2018年2月18日

句集『八月の橋』水野真由美(みずの まゆみ)


風の花冠文庫4 発行所 鬣の会   定価 1,000円
略 歴
1957年群馬県前橋市生まれ。和光大学人文学部文学科卒業後、同市にて古書店・山猫館書房を営む。85年金子兜太に師諷その後「俳句空間」新人賞準賞、海程新人賞。俳句誌「未定」、「吟遊」に入会、後に退会。2001年俳句誌「鬣TATEGAMI」を林桂、佐藤清美らと創刊。句集『陸封譚』(七月堂)により第六回中新田俳句大賞受賞。
エッセイ集『猫も歩けば』(山猫館書房)。
共著に『燿-『俳句空間』新鋭作品集』(弘栄堂書店)、
『海程新鋭集2』(海程新社)、『現代の俳人101』(新書館)、など。
現代俳句協会会員、「海程」同人、「鬣」TATEGAMI」編集人。
2008年5月より朝日新聞群馬版・「上毛俳壇」選者。

金子 兜太
真面目な人間である。不真面目な人間である。

暮尾 淳 (詩人)
水野真由美さんのお酒の酔い方や俳句はイノセントで不思議なバランス感覚が潜んでいる。それは摩訶不思議の域に入ってきたようだ。真っ当な批評の眼がいつもどこか瑞々しい。

林  桂 (俳人)
水野さんの俳句は、ネットワークの装置である。

2018年2月17日

句集『蒼穹のカンタービレ』 渡部陽子(わたぺ ようこ)


序文より  渡部陽子と炭大祗      金子兜太

波部陽子の生活姿勢は、率直且つ積極的である。純粋といいかえてもよく、求めて、意に決したことは、こだわりなく実行する。そして実現する。

 日本銀行に勤めていた二十九年のあいだに、同じ職場で出会った中村孝史の影響を受けて、俳句をはじめた。中村が所属する俳誌『海程』に投句して、私の選を受けるようにも
なったのだが、投句しはじめて間もなく、『海程』の大会席上で「かならず新人賞をとります」と宣言した。私は驚き呆れて、逆に注目したわけだが作品は気合が入りすぎて生硬。しかし現象にかまけず自分の内側を見つめてつくっているところが頼もしかった。空ら廻りにならないように助言をしてやってくれよ、と中村に電話をすると、この姦落な男はアハハと笑って、あの人はやりますよ、大丈夫ですよ、と太鼓判を押したのである。
やはり新人賞受賞にまではかなりの時間がかかった。それでも投句を止める気配はさらさらなく、結局受賞した。

 その渡部陽子の積極さに再び感心したのは、日本銀行をさっさと辞めて、宮城学院女子大学の日本文学科に入学したことだった。それもこの中年女性は、自分の娘のような学生といっしょになって入試を受けて合格したのである。同居の母親が高齢だからとか、仕事がきつくなってきたからとか、あれこれ理由はあげるが、根本は次の通りである。大学要覧に自分でこう書いていた。

句集『藍衣』若森京子(わかもり・きょうこ)


 
著者略歴   若森京子(わかもり・きょうこ)
  昭和12年 京城にて生まる
  昭和44年 「水鳥」入会。新樹賞。新鋭賞受賞
  昭和50年 「渦」入会
  昭和52年 「花」入会
  昭和53年 「海程」入会
  昭和58年 第1句集『繍』上梓
  昭和60年 第21回海程賞受賞
  平成元年 第2句集『山繭』上梓
  平成2年  「船団」入会
  平成3年  「花」100号記念。花賞受賞
  平成9年  第3句集『藍瀞』上梓
  平成14年 第4句集『韓藍』上梓
  現  在  「海程」同人。「船団」会員
         現代俳句協会関西地区理事
         兵庫県俳句協会理事
         「半どんの会」会員
         三田市俳句協会会長
         三田市文化協会常任理事


 金子兜太(帯より)  
 若森京子の俳句は、独特の<感覚の艶>と言いたい。生々しい感覚世界が 支えている。
この火とならでは、女性ならでわといいかえてもよい。別のいいかたをすれば、感受の生を徹底して労り、思考の筋目の一本でも付けることを避けて、その逆に、 感受の奥に迫って いく、その直かの掘り込みのエメルギーが確保する生々しい感覚世界といってもよかろう。


   自選十句
  ふいの眼にふいの加齢や晩白柚


  みちのくは青し船箪笥と老いる


  ふらんすちりめん唯一の落し文


  風の峠ペン差したままの羽繕い


  一筆は一艘のゆれ旅の終り


  うたたねの私に岩波文庫の瀬


  和国晴天なり弓なりに冬籠る


  僧三人自然薯という厄介なもの


  脱稿や花野に柔らかい落馬


  白ふくろう胎蔵まんだら灯されて


句集『薄紅子豚』谷口道子



跋 海程編集長  武田伸一

 本句集に付する谷口さんの「あとがき」と「略歴」を読むまでは、まったく知らずにいたのだが、谷口さんは京都大学の農学部を卒業し、高知県の職員として働きながら、しかも夫君と子供二人に家事の分担をお願いしての博士論文の作成に勤しみ、六年がかりで博士号を取得したというのだ。これと決めた事に邁進する意思の強さとやり抜く行動力は、まさにリケジョ (理系女子)の鑑とでも言いたいのだが、ご本人はそれを誇るでもなく、周囲に吹聴することもない。定年の後に、

