2017年12月24日

兜太のエッセー「日記買う」 

更級日記

 歳末は「日記を買う」ときであり、「日記果つ」のときでもある。終わった日記は「古日記」となる。また、新年の季語に「日記初 にっきはじめ」があって、これは買った日記帳に日記を書きはじめることで、このときの新しい日記帳を「初日記」という。

 これらの言葉はすべて季語として俳句歳時記に収録されているわけだが、当節、日記をつける人幾莫なりや、と思う。官庁や会社に勤めている人は 案外個人の日記を記すことが少ないのではないか、とも思う。十年前に私は銀行勤めを辞めているのだが、在職中の感じでも(まったく感じに止まるのだが)、日記をつけている人は少なかったようだ。なかには、日記などは未練がましい、と話していた人もいた。過ぎたことなんかどうでもよいではないか、という徹底した現実主義である。

 しかし、私はかれこれ三十年間日記をつけつづけているのである。ただし「三年連続日記」という怠け者向き日記帳だからあまり自慢にはならない。怠け者向きのせいか、この日記帳はよく売れているようで、三年目ごとに新しい日記帳を買うとき。いつも売り切れていて、しばらく待って取り寄せてもらっている。この種のメモ風のものなら、けっこう大勢の人がつけているのかもしれぬ。

2017年12月10日

木曾のなあ木曾の炭馬並び糞(ま)る


北海道の道産馬、九州宮崎の御崎馬、そしてこの木曽馬が、日本古来の三大在来種です。現在開田高原では、木曽馬の里や木曽馬保存会が、貴重な存在になってしまった木曽馬の繁殖と保護活動をしています。



木曾のなあ木曾の炭馬並び糞(ま)     金子兜太      『少年』
             
池田 この「木曾のなあ」はねえ……。やられました。

金子 これが最後の句、兵隊に行く前の。大学は繰り上げ卒業で、一人旅をし
ひでをというのが名古屋にいて、そこに泊まって、それから木曾ヘー人で入って、帰ってきて、それから兵隊行ったんです。その時の句でしたね。

池田 その意味でも作者は忘れ難いですね。それが、もう見事にこれは兜太節。

金子 うん、そうなんだ。

池田 兜太節の完成がね、早いんですよね。

金子 うん、早い。

池田 ですから体がそうなんですね。きっとね。

金子 秩父音頭のような民謡ばかり聴いてきたというのがあるんでしょうなあ。

池田 ’木曾のなあ‘とこれ持ってこられたのがとても癪です。この詠み方、もう
誰も出米ないじゃないですか。

金子 できないでしょうなあ。これは自慢なんですねえ。ちょうど冬なのにも
かかわらず広場で木曾節やってたんです。私も行ってみたんです。翌朝、駅に
向かってたら、だーっと並んでた。これから仕事に行くっていうんでね、ふーっ
とやってたんです。これは実景です。「炭馬」つていって炭を運ぶ馬。その頃は
山で炭を作って、それを馬で運んでた。それを「炭馬」つていうんです。

池田 足の短い丈夫な馬が目に浮かびます。

金子 丈夫な馬です。木曾の馬で。俺の句を、生涯にわたって一句だけ褒めた
男がいる。褒めたのはこの一句だけ。

池田 この一句だけと言えば、山本健吉ですね。

金子 そう山本健吉が、唯一この句だけ褒めた。

2017年12月9日

兜太のエッセー 「雪」


 辺地雪舞う殊にバキュームカーのまわり

 西海は佐世保の住、阪口胚子の俳句だが、涯子は医師。八十四歳で他界している。若い頃から俳句をつくっていて、昭和前期の新興俳句運動の有力な作り手の一人だった。
「辺地」という言い方に涯子らしい語感があるわけで、一般的には「過疎地(帯)」「過疎」というところだが、胚子はこうした生硬な語感を好まなかった。

 その荒れて人もまばらな地帯に雪が舞うように降っている。降る、といい切れない感じで降っている。ことに、そこに停正しているバキュームカーのまわりに舞うのが目立つ。バキュームカーそのものが目立つからだが、この車がそこにあり、その向こうに人家があることも不思議なくらいの、草枯れの地帯なのだ。だから人間臭いもの、とくに人工のものは奇異な感じを与えるくらいに目立つ。いつまでも記憶に残って、わびしさを誘う。
そのまわりに舞う雪とともに。

2017年11月20日

海程創刊50周年記念アンソロジー【同人の章・ま行~わ行】

  前 川 弘 明
船笛やすずなすずしろ朝の家
水平線のように朝寝をしておりぬ
花の雨ガス管に家つながれて
トランプはみな開かれて鳥の恋
桜狩いつか死ぬ人ばかりくる
夕顔や馬は毛深き首を垂れ
飛込みのながき一瞬雲の峰
八月の水ふっかける被爆坂
月光に鶴の絵本を置いておく
猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり

