2015年5月12日

金子兜太句碑 新潟県・群馬県・茨城県・千葉県



霧に白鳥白鳥に霧というべきか  金子兜太
平成6年建立

句碑の場所  新潟県水原町瓢湖の向かいの「水原八幡宮」

海竜社「俳句人生」にこの句の作った感想が掲載されています。

朝の目ざめぎわの夢に、白鳥と霧のとけ合った幻想風な美しい映像を見ていた。ずいぶん前にこの句ができて、その後もときどき夢に見るのだが、こんなときは体調がよいのである。(兜太)



小鳥来る全力疾走の小鳥も


小鳥来る全力疾走の小鳥も   金子兜太

群馬県伊香保温泉の石段階にあります

海程同人の篠田悦子さんが金子先生の庭の様子を語っています。
(金子兜太の亡き妻「皆子夫人」が植えた樹木です)

紅梅・白梅・金綾梅・楷・山茉英・棋櫨・木瓜・臓梅・三椏・あぶらちゃん・山吹・藪椿・山茶花・令法・山法師さくら・えごのき・針槐・鶯神楽・山つつじ・梅擬き・檀・
椎・水楢・ははか(上溝桜)等々のほか、私の知らない木もありまして、金子先生のお宅の庭は一日じゅう小鳥が飛び交うまさに町なかの雑木林といえましょう。
戸市松本「保和苑」に2010年に建立。



白梅や白梅や老子無心の旅に住む   金子兜太

水戸市本「保和苑」に2010年に建立

佐々木靖章氏の「金子兜太の出発」から一部転載させて頂きました。

 さて、俳人・金子兜太の誕生を告げる処女句は〈白梅や老子無心の旅に住む〉初出は、水戸高の「暁鐘寮報」(昭和13・3)の第十面・文芸欄の一角に掲げられた「水高俳句会第四回作品」の中に見える。同会は、昭和十二年十一月に英語担当の長谷川朝暮(四郎)と吉田両耳(良治)教授の指導下に始まった。実質的リーダーは兜太の一年上の出沢三太(暁水、珊太郎)。短歌・詩・散文でも水高時代文才を披露し、一目おかれていた。出沢は俳句王国―水高の立役者である。「白梅」は水戸ならではの発想に違いないが、「老子云々」には老成した、超越の時間が内在する。


梅咲いて庭中に青鮫が来ている
千葉県

梅咲いて庭中に青鮫が来ている    兜太

我孫子市の真栄寺にある金子兜太の句碑

初出は、「海程」昭和五十三年四月号。第七冊目の句集『遊牧集』では、劈頭の「青鮫抄」に収録されているが、青鮫を素材にした作品は、他に二句ある。



 

