。空ら廻りにならないように助言をしてやってくれよ、と中村に電話をすると、この姦落な男はアハハと笑って、あの人はやりますよ、大丈夫ですよ、と太鼓判を押したのである。
やはり新人賞受賞にまではかなりの時間がかかった。それでも投句を止める気配はさらさらなく、結局受賞した。

 その渡部陽子の積極さに再び感心したのは、日本銀行をさっさと辞めて、宮城学院女子大学の日本文学科に入学したことだった。それもこの中年女性は、自分の娘のような学生といっしょになって入試を受けて合格したのである。同居の母親が高齢だからとか、仕事がきつくなってきたからとか、あれこれ理由はあげるが、根本は次の通りである。大学要覧に自分でこう書いていた。

句集『藍衣』若森京子(わかもり・きょうこ)


 
著者略歴   若森京子(わかもり・きょうこ)
  昭和12年 京城にて生まる
  昭和44年 「水鳥」入会。新樹賞。新鋭賞受賞
  昭和50年 「渦」入会
  昭和52年 「花」入会
  昭和53年 「海程」入会
  昭和58年 第1句集『繍』上梓
  昭和60年 第21回海程賞受賞
  平成元年 第2句集『山繭』上梓
  平成2年  「船団」入会
  平成3年  「花」100号記念。花賞受賞
  平成9年  第3句集『藍瀞』上梓
  平成14年 第4句集『韓藍』上梓
  現  在  「海程」同人。「船団」会員
         現代俳句協会関西地区理事
         兵庫県俳句協会理事
         「半どんの会」会員
         三田市俳句協会会長
         三田市文化協会常任理事


 金子兜太(帯より)  
 若森京子の俳句は、独特の<感覚の艶>と言いたい。生々しい感覚世界が 支えている。
この火とならでは、女性ならでわといいかえてもよい。別のいいかたをすれば、感受の生を徹底して労り、思考の筋目の一本でも付けることを避けて、その逆に、 感受の奥に迫って いく、その直かの掘り込みのエメルギーが確保する生々しい感覚世界といってもよかろう。


   自選十句
  ふいの眼にふいの加齢や晩白柚


  みちのくは青し船箪笥と老いる


  ふらんすちりめん唯一の落し文


  風の峠ペン差したままの羽繕い


  一筆は一艘のゆれ旅の終り


  うたたねの私に岩波文庫の瀬


  和国晴天なり弓なりに冬籠る


  僧三人自然薯という厄介なもの


  脱稿や花野に柔らかい落馬


  白ふくろう胎蔵まんだら灯されて


句集『薄紅子豚』谷口道子



跋 海程編集長  武田伸一

 本句集に付する谷口さんの「あとがき」と「略歴」を読むまでは、まったく知らずにいたのだが、谷口さんは京都大学の農学部を卒業し、高知県の職員として働きながら、しかも夫君と子供二人に家事の分担をお願いしての博士論文の作成に勤しみ、六年がかりで博士号を取得したというのだ。これと決めた事に邁進する意思の強さとやり抜く行動力は、まさにリケジョ (理系女子)の鑑とでも言いたいのだが、ご本人はそれを誇るでもなく、周囲に吹聴することもない。定年の後に、

   学究は私の意志です春の虹       仙台

 と、「春の虹」に控えめの喜びを託した、過去を振り返っての一句を静かに披瀝し
 ているのみである。なんたる謙虚。

  先に、谷口さんのことをリケジョと記したが、意識してかどうかは分からない
 が、そう思わせる作品の一つに、初期の、

   人工衛星冬の星座に至近の軌      土佐湾

がある。人工衛星が、星座の至近距離の辺りを軌道として飛ぶなどとは、科
学者の眼が捉えた直観にほかならないと思う。蛇足ながら、京大卒業後得た文部
 教官としての京都大学水産科(舞鶴市)を辞して、夫君のいる高知県に移住して
のこの句は、連日厚い雪雲の垂れ込める日本海側の舞鶴から、南国土佐に移り住
んでの環境の変化、からりと晴れ上がり、澄んだ冬の夜空を見上げたからこそ得
られた作品に違いなかろう。(以下、「小見出し」の下の地名=順に土佐湾・室戸
岬・仙台・尾道・伏見は、夫君と過ごした、それぞれの作品の生まれた土地・お
およその年代の手がかりになると思われるので、参考までに掲句の下に付記す
る。)