  前 田 典 子
蝶一双水のひかりを縒り上ぐる
村の葬どんじゃらじゃらと陽炎へり
青嵐乞はれて母を抱(い)だきしこと
まむし草漢ふたりが見せにくる
狐出てまぶしき青葉しぐれかな
高僧に母霧に山肌ありにけり
黄菊白菊どのバンザイも嫌ひなり
塹壕のまだあたらしき霧の音
鷹一つまばたくや崎かがやけり
澄む水の核につながりゆく無音

2017年11月19日

兜太のエッセー『冬紅葉』

  

 夏の長雨で紅葉の発色がよくないといわれているが、11月半ば、中越の長岡に出向いた折に通過した湯沢温泉の紅葉はなかなかの彩りだった。
 雪があちこちに積もっていたせいもあるが、雪と紅葉の照応が鮮やかで、これぞ冬紅葉と思えたのである。12月になれば散ってしまうだろう。しかし、あんがい残っていて、「残る紅葉」の美しさを、こんなぐあいに再び見せてくれるかもしれない。
 長岡市の金峯神社に井上井月の句碑が建ったので、そこを訪れる。ほかにも数基建てられたのだが、この句碑の句は、

  行暮し越路や榾の遠明り

 で、越後望郷の作だった。後ろに欅の大樹があって、これも冬紅葉。さかんに葉を散らせていた。
 井月は南信伊那の山峡を約30年間、俳諧とともに歩き廻って野垂れ死にした人物である。死んだのが明治22(1887)年、66歳といわれているから、伊那入りは安政年間だったろう。明治維新までたったの十年と迫っていた時代で、私の頭には安政の大獄と30歳の吉田松陰の刑死が浮かぶ。

海程創刊50周年記念アンソロジー【同人の章・な行~た行】

    永 井 徹 寒
路線バスが踊りはじめた 地震だっ
電車不通歩けど行けど首都圏は
歩く群集早や消えてゆく春の夕焼け
津波は家を車を人を ああ神様
瓦礫原をさ迷い親や子見つからず
瓦礫原を舞い舞う風花 ありがとう
ひろしまの空にひと部屋 茜雲
脳ちぢむとき音がする 弾の音
眠って自転とてつもない愉快だ地球
夢は帆を上げ沈めば海の底の貝

  永 井   幸
粥すするくずれし遺跡ゆくような
小鏡に雪ちらちらと巨石群
花満開いつも無口な樹の力
夏薊ぶつかり合うのも挨拶です
夜の秋人はしゃがんで考える
菜種油二合下さいほほえみも
長き夜や嗚呼診断書の簡潔さ
野の枯れのささやく声す手足かな
じんわりとてのひら痒し干菜風呂
いっだって台詞のように雪降りくる

2017年11月18日

海程創刊50周年記念アンソロジー【同人の章・さ行~た行】


 斉 木 ギ ニ
バックミラーに消える途中の白あやめ
五体投地なにか言いけり海を指し
みしらぬ岸を崖と名づけて旅つづく
はぐれてから記憶はじまる雁が飛ぶ
感情の広い林にパセリの家
この雪は積もるよと言う 思わない
一晩中鶴を通して鏡曇る
白樺は小鬼見終わり眠るかな
Smileを菫と書いて手紙終ゆ
ふらここという空中都市に一人かな


  齋 藤 一 湖
青山河薄い風景縫い合わす
素潜りはゆっくり空へ還るかたち
伊勢青し頑固な螺子が一つ取れ
鉦叩知恵なき我は打たれよう
原子村廻りは桃で囲もうか
金縛りのごと夕焼け見ておりぬ
風鈴や今夜の風が遅刻せり
曲り瓜どこか寄り道してるはず
最澄の一滴重し山の萩
凩のような説法聞いている

2017年10月1日

他流試合――俳句入門真剣勝負! (講談社+α文庫) 文庫 961円

他流試合――俳句入門真剣勝負! (講談社+α文庫) 文庫  961円


まえがき・ いとうせいこう
1  俳句は「切れのかたまり」なり
2 定型は「スピードを得るための仕組み」なり
3 「新俳句」の新しさはここにあり
4 アニミズムは「いのちそのもの」なり
5 吟行はこうして楽しむべし
 終わりに-非人称の文字空間に戯れる

金子兜太 著書一覧 (画像・説明付き)

金子兜太句集、著書データー一覧表リンク(ご参考に)
http://kanekotota.blogspot.jp/2015/05/blog-post_63.html