金子兜太句碑 北海道・東北

初夏の月放ちてくちびる山幼し   金子兜太
平成10年建立
北海道然別湖の湖畔にあります。

くちびる山が湖に映り込めば本当にくちびる。初夏の月ですから淡い光
と山幼しで少女のくちびるが連想されて清潔な句です。





日本中央とあり大手鞠小手毬        金子兜太
平成7年建立

青森県東北町には不思議な石碑がある。「日本中央の碑」。
大きな石の中央に「日本中央」と刻まれている
日本中央の碑(つぼのいしぶみ)公園に句碑はあります


壺の碑



















新秋の陸奥一百社鳥集う  金子兜太
平成7年建立
多賀城に金子兜太句碑建立  
場所:宮城県多賀城市市川字奏社1 陸奥総社宮境内



郭公の声降りやまぬ地蔵鍋      兜太

ひぐらしの網かぶりたる矢向楯    皆子
平成12年建立

最上川本合海の河原に建っています。
ここから芭蕉が乗船したと言われています。
川の流れが強く渦を巻いています。



花の牧赤松林の月の出に   金子兜太

花巻温泉に有ります。(赤松はこの周辺の山々に生える南部赤松)平成五年、当温泉で開催せれた「国民文化祭いわて’93」に選者として招かれた折の記念句。

花の牧赤松林の月の出に   金子兜太
花巻市湯本1-125 平成11年建立

花巻温泉歌碑巡り




火の柱の火の壁の松明あかし            兜太

夢寐(むび)照らす巨大劫火(ごうか)の祭りかな  兜太

福島県須賀川市五老山 平成26年建立
金子さんは6年前に須賀川市を訪れた際、日本三大火祭りの一つ「松明あかし」を観覧し、感銘を受けて俳句を5句詠んだ。

須賀川松明あかしは、須賀川市中心部から、長さ10m重さ3トンの大松明を男性約150名が担ぎ、1キロ先の五老山へと向かいます。到着後、1時間ほどかけて大松明を人力で垂直に立ち上げ、その後、大松明を皮切りに約30本の松明に次々と火がつけられ、須賀川の夜空を焦がします。












2015年5月11日

金子兜太句碑 埼玉県


たっぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし      兜太

熊谷市に在住する金子兜太の句碑がある寺、

天台宗別格本山常光院・・・ここは中条氏の館跡(県指定史跡)


猪が来て空気を食べる春の峠   金子兜太

句碑は長生館に有ります。埼玉県秩父郡長瀞町長瀞449

存在と魂  伊藤淳子(海程同人)
 師は「漂泊とは流愧の情念であって、必ずしも放浪を
要しない。定着を得ぬ魂の有り態である」と言われてい
る。霧の村である秩父の山影。その原郷は師の抒情の深
いところと繋かっていると思う。心を揺さぶって止まなない
  堵がきて空気を食べる春の峠

  長生きの朧のなかの眼玉かな

  春落日しかし日暮れを急がない




おおかみに蛍が一つついていた     金子兜太

埼玉県加須市「古佛眼山 龍蔵寺」
副住持の日記プログによると2010年8月に境内に建立




2015年5月5日

句集『むしかりの花・金子皆子』鑑賞 谷 佳紀

金子皆子第一句集『むしかりの花』昭和63年刊 卯立山文庫

兜太夫人の皆子さんは平成18年の3月2日に亡くなり秩父の野上町総持寺に眠っていられます。寺にはに金子先生の句碑があります。

むしかりの白花白花オルゴール  皆子
  
                        
鑑賞・谷 佳紀

句集 『むしかりの花』 金子皆子    

平成14年刊行の句集「さんざし」は、第一句集「むしかりの花」第二句集「黒猫」からの抄出、そして「さんざし」の後、平成十六年に刊行された句集「花恋」の第一章となる「紫雲英田」で構成されている。それらの中から作品を選んで鑑賞をした。

(昭和23年~35年)

朝毎の食器触れあい梅開花
 朝食の用意、それは一日の始まり。梅が開花した。ほんのりと空気が和らぎ温かさを感るが、まだまだ寒い。特に朝は冷える。食卓に並べる食器のぶつかる音が響く。「あなた、朝食の用意が出来ましたよ。」夫を呼ぶ声も明るい。

 風邪の子へ家中灯しレモン絞る
 子供が風邪を引いた。かなりひどい。熱にうなされている。夜の暗さを嫌い、明かりを消さないでくれと言う。使っていない部屋も廊下も灯し、家中が輝いている。明るさに安心したのか少し穏やかな顔になった。さぁレモンを絞って飲ませましょう。

 濯ぐ主婦紅潮のゆび桜指す
 洗濯機の無い時代はすべて手洗い。春とはいえど水はまだ冷たい。手はすぐに紅潮する。このつらい作業も主婦の勤め。生活の慣れ。元気な身体は苦にしない。洗濯をねぎらう夫に「桜が咲きましたわよ」と指すゆびはすらりと伸びて美しい。紅潮した紅さが桜に負けず綺麗だ。

 夕汽車のこだまの中の家愛す
 山間の村。日暮れがさーぁとやってくる。一日に何本も無い汽車のこだまが日暮れを知らせるように家を包んでいる。夕暮は汽車の響をいっそう近づける。朝早く勤務に出かける夫を見送り、遅く帰ってくる夫を迎える平凡な生活だけれど、とても大切な生活。夕汽車のこだまが気持ちよい。

