2016年10月28日

兜太句を味わう「夕狩の野の水たまりこそ黒瞳 」


夕狩の野の水たまりこそ黒瞳          金子兜太

 「枯野を見る会」がある、と書いたことがあるが、枯野とまではいかないものの、冬の訪れをひしひしと感じる夕ぐれどきの野に立っていたとき、この句ができた。

銃の狩猟ではなく、古き時代の、おおぜいが鳴りもの入りで鳥獣を追い出していく狩りの風景を思い浮かべていたのである。その声が遠のき、野には夕空を映した水たまりだけが残っていた。枯れ色のなかに、黒瞳のように。

 黒瞳はその場での感覚から生れたことばだが、その感覚のおくに、青年期に体験した戦地での記憶がしみこんでいることに気付く。それは飢餓で死んでいった人たちの眼だ。やせ細った顔にぼんやりと眼がひらかれていて、なにを訴えるでもなく、いたずらに澄んでいた。胸のなかにはさまざまがあるはずなのに、なにも伝わってこない。ただ澄むだけの眼。黒瞳はすこし甘いが、しかし黒瞳。
 
自分の句のこんな記憶にこだわっていたとき、片山淳子さんの句、「先頭はもうほうたるになっている」に出会った。

 所属してい参現代俳句協会の全国大会での受賞作だったが、わたしは出来のよいほたるがりの句といったていどに読んでいたこしかしヽ片山さんが受賞のあいさつのなかで、最近亡くした姉への思いをたくしてつくった、と話しているのをきいて、わたしはにわかに感銘したのである。ほたるは姉のたましいでもあるのだ。水たまりの黒瞳に、そのほたるの火が映る思い。 俳句には不思議な出会いがある。



飯食えば蛇来て穴に入りにけり     金子兜太

 飯を食べていたら、まるでそれが合図のように蛇がするするとやってきて、穴に入った、ということだが、じっさいは、食事中に偶然、秋の蛇を見ただけのことで、誇張である。

 しかし、このとき、自分という人間も蛇も同じ自然界の生もの、飯を食うことも穴に入ることも同じ生のいとなみ、というおもいにとらJれて、生きものどうしのえもいわれぬ親密感のなかにいたことは事実だった。そのための誇張である。

 蛇は秋もふかまると穴に入って冬眠する。数匹から数十匹が寄りあつまり、からみ合っているという。穴に入らないのもいて、穴惑いという季語もあるが、わたしの見たのはそれだったのかもしれない。

 とにかく、蛇は不気味かつ不思議な生きもので、嫌う人が多い。ことに女性の俳句で蛇が好きだとかいたものに出会った記憶がない。しかしわたしは蛇が嫌いではない。とくに机の引き出しなどで飼う気はないが、石をぶつけて追いはらう気持など毛頭ない。

 小学低学年のころ、ヤマカガシだったか手に巻きつけて、担任の女性の先生の前にぬっと差し出して、親しみを示したことがあった。先生はぎょっとして身を引いたあと、あらかわいいわね、といったのだから、あんがい蛇好きだったのかもしれない。いや、教育のためのご配慮だったのかもしれぬ。


竹丸ひとり合点日記
http://takemarunikki.blogspot.jp/

2016年9月1日

金子兜太主宰に聞く・海程500号までの道程 


2014/2.3~ 海程500号 金子兜太主宰に聞く  

聞き手は/河原珠美、室田洋子、柳生正名、
司会進行/堀之内長一、伊藤淳子

司会 年に「海程」は創刊五十周年を迎えましたが、「海程」誌も本号で記念すべき五〇〇号に達しました。主宰が変わらずに五〇〇号を迎えた俳誌はあまりないのではないかと思います。今回は五〇〇号を記念して、あまり肩肘張らずに、ふだんはなかなかお聞きできないようなことも含めて、金子先生にお話をおうかがいしたいと考えています。まず五○○号を迎えたことについて、先生はどのような感慨をお持ちでしょうか。


「海程」五〇〇号までの道のり

金子 感慨はあんまりないんですよ(笑)。実は五〇〇号ということより、五十年のほうが何だか印象的でしたね。五0O号になったかぐらいの感じです。

 海程ははじめは同人誌で、途中から主宰誌に変わったわけですが、その主宰誌に変わった背景には、阿部完市君が仕事のついでにあちこちの地方の海程人と会って話を聞いてきたことがありました。地方の人たちは自分かどういう俳句を作っていくかという目標をなくしてしまい、みんな勝手なことをやっていますよ、というわけです。 


海程に参加している人はみんなプライドを持っている。プライドを持っているから、地方にいても自分の俳句がいちばんの中心だと思っている。このままだと、海程はつぶれてしまう。先生は好きじゃないかもしれないけど、そろそろ主宰誌に切り換えて、あなたの考え方でみんなを指導する、まと
めていくぐらいの感じでやったほうがいいのではないかと彼からアドバイスがあったのです。おれも、詩の世界というのは、難しい俳句を作っていることがプライドになるようなものじゃない。単純な

ものにだってすばらしい詩があるし、難しい詩だってだめな詩があるわけだから、そういうものじゃ
ないと思っていたから、そこで阿部君と意見が合ったのです。多少議論もあったけれども、海程の名古屋大会で結局主宰誌に決まりました。

あのころ、そのときほぐしを盛んに図ったことは事実なんだ。やわらかくしていこう、やわらかくしていこうと。ほかの主宰誌を見ていると、いかにも自分がすべてを指導していくというような考え方の人が多いよね。おれは一緒になって友達になって遊ぶのは得意だけど、どうも自分が指導するこ
とが性分に合わなくてね。いま五〇〇号と言われたけれども、それでも主宰者という実感はないんだなあ。

2016年8月4日

東国抄 金子兜太 (2011年~2016年)


熊谷市 荻野吟子句碑は芥子菜の土手が見渡す限り続く階段の下にあります
2016年12月  東国抄305    金子兜太

(しし)も居てわが紅葉の暗みかな

秩父困民党ありき麦踏みの人ありき

魂のごと死のごと一団の紅葉

荒涼の晩秋の山蟹よ

被曝福島また津波あり青ざめて

福島や被曝の野面海の怒り

須賀川の火祭胡瓜食む我や


2016年11月     東国抄304    金子兜太

ひと日もよ白曼珠沙華黒揚羽

利根川に花野溢るる夜明けかな

老桜樹眼の前にあり冬眠す

谷間より魚の戯言妻恋いの

茫々と雪の吾妻山(あずま)よ離村つづく

枯原の土手確とあり被曝せり

雪曇り海鳴つづく離村かな


2016年10月     東国抄 303    金子兜太

  草田男頌 六句
わが師楸邨わが詩萬緑の草田男

草田男有り詩才無邪気に溢れて止まぬ

楸邨草田男わが青春のしづの女

季語を含む詩語よ最短定型ありて美(は)