   学究は私の意志です春の虹       仙台

 と、「春の虹」に控えめの喜びを託した、過去を振り返っての一句を静かに披瀝し
 ているのみである。なんたる謙虚。

  先に、谷口さんのことをリケジョと記したが、意識してかどうかは分からない
 が、そう思わせる作品の一つに、初期の、

   人工衛星冬の星座に至近の軌      土佐湾

がある。人工衛星が、星座の至近距離の辺りを軌道として飛ぶなどとは、科
学者の眼が捉えた直観にほかならないと思う。蛇足ながら、京大卒業後得た文部
 教官としての京都大学水産科(舞鶴市)を辞して、夫君のいる高知県に移住して
のこの句は、連日厚い雪雲の垂れ込める日本海側の舞鶴から、南国土佐に移り住
んでの環境の変化、からりと晴れ上がり、澄んだ冬の夜空を見上げたからこそ得
られた作品に違いなかろう。(以下、「小見出し」の下の地名=順に土佐湾・室戸
岬・仙台・尾道・伏見は、夫君と過ごした、それぞれの作品の生まれた土地・お
およその年代の手がかりになると思われるので、参考までに掲句の下に付記す
る。)

句集 『月光』前川弘明(まえかわ ひろあき) 


       前川弘明略歴
  1935年(昭和10)3月7日長崎生まれ
  1956年(昭和31)7月俳句同人誌「油紋」創刊
           1958年8月通巻21号にて終刊
  1962年(昭和37)「海程」創刊同人
  1985年(昭和60)第17回九州俳句賞
  1991年(平成3)第27回海程賞
  2003年(平成15)4月俳句同人誌「拓」創刊・代表
  2008年(平成20)第23回長崎県文学特別賞
  2010年(平成22)第65回現代俳句協会賞
   //    //  ミハイ・エミネスク賞(ルーマニア)

  句集 「草の上の午餐」(1989年)
      「柵の中の風船」(2001年)
      「樹の下の時間」(2007年)

  現代俳句協会理事、日本現代詩歌文学館振興会評議員
  西九州現代俳句協会会長、九州俳句作家協会会員
  長崎原爆忌平和祈念俳句大会実行委員長


帯より
 俳句を書くということは、多くを言えないというその短い詩形に耐えることである。そのうえで、句の芳醇な創生のためには五七五の音律と季語の有効な活用が望ましい。しかしそれらの活用は表現の手段なのであって、作品の本質そのものではないのである。

自選句
猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり


春兆すコインロッカーに蝶の本


船笛やすずなすずしろ朝の家


水平線のように朝寝しておりぬ


朝日差す殉教の坂朝の林檎


森涼し裸婦とライオンは睡り


金魚愛す白鳥となるバレーリーナ


飛込みのながき一瞬雲の峰


花の雨ガス管に家つながれて


桜狩いつか死ぬ人ばかりくる


男香る夏のはじめの松林


八月の水ぶっかける被曝坂


月光に鶴の絵本を置いておく


夕顔や馬は毛深き首を垂れ


句集「暁暗」植田郁一(うえだ・いくいち)


略歴
昭和6年6月18日 茨城県日立市生れ
昭和22年 植田万象子「いはらき」「萬象」
昭和23年 木村恵州・小倉久治「木馬」
昭和24年 西村白雲郷「未完」創刊に参加、その後同人
昭和33年 西村白雲郷死去、「未完」101号をもって終刊
同  年 稲葉直「未完現実」同人
昭和37年 金子兜太「海程」15号より同人
第5回同人年間賞(海人集1)
第10回海程会賞
現 在「海程」同人・現代俳句協会会員

帯より 金子兜太

暁暗農夫牛馬覚まさず田を覚ましに  郁一

 この人の俳句は、なんといっても庶民の味がある。庶民とは何か、なとどと難しい質問は止めてもらいたい。この言葉に積もっている、それこそ語感というやつをこの人の熟して俳句から味得して欲しい。

句集『福富 健男』(ふくとみ たけお)

 
昭和十一年一月 宮崎市に生まれる
  「流域」「海程」「形象」「吟遊」同人。
  現代俳句協会員 国際俳句交流協会員 世界俳句協会員。
  句集「麦藁帽」(昭和五十四年海程新杜発行)
  句集「河童」(平成元年海程新社発行)
  句集「潮騒」(平成九年海程新社発行)
  句集「流域」(平成17年海程新社発行)
  句集「風景」(平成19年 現代俳句協会刊)
  評文集「河童手帖」-現代俳句編-(平成十四年鉱脈社)
  英訳句集「STRAW HAT」(平成十六年フランス・エスッパ社発行)
  宮崎県日日新聞 読者文芸選者
  宮崎文化センター 俳句講座担当
  

 1980年・1981年

 薮払いのけて陶工の墓のまるみえ

 ラワン材の木目があって白い便器

 長い入江ポティトの白さの婚礼

 夕焼雲へ開きかけの百合を挿し

 ちょうちんざくらに月がふくれてベツレヘム

句集『海の視線』篠喜美子(しの きみこ)

                                  


角川書店 2800円+税
篠喜美子(しのきみこ)略歴 
作詞名    深山来遊(みやま みゆう)
昭和17年  東京都練馬区に生まれる
昭和42年  結婚(2男1女の母、孫5人)
平成12年  読売日本テレビ文化センター八王子、宮川としを教室にて俳句を学ぶ。同主宰の「月刊俳句交信」に参加
平成15年  「海程」(金子兜太主宰)に入会、投句
平成16年  読売日本テレビ文化センター浦和、金子兜大教室と兜門に入門
平成19年  新宿朝日カルチャーセンターにて、金子兜太・安西篤・武田伸一の諸先生の指導のもと現在に至る
現  在  現代俳句協会会員、日本作詩家協会会員、日本詩人連盟会員、日本音楽著作権協会会員、日本音楽著作家連合会員
作詞作品 「紫式部」「母の子守歌」「遅い春」「男の街道」「宵化粧」恋ひとひら」 