 春山の底なる母の骨思う
 山裾に土葬された母。肉は土に溶けもう骨になっている頃。芽吹きの季節。山はいっせいに目覚め賑やかになった。生まれてきた赤ん坊のように愛しい芽吹きだ。山の底に睡る母。母も命の豊かさに満足しているだろう。


 夏痩せの母子に白い坂と橋
 夏の暑さがつらい。子供もつらそうだ。食欲は無くすっかり痩せてしまった。毎日上り下りしている坂も雨が降らず、砂ぼこりをたてている。橋も汚れている。夏痩せで力が出ないためか、坂も橋も白くぼんやりしている。この暑さが早く去って欲しい。


 悦び常に探し木片蹴る冬の子
 冬のこの寒さの中、私は縮こまっているのに子供って元気だなぁ。寒さにへこたれず常に動き回って遊んでいる。木片を蹴っているだけでも楽しい。悦びを探す生き物なのですね。生々しくって貪欲。本能の塊です。


 夾竹桃小暗さもなし雀の死
 夾竹桃が咲いている。衰えることを知らない、なんと元気な花なのだろう。あら雀が死んでいる。かわいそうに。でもあっけらかんとして未練を少しも残さない姿。そこらに転がっている石ころのように、自分が雀であったことを忘れたような、何にもない死。このからりとした無。生きていた喜びに充分満足して命を終えたのでしょうね。


 魚描きて魚の目青し夏終る
 魚を描いた。海を泳いでいたときのような元気な魚だ。海のように青い魚の目。海は魚の目ではどのように見えるのかしら。暑かった夏も終わった。しばらくは暑さが残るのでしょうが、清々しい秋がやってきた。海を映していた魚の目が、今は秋の深い青空を映している。


 一人子に烈風青葉はりつく窓
 烈風が吹き荒れている。吹き飛ばされた青葉が窓にはりついて離れない。子供が不安そうにその青葉を眺めている。一人子のために甘やかして育ててしまったかしら。違うわ。不安なのは私なのだ。今日まで無事に育ってきたけれど、これからも無事にやっていけるか、私が心配しているだけなのだ。子供は風を面白がっているように笑っているじゃない。


 店頭の異人稚葉(わかば)の人参束
 あら珍しい。異人さんが八百屋さんにいる。なんて背が高いのでしょう。私の背は肩にも届かない。ぶら下げているあおあおとした稚葉の人参束がとても小さく見え、人参の赤色が普段よりもきれいに見える。素敵な異人さん。


 少女の光る下着つるばら一間(いっけん)伸び
 少女が元気に飛び跳ねて遊んでいる。飛び跳ねるたびにちらちら見える下着。日を跳ね光って見える。少女の清潔な心のように光っている。育てているつるばらの芽が伸びた。この少女も健やかに育つだろう。

 鴎飼わな少年と母にある斜面
 子供と散歩に出た。堤防に上り海を眺めれば鴎の群れが飛んでいる。「ねぇお母さん。あの鴎を飼いたいね」「そうね、飼いましょうか」とりとめのない会話をしながら群れを眺めていると、すべての風景が白と青に染まり、堤防の斜面は海の底深く沈み山の頂に立っているように心が開かれる。

 ばらと肩やがて胸中の起伏となり
 「ばら」があって「肩」がある。自分の肩だろうか。そうでない。明らかに作者はばらを見ている誰かの後ろにいて、肩を意識しているのだ。「肩」という響が強いためか、ぶっ切られたようなそっけないフレーズの後に、「やがて胸中の起伏となり」という美しい言葉があらわれる。特に「起伏」という語が美しい。ああ女性の俳句だと思う。男では肉体の生々しさが強調され、このように率直な情の生々しさを書けない。ばらを見ている誰かがいる。肩ががっしりしていて逞しい。その肩とばらが溶け合い、やがて自分の胸中に、胸の起伏に重なって溶け込んでいる。静かな、しかし激しい情である。