句集 『月光』前川弘明(まえかわ ひろあき) 


       前川弘明略歴
  1935年(昭和10)3月7日長崎生まれ
  1956年(昭和31)7月俳句同人誌「油紋」創刊
           1958年8月通巻21号にて終刊
  1962年(昭和37)「海程」創刊同人
  1985年(昭和60)第17回九州俳句賞
  1991年(平成3)第27回海程賞
  2003年(平成15)4月俳句同人誌「拓」創刊・代表
  2008年(平成20)第23回長崎県文学特別賞
  2010年(平成22)第65回現代俳句協会賞
   //    //  ミハイ・エミネスク賞(ルーマニア)

  句集 「草の上の午餐」(1989年)
      「柵の中の風船」(2001年)
      「樹の下の時間」(2007年)

  現代俳句協会理事、日本現代詩歌文学館振興会評議員
  西九州現代俳句協会会長、九州俳句作家協会会員
  長崎原爆忌平和祈念俳句大会実行委員長


帯より
 俳句を書くということは、多くを言えないというその短い詩形に耐えることである。そのうえで、句の芳醇な創生のためには五七五の音律と季語の有効な活用が望ましい。しかしそれらの活用は表現の手段なのであって、作品の本質そのものではないのである。

自選句
猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり


春兆すコインロッカーに蝶の本


船笛やすずなすずしろ朝の家


水平線のように朝寝しておりぬ


朝日差す殉教の坂朝の林檎


森涼し裸婦とライオンは睡り


金魚愛す白鳥となるバレーリーナ


飛込みのながき一瞬雲の峰


花の雨ガス管に家つながれて


桜狩いつか死ぬ人ばかりくる


男香る夏のはじめの松林


八月の水ぶっかける被曝坂


月光に鶴の絵本を置いておく


夕顔や馬は毛深き首を垂れ


句集「暁暗」植田郁一(うえだ・いくいち)


略歴
昭和6年6月18日 茨城県日立市生れ
昭和22年 植田万象子「いはらき」「萬象」
昭和23年 木村恵州・小倉久治「木馬」
昭和24年 西村白雲郷「未完」創刊に参加、その後同人
昭和33年 西村白雲郷死去、「未完」101号をもって終刊
同  年 稲葉直「未完現実」同人
昭和37年 金子兜太「海程」15号より同人
第5回同人年間賞(海人集1)
第10回海程会賞
現 在「海程」同人・現代俳句協会会員

帯より 金子兜太

暁暗農夫牛馬覚まさず田を覚ましに  郁一

 この人の俳句は、なんといっても庶民の味がある。庶民とは何か、なとどと難しい質問は止めてもらいたい。この言葉に積もっている、それこそ語感というやつをこの人の熟して俳句から味得して欲しい。

句集『福富 健男』(ふくとみ たけお)

 
昭和十一年一月 宮崎市に生まれる
  「流域」「海程」「形象」「吟遊」同人。
  現代俳句協会員 国際俳句交流協会員 世界俳句協会員。
  句集「麦藁帽」(昭和五十四年海程新杜発行)
  句集「河童」(平成元年海程新社発行)
  句集「潮騒」(平成九年海程新社発行)
  句集「流域」(平成17年海程新社発行)
  句集「風景」(平成19年 現代俳句協会刊)
  評文集「河童手帖」-現代俳句編-(平成十四年鉱脈社)
  英訳句集「STRAW HAT」(平成十六年フランス・エスッパ社発行)
  宮崎県日日新聞 読者文芸選者
  宮崎文化センター 俳句講座担当
  