序にかえて       金子兜太

   梅雨明けぬわたしの青が点滅す      喜美子


 篠喜美子のこの句、「わたしの青」が個性的だとおもう。この人の感性の深部の綾に興味を覚える。梅雨明けとあるし、明るい夏の緑の盛り上りへの期待感か、とも受取れる、青は端的に憂鬱の色ともとれるので、単純ではない。

「点滅」という微妙な言い方には、内面の複雑なトーンが暗示されているから、明暗方で受取らなければなるまい。梅雨とともに、微妙に複雑にほどけゆく鬱。いやほどけきることはないのかもしれぬ。とにかく格好の現代俳句。


   海程「秀作鑑賞」から 二〇〇八年十一月二十三日

   自選八句

   微睡みはひかりの林薄暑来る

   蛍狩りぼくの無口は軽い罠

   遠淺の海の視線や蚊帳の中

   虎尾草(とらのお)や水辺は人生(ひと)の吹き溜り

   梅雨明けぬわたしの青が点滅す

   冬晴れや両手広げて無題です

   鏡台のおもてうら知り初節句

   能面や桜満開ひとを消す





   絵筆にはとどめきれない野の緑

   花は葉に五右衛門風呂は順番に

   花桐や乳房によせる遠津波

   桐の花どこまで続く母の回廊

   産声が歓声となる麦の秋

   ほうたるがわたしの波長を浸食す

   時空より駆け下りて来し瀧の白

   失敗の数の楽しき浮き巣かな

   春の霞わたしはいつも崖っ縁

   帳尻を合わせる如く茄子を焼く

   葡萄牙(ポルトガル)白亜の蟻は碧空まで

   白壁に幼き落書き原爆忌

   十六夜月CT画像の如く出て

   臨月のマネキンも居り良夜かな

   紫式部逝った月日の淡く濃く

   荒壁のすき間感覚星月夜

   山脈(やまなみ)に構図定めて秋落暉

   無関心の関心きみは牛膝

   徒花や黒目勝ちなる捨案山子

   どの尻も筵藁付け里神楽

   冬至風呂わたし今宵はゼリー状

   冬晴れや青信号をふるまわれ

   うぶすなの男の子(おのこ)がつくる雑煮椀

   小豆粥父はイケメン近衛兵

   ラガー少年海星の如く寝る毛布

   満作咲く言い過ぎたのは君の所為

   遠吠えを折り曲げていく春疾風

   春の雲有情無情を手のひらに

   人の世に切り口上あり花筵

   弱法師春鳥たちの包囲網





     

句集「二月四日」京武久美



著者略歴 
昭和11年2月4日、青森市生まれ。
高校時代、中学時代からの友人寺山修司と全国十代俳句研究誌「牧羊神」を創刊、編集発行。「暖鳥」「天狼」「萬緑」「寒雷」「氷海」「七曜」「埠頭」等を経て、現在は「海程」「黒艦隊」に所属。現代俳句協会会員。 

  自選十句 
  天地漕ぐ音して父母のじゃっぱ汁
  春の雪誰もが忘れ物して漂う
  冬の妻へ和紙人形の押し問答
  雪はげしわれを手込めのわれを憎む
  全身葉っぱ母の雲ほどの春がきて
  コスモスやうたた寝のはか流れるだけ
  てんとうむし曝書に溺れ無芸なり
  空っ風鬱を育てて父に及ぶ
  枯野行けば冒頭に男が靡く景
  言い負けいて二月四日の山を見る

句集『民話の罠』永田タヱ子(ながた たえこ)


著書略歴 
  永田タヱ子(ながた・たえこ)
  昭和45年 句集『ハワイ旅日記』
  昭和49年 句集『ヨーロッパ旅日記』
  昭和50年 句集Fカナダ・アメリカ旅日記』
  昭和51年 句集『オーストリア旅日記』
       (インスブルックオリンピック冬季観戦)
  昭和53年 句集『メキシコ・アメリカ旅日記』
  昭和54年 句集『カナダ・中南米・アメリカ旅日記』
  昭和63年 句集『永田伸』
  平成2年 句集『掌』
  平成15年 句集『鳥の夢』
  現代俳句協会会員 九州俳句所属
  宮崎県俳句協会会員 宮崎県現代俳句協会会員
  「海程」同人 流域 小林合歓の句会世話人   

         谷おぼろ扁平足の母と寝る

     神無月だから寝覚めのはにかみぬ

    海鳴りをかぶる一戸の灯をまもる

    そののちを語らぬ卯波溺谷

    天の水張り棚田逆さ富士

句集『漆黒の翼』山本 掌(やまもと しょう)


山本 掌(しょう)

俳句とは/ 季の/ 切れの /五・七・五十七音の迷宮/ 有漏路をてらす /月あかり小宇宙(ミクロ)から/ 大宇宙(マクロ)への言の葉の/ その一閃   

前橋生まれ
1989年、金子兜太と出会い、俳句を始める。
1994年より、自作、金子兜太の俳句にオリジナル俳句歌曲を〈花唱風弦〉と題し、各地で上演。
2003年、「おくのほそ道」を語り歌う試みを企画。構成、脚色し〈俳句〉を演奏する。「海程」同人、現代俳句協会会員、二期会会員

「恋」

飛花落花月のあかりの流るるも

夜熟れていわば落花を錨とし

空(くう)なるや寝台かこむ春怒濤

わが渇く春雷遠く鳴りしころ

桜蘂降りぬ傷の記憶の潤むかな

梅青しまろまろと真昼こぼるる

きりぎしは夜に触れしか花柘榴

句集『破顔』中村孝史(なかむら たかし)



略歴
中村孝史 略歴昭和11年  大阪市此花区に生まれる
昭和19年  山形県米沢市に疎開
昭和20年  山形県高畠町に疎開
昭和30年  山形県立米沢商業高校卒業
日本銀行仙台支店入行(在職中、本店、札幌、仙台、福島、仙台、金沢、仙台と転勤)
昭和49年  「海程」へ投句
昭和53年  「海程」新人賞
昭和54年  「海程」同人
昭和58年  現代俳句協会会員
昭和9年   日本銀行定年退職
現在     宮城県現代俳句協会幹事長
句集     『童顔』(平成3年刊)