 青い甲虫(昭和37年~42年)

 からすからす呑み込んだ小石火打石
「からす」は嫌われ者だがそれは最近のこと。この時代はまだ親しい鳥であった。「からすのあかちゃんなぜなくの」という童謡は誰でも知っている。この作品の韻律も風景も童謡風、嬉嬉としてからすを見つめている情の溢れがある。アニミズムと生活に垣根がなかった最後の時代かもしれない。現在の社会環境はもうこのような情景を不可能にしてしまった。「からすからす」と言葉を重ね、更に「小石火打石」と畳み掛けた断定には「可愛らしい!」を突き抜けた表現の鋭さがあり、火の色が鮮やか。いまだに新鮮で古びない。

 水も木立も赤光野づらに招かれて
 天も地も真赤な夕焼け。「川」と書かず,「池」と書かず、「水」と書いたのは「水溜り」であろうか。雨後の清浄な空気に誘われるようにやってきた野。心身ともに透明感が増し、「招かれて」と書かなければ真実でないかのような、鮮やかで華やかな光景が眼前に広がっている。

 花アカシア二日泊まりて創れぬ繭
 作者にとって「繭」とは生活にあるものとか、懐かしい思い出というだけのものでなく、心の古里とも言うべき、心身に染み付いた失われてはならないものなのであろう。そうでなければ「創れぬ繭」という、懐かしく慈愛に満ちた言葉を発することは出来ない、また、子育てという女性のいとなみをも思い起こす美しい繭でもある。真っ白い花房に包まれた初夏、二日間泊まった旅の美しさ。

 四十路若し鬼草色にとんでくる
 「泣いた赤鬼」の後日談のような楽しいお話が想像できる優しい鬼。四十歳になったとて元気一杯。夏草の野に立てば、草いきれがよりいっそう若さを掻きたてる、溌剌たる人生。

 海と松の暗さが恐いバスケット
 バスケットを用意して出た海岸。しかし海は暗い色をたたえ、休憩地の松林はよりいっそう暗い。バスケットを開けても暗さが気になるばかり。たしかに海岸に多い防砂林としての松林は暗い。日本海かもしれない。秩父育ちの作者にとって、この海は馴染めなかったのだろう。

 六月の真夜の家裂く金の馬
 じめじめじとじとした梅雨の季節。そんな鬱陶しさを吹き飛ばすようにあらわれた「金の馬」。真夜中の家を裂き、光に充ちた世界へと導く。荒々しくも神々しい神話の出現。「金の馬」の現実は落雷かもしれない。そうであろうとなかろうと、作者の雄叫びは力強い。

 雑木山ひとつてのひらの天邪鬼
 小さな雑木山がひとつある。てのひらに天邪鬼が乗っている。雑木山も天邪鬼も初々しく、雑木山が天邪鬼なのか、天邪鬼が雑木山なのか。作者自身も雑木山であり天邪鬼であり、二つは重なり、いつまでも戯れている。にこにこ、さやさや、民話が生まれる俳句。


 榛の木(昭和43年―45年)

 くらしの朝夕飛翔の花合歓よ妹
 合歓は木の様もそうだが、花はまさに飛翔。門か庭か勝手口か、生活の明け暮れに眺める合歓の木。この季節、妹となにを語り合っていたのだろう。作者が男なら「妹」は妻になるのだが、作者は女性。それゆえに愛情の発露というよりも生活の明け暮れが濃厚になる。

 この作、形だけで言うならば「くらしの朝夕飛翔の花合歓よ」で書き終えてよい。しかし蛇足のように「妹」を書かなければ作者は満足できなかった。と言うよりも、「妹」を書くためにすべてがあったと言うべきだろう。

 作者は情(じょう)の人である。情に添って情を紡ぐように言葉は生み出され絡まり表現になる。韻律も情の流れが形作る韻律である。そのような韻律に言葉が調和しているため、私たちがごく普通のものとしている五七五の形式の韻律からずれていても、違和感なく受け止めることが出来る。