草田男の自信満々季語に遊ぶ

草田男ありてジヨルジュー・ルオーが我に

井月よあくまで鶴を空に見し

2016年8.9月 東国抄 302    金子兜太

戦さあるな人喰い鮫の宴(うたげ)あるな

暑しと水暑しと笑いわが樹林

大きく真白く蘭の花咲く猛暑かな

亡妻の育てし蜩時雨かな

深海の巨大な蛸よ眠らんか

牛蛙からすみとんぼがこんなに居る

老いらくの恋などといま昼寝かな


2016年7月 東国抄301    金子兜太

黒猫の夏の落葉に頭掻く

鹿と人和し山影にありき

蝉時雨秩父の人の話し声

困民党ありき柿すだれの奥に

地蜂くる熊蜂がくる飯了る

臍の垢とるなとるなと夏雲雀

堀之内長一たんぽぽまみれかな


2016年6月      東国抄300        金子兜太

おうけつに しとしたそうな たぬきのこ

甌穴に尿したそうな狸の子

水浴びの子らの谷間の放射能

山百合咲く弱気の虫よさようなら

日本オオカミ復活せよと夏のわれら

初夏(はつなつ)の熊谷の野よ尿放つ

あーあーと美女健啖の夏なり

桑の実と蚕飼の昔忘れめや

2016年5月 東国抄299   金子兜太

花榠櫨貧しかり青春の故山

猪走り鹿走り入ら押し黙る

さくら咲くしんしんと咲く人間(じんかん)

旅も谷も花に埋められ孤の夜明け

真栄寺僧ふところに寒椿

枯蓮の夜闇に皓歯あられもなく

蛇穴を出づ鼠小僧の母の家

2016年4月 東国抄298   金子兜太

  熊谷市新地区三句

行雲流水蛍訪(おとな)う文殊の地

草莽の臣友山に春筑波嶺

荻野吟子の生命とありぬ冬の利根

白雪埋める被曝地帯の紅梅なり  福島を想う

青空に茫茫と茫茫とわが枯木   弟千恃他界

紅梅を埋めし白雪無心かな    妹稚木他界

猫の背に春の落葉の降ることよ

2016年2.3月 東国抄297   金子兜太

  朝日賞を受く(二句)
炎天の墓碑まざとあり生きてきし

朝日出づ枯蓮に若き白鷺

真栄寺僧ふところに寒椿

満天星紅葉亡妻はしやぐはしやぐかな

年迎う被曝汚染の止るなく

秩父巡礼穴を出た蛇ついてくる

蜘蛛の糸枯葉を吊し止まぬかな

2016年1月  東国抄296    金子兜太

流星の野面松風被曝の翳

わが武蔵野被曝福島の海鳴り

阿武隈の白鳥いかにさすろうや

秋刀魚南下す被爆被曝の列島へ

海鳴りなり秩父夜祭から帰る

五十銭の奢りの祖父と祭かな

鹿や猪やと昔海底の秩父

2015/12 東国抄295   金子兜太

福島病む吾妻山(あづま)白雪夜の声
質実剛健自由とアニミズム重なる
葭葦(よしあし)と牛蛙鳴く刈られゆく
朝狩(あさがり)へ渕の目玉の光るかな
山の友冬眠もなくひた老いぬ
秩父困民党ありき紅葉に全滅
  『波』記念号へ
羊村あり「波」の音きく日暮かな

2015/11  東国抄294    金子兜太

転た寝のわれに句を生む産土あり

被曝福島狐花捨子花咲くよ
覗く樹間に白曼珠沙華ふと居たり
白曼珠沙華白猫が居るぞ
わが面(つら)と曇天嫌いの彼岸花
人の暮しに川蟹の谷蛇渡る
この顔にいくたび会いし花野かな   俳誌「顔」へ


2015/10       東国抄293    金子兜太


  トラック島回想(五句)

飢えしときは蝙蝠食えり生きてあり
パンの実を蒸し焼く幸(さち)のわれらに無し
生きてゆく虚無グラマンの目の下で
百に近き島影とあり餓死つづく
狂いもせず笑いもせずよ餓死の人よ
夫一茶を梟と呼ぶ春の妻
朝蝉よ若者逝きて何んの国ぞ

2015/.8.9      東国抄292    金子兜太


峡に住み蝮も蠍座も食べる

集団自衛へ餓鬼のごとしよ濡れそぼつ
緑暗のガマ(地下壕)焼く火陷放射機なり
ハイビスカスの真紅の一花生きるかな
  「沖」誌四十五周年へ(三句)
能村登四郎ありき向日葵畑ゆく
曇天の星月夜なり人の息
眼を閉じても水光(みでり)の冬の家郷かな

2015/7   東国抄291    金子兜太


紅梅の青葉となりし一と笑い

牽強付会の改憲国会春落葉
白木蓮一花残して風の餌食
里山の野に蟹棲むと童唄
雲巨大なりところ天啜る
姥捨は緑のなかに翁の影
緑渓に己が愚とあり死なぬ

2015/6  東国抄290      金子兜太


茸狩る山を越えれば風の国

冬紅葉君満面の笑い顔
われ生きて猪の親子と出会うこと
片栗にとぐろを巻きし真蛇かな
母さんの涼しい横顔黒潮来
葭切が団扇祭りの酔い囃す
直実が団扇であおぐ猛暑かな

2015/5  東国抄289       金子兜太


大雪なり朝の雲ども夢のまにまに

青春の十五年戦争の狐火
  沖縄にて
相思樹空に地にしみてひめゆりの声は
蒼暗の海面(うなづら)われを埋(う)むるかに
洋上に硫黄島見ゆ骨の音も
歳を重ねて戦火まざまざ桜咲く
沖縄を見殺しにするな帛畆寿

2015/4 東国抄 288         金子兜太


鹿や猪やと起きては喋る鳥帰る

薄氷や和(わ)の国人(くにびと)に死を強いるや
陽のなかの春の枯葉を祝ぎいたり
小正月猪(しし)の親子に黄水仙
茫々と雪の吾妻山よ離村つづく
炭焼の人の赭顔も被曝せり
南溟の非業の死者と寒九郎


2015/2.3  東国抄 287     金子兜太  

 
産土の落葉ここだくお正月
人の暮しに星屑散らす枯野かな
小正月猫を労る星ありて
甲武を分かつ雁坂峠鹿越える
人ら老い柿黙黙と熟れて落つ
菅原文太気骨素朴に花ハツ手
困民史につづく被曝史年明ける