高野ムツオ帯より
中村孝史は背が大きく手が大きい。どんなものでも、その手でぐっと掴む。力強く、限りなく優しく、それはそのまま中村孝史の俳句なのだ。

高野ムツオ十句選

薄氷の夕かげにありわが陸奥

子が娶りわが胸奥の植田澄む

石っころで居たし五月の陸前に

秋高し東北地方をてのひらに

句集『出羽諸人』武田伸一 (たけだ しんいち)

ボイラー室にミヤノオダマキと感情と    伸一 

著者略歴 武田伸一
昭和10年、秋田県能代市生まれ
昭和25年、「氷原帯」入会。以後「青年俳句」「風」「寒雷」等を遍歴
昭和28年より、「合歓」会員を経て同人
昭和37年、金子兜太創刊の「海程」参加
昭和41年、現代俳句協会会員
昭和52年、第13回「海程賞」受賞
平成7年より、「海程編集長」
平成11年、第54回現代俳句協会賞受賞
現在、現代俳句協会理事・朝日カルチャーランター講師
句集『武田伸一句集』
発行所、株式会社角川書店  2800円〈税別〉

   金子兜太序文より〈抜粋〉

   霜月神楽母の乳房のからからと

   出羽人の踊りの腰のひびきかな

   亡者ゆつくり秋田音頭の猥娯しむ

   田仕舞いと六年生の下校かな

   役場職員カモシカを見て潟を見る

   さようなら出羽諸人の短躯短躯

句集『素秋』『秋情』安西 篤(あんざい あつし)


東京四季出版 2800E
帯  金子兜太

あるがままの生きざまを人生の秋に重ねて『素秋』の題名に含意させた安西篤晩年の成熟をそこに観る。
著者略歴 安西篤(あんざいあつし)

昭和7年(1932)三重県生まれ
昭和21年 旧満州より引き上げ後独学で俳句を始める
昭和32年 見学玄、船戸竹雄両氏の知遇を得て、梅田桑弧編集の「胴」同人となる
昭和35年「風」投句、翌年金子兜太先生に出会う
昭和37年 「海程」入会、同人となる
昭和59年より62年まで「海程」編集長
平成3年 海程賞受賞
平成26年 現代俳句協会賞受賞
平成29年 現代俳句大賞受賞
現 在  現代俳句協会顧問、国際俳句交流協会副会長、海程会会長、「西北の森」同人、朝日カルチャーセンター・俳句句講座、よみうり浦和カルチャー俳句講座講師
著 書  句集『多摩蘭坂』「秋情」『秋の道』評論「秀句の条件」『金子兜太』「現代俳句の断想」
共 著 「現代の俳人101」(新書館、平成14年)、現代俳句歳時記」(現代俳句協会、平成11年)

句集「緑林l 」「柵の中の風船」前川弘明(まえかわひろあき)



著者略歴  前川弘明(まえかわ ひろあき)
・1935年3月長崎市生まれ
.「海程」同人(同人会副会長)
・現代俳句協会会員
・九州俳句作家協会会員
・長崎原爆忌平和祈念俳句大会実行委員長
.昭和60年 第17回九州俳句賞
.平成3年 第27回海程賞
・句集「草の上の午餐」(平成元年)
・句集「柵の中の風船」(平成13年)

句集20句抄
天界の火の粉を蒐(あつ)め曼珠沙華
朝はじまる青年に澄む腕時計
音楽にふれた蜜蜂から落ちる
キリストのゆるき腰布よ桃の莎
ああ五月いとしき祖国緑なす
雷鳴がピアノの上を通りけり
船長の帽子の中のきりぎりす
掛大根白くて聖堂が見えぬ
冬森の奥の動悸を聴きにゆく
父祖よりの礼節の血や稲の花
標本の蝶美し磔刑のかたち
虹架かる川は素足で渉るべし
こわれゆく母美しき花氷
刃を入れて桃を愛していたと思う
泣きじゃくる百合は牛乳瓶に挿す
その鍵は月光館に置いてある
ぶらんこ漕ぐ行方不明になりたくて
投光が原子炉舐める春の闇
きえるため海に雪ふるみんなでふる
白鳥がぐわぐわ十二月八日

句集『曜 野』柚木紀子

句集『曜 野』柚木紀子(ゆき のりこ)

角川書店   定価2667円
≪野≫は詩人が聖なる≪声≫を聴く場。
天体も花鳥も≪光てふ識閾≫をことさら詠もうとし・・・・一句一句から≪死から生を見るもの≫でありたかったら

著者略歴

柚木紀子(ゆき のりこ)本名 小木曽紀子
昭和八年十二月二目 東京生れ
昭和十九年 神奈川県鵠沼・群馬県館林・長野県軽井沢に疎開
昭和二十年 父・正田順四郎戦災死 叔父・原正路叔母・原筆子・広島にて原爆死
昭和三十一年 東京女子大学文学部英米文学科卒業
昭和三十七年 山口青邸より『夏草』新人賞受賞
昭和六十年 金子兜太より『海程』新人賞受賞
平成三年 第三十七回角川俳句賞受賞
句集『名なき目』『岸の黄』『麺麹の韻』『鹵凡(ろぼん)』
『ミスティカ』日本文藝家協会会員 俳人協会会員 元国際俳句交流協会会員