金子兜太著書一覧 (句集はラベルの「金子兜太句集」を参照) 

*『短詩型文学論』 紀伊國屋書店 (岡井隆と共著) [1963年7月] 定価250円
短歌論-岡井隆  
韻律論をめぐる諸問題・俳句論-金子兜太 
1・はじめに 2・ 個性し詩性 蕪村の評価を追って 
3・写生 視ることの意味 4・描写 その意味の変遷 
5・描写 その意味の進展  6・ 表現 その状況
7・表現 思想性と抒情  8・表現 抽象と具象 
9・表現 韻律

短詩型文学論復刻版  2007.6刊 紀伊國屋書店1944円
本書は、短歌と俳句の世界における最も革新的な作家による本格的な短詩型文学論として、多大の反響をよんだ紀伊國屋新書版『短詩型文学論』に、両著者の新たな序文を付して刊行する新装版である。短歌論は「うたは究極のところ、しらべに帰着する」という直観のもとに、意味のリズム、視覚のリズム、句わけなど韻律論を中心にすえ、言語学、音楽理論等の成果を批判的に援用しつつ、実作者の卓見に満ちた精緻な論が展開される。俳句論は、「俳句はわが国短詩形文学のなかでも最も短い定形式の詩型であるということ、そのことが特色のすべてである」という認識のもとに、写生における視ることの意味、描写の意味の変遷とその技法の進展、表現における思想性と抒情、抽象と具象の問題、又、韻律の重要性等が的確に考察される。

金子兜太著書一覧表(リンク)