この作も、形式の論理を優先する俳人なら「花合歓よ」で書き終え、決して「妹」まで書こうとしないだろう。「妹」までどうしても書きたいなら、書き換えて無理やりに押し込むしかない。しかし作者の情の論理は字余りという文字数の計算を念頭から消しさった。韻律の不自然さは情の強さからはむしろ自然なものであった。読者である私たちも「妹」に籠められた情の強さを読み取ったあとでは、「妹」にこだわりつつも「妹」を消せなくなる。そしてあらためて読み返してみれば、「花合歓よ」で書き終えられたのでは、景が強まり、情が淡くなり、中途半端なものたりない思いがし、「妹」が無いと落ち着かない。「妹」は作者の心のありどころを示し、その内容が不明であっても、無ければ完結しない表現になったのである。

 青い榛の木いちにい三本私も鬼で

 茂った大きい榛の木がある。その回りで鬼ごっこやかくれんぼをしている。それだけの光景。単純な世界だが、遊んでいるのはなにやら妖精のような気がしてくる。軽やかでふわふわしていて、幻を見ているようだ。

 まわる麦秋遠く大きな女友達
 見渡しても見渡しても果ての無い麦の穂波。その穂波の彼方に女友達が見える。麦を刈っているのだろうか。「友達」でなく敢えて「女友達」と限定するのは、「男」という存在に違和感のようなもの、油断出来ないという用心があるためだろうか。いずれにしろ「遠く大きな」という強調は、女友達の逞しさと作者の安心感を明らかにした。憧れのような感情をも持っていたのかもしれない。「まわる麦秋」も麦秋の広がりを一言で言い切った。


 海に緑の夜空の顔か落ちている
 真っ昼間の景である。また「緑」という色は木の葉の緑か、それとも「藍」か。日本語では青系統も緑である。「緑の夜空の顔か」という色合いは書かれているとおりの緑色でもよいし、濃い藍色でもよい。これらは読み手の感性に任せ、自由に感じ取ればよい。作者とて押し付けは出来ない。いずれにしろ交通信号機の色が緑から青に変わってしまったように、「緑」は「緑」だという昨今のつまらない厳密さでこの表現を限定してはならない。
真っ昼間の明るい海に深い緑色か藍色をした箇所があった。それに気づいた瞬間、「ああ、夜空の顔が落ちている」と感じ取り、一切の説明抜きでそのまま表現した断定の潔さ。さらに注意しなければならないのは「夜空の顔」には暗さよりも親しみと慈しみがあることだ。明るい海に淋しそうに落ちている夜空の顔を優しく受け入れている。


 川がらす好きな水輪の一つうつむく
 清流がある。あちこちに水輪が出来ている。大好きな水輪。消えては生まれる水輪を見ていて飽きることが無い。そこへ川がらすがやってきて、ついと潜った。川がらすが潜る勢いで凹むように出来た水輪は、初々しく、恥ずかしいのか、うつむいているように見える。「一つうつむく」とはなんと正確な描写であろう。

 ところでこのように「さんざし」の鑑賞文を書くようになってから、私が意図的に避けてきたものがある。それはなんとなく感じられるもの、バロック音楽における通奏低音のように絶え間なく響いているがあまりにも微かなためというよりも、表現の表面を覆う民話のような世界が鮮やかなため、なんとなく聞こえてくるが聞き逃している音についてである。しかし「好きな水輪の一つうつむく」にある「初々しく、恥ずかしいのか」というだけでない淋しげな風情について語らなければ、もうこの先、嘘しか書けないような感じがするのではっきりさせてみようと思う。

すでに取り上げた作品からもそれを感じようと思えばすぐに気づくと思われるが、取り上げなかった作品「指にくる夕映えは鳥はばたかせ」「明きふるさと泣けば草丈手をかくす」「土に終わるひとりの神楽風の顔」にははっきりとそれが現れている。最も民話的と思われる「からすからす呑み込んだ小石火打石」にしても、何故「火打石」なのかを問い、小石を呑むという行為に思いついたとき、喉の紅さの比喩とだけでは不充分な痛みを感じないだろうか。無邪気さの奥にある痛み、それはまさに本来の民話のテーマであり、表面ではいつも隠されているが