自選十二句
虹顕(た)つや海汲みつくさむと幼な
昼と言做(いひな)さるる光葡萄垂る
短夜の問ひつめ合うて双耳峰
夏至満月さきをととひの森の上
太初(はじめ)からそこに笛方秋夕焼
羽黒山肺葉ふかうつめたうし
内陣を窺ふごとし露の玉
水面てふ識閾(しきゐき)残(のこ)んの百日紅
全円の地平真芯に葡萄剪る
従容(しょうよう)と山河ありダイヤモンドダスト
冬銀河灌(そそ)ぎ出さるる途中かな
粥柱もつともあたらしい記憶

2018年1月15日

海程創刊から25周年まで


一年目・昭和37年(1962)4月・1号――38年(1963)2月・6号

 『海程』は昭和37年(1962)4月1日に創刊された。濃紺一色の表紙の上部に海程と大きく白く横に抜き、右下に創刊号と小さく白く抜いてある。この表紙は3号まで続き、4号からは新進の書家・北谷正炳が海程と大きく縦書きした字が、同じ濃紺の地に白く抜かれるようになり、やがてそれが横書きになって現在まで続く。北谷は金子兜太の戦地トラック島での友人である。

 隔月刊。この当時、俳句誌の隔月刊は珍しかったわけだが、十分に時間をかけて句作りしようというのが表向きの理由だった。しかし、本当の理由は費用を極力節約して長続きさせようというところにあった。発行者は出沢三太、編集者は金子兜太、印刷者は蒲地軍治と奥付にあるが、編集実務は酒井弘司が当たっていて、酒井が初代編集長である。印刷所も酒井の紹介による。ただし、5号から大井雅人と交替した。大井が二代目の編集長。

 海程は同人誌として出発した。4号に「海程の規約」がのっているが(その後しばしば改正されたが)、冒頭に「海程は同人・海王集作者・会友により構成され」と記されている。創刊同人は30名で、創刊号、2号、3号にそれぞれ20代、30代、40代に分けて作品特集を行った。顔ぶれ、左の通り。

〈20代〉谷口視哉、仲上隆夫、山中葛子、前川弘明、芦田きよし、酒井弘司、岑伸六。
(30代)山崎あきら、島田陣子、井倉宏、林田紀音夫、佐藤豹一郎、河本泰、上月章、山口雅風子、大井雅人、米沢和人、八反田宏、柳原天風子。(40代)堀葦男、小田保、津田鉄夫、隈治人、藤原七兎、小山清峯、出沢珊太郎(三太)、境三郎、鷲見流一、金子兜太。

2017年12月24日

兜太のエッセー「日記買う」 

更級日記

 歳末は「日記を買う」ときであり、「日記果つ」のときでもある。終わった日記は「古日記」となる。また、新年の季語に「日記初 にっきはじめ」があって、これは買った日記帳に日記を書きはじめることで、このときの新しい日記帳を「初日記」という。

 これらの言葉はすべて季語として俳句歳時記に収録されているわけだが、当節、日記をつける人幾莫なりや、と思う。官庁や会社に勤めている人は 案外個人の日記を記すことが少ないのではないか、とも思う。十年前に私は銀行勤めを辞めているのだが、在職中の感じでも(まったく感じに止まるのだが)、日記をつけている人は少なかったようだ。なかには、日記などは未練がましい、と話していた人もいた。過ぎたことなんかどうでもよいではないか、という徹底した現実主義である。

 しかし、私はかれこれ三十年間日記をつけつづけているのである。ただし「三年連続日記」という怠け者向き日記帳だからあまり自慢にはならない。怠け者向きのせいか、この日記帳はよく売れているようで、三年目ごとに新しい日記帳を買うとき。いつも売り切れていて、しばらく待って取り寄せてもらっている。この種のメモ風のものなら、けっこう大勢の人がつけているのかもしれぬ。

2017年12月10日

木曾のなあ木曾の炭馬並び糞(ま)る


北海道の道産馬、九州宮崎の御崎馬、そしてこの木曽馬が、日本古来の三大在来種です。現在開田高原では、木曽馬の里や木曽馬保存会が、貴重な存在になってしまった木曽馬の繁殖と保護活動をしています。



木曾のなあ木曾の炭馬並び糞(ま)     金子兜太      『少年』
             
池田 この「木曾のなあ」はねえ……。やられました。

金子 これが最後の句、兵隊に行く前の。大学は繰り上げ卒業で、一人旅をし
ひでをというのが名古屋にいて、そこに泊まって、それから木曾ヘー人で入って、帰ってきて、それから兵隊行ったんです。その時の句でしたね。

池田 その意味でも作者は忘れ難いですね。それが、もう見事にこれは兜太節。

金子 うん、そうなんだ。

池田 兜太節の完成がね、早いんですよね。

金子 うん、早い。

池田 ですから体がそうなんですね。きっとね。

金子 秩父音頭のような民謡ばかり聴いてきたというのがあるんでしょうなあ。

池田 ’木曾のなあ‘とこれ持ってこられたのがとても癪です。この詠み方、もう
誰も出米ないじゃないですか。

金子 できないでしょうなあ。これは自慢なんですねえ。ちょうど冬なのにも
かかわらず広場で木曾節やってたんです。私も行ってみたんです。翌朝、駅に
向かってたら、だーっと並んでた。これから仕事に行くっていうんでね、ふーっ
とやってたんです。これは実景です。「炭馬」つていって炭を運ぶ馬。その頃は
山で炭を作って、それを馬で運んでた。それを「炭馬」つていうんです。

池田 足の短い丈夫な馬が目に浮かびます。

金子 丈夫な馬です。木曾の馬で。俺の句を、生涯にわたって一句だけ褒めた
男がいる。褒めたのはこの一句だけ。

池田 この一句だけと言えば、山本健吉ですね。

金子 そう山本健吉が、唯一この句だけ褒めた。

2017年12月9日

兜太のエッセー 「雪」


 辺地雪舞う殊にバキュームカーのまわり

 西海は佐世保の住、阪口胚子の俳句だが、涯子は医師。八十四歳で他界している。若い頃から俳句をつくっていて、昭和前期の新興俳句運動の有力な作り手の一人だった。
「辺地」という言い方に涯子らしい語感があるわけで、一般的には「過疎地(帯)」「過疎」というところだが、胚子はこうした生硬な語感を好まなかった。