 1980年・1981年

 薮払いのけて陶工の墓のまるみえ

 ラワン材の木目があって白い便器

 長い入江ポティトの白さの婚礼

 夕焼雲へ開きかけの百合を挿し

 ちょうちんざくらに月がふくれてベツレヘム

句集『海の視線』篠喜美子(しの きみこ)

                                  


角川書店 2800円+税
篠喜美子(しのきみこ)略歴 
作詞名    深山来遊(みやま みゆう)
昭和17年  東京都練馬区に生まれる
昭和42年  結婚(2男1女の母、孫5人)
平成12年  読売日本テレビ文化センター八王子、宮川としを教室にて俳句を学ぶ。同主宰の「月刊俳句交信」に参加
平成15年  「海程」(金子兜太主宰)に入会、投句
平成16年  読売日本テレビ文化センター浦和、金子兜大教室と兜門に入門
平成19年  新宿朝日カルチャーセンターにて、金子兜太・安西篤・武田伸一の諸先生の指導のもと現在に至る
現  在  現代俳句協会会員、日本作詩家協会会員、日本詩人連盟会員、日本音楽著作権協会会員、日本音楽著作家連合会員
作詞作品 「紫式部」「母の子守歌」「遅い春」「男の街道」「宵化粧」恋ひとひら」 


序にかえて       金子兜太

   梅雨明けぬわたしの青が点滅す      喜美子


 篠喜美子のこの句、「わたしの青」が個性的だとおもう。この人の感性の深部の綾に興味を覚える。梅雨明けとあるし、明るい夏の緑の盛り上りへの期待感か、とも受取れる、青は端的に憂鬱の色ともとれるので、単純ではない。

「点滅」という微妙な言い方には、内面の複雑なトーンが暗示されているから、明暗方で受取らなければなるまい。梅雨とともに、微妙に複雑にほどけゆく鬱。いやほどけきることはないのかもしれぬ。とにかく格好の現代俳句。


   海程「秀作鑑賞」から 二〇〇八年十一月二十三日

   自選八句

   微睡みはひかりの林薄暑来る

   蛍狩りぼくの無口は軽い罠

   遠淺の海の視線や蚊帳の中

   虎尾草(とらのお)や水辺は人生(ひと)の吹き溜り

   梅雨明けぬわたしの青が点滅す

   冬晴れや両手広げて無題です

   鏡台のおもてうら知り初節句

   能面や桜満開ひとを消す





   絵筆にはとどめきれない野の緑

   花は葉に五右衛門風呂は順番に

   花桐や乳房によせる遠津波

   桐の花どこまで続く母の回廊

   産声が歓声となる麦の秋

   ほうたるがわたしの波長を浸食す

   時空より駆け下りて来し瀧の白

   失敗の数の楽しき浮き巣かな

   春の霞わたしはいつも崖っ縁

   帳尻を合わせる如く茄子を焼く

   葡萄牙(ポルトガル)白亜の蟻は碧空まで

   白壁に幼き落書き原爆忌

   十六夜月CT画像の如く出て

   臨月のマネキンも居り良夜かな

   紫式部逝った月日の淡く濃く

   荒壁のすき間感覚星月夜

   山脈(やまなみ)に構図定めて秋落暉

   無関心の関心きみは牛膝

   徒花や黒目勝ちなる捨案山子

   どの尻も筵藁付け里神楽

   冬至風呂わたし今宵はゼリー状

   冬晴れや青信号をふるまわれ

   うぶすなの男の子(おのこ)がつくる雑煮椀

   小豆粥父はイケメン近衛兵

   ラガー少年海星の如く寝る毛布

   満作咲く言い過ぎたのは君の所為

   遠吠えを折り曲げていく春疾風

   春の雲有情無情を手のひらに

   人の世に切り口上あり花筵

   弱法師春鳥たちの包囲網





     