私たちの内面の痛みでもある。なぜか作者の表現にはそれがいつもある。人間というものの原罪と言ってしまえば簡単だが、生きるということはこういうことでもあるというがごとく、淋しさとか悲しみがひっそりと佇んでいる。この作品にしても一羽の川がらすの生態に過ぎないが、「好きな」と書いて出てくるものが「水輪」であるとき、その水輪は無の空間であるがごとく、明瞭にしかしすぐに消えるものをとどめるように「うつむいて」浮き上がってくる。川がらすを発見し胸をときめかしているのではない。水輪に気持ちが引き込まれているのだ。それを綺麗なもの可愛らしいもので見過ごしても良いが、水輪に引き込まれる心情を思えば、そこに淋しい佇まいが見えてくる。そういうものを感じつつ、しかし作品の光景は夢見る明るい清流が展開している、という二重性がある。どの表現にもいつもそれがあるように思える。

 鳥の道にある家鳥のたちし後(あと)

 「鳥の道」とは渡り鳥の渡る道筋のことなのか、朝夕に鳥が移動する道のことなのか私は知らないのだが、句柄から渡り鳥の道筋と読む。
 春、渡り鳥が帰る途中に寄る家がある。そこそこの沼や林を持つ家なのだろう。今年ももう来た頃と訪ねてみると、もうたった後だった。早春の荒れた空虚感と、芽吹きが始まりつつある季節の躍動感が綯い混じった空間が広がっている。

作者は季節に敏感である。しかも飼っている犬や猫と親しむように季節と親しんでいる。それゆえであろう、俳句用語で言えば季語になってしまうものであっても、美学とは無関係な、作者と同じ体温を持つ季節の言葉となっている。

 鳥のうなじと吾がうなじとにあり雪しろ

 たんたんと書かれた激情。雪解け水の冷たさ激しさ濁りを思えば、鳥のうなじ、おのれのうなじにそれを見るということは尋常なことでない。鳥も決して猛禽類でなく、はとぐらいの鳥だ。実に強く、実に怖い雪しろである。

 木洩陽にいる黒猫の目の国
 木洩陽の中に溶けるように安らいでいる黒猫。大きくふっくらとしてまだらな輝きを放っている。静かな、眠っているような穏やかさは、赤ちゃんに触れる優しさを私たちに抱かせる。しかし光を吸って輝いている目の鋭さは、紛れもなく野獣。罠をいたるところに仕掛けた野望渦巻く国。

 巡礼なりオレンジ色の蛇西風に
暑い太陽の光に輝く蛇は西風を愉しむ如く現れオレンジ色の光を放つ。神の出現か。いやいやそうではなく、巡礼なのだ。私の心を負って諸国を巡る巡礼。オレンジ色の光輝は眩しく祈りに充ちた色。

 夕暮の木は好き胸の奥までの並木

 太陽が消えかかり、昼間の喧騒が遠のく夕暮。今日の忙しさを忘れ一瞬の静けさと落ち着きを得る時間。胸の奥にずうっと並木が生まれ、どこまでも続き、しばし並木の虚空に眠るひと時。

 枸杞の実(昭和46年~48年)

 羽交(はがい)をこぼれていった昼月・いもうと
 淡い水彩画の夢見るような世界。ちょっとした風に吹かれて消えてしまいそうな淡い色。少女の眠りに紛れ込んでいるようなふんわりした情。しかしそのような思いの底から浮かび上がってくる、いい知れぬ悲しみの色。これはなんだろう。作者において「いもうと」とは、失われてしまう愛しいものの象徴なのだろうか。昼月もはかなく憂いに濡れている。温かな羽根に包まれていた「昼月・いもうと」がこぼれ失われる。大切なものがいつもそっとこぼれ落ち失われてしまう。それに気づいているのだが何も出来ない。そのはかなさを悲しむだけ。得るということは失うということ。