 2015/1  東国抄 286          金子兜太


十七歳でわれ産みし母寝正月

雑煮頬ばる母よ六人を産みて
麺棒が嫁入り道具長寿の母
雪雲の会津火祭の須賀川
火祭の胡瓜食むわれ童らと
枯原の土手確とあり被曝せり
雪曇り海鳴りっづく离村かな

2015年1月 新春詠 野に大河    金子兜太


野に大河人笑うなりお正月

初日出づ父の句にあり「去年糞」
漂鳥の被曝の人々米稔るに
遠く雪山近く雪舞うふたりごころ
生きて起きて冬の朝日の横なぐり
寒紅梅長寿の母に朝の唄
融けてゆくにこやかににこやかに斑雪(はだれ)
大雪なり朝の雲ども夢のまにまに
武蔵野に春の雪ちょう静寂(しじま)かな
猪もわれも命のかぎり眠るのです
(現代俳句に掲載されました)
2014年1月 東国抄277    金子兜太
初日出ず父往診の秩父谷
青春の「十五年戦争」の狐火
死と言わず他界と言いて寒九郎
河岸に居座り緑泥片岩冬眠す
白雪の吾妻山(あずま)遠目にふるさと去る
津波の翳夫妻を襲う冬の宿
満作につづく通条花の気息かな 

 2014年2/3月東国抄278    金子兜太
北武蔵野面の枯れに河の韻
遠く雪山近く雪舞うふたりごころ
起きて生きて冬の朝日の横なぐり
うわみず桜の根方猫の子集うところ
ボールペンときどき落とし冬眠す
養花天巨岩の照りを横にして
阿武隈山系被爆の人影に雪が 

 2014/5  東国抄 279    金子兜太 
背梁山脈狼囲む春の鳥
雪積めど放射能あり流離かな
黒文字の黄の花老年合唱団
雪の吾妻山(あずま)よ女子高校生林檎剥く
大雪なり朝の雲ども夢のまにまに
干柿に頭ぶつけてわれは生く
十羽ほど尾長きて春雪を航(ゆ)けり 


  2014/6 東国抄280    金子兜太
峡に生きああ対岸の桃の花
われに遠く鹿走りゆく家郷かな
山住みの向うの尾根に春の人
谷に猪眠むたいときは眠るのです
青だもの白花秩父困民史
われ歩む白木蓮散り敷きし地を
雲積めど放射能消えず流離かな

 2014/7 東国抄281    金子兜太
  村越化石他界
生きることの見事さ郭公の山河
穴を出て雪に出会いて頑固かな
亡妻の姉も逝きしよ通条花の里
津波跡鋭(と)き山峡の僧侶かな
融けてゆくにこやかににこやかに斑雪
牛蛙鳴かなくなりし無聊かな
放射能売り歩く人夏の鳶

2014/8.9 東国抄282    金子兜太
九条の緑陰の国台風来
サーフィンの若者徴兵を知らぬ
老年の奇妙な愛憎青葉騒
緑のなかへ老顔突込む梅雨(つい)りかな
夢に鹿老練の生なぞとありや
妻が愛せし黒猫シンよ暁暗よ
ひぐらしの広島長崎そして福島

2014/11東国抄  284   金子兜太
月に眠り紫苑に朝の眠り託す
生命(いのち)死なずと月下美人に呟く
岩陰に白曼珠沙華一遍行く
若者に集団的自衛権てふ野分
蛇穴へ美男に長生きは少ない
「大いなる俗物」冨士よ霧の奥
  
2014/12   東国抄285   金子兜太
枕辺の夜寒の瀞(とろ)を鮎おちる
秩父困民史ありき福島被曝史を
山畑に蒟蒻育て霧に寝る
秩父路の木槿と語る妻ありき
鶲来て昨夜(きぞ)の月影を啄ばむ
青春の「十五年戦争」釣瓶落し


雑煮頬ばる母よ六人を生みて

2013.1 東国抄266   金子兜太
 小沢昭一他界
正月の昭一さんの無表情
蛇穴を出て詩の国の畑径(はたけみち)
森汚れ海の歎きの山背吹く
夢寐襲う曽遊福島の被曝
人も山河も耐えてあり柿の実や林檎や
野に住みて白狼伝説と眠る
いびきなく小用は多し寝正月

 2013年2/3  東国抄267    金子兜太
平家蟹の顔の親しみ詩心激し(赤尾兜子を思う)
北武蔵雲行き人行き狐火も
鳴くに鳴けず雪ふるなかの百千鳥なり
人という生きもの駅伝の自ら息
とにかく生きると春の落葉に雪積らせ
白寿過ぎねば長寿にあらず初山河
隣りの家赫ッと陽当り実千両

2013年5月 東国抄269    金子兜太
満作咲き猪道をゆく人の声
花粉噴く杉の大樹と墓参かな
わが海市古き佳き友のちらほら
わが友よ春の嵐に子犬拾う
夜明けの夢川音花を散らすかな
渕走る蛇に夜明けの蚕飼かな
上溝桜(うわみずさくら)いつきに咲きて亡妻(つま)佇てり

2013年6月 東国抄  270 金子兜太
人声のしみる立夏の暑さかな
夜明けの灯宇宙飛行士の影も
花は葉に鹿撃たれ谷川に墜ちる
即身佛の誰彼(だれかれ)あやめ咲きにけり
 アマゾンに鰐ありわが庭に土竜
 牛蛙腰のふらつく月日かな

2013年7月 東国抄271    金子兜太
緑陰に津波の破船被曝せり
秩父谷(だに)朴咲く頃はわれも帰る
嘗つて海底(うみそこ)秩父に育ち鰯面(いわしづら)
山葵田を眺めることも生きること
棚にタオル薔薇無雑作に床にかな
科(しな)の花かくも小さき寝息かな
海市に見ゆ大型テレビの踊り子たち

2013年12月東国抄 275    金子兜太
腰弱くなり神無月歩く
晩秋の無為の瀬音に目覚めけり
山径の妊婦と出会う狐かな
緑泥片岩河岸に据り冬眠す
谷間より魚のだわ言冬眠す
谷ふかく夜明けの鹿の交尾かな
遠離る鮎掛の人故山かな

2012/1 東国抄256 金子兜太
列島沈みしか背ぐくまる影富士
海に月明震度加わり初景色
被曝福島米一粒林檎一顆を労わり
有るまじき曽遊の地福島の被曝
冬の緑地帯風評被害の風音
セシユウムのかの阿武隈(あぶくま)河の白鳥か
復興へ破船人影(ひとかげ)冬の松