 その荒れて人もまばらな地帯に雪が舞うように降っている。降る、といい切れない感じで降っている。ことに、そこに停正しているバキュームカーのまわりに舞うのが目立つ。バキュームカーそのものが目立つからだが、この車がそこにあり、その向こうに人家があることも不思議なくらいの、草枯れの地帯なのだ。だから人間臭いもの、とくに人工のものは奇異な感じを与えるくらいに目立つ。いつまでも記憶に残って、わびしさを誘う。
そのまわりに舞う雪とともに。

2017年11月20日

海程創刊50周年記念アンソロジー【同人の章・ま行~わ行】

  前 川 弘 明
船笛やすずなすずしろ朝の家
水平線のように朝寝をしておりぬ
花の雨ガス管に家つながれて
トランプはみな開かれて鳥の恋
桜狩いつか死ぬ人ばかりくる
夕顔や馬は毛深き首を垂れ
飛込みのながき一瞬雲の峰
八月の水ふっかける被爆坂
月光に鶴の絵本を置いておく
猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり

  前 田 典 子
蝶一双水のひかりを縒り上ぐる
村の葬どんじゃらじゃらと陽炎へり
青嵐乞はれて母を抱(い)だきしこと
まむし草漢ふたりが見せにくる
狐出てまぶしき青葉しぐれかな
高僧に母霧に山肌ありにけり
黄菊白菊どのバンザイも嫌ひなり
塹壕のまだあたらしき霧の音
鷹一つまばたくや崎かがやけり
澄む水の核につながりゆく無音

2017年11月19日

兜太のエッセー『冬紅葉』

  

 夏の長雨で紅葉の発色がよくないといわれているが、11月半ば、中越の長岡に出向いた折に通過した湯沢温泉の紅葉はなかなかの彩りだった。
 雪があちこちに積もっていたせいもあるが、雪と紅葉の照応が鮮やかで、これぞ冬紅葉と思えたのである。12月になれば散ってしまうだろう。しかし、あんがい残っていて、「残る紅葉」の美しさを、こんなぐあいに再び見せてくれるかもしれない。
 長岡市の金峯神社に井上井月の句碑が建ったので、そこを訪れる。ほかにも数基建てられたのだが、この句碑の句は、

  行暮し越路や榾の遠明り

 で、越後望郷の作だった。後ろに欅の大樹があって、これも冬紅葉。さかんに葉を散らせていた。
 井月は南信伊那の山峡を約30年間、俳諧とともに歩き廻って野垂れ死にした人物である。死んだのが明治22(1887)年、66歳といわれているから、伊那入りは安政年間だったろう。明治維新までたったの十年と迫っていた時代で、私の頭には安政の大獄と30歳の吉田松陰の刑死が浮かぶ。

海程創刊50周年記念アンソロジー【同人の章・な行~た行】

    永 井 徹 寒
路線バスが踊りはじめた 地震だっ
電車不通歩けど行けど首都圏は
歩く群集早や消えてゆく春の夕焼け
津波は家を車を人を ああ神様
瓦礫原をさ迷い親や子見つからず
瓦礫原を舞い舞う風花 ありがとう
ひろしまの空にひと部屋 茜雲
脳ちぢむとき音がする 弾の音
眠って自転とてつもない愉快だ地球
夢は帆を上げ沈めば海の底の貝

  永 井   幸
粥すするくずれし遺跡ゆくような
小鏡に雪ちらちらと巨石群
花満開いつも無口な樹の力
夏薊ぶつかり合うのも挨拶です
夜の秋人はしゃがんで考える
菜種油二合下さいほほえみも
長き夜や嗚呼診断書の簡潔さ
野の枯れのささやく声す手足かな
じんわりとてのひら痒し干菜風呂
いっだって台詞のように雪降りくる

2017年11月18日

海程創刊50周年記念アンソロジー【同人の章・さ行~た行】


 斉 木 ギ ニ
バックミラーに消える途中の白あやめ
五体投地なにか言いけり海を指し
みしらぬ岸を崖と名づけて旅つづく
はぐれてから記憶はじまる雁が飛ぶ
感情の広い林にパセリの家
この雪は積もるよと言う 思わない
一晩中鶴を通して鏡曇る
白樺は小鬼見終わり眠るかな
Smileを菫と書いて手紙終ゆ
ふらここという空中都市に一人かな


  齋 藤 一 湖
青山河薄い風景縫い合わす
素潜りはゆっくり空へ還るかたち
伊勢青し頑固な螺子が一つ取れ
鉦叩知恵なき我は打たれよう
原子村廻りは桃で囲もうか
金縛りのごと夕焼け見ておりぬ
風鈴や今夜の風が遅刻せり
曲り瓜どこか寄り道してるはず
最澄の一滴重し山の萩
凩のような説法聞いている

2017年10月1日

他流試合――俳句入門真剣勝負! (講談社+α文庫) 文庫 961円

他流試合――俳句入門真剣勝負! (講談社+α文庫) 文庫  961円


まえがき・ いとうせいこう
1  俳句は「切れのかたまり」なり
2 定型は「スピードを得るための仕組み」なり
3 「新俳句」の新しさはここにあり
4 アニミズムは「いのちそのもの」なり
5 吟行はこうして楽しむべし
 終わりに-非人称の文字空間に戯れる

金子兜太 著書一覧 (画像・説明付き)

金子兜太句集、著書データー一覧表リンク(ご参考に)
http://kanekotota.blogspot.jp/2015/05/blog-post_63.html