*詳細はリンクしていますのでクリックして下さい 


*『少年』(第一句集) 風発行所 [1955年10月]
*『金子兜太全句集』(第二句集) 風発行所 [1961年7月]
*『短詩型文学論』紀伊國屋書店 (岡井隆と共著) [1963年7月
*『今日の俳句』 光文社カッパブックスのち文庫化 [1965年9月]
*『金子兜太句集』 海程戦後俳句の会 [1966年8月]
*『蜿蜿』(第三句集) 三青社 [1968年4月]
*『定型の詩法』 海程社 [1970年10月]
*『俳句―短詩型の今日と創造』 北洋社[1972年7月]
*『定住漂泊』春秋社 [1972年10月]
*『暗緑地誌』(第四句集) 牧羊社  [1972年11月]
*『早春展墓』(第五句集) 湯川書房 [1974年7月]
*『種田山頭火』 講談社現代新書 [[1974年11月]
*『詩形一本』 永田書房 [1974年11月]
*『金子兜太全句集』に未完句集『成長』(第六句集)『狡童』を収める
 立風書房[1975年6月]
*『俳童愚話』 北洋社 [1975年7月]
*『旅次抄録』(第七句集) 構造社  [1977年6月]
*『ある庶民考』 合同出販 [1977年8月]
*『愛句百句』 講談社 [1978年6月]
*『流れゆくものの誹諧』 朝日ソノラマ  [1979年7月]
*『俳句入門』北洋社 [1979年9月]
*『金子兜太』現代俳句叢書 (旅次抄録までの自選500句) 
 総合美術出版社 [1980年2月]
*『小林一茶』講談社現代新書 [1980年9月]
*『中山道物語』 吉野教育図書 [1981年6月]
*『熊猫荘点景』 冬樹社 [1981年6月]
*『遊牧集』(第八句集) 青土社 [1981年9月]
*『猪羊集』(第九句集) 現代俳句協会 [1982年7月]
*『一茶句集』岩波書店 [1983年12月]
*『漂泊三人・一茶、放哉、山頭火』飯塚書店 [1983年12月]
*『兜太俳句教室』 永田書房 [1984年2月]
*『金子兜太・高柳重信集』朝日文庫 [1984年5月]
*『俳句の本質』 永田書房  [1984年6月]
*『兜太詩話』 飯塚書店 [1984年12月]
*『感性時代の俳句塾』 サンケイ出版 [1984年12月][1988年8月集英社文庫]
*『詩経國風』(第十句集) 角川書店  [1985年10月]
*『現代俳句を読む』飯塚書店 [1985年10月]
*『わが戦後俳句史』岩波書店 [1985年12月]2014年6月重版
*『皆之』(第十一句集) 立風書房 [1986年12月]
*『俳句説法』さきたま出販会[1987年8月]
*『小林一茶―句による評伝』 小沢書店 [1987年9月]
*『熊猫荘俳話』 飯塚書店  [1987年12月]
*『放浪行乞』集英社のち集英社文庫化 [1987年12月]
*『兜太の現代俳句塾』 主婦の友社 [1988年3月]
*『誹諧有情』(対談集・ドナルド・キーン、井上ひさし、飯田龍太、佐々木幸綱他)          [1988年3月]
*『各界俳人三百句』 主婦の友社  [1989年4月]
*『俳句の現在』(対談集・龍太、澄雄、尾形仂)富士見書房  [1989年6月]
*『現代俳句歳時記』(編著・金子兜太 例句を昭和以降に絞り、雑の部を 設ける)
  千曲秀販社 [1989年7月]
*『黄』 (自選句集) ふらんす堂文庫[1991年3月]
*『兜太のつれづれ歳時記』 創拓社[1992年10月]
*『金子兜太』(自選句集) 春陽堂俳句文庫 [1993年1月]
*『遠い句―近い句』 富士見書房  [1993年4月]
*『現代俳句鑑賞』 飯塚書店 [1993年12月]
*『二度生きる』チクマ秀販社 [1994年4月]
*『金子兜太』 (自選句集) 花神社  [1995年7月]
*『両神』(第十二句集) [1995年12月]
*『現代歳時記』(黒田杏子と夏石番矢共著) 成星出販 [1997年2月]
*『兜太の俳句添削塾』 毎日新聞社 [1997年10月]
*『金子兜太俳句入門』 実業の日本社 [1997年12月]
*『現代俳句鑑賞全集8巻・金子兜太編』 東京四季出版社 [1998年1月]
*『俳句専念』 ちくま新書  [1999年1月]
*『草木花歳時記 春の巻』 朝日新聞社 [1999年1月]
*『現代子ども俳句歳時記』(編著) チクマ秀販社 [19994月年]
*『漂泊の俳人たち』NHKライブラリー [2000年11月]
*『鳥獣虫魚歳時記・春夏の巻』(編著) 朝日新聞社 [2000年12月]
*『東国抄』(第十三句集) 花神社 [2001年3月]
* 『他流試合 兜太・せいこうの新俳句鑑賞』 [いとうせいこう] との共著。新潮社、    [2001年4月]
『金子兜太集1~4』
*『金子兜太集』第1巻 (全句集)筑摩書房、[2002年4月]
*『金子兜太集』第2巻 (小林一茶)筑摩書房、[2002年2月]
*『金子兜太集』第3巻 (山頭火―漂泊の俳人、秩父山河考) 筑摩書房 [2002年1月]
*『金子兜太集』第4巻 (わが俳句人生)筑摩書房、[2002年3月]
*『金子兜太俳句の作り方が面白いほどわかる本』のち文庫化 中経出版[2002年6月]
*『中年からの俳句塾』海竜社 [2004年4月]
*『米寿対談』鶴見和子との共著 藤原書店 [2005年5月]
*『酒止めようかどの本能で遊ぼうか』中経出版 [2007年10月]
*『日常』(第十四句集) ふらんす堂 [2009年6月]
* DVD『生き物』監督・日向寺太郎 紀伊國屋書店 [2009年]
*『語る 俳句短歌』佐々木幸綱との対談 藤原書店 [2010年6月]
*『たっぷり生きる』日野原重明と対談 角川ソフィア文庫  [2010年10月]
*『悩むことはない』文藝春秋 のち文春文庫 [2011年4月]
*『今日本人に知ってもらいたいこと』半藤一利との対談KKベストセラーず[2011年7月]
*『金子兜太の俳句塾』毎日新聞 [2011年5月]俳句好き著名人の句を鑑賞
*『老いを楽しむ俳句人生』海竜社[2011年10月]
*『海程創刊50周年記念アンソロジー』2012年5月刊 海程発行
*『兜太自選自解九十九句』角川学芸出版[2012年5月]
*『金子兜太の俳句入門』 角川ソフィア文庫[2012年5月]
*『荒凡夫』白水社 [2012年6月]
*『定住と漂泊 一茶・山頭火』[2013年 2月]
*『小林一茶 句による評伝』岩波文庫 [2014年 4月]本阿弥書店 2500E
*『語る兜太 わが俳句人生』岩波書店 [2014年6月] 
*『日本行脚俳句旅』金子兜太・正津勉アーツアンドクラフツ [2014年8月] 
*『私はどうも死ぬ気がしない』 幻冬舎 [2014年10月]1000E
*『他界』講談社  2014年12月10日定価 : 本体1,300円(税別)
*『金子兜太 いとうせいこうが選んだ「平和の俳句」』 小学館1000E[2016年6月] 
*『あの夏、兵士だった私』清流出版 1500E [2016年8月] 
*『いま、兜太は』岩波出版 1700E [2016年12月] 
*『存在者 金子兜太』黒田杏子 2800E藤原書店[2017年3月]