2012年2月 東国抄257   金子兜太
武蔵野に雪富士われにわれの若さ
雪の富士雪の浅間と頬に閲(せめ)ぐ
雪の外輪雪の浅間の裸形(らぎょう)も立つ
樹相確かな林間を得て冬を生く
関東平野に空ら風わずか今日もわずか
孫二人智(とも)の桜厚(あつ)の紅梅
戦友の南部の姉帯(あねたい)春成るや

2012年6月「海程」 東国抄260 金子兜太
    蓮田双川他界
野に泉味わえば渋し鋭し
長寿の父母の筋骨頂き麦青し
地震の恐れの東京は御免(ごめん)熊ん蜂
バラ咲きぬ長寿無用と長生きして
われに近付く五月の猪(しし)の親子かな
チューリップ畑の少女煎餅噛む
森林汚染ひろがる夏潮のみちのく

2012年8.9月 東国抄262    金子兜太
 小堀 葵他界
楊桃の小堀葵と思いきし
梅雨出水苛(いじ)めとは卑劣の極み
老梅の実の落つ呆れるほどの数
新聞紙夏の狐へとんでゆく
河現われ緑林つづき夢に入る
帰るなり蜂眼前をほしいまま
 辺見じゅんさん昨秋九月二十一日他界
じゆんさんのいのち玉虫色にあり

2012年11月東国抄  264  金子兜太
日本オオカミ復活せよと玉蜀黍(もろこし)噛む
不思議なほど雲は動かず晩夏かな
咲きてあり原曝の地の野萱草
老人舗道に溢れ残暑を動きおり
慈悲心鳥老人殖えて喋るかな
九十代が普通となりて酔芙蓉
歳経れど葡萄もトマトも口に溢れ

012.12 東国抄265  金子兜太 

山影(やまかげ)に人住み時雨恋うことも
霜の影人影(ひとかげ)に濃し山暮し
山影に人住み狼もありき
山影に人あり鹿を撃ちて食(た)ぶ
山影ゆく小学生に雨の粒
狼と人和すことも情念なり
山影情念狼も人も俯伏き

2011年 新春詠  『冬眠』  金子兜太

今を生きて老い思わずと去年今年
今年寅年と呟きて入歯磨きおり
去年今年生きもの我や尿瓶愛す
小学六年尿瓶とわれを見くらぶる
比叡の僧霧に鹿呼ぶ仕草して    
南を限る山脈(やまなみ)に風蚕飼おわる
泣く赤児に冬の陽しみて困民史
渺たるよ炒飯と赤ワインの夕餉
牡蠣にレモン今日の鴉の声高し
冬眠の蛙芭蕉に風邪薬



2011年12月号 東国抄255   金子兜太
一老生かさんと釣瓶落しに医師たち
東京暁紅ひたすらに知的に医師たち
暁声春なり吾を見守れる声も
知の若さの医のなかにいて寛ろぐ
野糞を好み放屁親しみ村医の父
剛の村医の眼光清潔餅搗き唄
風評汚染の緑茶なら老年から喫す

2011年11月号 東国抄254   金子兜太
今も余震の原曝の国夏がらす
被曝の牛たち水田に立ちて死を待つ
平凡な都市緑陰に僧構(かま)える
蝉時雨きつねのかみそりの居場所
一室に徹底の人寝待月
検査入院名月が待っているとは
長江に映る灯を名の妹死す

2011年10月号 東国抄253    金子兜太
   東日本人震災(三句)
「相馬恋しや」入道雲に被曝の翳
水田地帯に漁船散乱の夏だ
燕帰る人は被曝のふるさと去る
しかし死なずと青春ありき青蜥蜴
おしいつくみんみん狐のかみそりも
海に月明対岸に人々のことば
くちなしや蛙とび込む人の家

2011年7月号 東国抄251    金子兜太
津波のあとに老女生きてあり死なぬ
放射能に追われ流浪の母子に子猫
三月十日も十一日も鳥帰る
燕や蝉やいのちあるもの相和して
秩紅に山羊連れて少女期の亡妻(つま)が
秩父暮れやすし山樅魚に東一華
栗の花好きで喋って疲れすぎて

2011年6月号 東国抄250    金子兜太
東一華咲きしと酔い覚めの男
鳥帰る天明飢饉の碑の産土(うぶすな)
山光を島帰る放射能まみれの空
山峡は暗し白鳥は来ずと婆
親しもよ猪紙る僧の頭
宇宙人のごとしよ山椒魚の卵

2011年5月号 東国抄249    金子兜太
     高橋たねを他界      
流氷の軋み最短定型人(じん)
    峠 素子他界
冴えて優しく河原の石に峠素子
狼が笑うと聞きて母笑う
味噌玉転がる隣の山羊が来るぞ
口臭の君よペンギンの群固まる
紅梅に白雪罪罪と野の始まり
鳥帰る猫の子歩く子馬跳ねる

 2011年2.3月号 東国抄 247 金子兜太
少年笑い少女振向く初笑い
青年に職なし老人ごまめ噛む
空つ風来ずなりし関東平野かな
朝日のなかで生牡蝸食べて野に暮らす
糞尿愛好症とかや寒九郎
山国や手の甲に越冬の亀虫
紅葉に日矢不意に来る者の親しさ

2011年1月号 東国抄 246 金子兜太
お遍路の玉蜀黍で巫山戯合う
妻と見ていた原郷の月曼珠沙華
小鳥来て実験棟群に銀鈴
いのち問われて十六夜を過ごす
立待や自然死なら何時でも宜し
病床に寝待の月の面影追う
更待を竜胆の無表情と過ごす

2016年8月3日

「俳句は人間を詠うもの」 金子兜太


「わたしの骨格自由人」 金子兜太 インタビュー 蛭田有一 NHK出版

―ひらめいてから俳句が完成するまで、どのくらいの時間がかかりますか。
 
 さまざまですわ。その場でできる場合があります。時間がかかる場合もあります。例えば、具体的な例を引くとわかるかな。 「彎曲しか働し爆心址のマラソン」という長崎でつくっ穴句の場合なんか、社宅の、公舎といったらいいな、そのそばが爆心地なんですよ。

わたしは、「短歌研究」という雑誌から原爆の句をつく゜でこいと言われたんですよっ早速つくれとハッパをかけられて、暇があれば歩き回ったんです。

 そうしてるうちに、谷間のようなところですが、山の向こうからマラソンの連中が走ってくる、そして爆心地に入ってくるっ途端にみんな焼けたれて体が歪んでぶっ倒れでいくヽ彎曲し、火傷し、爆心地、、いう映像が出できたんですよ。さでこれをどう俳句にしようかと考えたら、なかなかできなかった。やっぱりヽ現地を歩き回っていればできるだろうという期待感があって、毎日歩きました。