句集「二月四日」京武久美



著者略歴 
昭和11年2月4日、青森市生まれ。
高校時代、中学時代からの友人寺山修司と全国十代俳句研究誌「牧羊神」を創刊、編集発行。「暖鳥」「天狼」「萬緑」「寒雷」「氷海」「七曜」「埠頭」等を経て、現在は「海程」「黒艦隊」に所属。現代俳句協会会員。 

  自選十句 
  天地漕ぐ音して父母のじゃっぱ汁
  春の雪誰もが忘れ物して漂う
  冬の妻へ和紙人形の押し問答
  雪はげしわれを手込めのわれを憎む
  全身葉っぱ母の雲ほどの春がきて
  コスモスやうたた寝のはか流れるだけ
  てんとうむし曝書に溺れ無芸なり
  空っ風鬱を育てて父に及ぶ
  枯野行けば冒頭に男が靡く景
  言い負けいて二月四日の山を見る

句集『民話の罠』永田タヱ子(ながた たえこ)


著書略歴 
  永田タヱ子(ながた・たえこ)
  昭和45年 句集『ハワイ旅日記』
  昭和49年 句集『ヨーロッパ旅日記』
  昭和50年 句集Fカナダ・アメリカ旅日記』
  昭和51年 句集『オーストリア旅日記』
       (インスブルックオリンピック冬季観戦)
  昭和53年 句集『メキシコ・アメリカ旅日記』
  昭和54年 句集『カナダ・中南米・アメリカ旅日記』
  昭和63年 句集『永田伸』
  平成2年 句集『掌』
  平成15年 句集『鳥の夢』
  現代俳句協会会員 九州俳句所属
  宮崎県俳句協会会員 宮崎県現代俳句協会会員
  「海程」同人 流域 小林合歓の句会世話人   

         谷おぼろ扁平足の母と寝る

     神無月だから寝覚めのはにかみぬ

    海鳴りをかぶる一戸の灯をまもる

    そののちを語らぬ卯波溺谷

    天の水張り棚田逆さ富士

句集『漆黒の翼』山本 掌(やまもと しょう)


山本 掌(しょう)

俳句とは/ 季の/ 切れの /五・七・五十七音の迷宮/ 有漏路をてらす /月あかり小宇宙(ミクロ)から/ 大宇宙(マクロ)への言の葉の/ その一閃   

前橋生まれ
1989年、金子兜太と出会い、俳句を始める。
1994年より、自作、金子兜太の俳句にオリジナル俳句歌曲を〈花唱風弦〉と題し、各地で上演。
2003年、「おくのほそ道」を語り歌う試みを企画。構成、脚色し〈俳句〉を演奏する。「海程」同人、現代俳句協会会員、二期会会員

「恋」

飛花落花月のあかりの流るるも

夜熟れていわば落花を錨とし

空(くう)なるや寝台かこむ春怒濤

わが渇く春雷遠く鳴りしころ

桜蘂降りぬ傷の記憶の潤むかな

梅青しまろまろと真昼こぼるる

きりぎしは夜に触れしか花柘榴

句集『破顔』中村孝史(なかむら たかし)



略歴
中村孝史 略歴昭和11年  大阪市此花区に生まれる
昭和19年  山形県米沢市に疎開
昭和20年  山形県高畠町に疎開
昭和30年  山形県立米沢商業高校卒業
日本銀行仙台支店入行(在職中、本店、札幌、仙台、福島、仙台、金沢、仙台と転勤)
昭和49年  「海程」へ投句
昭和53年  「海程」新人賞
昭和54年  「海程」同人
昭和58年  現代俳句協会会員
昭和9年   日本銀行定年退職
現在     宮城県現代俳句協会幹事長
句集     『童顔』(平成3年刊)

高野ムツオ帯より
中村孝史は背が大きく手が大きい。どんなものでも、その手でぐっと掴む。力強く、限りなく優しく、それはそのまま中村孝史の俳句なのだ。

高野ムツオ十句選

薄氷の夕かげにありわが陸奥

子が娶りわが胸奥の植田澄む

石っころで居たし五月の陸前に

秋高し東北地方をてのひらに