※データーとしてご活用下さい。詳細はリンクをご覧下さい 。



2017年9月30日

兜太の語る俳人たち「佐藤鬼房」


佐藤鬼房の俳句

 鬼房は、第一句集『名もなき日夜』を1951昭和26六年に出し、その4年後に第二句集『夜の崖』を出している。年齢にして32と36歳のとき。鬼房の初期句集はこの二冊に集約されていると見てよい。

 私は処女句集を出して間もない鬼房と福島市で出会っている。銀行勤めで福島の支店にいた私の阿武隈川べりの家に、京阪の俳句仲間に会っての帰り、鬼房はぶらりと立ち寄ったのである。炬燵を囲んで一晩をすごし、かれは熊のようにのそのそと塩竈(宮城県)の自分の家に帰っていった。まったく熊のように重く、どこか鬱屈を蓄えた後ろ姿が、いまでも目に浮かぶ。

      切株があり愚直の斧があり
      きりかぶが ありぐちょくの おのがあり
の鬼房をおもっていた。


2017年9月1日

「金子兜太集1~4」筑摩書房


「金子兜太集1」筑摩書房2002年 6500E
句集「少年~東国抄」(注・『日常』(第十四句集) ふらんす堂 [2009年6月])

2017年8月6日

海程創刊50周年記念アンソロジー・物故同人

阿部 完市 
慎重に銀木犀を思いたり
蓴菜はもつとも形式的である
鶏の天地無用にありにけり
寒卵地面つくづくつづくなり
会釈して北陸道に入りにけり
さんくと・ぺてるぶるぐ全天窓かな
撒水車らぶそでい・いん・ぶるう撒く

  相澤 和郎
月出てゐる雨降つてゐる萩の寺
カザグルマ廻つてる燕舞つている
みつめればはにかむ枝垂桜かな
瓦屋根越えてゆけない赤蜻蛉
並木直立不動の冬が来る
消しゴムでごしごし消すや泡立草
各駅へ桜前線停車する

 阿部 娘子
こめかみの熟睡の木より夏鴉
父の日の雨のあひるが歩き出す
ちちははに在りし戦歴長け藜
水呑んでひとりあそびの山の蛭
白粥を向こうへ吹いて十二月
青南瓜やさしく叩き國分尼寺
茶が咲いて石くれ六つ初の旅

2017年8月1日

海程句集2海程創刊40周年記念アンソロジー 物故同人の章

海程創刊の頃の金子兜太・右
海程創刊40周年記念アンソロジー 

物故同人の章【あ~お】

 安達真弓
とほき野に江の氾濫のこり照る
青落葉さわぐをよぎり家路ならぬ
ザリ蟹もわれも異端めくふるさとよ
棒縞を着せて案山子と貧わかつ
樹のリンゴ片側紅き蜜月旅行(ハネムーン)
芙蓉大輪いつより時間ゆるやかに
片頬に老斑賜ひ万愚節

 穴井  太
吉良常と名づけし鶏は孤独らし
あおい狐となりぽうぼうと魚焼く
ゆうやけこやけだれもかからぬ草の犀
番長も俺も毛深きゆきのした
朝日あびる中学校の砒素の瓶
一樹病み百も二百も雨蛙
この世から少し留守して梅を見に 


 新井 清
朴の花熊棲む森の真ん中に
去年見つけし鈴蘭の群生に逢ふ
困民党育てし美の山(やま)の夕桜
飛行場真白にあけて二日かな
虎が雨家を残して子は北へ
麦秋や妻の背まがりぬ南無三宝
走り梅雨隠岐の白浜濡れて来し

2017年7月26日

兜太句を味わう 「たっぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし」

      


たっぷりと鳴くやつもいる夕ぴぐらし (『皆之』)  
             
北武蔵は熊谷の郊外に常光院があり、私のいま住んでいるところに近い。その名刹の庭に立つと、晩夏の夕暮れなぞ殊にひぐらしが湧き立つように鳴いている。なかにはたっぷりと鳴くものもいて、単調ではない。「やつ」と友だちのような気持ちで呼んで、その鳴き声にひきつけられていた。郷里の山国秩父の晩夏も同じようにたっぷりした、ひぐらしの声に浸っていたものだった。その懐しさ。常光院のお庭にこの句碑をいただく。

2017年7月19日

昭和48年9月11日 海程が100号を迎える金子兜太

資料を整理していたら新聞の切り抜きがでてきた。
昭和48年には竹丸は居なかったので誰かに貰ったのかも知れません。
珍しいのでアップします。
先生若々しい印象があります。


 金子兜太氏を中心とする俳句同人誌「海程」が、来年早々百号を数える。「俳句前衛」「本格俳句」[最短定型詩形]などの旗じるしをかかけ、戦後の俳壇を突き進んできたその道すじは、伝統のワク組みにしばられた俳句の、宿命的制約の確認とそれの拡大への
たゆみない努力であったといえる。
 