そうしているうちにヽ三日ほどたったか、夜、苦し紛れに字引を繰っていたんです。そうしたら「彎曲」という言葉が目に入っ穴っ途端にパッとできた。そして「彎曲し火傷し爆心地」、あの句ができたんです。

映像ができるのに若干時間がかかるけれども、映像が国まとまり文字になるのに、やっぱりある程度の時間がかかる゜そういう体験はずいぶんありますね。

 それから、「酒止めようかどの本能と遊ぼうか」なんて、あんなのは俳句かどうかわかりませんけれど俳句だとして、あの場合は咄嗟にできました。痛風で、酒をやめろ、肉をやめろと言われた、さでどうしようか、と思った途端にパッとできた。いろいろ場面によりりますね。

東国抄 金子兜太 (2004年~2010年)

東国抄は海程に掲載されています

2010年12月号  東国抄  245  金子兜太
    
    慶庖病院に一か月入院(五句)
    一遍忌われに月照の幾夜
    竜胆に星の眼眠る夜明けかな
    水澄みし野に諧謔を得て帰る
    秋の蟹ひかりのなかに脳の中に
    皮膚病みて腰萎えて望月と過ごす
     上林 裕他界
    残暑酷し他界の友よ木蔭を行け
     松滓 昭他界
    引つぱつて震わせて山の男の月の唄

    2010年11月号  東国抄  244  金子兜太
     「飴なめて流離悴むこともなし」(楸邨)
    飴なめて師の流離あり敗戦忌
      小林とよ他界 
    亡妻と同学の親(しん)蝉しぐれ
      森 澄雄他界
    堪えて堪えて澄む水に澄雄
      山川緑光句集に    
    北の夏空緑光笑う直(ちょく)にて新
    数人のおとな立つてる夏の土
    鬱にして健健にして鬱夏のおでき
    北信濃つくつつみんみん鳴くことよ

2016年8月2日

『短詩型文学論』 紀伊國屋書店 (岡井隆と共著)

*『短詩型文学論』 紀伊國屋書店 (岡井隆と共著) [1963年7月] 定価250円
短歌論-岡井隆  
韻律論をめぐる諸問題・俳句論-金子兜太 
1・はじめに 2・ 個性し詩性 蕪村の評価を追って 
3・写生 視ることの意味 4・描写 その意味の変遷 
5・描写 その意味の進展  6・ 表現 その状況
7・表現 思想性と抒情  8・表現 抽象と具象 
9・表現 韻律


短詩型文学論復刻版  2007.6刊 紀伊國屋書店1944円
本書は、短歌と俳句の世界における最も革新的な作家による本格的な短詩型文学論として、多大の反響をよんだ紀伊國屋新書版『短詩型文学論』に、両著者の新たな序文を付して刊行する新装版である。短歌論は「うたは究極のところ、しらべに帰着する」という直観のもとに、意味のリズム、視覚のリズム、句わけなど韻律論を中心にすえ、言語学、音楽理論等の成果を批判的に援用しつつ、実作者の卓見に満ちた精緻な論が展開される。俳句論は、「俳句はわが国短詩形文学のなかでも最も短い定形式の詩型であるということ、そのことが特色のすべてである」という認識のもとに、写生における視ることの意味、描写の意味の変遷とその技法の進展、表現における思想性と抒情、抽象と具象の問題、又、韻律の重要性等が的確に考察される。

【目次】(「BOOK」データベースより)
短歌論ー韻律論をめぐる諸問題(短歌を短歌たらしめるもの/等時拍リズムの干渉因子/第二のリズム因子/いわゆる五・七調の検討/母音律の導入/母音律説のための二、三の検証/視覚のリズム/短歌における定型の機能ー「期待」の美学の再検討)/俳句論(個性と詩性ー蕪村の評価を追って/写生ー“視る”ことの意味/描写1-その意味の変遷/描写2-その技法の進展/表現1-その状況/表現2-思想性と抒情/表現3-抽象と具象/表現4-韻律)/総括のために

2016年7月25日

兜太句を味わう「日本中央と・・・」「夏落葉・・・」




日本中央とあり大手鞠小手鞠    (句集・『両神』)
                           
下北半島の根もとにある東北町の歴史公園に、坪碑(つぽのいしぶみ)を納めた建物がある。
碑の高さ約一・六、幅一メートルほどで、「日本中央」の四文字が刻まれてあり、往古、大和朝廷の軍隊がこの地に攻めこんできたとき矢じりで刻みつけたものと伝えられている。「日本」は「ひのもと」と読み、太陽の出る東北の地、つまり現在の東北地方北部を指す――言葉とされている。
この句ができたのは十年ほど前、芭蕉「おくの細道」三百年の初夏だった。芭蕉が陸奥まで足をのばしたらどうか、というNHKの企画で、小松方正氏といっしょに歩いたのである。
http://kanekotota.blogspot.jp/2015/05/blog-post_83.html

夏落葉有髪(うはつ)も禿頭もゆくよ     『句集・両神』)

 梅雨も終わるころ、芭蕉「おくのほそ道」でも知られる白河の関で、NHKの衛星放送句会をやったことがあった。男女七名、関跡の暗い樹林のなかに散らばって句をつくり、それを持ちよったのだが、そのときのもの。
ぬれた青葉の林には、常緑樹の古葉が落ちていて、みょうに鮮明だった。濃緑の季節の落葉ということに、つまりは「夏落葉」という季語のなかに、人の境涯をおもわせるものがあるためだろう、句座の人たちは、「有髪」にただちに僧をおもい、「禿頭」とともに俗世間の人影を受け取っていた。関跡ということもあろうか。





2016年7月14日

Windows 10は曲者だ。ご用心!!