金子兜太著書一覧 (句集はラベルの「金子兜太句集」を参照) 

*『短詩型文学論』 紀伊國屋書店 (岡井隆と共著) [1963年7月] 定価250円
短歌論-岡井隆  
韻律論をめぐる諸問題・俳句論-金子兜太 
1・はじめに 2・ 個性し詩性 蕪村の評価を追って 
3・写生 視ることの意味 4・描写 その意味の変遷 
5・描写 その意味の進展  6・ 表現 その状況
7・表現 思想性と抒情  8・表現 抽象と具象 
9・表現 韻律

短詩型文学論復刻版  2007.6刊 紀伊國屋書店1944円
本書は、短歌と俳句の世界における最も革新的な作家による本格的な短詩型文学論として、多大の反響をよんだ紀伊國屋新書版『短詩型文学論』に、両著者の新たな序文を付して刊行する新装版である。短歌論は「うたは究極のところ、しらべに帰着する」という直観のもとに、意味のリズム、視覚のリズム、句わけなど韻律論を中心にすえ、言語学、音楽理論等の成果を批判的に援用しつつ、実作者の卓見に満ちた精緻な論が展開される。俳句論は、「俳句はわが国短詩形文学のなかでも最も短い定形式の詩型であるということ、そのことが特色のすべてである」という認識のもとに、写生における視ることの意味、描写の意味の変遷とその技法の進展、表現における思想性と抒情、抽象と具象の問題、又、韻律の重要性等が的確に考察される。

金子兜太著書一覧表(リンク)




*詳細はリンクしていますのでクリックして下さい 


*『少年』(第一句集) 風発行所 [1955年10月]
*『金子兜太全句集』(第二句集) 風発行所 [1961年7月]
*『短詩型文学論』紀伊國屋書店 (岡井隆と共著) [1963年7月
*『今日の俳句』 光文社カッパブックスのち文庫化 [1965年9月]
*『金子兜太句集』 海程戦後俳句の会 [1966年8月]
*『蜿蜿』(第三句集) 三青社 [1968年4月]
*『定型の詩法』 海程社 [1970年10月]
*『俳句―短詩型の今日と創造』 北洋社[1972年7月]
*『定住漂泊』春秋社 [1972年10月]
*『暗緑地誌』(第四句集) 牧羊社  [1972年11月]
*『早春展墓』(第五句集) 湯川書房 [1974年7月]
*『種田山頭火』 講談社現代新書 [[1974年11月]
*『詩形一本』 永田書房 [1974年11月]
*『金子兜太全句集』に未完句集『成長』(第六句集)『狡童』を収める
 立風書房[1975年6月]
*『俳童愚話』 北洋社 [1975年7月]
*『旅次抄録』(第七句集) 構造社  [1977年6月]
*『ある庶民考』 合同出販 [1977年8月]
*『愛句百句』 講談社 [1978年6月]
*『流れゆくものの誹諧』 朝日ソノラマ  [1979年7月]
*『俳句入門』北洋社 [1979年9月]
*『金子兜太』現代俳句叢書 (旅次抄録までの自選500句) 
 総合美術出版社 [1980年2月]
*『小林一茶』講談社現代新書 [1980年9月]
*『中山道物語』 吉野教育図書 [1981年6月]
*『熊猫荘点景』 冬樹社 [1981年6月]
*『遊牧集』(第八句集) 青土社 [1981年9月]
*『猪羊集』(第九句集) 現代俳句協会 [1982年7月]
*『一茶句集』岩波書店 [1983年12月]
*『漂泊三人・一茶、放哉、山頭火』飯塚書店 [1983年12月]
*『兜太俳句教室』 永田書房 [1984年2月]
*『金子兜太・高柳重信集』朝日文庫 [1984年5月]
*『俳句の本質』 永田書房  [1984年6月]
*『兜太詩話』 飯塚書店 [1984年12月]
*『感性時代の俳句塾』 サンケイ出版 [1984年12月][1988年8月集英社文庫]
*『詩経國風』(第十句集) 角川書店  [1985年10月]
*『現代俳句を読む』飯塚書店 [1985年10月]
*『わが戦後俳句史』岩波書店 [1985年12月]2014年6月重版
*『皆之』(第十一句集) 立風書房 [1986年12月]
*『俳句説法』さきたま出販会[1987年8月]
*『小林一茶―句による評伝』 小沢書店 [1987年9月]
*『熊猫荘俳話』 飯塚書店  [1987年12月]
*『放浪行乞』集英社のち集英社文庫化 [1987年12月]
*『兜太の現代俳句塾』 主婦の友社 [1988年3月]
*『誹諧有情』(対談集・ドナルド・キーン、井上ひさし、飯田龍太、佐々木幸綱他)          [1988年3月]
*『各界俳人三百句』 主婦の友社  [1989年4月]
*『俳句の現在』(対談集・龍太、澄雄、尾形仂)富士見書房  [1989年6月]
*『現代俳句歳時記』(編著・金子兜太 例句を昭和以降に絞り、雑の部を 設ける)
  千曲秀販社 [1989年7月]
*『黄』 (自選句集) ふらんす堂文庫[1991年3月]
*『兜太のつれづれ歳時記』 創拓社[1992年10月]
*『金子兜太』(自選句集) 春陽堂俳句文庫 [1993年1月]
*『遠い句―近い句』 富士見書房  [1993年4月]
*『現代俳句鑑賞』 飯塚書店 [1993年12月]
*『二度生きる』チクマ秀販社 [1994年4月]
*『金子兜太』 (自選句集) 花神社  [1995年7月]
*『両神』(第十二句集) [1995年12月]
*『現代歳時記』(黒田杏子と夏石番矢共著) 成星出販 [1997年2月]
*『兜太の俳句添削塾』 毎日新聞社 [1997年10月]
*『金子兜太俳句入門』 実業の日本社 [1997年12月]
*『現代俳句鑑賞全集8巻・金子兜太編』 東京四季出版社 [1998年1月]
*『俳句専念』 ちくま新書  [1999年1月]
*『草木花歳時記 春の巻』 朝日新聞社 [1999年1月]
*『現代子ども俳句歳時記』(編著) チクマ秀販社 [19994月年]
*『漂泊の俳人たち』NHKライブラリー [2000年11月]
*『鳥獣虫魚歳時記・春夏の巻』(編著) 朝日新聞社 [2000年12月]
*『東国抄』(第十三句集) 花神社 [2001年3月]
* 『他流試合 兜太・せいこうの新俳句鑑賞』 [いとうせいこう] との共著。新潮社、    [2001年4月]
『金子兜太集1~4』
*『金子兜太集』第1巻 (全句集)筑摩書房、[2002年4月]
*『金子兜太集』第2巻 (小林一茶)筑摩書房、[2002年2月]
*『金子兜太集』第3巻 (山頭火―漂泊の俳人、秩父山河考) 筑摩書房 [2002年1月]
*『金子兜太集』第4巻 (わが俳句人生)筑摩書房、[2002年3月]
*『金子兜太俳句の作り方が面白いほどわかる本』のち文庫化 中経出版[2002年6月]
*『中年からの俳句塾』海竜社 [2004年4月]
*『米寿対談』鶴見和子との共著 藤原書店 [2005年5月]
*『酒止めようかどの本能で遊ぼうか』中経出版 [2007年10月]
*『日常』(第十四句集) ふらんす堂 [2009年6月]
* DVD『生き物』監督・日向寺太郎 紀伊國屋書店 [2009年]
*『語る 俳句短歌』佐々木幸綱との対談 藤原書店 [2010年6月]
*『たっぷり生きる』日野原重明と対談 角川ソフィア文庫  [2010年10月]
*『悩むことはない』文藝春秋 のち文春文庫 [2011年4月]
*『今日本人に知ってもらいたいこと』半藤一利との対談KKベストセラーず[2011年7月]
*『金子兜太の俳句塾』毎日新聞 [2011年5月]俳句好き著名人の句を鑑賞
*『老いを楽しむ俳句人生』海竜社[2011年10月]
*『海程創刊50周年記念アンソロジー』2012年5月刊 海程発行
*『兜太自選自解九十九句』角川学芸出版[2012年5月]
*『金子兜太の俳句入門』 角川ソフィア文庫[2012年5月]
*『荒凡夫』白水社 [2012年6月]
*『定住と漂泊 一茶・山頭火』[2013年 2月]
*『小林一茶 句による評伝』岩波文庫 [2014年 4月]本阿弥書店 2500E
*『語る兜太 わが俳句人生』岩波書店 [2014年6月] 
*『日本行脚俳句旅』金子兜太・正津勉アーツアンドクラフツ [2014年8月] 
*『私はどうも死ぬ気がしない』 幻冬舎 [2014年10月]1000E
*『他界』講談社  2014年12月10日定価 : 本体1,300円(税別)
*『金子兜太 いとうせいこうが選んだ「平和の俳句」』 小学館1000E[2016年6月] 
*『あの夏、兵士だった私』清流出版 1500E [2016年8月] 
*『いま、兜太は』岩波出版 1700E [2016年12月] 
*『存在者 金子兜太』黒田杏子 2800E藤原書店[2017年3月]