2017年6月28日

兜太のエッセー 「アニミズム・いのちをいたわる」

蛇も一皮むけて涼しいか  小林一茶
 (くちなわも ひとかわむけて すずしいか)

 なつかしい人々との出会いのなかで、わたしは俳句をつくるようになり、深入りして、現在にいたっている。言いかえれば、そうした人たちが俳句をつくっていなかったら、わたしもつくることはなかっただろう、とまでおもっている。その人たちを、なつかしい日本人と言いかえたい気持なのだ。

 昭和十年代の初め、十代の終りごろに俳句をはじめているが、きっかけは旧制高校の一年先輩、出澤珊太郎(でざわさくたろう)(本名三太)との出会いにあった。

三太と兜太の、三と十の語呂合わせを、学生どもが集る飲屋のおかみさんがおもしろかって、まったく未知の二人を引合わせてくれたのだが、丁度そのとき出澤は学生句会をやろうとしていた。

頭数を揃えたい、ぐらいの気持でわたしを誘う。なんだか断れないで渋々出席。苦しまぎれにつくった一句が、なんとなんと好評だったのも奇縁だった。

2017年5月27日

兜太のエッセー「 母逝きて与太なり倅の鼻光る」



関口宏の「人生の詩」に出演した金子先生の写真で、これは幼き日の兜太と母のはるさんの写真です。ふっくらと丸髷に結い縞の着物で立つ親子。句碑にまでなった有名な句、


夏の山国母いてわれを与太と言う          『皆之』

 母は、秩父盆地の開業医の父のあとを、長男の私か継ぐものと思い込んでいたので、医者にもならず、俳句という飯の種にもならなそうなことに浮身をやつしてる私に腹を立てていた。碌でなしぐらいの気持ちで、トウ太と呼ばずヨ太と呼んでいて、私もいつか慣れてしまっていた。いや百四歳で死ぬまで与太で通した母が懐しい。        

2017年5月11日

兜太のエッセー「おおかみに螢が一つ付いていた」


「おおかみに螢が一つ付いていた」は、まさに自分の今言った考え方が熟してきた、自分の体のものになった、そのころにできた句です。秩父には、オオカミがたくさんいたという伝承が残っています。

そして、秩父谷――われわれは、秩父の山じゃなくて、秩父谷とよく言ってるんですが、秩父谷はオオカミがたくさんいたところだ、今でもいるに違いないと、退職した後、オオカミを探して歩いている読売新聞の記者の人がいたんですよ。その写真をときどき読売が出してくれた。
それがわれわれの目に入ったということもあって、秩父の土というと、すぐにオオカミというのが私なんかには反射的に出てくるわけね。そのときに、オオカミは孤独なこともあったんだろうな、と、こう思うわけです。

 秩父に両神山(りょうがみさん)という、台状のいい山があるんですよ。秩父出身の詩人の金子直一という人がいたんですが、その人が、両神山は「オオカミ山」から来ているんじゃないかと詩に書いていて、俺はそれに感動を受けて、もとはオオカミがたくさんいたのでオオカミ山と言ったんだけど、オオカミが全滅させられて名前だけ残ったと、そういうふうに取っていたわけです。そこから、今の句ができた。

 一匹の「おおかみ」が残っていて、孤独を託(かこ)って、夜ノコノコ歩いていると。ふと見たら、その背中に蛍がパッパツと瞬いていたという。孤独な「おおかみ」。孤独な秩父。

そんなふうな言葉が盛んに出てきた。それでできた句なんです。秩父の土壌から離れて熊谷のようなところに住んで、秩父を思っているということの中には、ある意味、俺にも、オオカミ的孤独というようなものがあるのかなと思うことが、ずいぶんあります。
今でもときどき、そう思いますね。そんなことで、あの句は非常に懐かしい。私の郷里の皆野町に椋(むく)神社というのがありまして、町の人がそこに私の句碑を作ってくれまして、その句が刻んで境内にあります。

       (いま、兜太は)から 岩波書店1700E

2017年4月30日

『いま、兜太は』を読む  安西 篤


 昨年十二月に岩波書店から卜梓された『いま、兜太は』が好評を博している。

 全体の構成は、兜太による〈自選自解百八句〉、次いで編者青木健氏との対談<わが俳句の原風景>、そして十人の筆者による<いま、兜太は>が、さまざまな角度から書かれている。
その顔ぶれは、嵐山光三郎(作家)、いとうせいこう(クリエイター)、宇多喜代子(俳人)、黒田杏子(俳人)、斎藤愼爾(作家・評論家)、田中亜美(俳人)、筑紫磐井(俳人・評論家)、坪内稔典(俳人)、蜂飼耳(詩人)、堀江敏幸(作家)の各氏。