マイクロソフトが、ある種、暴挙ともいえる手段に打って出た
それは、2016年7月29日まで提供しているWindows 10への無償ア
ップグレードを、ほとんど「強制的」に行うというものだ。
昨日アップデーターでWindows 10にアップグレードされている
パソコンを見た。
勝手にアップしているパソコンに大慌でした。

頼みもしないのに勝手にWindows 10に・・・・。
竹丸の経験ではメデイアブレーヤーを除きソフトが使えるので
心配は無いがPCの容量不足になるかも知れません。
デスクトップもがらっと使い方が変更するので戸惑うでしょう。

Windows 10は曲者、プライバシー設定をしないとあなたの
情報は筒抜けになります。
竹丸はすでにアップしプライバシー設定を行った。

Windows10の13個のセキュリティープライバシー設定を安全にする
設定方法。このアドレスに回避する方法があるのでアップ後は必ず
設定を変更した方が安全です。
設定方法
http://www.webessentials.biz/windows-secure/privacyissues/

2016年6月23日

『現代俳句の断想』 安西篤

 
海程社 0568-22-0073  3000円
「金子兜太の現在」より

――その人と作品を中心に――

〈はじめに〉
 金子兜太は、96歳の現在もなお現役並みの俳句活動を続けており、今や俳壇のみならず、日本を代表する文化人の一人として、時代の牽引者の位置にあるといっていい。兜太自身、自らのアイデンティティは俳句であるというように、その生涯は俳句の歩みとともにあった。

長い俳歴の俳人は、兜太ならずとも見られるところだが、戦後70年の今日、これほどの脚光をあびているものは兜太をおいて他には見られない。では、なぜ今、金子兜太なのかが問われる。それには現在にいたる足跡の中に、その必然的な発展過程を見ておかねばならない。その上で兜太の現在を見極めてみたい。


2016年6月4日

句集 『下弦の月』 金子皆子



左・皆子さん 中・真土さん 右金子先生

句集『下弦の月』あとかきより
平成19年(2007年)二月二十四日、一周忌を集す。
真土、智佳子、総持寺の墓地に「金子家之墓」を置く。初代金子みな子(皆子)ここに眠る。墓所明るし。 金子兜太


金子皆子先生は十年ちかく癌を病んでいましたが平成十八年三月二日永眠。
現代俳句協会賞、日本詩歌俳句大賞受賞。




「下弦の月」より抜粋(谷 佳紀選)

笛師に会う今生いまも花の季(とき)

領巾(ひれ)のごと赤き絹持つ想と燕と

歩を移し歩を返し笛師月蝕

青葡萄アレクサンドリア涙溢れくる

喀血ありハイビスカスの大輪三つ

百日紅花につづきます幻聴

夕月を水色の薔薇に埋める

長い霧笛よ唇は水面なのだから

秋の長雨貝殻や押し花や恋文

山吹黄葉心信親深母ごころ

 義母逝く 百四歳
水となる義母天空は水ですよ

馬美し馬体美しと帰燕

インド人カレー屋それからそれから瑞穂の国

 中国雲南省、東巴(トンバ)村に樹齢千年のガジュマルの大樹ありと聞く。情樹という。情樹とやわたし飛んでゆき隠れましょう

臘梅や水色の空と遠さと

山椿忘却とや黙示なりとや

雪の小鳥は何処で鳴いたのか雪なり

消えることに気がつくお化け雪しんしん

寒三日月遠くに遠くに添い寝して

寒三日月謝りますお化け大好き

ちちろ鳴く右目左目ばらばらなり

想うべし馥郁と臘梅の声なり

鶫の塒知りたし知りたしと眠り

メールの中鶫は行ったり来たりして

紅梅の花の大揺れ花の文字

花の期の長き金樓梅誰方を隠す

雉子鳩と鶫我には祈りあり

声嗄れし人を思いて春菜摘み

心二つに先ず立ち上がる人形

主治医に投げん日向水木の花滴(しずく)

孤独魔が襲いくるなり春の家

山椿孤独魔と仲よしという便り(メール)

頼もしき亡父はどこに花馬酔木

寒紅梅小鳥には悲しみが寄り添う

蠟梅に小鳥落ちてゆく遊びか

ショパン鳴り水滴無数光(こう)早春

少し眠らん臘梅の視野から抜けて

健康こそ遠くに声をかけたき常緑樹(ときわぎ)

いんげん生姜の匂いの中で殿方待つ

一日霧の日幾人(いくたり)も知人が浮かぶ

赤い靴と青いズボンに鳥の声

カリントウつまむ懐かしさになぜか智佳子

とねりことねりこああ大好きで涙が騒ぐ

恋人がいますもうすぐきます四ひらよ

朝日を走る主治医と共に今日が始まる

霧深よ花ぽとり次々にまた咲く

ただ人を待つ霧の白粥をすすり

こんなに霧深宿舎はまるで白衣を着て

赤い画鋲青い画鋲点滴ふと痛む

箸を割る夕食の智佳子霧立ちぬ

金子皆子さんの「生」           

  句集「下弦の月」感想          谷 佳紀 

遺句集「下弦の月」は「花恋」を刊行してから一年余の作品をまとめたものである。わずか一年なのだから「花恋」の感想とそんなに変わらないだろうと思った。ところが印象がまったく違うのだ。なるほどと思ったのは、「花恋」は発病に驚き、うろたえ、闘う決意をし、という癌との闘いの記録集でもある。それに対し「下弦の月」は死期が否応もなく迫ってきていることを自覚し、日々をいとおしむ生活へと心を向けざるを得なくなった最後の一年余の記録集だ。ここには「花恋」にみられる外に向かう激情はない。今この瞬間の生命のありがたさを言葉にする女性がいるのであり、美しいものに甘えその感情を言葉にする女性がいるのであるが、その心底は、誰とも共有できない死を抱えているが故の孤独に耐えなければならないうめき声とも言うべき表現なのである。

    山吹黄葉心信親深母ごころ

 「心信親深」は「しんしんしんしん」と読むのだろう。「しんしんしんしん」と読むにつれ、「山吹黄葉」に染み込んでゆく心情が響き、「心信親深」という文字は「母ごころ」の深さを伝えてやまない。一文字一文字言葉の意味を感じつつ書いてゆく胸中に、二十七歳の時に亡くなられたお母さんを偲び、助けて下さいと願う思いが行き来していただろうし、昨今の子殺し親殺しの多さを悲しむ思いもあったのではないだろうか。

    長い霧笛よ唇は水面なのだから

 2004年11月、つまり「花恋」刊行の前月に書かれている。唇というものは水面であると言う。これはどういうことなのだろう。唇形の水面、水面に浮かんでいる唇を思い浮かべてもこの作品を感受できない。それでいながらどうにも惹かれる作品で、この生々しい肉体感覚は何だろうと思う。濃い霧の中にいて長い霧笛を聞く。回りはすべて茫洋と霧に消され景色はない。足もとにかすかに見える水面があり、流れる霧に触れる唇の感触がある。その時ふと「唇は水面なのだから」と感じた。この感じが何を意味するのか意識できないが、何かを語っていると確信し書きとめる。私はそのように読みとり、その後の作品を読むのであった。