※データーとしてご活用下さい。詳細はリンクをご覧下さい 。



2017年9月30日

兜太の語る俳人たち「佐藤鬼房」


佐藤鬼房の俳句

 鬼房は、第一句集『名もなき日夜』を1951昭和26六年に出し、その4年後に第二句集『夜の崖』を出している。年齢にして32と36歳のとき。鬼房の初期句集はこの二冊に集約されていると見てよい。

 私は処女句集を出して間もない鬼房と福島市で出会っている。銀行勤めで福島の支店にいた私の阿武隈川べりの家に、京阪の俳句仲間に会っての帰り、鬼房はぶらりと立ち寄ったのである。炬燵を囲んで一晩をすごし、かれは熊のようにのそのそと塩竈(宮城県)の自分の家に帰っていった。まったく熊のように重く、どこか鬱屈を蓄えた後ろ姿が、いまでも目に浮かぶ。

      切株があり愚直の斧があり
      きりかぶが ありぐちょくの おのがあり
の鬼房をおもっていた。


2017年9月1日

「金子兜太集1~4」筑摩書房


「金子兜太集1」筑摩書房2002年 6500E
句集「少年~東国抄」(注・『日常』(第十四句集) ふらんす堂 [2009年6月])

2017年8月6日

海程創刊50周年記念アンソロジー・物故同人

阿部 完市 
慎重に銀木犀を思いたり
蓴菜はもつとも形式的である
鶏の天地無用にありにけり
寒卵地面つくづくつづくなり
会釈して北陸道に入りにけり
さんくと・ぺてるぶるぐ全天窓かな
撒水車らぶそでい・いん・ぶるう撒く

  相澤 和郎
月出てゐる雨降つてゐる萩の寺
カザグルマ廻つてる燕舞つている
みつめればはにかむ枝垂桜かな
瓦屋根越えてゆけない赤蜻蛉
並木直立不動の冬が来る
消しゴムでごしごし消すや泡立草
各駅へ桜前線停車する

 阿部 娘子
こめかみの熟睡の木より夏鴉
父の日の雨のあひるが歩き出す
ちちははに在りし戦歴長け藜
水呑んでひとりあそびの山の蛭
白粥を向こうへ吹いて十二月
青南瓜やさしく叩き國分尼寺
茶が咲いて石くれ六つ初の旅