生きのいい多彩な分野からの執筆陣である。いずれも兜太像を、作品やエピソードで具体的に浮かび上がらせているところが面白い。
自選自解と対談は、海程の読者にとってはすでに馴染みの兜太節なので、表題となった十人による寄稿のポイントを紹介しておこう。

 一つは、ほとんどの筆者が揃って指摘している人間としての魅力だ。それは「生きとし生けるもの『存り存る ありある』という強さで立ち上がる(宇多)存在感として、作品に横溢している。
嵐山は、句に「ケダモノ感覚がある」ともいう。だが今や、その人間像は年輪を経て「赦す」「和解する」人となって来ており、聴衆は兜太の「人間としてのあたたかさ、優しさに触れて励まされる」(黒田)ようだ。

 二つには、選句力、鑑賞力の素晴らしさだ。「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」に見られる選句の大胆さ(伊藤)、一茶俳句の鑑賞に示した新解釈に、「(ことばの)体幹のしっかりした人」(堀江)という評価が高い。
それは(繊細な感受能力にあって、分析の理路はそのあとにやってくる(堀江)ものなのだ。

 三つ目は、文学論としての歴史的評価で、〈造型俳句〉に代表される前期と、〈ひとりごころとふたりごころ〉に代表される後期とを結びつける論理を、発見しなければならないという課題だ。そこには戦後俳句を変質させた希望の星としての兜太像がある(筑紫)

兜太の自句鑑賞

麦秋の夜は黒焦げ黒焦げあるな          『詩經國風』
麦秋の野面は、夜ともなれば黒焦げの感じで、そのひろがりは無気味でさえある。
私は原爆投下された広島、長崎を直ちに想い、戦時中そこにいて、戦場の惨状を
体験した赤道直下のトラック島を思っていた。二度とあんな悲惨なことがあって
はならないとの願い。


どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ            『詩經國風』
原や山道を歩いてゆくと直ぐ、路傍にこの淡紫色の花を見受ける。釣鐘形で
なんとなくずんぐりしていて、下向きなので、解説本などは提灯(火垂る)
に似ていると説明し、歳時記には、子どもがホタルをこの花に入れて遊んだ、
と説明したりしている。私はホタルが花のなかに自分で好んで入り込ん
だと想像し、更にはホタルでなく蟻がおもしろい。蟻のやつ、喜んで騒い
でいるぞと思いなおして楽しんでいる。「どどどど」騒ぐ感じの擬音語。
これが得意。


牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ       『皆之』
武蔵の熊谷に住みついた頃は、横の小川で牛蛙が盛んに鳴いていた。高度経
済成長の半ばで、いまでは小川の左右すべてが住宅化し、いつのまにか牛蛙の
声がきけなくなってしまった。泥水を喉のあたりに溜めて、転がしたり、吐い
たりしているような鳴き声が懐しい。
「ぐわぐわ」と擬声語にちかいことを掴んで大喜び。私の俳句仲間に、この句
を囗遊びながら歩きまわる男がいる。

2017年4月5日

荒川ふるさと館に兜太句碑が建立

2017年3月21日 荒川区建立
荒川ふるさと文化館で、俳人・金子兜太の句碑除幕式が行われました。
荒川千住芭蕉主従に花の春 兜太
あらかわせんじゅ ばしょうしじゅうに はなのはる



式典では、西川太一郎(にしかわ・たいいちろう)荒川区長から「今日は、荒川区における俳句振興のシンボルとなる金子兜太先生の句碑の除幕は、荒川区にとって忘れられない日になると思います。」と話がありました。

 金子兜太氏からは「荒川区は様々な句碑があり、俳句に関係が深い地域です。私も荒川区や日暮里の本行寺の住職との関係が深いこともあり、区とのかかわりが大変楽しいです。これからもお付き合いをお願いします」とあいさつがありました。

 金子氏が「奥の細道旅立ちの地」荒川区南千住をテーマで、松尾芭蕉主従への想い詠んだ句碑の除幕がありました。

https://www.city.arakawa.tokyo.jp/smph/kusei/koho/hodohappyo/20170321.html



2017年3月19日

兜太のエッセー「うるか汁、お麵、酢饅頭」 


鮎の腸の黒い塩辛をうるかと言いますが、あれをおつゆに入れて味をつける「うるか汁」というのが秩父にあります。瞥油や味噌の代用で、サツマイモやジャガイモを刻み味が染みておいしかった。渋くてちょっと生臭い。