 中国雲南省、東巴(トンバ)村に樹齢千年のガジュマルの大樹ありと聞く。情樹という

情樹とやわたし飛んでゆき隠れましょう

とねりことねりこああ大好きで涙が騒ぐ

恋人がいますもうすぐ来ます四ひらよ

 このような作品は仮想恋人と戯れている初初しさ、切なさ、可愛らしさがあり、病の現状がどうであれ、楽しく遊んでいますね、と一緒に笑いあえる。

    孤独魔が襲いくるなり春の家

    山椿孤独魔と仲よしという便り(メール)

    一日霧の日幾人(いくたり)も知人が浮かぶ

    ただ人を待つ霧の白粥をすすり

 孤独を直接語る作品は胸を締め付けてくるが、慰めの言葉を持てる。慰めの言葉が心を満たすことはないにしても、同感し、とりあえずは元気づけることができる。

    消えることに気がつくお化け雪しんしん

    寒三日月謝りますお化け大好き

 淋しさがつのるとお化けと遊ぶ。この発想自体がすごいとは言え、浮世絵に見られるようにお化けは幽霊と違って怖いだけでなく、笑いがあり親しめる存在でもある。水木しげるの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる化け物が、境港市の水木しげるロードに現れ人気を集めている。お化けとでも遊べる天真爛漫さと読むことができる。その根には孤独感があるのだが、孤独に閉じこもらずそれを紛らわそうと心が動いている。

    臘梅や水色の空と遠さと

    雪の小鳥は何処で鳴いたのか雪なり

 臘梅と空の青さ。遠近法を生かした印象鮮明の景だが表現の中心は「空の遠さ」にある。

静かに雪が降っている。ふいに小鳥の鳴き声が聞こえた。何処で鳴いているのか姿を探したが見つからない。相変わらず雪が降っているだけ。句の中心は鳴き声にあるようだが実際は雪が降る静けさにある。おそらくこの静けさと時間が止まったような遥けさに永遠を感じているに違いない。

 このように「長い霧笛よ唇は水面なのだから」以後の作品を読み、再度この作品に戻ると、最初に読んだときにはわからなかった何かがわかるような気がしてくるのだった。

 霧に捲かれ影のような姿、しかしながら私たちの心に映る姿は明確であり淋しい。「長い霧笛」を聞きつつ「唇」の紅さ一点に集中している生命の意識、仮想恋愛の美しさ、しかしながら所詮仮想の世界、「唇は水面」だといううたかた、「長い霧笛」はそれを象徴するように物悲しい長い尾を引き消えてゆく。結局ここに残るのは、このように書かざるを得ない佇まいの厳しさであり孤独である。そしてこの作品以後の多くが、ここに含まれている要素のそれぞれを具体化した作品に見えてくる。もちろんそのようなことを皆子さんが思って表現しているはずはなく、私の勝手な読みにすぎないのだが、恋も孤独も永遠もこの作品に含まれ呆然とたたずんでいる姿を見れば、そのように思うしかないだろうと確信するのである。

 皆子さんは枯淡の境地に興味はない。死はもう避けられないと覚悟はしても生を楽しむことに力を尽くす。

    壊れた人形ではありません萩の花

    メールのなか鶫は行ったり来たりして

    精悍なり隼口惜しく美しく

    雉子鳩と鶫我には祈りあり

    鴨の声老人を突き放して去りぬ

    グレープフルーツ一房になった湯浴み

    フォト増えていく小さなハートいっぱい

 老いは否定しようもない現実であろうと「壊れた人形では」ないと抗議する。隼の生の美しさを羨やみ口惜しがる。鳴き声が聞こえるだけの鴨の姿を探したのに、とどめの一声で姿を見せずに去ってしまった鴨。老人を突き放したのだと恨む、強い自己愛と悲哀。グレープフルーツ一房になってしまってもその一房はみずみずしいのだと身をいたわる。メールであろうと写真であろうと、可能なものは何でも楽しもうという意欲は孤独と向き合い、死と向き合っているだけに真剣な生きる行為であっただろう。

 悟りを得て心の平安を保つことは凡人の理想であるが、俳句を書くことは自分の命をいつくしむことだと、俳人金子皆子であり続けた生き方も、見事なものだと言えるのではないだろうか。




2016年5月27日

№1 埼玉県熊谷市句碑除幕式

2016年3月30日、熊谷市誕生10周年記念事業として熊谷市内4ヶ所に金子兜太の句碑が建立されました。
除幕式は市役所傍の「熊谷市中央公園 熊谷市宮町2-39」です。あとの3ヶ所もすでに句碑が建っています。

石は安山岩で根府川石だそうです。石屋の野口さんが言ってました。

利根川と荒川の間雷遊ぶ      兜太

とねがわと あらかわのあい らいあそぶ

 この句は、利根川と荒川というという二つの大きな河川に挟まれている熊谷の特傚を描き、その狭間に鳴り響く雷を掟えてぃ川の恩恵を受け、時には川の脅威と向き合いながら、地域の特色を育んできた。夏の夕暮れになれば、古くからの上州と北武蔵野の風土を象徴する雷が到来し、熊谷にも多くの雪鳴と雨をもたらす。


 二つの河川の存在かここに住まう人の感性や精神に大きな影響を与え、長い時を経ながら熊谷の原像を形成してきた。

雷鳴の躍動感とともに、熊谷に息づく自然の景観と夏の風景を力強く表現している。

 7月、熊谷の夏の風物詩である熊谷うちわ祭が開かれる。豪華絢爛なる山車・屋台が華々しい一大絵巻を繰り広げ、各所では勇壮な熊谷離子が叩き合う。雷が遊ぶように囃子と鳴り響き、熊谷はいよいよ本格的な夏を迎える。


№2 埼玉県熊谷市金子兜太句碑

金子兜太の居住する熊谷市が4町合併10周年記念事業として
建立しました。交通のアクセスが悪いので全部見るには車が必要です。
市役所゜そばの公園の「利根川と荒川の間雷遊ぶ」は熊谷駅から徒歩で
ゆくことができます。
石は安山岩で根府川石だそうです

設置場所左から
〇「利根川と荒川の間雷遊ぶ」 
熊谷市宮町2-39 熊谷市中央公園内

〇「草莽(そうもう)の臣友山に春筑波嶺」
熊谷市冑山152
在野の立場から草莽として政治に関わった友山(江戸末期)を称えて詠みました。長屋門がありその前に建ちました。春は桜が美しい場所です。

〇「荻野吟子の生命(いのち)とありぬ冬の利根」
熊谷市俵瀬581-1
日本の女医1号の荻野吟子記念館の中に建ちました。
裏は利根川で春はカラシナの黄色に埋め尽くされます。