「一日に一食、必ずうどんを食ってたんです。山国で米が穫れないから、みんな麦に頼っていた。秩父に嫁ぐ女は、嫁入り道具に必ず麪棒を持ってきて、自分で打って家族に食わせる。
おやじは俳句が好きで、句会をやっていたのですが、その後に必ずお酒とお麪を出すわけなんです。
みんなで酒を飲んで『そろそろ奥さん、お麵くんねえか』。打って茹でておいたものを醤油のたれにつけてジュージューツと食べる」

酢饅頭も記憶に残っています。酢昧の効いた白い皮のなかに餡が入っている。小学校から引き上げるとき、ほかほか湯気の立つのがお菓子屋の店先に見えているわけだな。それを横目で見ながら駆けて帰って、おふくろから金をもらって買って食べた」「昧を言われれば、秋から冬の昧」
酢まんじゅうは秩父だけにしかない昔から引き継がれた食文化のおまんじゅうで、「食酢を使用しているのですか」と聞かれますが、米麹をつくり、36度程度の暖かい場所で発酵させ、酢をつくり小麦粉と混ぜたものを、パンと同じように発酵させたものです

2017年3月13日

「他流試合」金子兜太✖いとうせいこう

他流試合――俳句入門真剣勝負! 講談社+α文庫  961円
1週間前位の大竹まことのラジオにいとうせいこうさんがゲストに招かれていました。マルチ才能のいとうさんあっちこっちからお呼びがかかります。その時「他流試合」が増販されると言ってました。
俳句と川柳って明確な分け方があるのでしょうか。巷では川柳のようなものを俳句と言ったりしています。この他流試合の一部を抜粋してアップします。

 

2017年3月1日

『熊猫荘俳話』金子兜太

飯塚書店  [1987年12月]2000円
帯より
とにかく現代俳句は難しいと言われる。誰にも分かる俳句目指して
五七五を基本に季語の能動的活用具体性と生活感を大切にする現代
俳句創造の示す対談集。
目次
熊猫荘俳話
1 古きものに現代を生かす
2 五・七・五の韻律こそ俳句の「実」
3 土くささと新しい喩
4 感覚を通して意味へ
5 季語と具体性について
6 具体的なものの強さ
7 日常と非日常
8 成熟ということ――肉体の思想化
入門篇・好作鑑賞

「感性時代の俳句塾」金子兜太

 
1988刊 集英社文庫 320E

目次
第1章 時代の息づかいをきく言葉の海へ
第2章 俳句世界のへの出版
第3章 先人たちの道しるべ 芭蕉から一茶へ
第4章 韻文り時代に生きる物たちへ


2017年2月26日

「兜太詩話」 金子兜太

飯塚書店1984年刊 1600円

 上信越国境I妙高・黒姫山麓を歩くI
 この冬I白鳥を見るI 11
 白い犬 18
 霧と虚子と芋銭と 23
 季 節―兜太墨謫I 31
1984年 飯塚書店1600円
エッセーや俳句時評をまとめたものです。
目次
秩 父
 村のはなし、猪話し、私とお医者さま、命美し、詠歌二つ
 茂吉と夕暮の秩父の歌、秩父風土考――将門伝説のこと
  あすへの話題、好きなようにやれ、河 豚、あすへの話題
詩 話
 緑の終り、俗を用ゆ――俳諧のもつおもしろさ、露の村 
 体・秘境的1毛呂鴆句集『白飛脚』に関わってI 143
 現代短歌感傷、幸綱の「現場」、中原中也詩鑑賞、肉体 
 俳句時評
 俳句時評1、俳句時評2
エッセイ
 音に先立つ形、ことばを磨く、自己表現と俳諧、
 子規「写生」の二面、虚子の客観-形式性と抒情
 あとがき 263
 初出一覧 264
 

2017年2月24日

「金子皆子 花恋忌」 山中葛子

( 金子皆子は兜太夫人で癌を病み闘病のすえ亡くなりました)

2017.1月号からアップ
 このたびは、平成12年からの千葉県旭市での闘病の日々をご一緒させていただいた6年間の交流が収められた句集『花恋』の、ことに前書による句を主として辿りながら、死
の宣告という苛酷な命と向きあわれた句集『花恋』に対峙することへの覚悟と言えばよいのでしょうか。つまりは、9年の年月を経てようやく皆子作品の世界に学ばせていただこう
とする私なのです。『花恋』への畏れと不安を思いつつ徹してみたいと思います。

『俳句の現在』(対談集・龍太、澄雄、尾形仂)


俳句の現在 (対談集・龍太、澄雄、尾形仂)富士見書房 
[1989年6月]2000円
飯田龍太・金子兜太・森澄雄・尾形仂⇒対談形式

「俳句専念」金子兜太

「俳句専念」1995年1月刊 ちくま新書 660E