〇「行雲流水蛍訪なう文殊の地」
熊谷市野原623
熊谷の古拙の一つの文殊寺境内にあります。



荻野吟子の生命とありぬ冬の利根  兜太
おぎのぎんこの いのちとありぬ ふゆのとね

荻野吟子は若くして結婚したが夫から移された病を看てくれる医者が男だったので恥ずかしく女性のために医師を志し苦難の末女医第1号となった。渡辺淳一の小説「花埋み」は伝記です。吟子の生誕の地に建てられました。

行雲流水蛍訪なう文殊の地      兜太

文殊様は知恵の象徴として信仰された。蛍の飛び交う場所です。

草莽の臣友山に春筑波嶺         兜太
そうもうのしん ゆうざんに はるつくばね

草莽として在野から政治に関わった人物で長屋門が残されていて生家に句碑を建立。




2016年5月17日

兜太句を味わう「犬一猫二われら三人被爆せず」

写真は蛭田有一氏撮影

犬一猫二われら三人被爆せず    兜太 「賠緑地誌」

熊谷に定住して、私と妻(みな子)、それと長男(眞土の生活に、妻が野良犬を一頭かわいそうだと連れてきた。猫の雌雄を貰った。まさに「犬一猫二われら三人」の生活だったが、ある日ふと、広島、長崎の原爆禍を家族で語り合うことかあり、この句ができた。「被爆せず」――この幸せの永久であることを。

金子兜太の教科書掲載句解説

鸞曲し火傷し爆心地のマラソン   句集『金子兜太句集』

Twisted and seared
the marathon at the center
of the atomic explosion    (英訳・海程同人 小長井和子)

初出は、「風」昭和33年4月。

 
年譜では、2月、長崎丈店に転勤。隈治人に会う。原爆被災の浦上天守堂に近い山里の行舎に住む。
「鸞曲し火傷し爆心地のマラソン」を得。真土、山里小学校に転校。皆子雀を育てる。稲佐山の夕景、グビロヶに、原爆忌俳句大会。春、飯田龍太来、晩夏沢本夫妻、太郎、西垣脩、小田保来。

『短歌長崎』主宰小山誉美に会う。五島列島、雲仙、唐津、佐世保、門司、野母半島にゆく〕とある。兜太39歳。35年4月までの 2年半にわたる長崎での生活であった。

長崎の行舎に住むようになってからは、時間を見つけては爆心地
周辺を歩き、 いたるところに被爆の傷あとが残っているのを見聞してつくったのが「鸞曲し」の句。

 
兜太はこの句について、次のように書いている。ある晩、なんとなく国語辞典を繰っていた私は、ふと「鸞曲」という文字に気付いて 、眼が離れなくなった。しばらく見つめているうちに、さらに、「火」ということばが 出てきたのである。そして、その二つのことばを背負うように、長距離ランナーの映像があらわれて、その人は、いまこの地帯で生活している人々と重なった。しかし、次の瞬間、その肉体は「鸞曲し」 そして「火傷」をあらわに
したのだった。
     (「定型と人間」『わたしの俳句入門』昭和52年有斐閣・刊)



「造型」の方法が鮮明な句である。「創る自分」の意識活動が活発に行われ、イメージの 重層が見られる。 それは「鸞曲し火傷し爆心地の」と、原爆投下の地という強烈なイメージとリズムを 重層させることにより、爆心地としての長崎の惨状を浮かびあがらせ、そこに「マラソン」を 配することで、時間を現在へと引き寄せ、長崎の街をマラソンランナーが体を曲げて、 喘ぎながら力走していくイメージを二重写しさせている。
 そして、このマラソンランナーのイメージは、また原爆投下の惨状へと遡行し、 時代を経ても消えない精神の傷痕に訴えてくる。「鸞曲し火傷し」に、 なまなましい現実性と飛躍したイメージが重なっている。「火傷し」は、「かしょうし」と読む。


昨日は長崎に原爆の落とされた日でした。こんな日が二度とあってはならないが、フクシマと重なる。浦上天主堂で被爆したマリア像、通称「被爆マリア像」も悲しむ3.11。

金子兜太の100句を読む   酒井弘司  飯塚書店 

2016年5月9日

兜太句を味わう 「朝寝して白波の夢ひとり旅 」

2011年刊 海竜社1300E
第1章 俳句と遊ぶ<春夏秋冬・暮らしの1句>
第2章 人間にこだわる<人間のおもしろさを読む句>
第3章 いのちをいたわる<生きものをうたう句>
第4章 自然を直に感じる<日本の風土・再発見の句>



朝寝して白波の夢ひとり旅        金子兜太

 ここ数年、細君が右腎摘出手術を受けたあと自宅療養しているため、旅はいつも一人である。そんなとき、ずっと以前に、たまたま一人で若狭に旅したときのこの句を思い出している。


 若狭の旅は春も終りのころだった。民宿は狭い湾のなかにあり、風の強い囗で、夕方着いてから寝るまで窓に白波が見えていた。朝ゆっくり眠っているあいだの夢にも白波。起きたときも、昨日に変らぬ白波だった。

 朝寝は春の季語。春眠あかつきをおぼえず、につづく朝の眠りである。これは、よく眠れる者にはそのまま受取れる季語だが、細君のように眠りに苦労する者には、別の内容をもっている。そのことをおもうのである。

 細君の場合は、夜十時ごろ床について、うとうとと二時間ほど眠る。目がさめたあと、夜明けまで眠れないのでラジオをきくことが普通で、早朝の講話で気持が安らぐことしばしばとのこと。それが済むと二度目の眠りに入って、二、三時間は眠る。これが朝寝である。四季には関係のない、救いのような眠りなのだ。

 しかし、初めから眠れないこともあり、朝寝となる二度目の眠りがうまくいかないこともある。双方が駄目なときは、一日いらいらしている。

 そんなことを一人旅の寝床でおもっている。この句の白波が誘う旅情とともに。

金子先生は、布団の中で句を考えるそうですよ。思考するのに適した場所は、乗り物、厠、枕の上と良く言いますね。

2016年4月14日

チュニジアからアクセスががありました


外国からアクセスの皆さん
東京新聞フォーラム「俳句のチカラ-『平和の俳句』選句会 ライブ篇」
がありネットから応募できます。一句いかがですか。

珍しい国からアクセスがあると嬉しいです
ところで、チュニジアってどんな国でしたっけ??
チュニジアは紀元前9世紀より都市国家カルタゴとして栄えた。
他国が恐れる強力な海軍力を有していたと・・・
歴史の教科書に出てくる国です