  からすアワアワ私が溺れるという春
 「からすガアガア」ならはっきりするが「からすアワアワ」とはどんな状態だろう。具体性がない。あえて景を思い浮かべるならば、無音の夕暮、彼方を群れて飛ぶ風景を思うが、読み手によってみな違うだろう。それでいながら情の確かさがある。「私が溺れるという春」もはっきりしない。なぜ「私が溺れる春」でなく「という」と書かねばならないのか。「からすアワアワ私が溺れる春」と書いた方が情の質が明らかになり表現として整う。しかし作者はこのような情を拒否したのだ。おそらく自分は自分であって春と一体化したいと願っているのではないし、春に溺れたいわけではないという主体性の確認、客観視することによって「溺れる春」という情から離れようとする意思が、このような表現になったと思われる。「という春」と書くことにより、春を自分から引き剥がし、眺め、解説する。こうして主体性を回復し、自分を確立する意思の表れが「という」に込められているように感じられるのである。

 千の椋鳥姉(あね)さま姉さませつ子千代紙
 呪文のような、祈りのような、助けを求めているような、異様な韻律にぎょっとする。「千の椋鳥」ということ自体が通常の群れ方でない。せつ子とは姉さまのことか。「せつ子千代紙」は「せつ子・千代紙」ではなく、切り離せない一単語としての「せつ子千代紙」のようである。何がなんだかわからないが、何かにすがりたい思いが、熱を帯びた言葉となり、繰り返し繰り返し唱えられる。混乱し「姉さま姉さませつ子千代紙」と呪文を唱え祈るしかないのだ。

 青年歩く連翹の花の色ひとり
 「青年ひとり歩く連翹の花の色」でない。「何人かの青年が歩いていて、その中のひとりが連翹の花の色である」という読み方も出来る。しかしこれでは、何故こんなにややこしく書かねばならないのか疑問である。文脈どおりに読み、花の色が「ひとり」なのだ。焦点は連翹にある。満開の連翹のそばを青年が通り過ぎた。誰もいなかったときよりも連翹は輝き、「ひとり」という感を高めた。連翹が好きで、連翹の姿かたちに個の美しさを見たのであろう。青年も素晴らしい青年であったに違いない。人通りの少ない住宅地の光景が見えてくる。

 鈴買って部落を歩いているのは雨
 鈴を買ったのは雨であり、その雨が部落を歩いているという。鈴は鳴っているのだろうか。もちろん鳴っている。
それなりに強い雨が降っている。締め切った部屋に閉じこもっていると、雨の強さにもかかわらず、かすかな雨音が聞こえてくるのみ。その静けさになんとなく鈴の音が混じり、雨が鈴を鳴らしつつ歩いているように思えてくる。鈴と雨、作者にはこの二物に関わる思い出がたくさんあるに違いない。悲しい思い出、楽しい思い出、時には怖いこともあったのではないだろうか。何の限定もなく、淡く現象が書かれているだけだから、我々も取り止めのない思いに浸るだけだが、鈴は遍路の鈴に化し、先祖への思いに向かっているような気がしてくる。

 鮮しき枸杞を酒中に知佳子の雪

 嫁と姑の争いは無縁。知佳子賛歌を詠うとき作者は幸せに充ちている。今年も枸杞酒を作ろうと焼酎に漬け込んだ日に降った雪の美しさ。雪の故郷を知佳子さんは思い出し大喜びをしている。枸杞も父母の元から取り寄せたものかもしれない。

 水すまし(昭和49年―51年)

 れんぎょうの花刻(はなどき)透明なり知人

 「さんざし」の作品の時刻を探るとき、夕暮を思うことが多い。この作品の場合、連翹の色の鮮やかさ、「透明なり」という光の輝きから、朝日の清々しさを感じつつ鑑賞した方が良いかもしれないと思いつつも、やはり夕暮と思うのだ。夕暮のちょっと埃っぽい、なんとなく疲れと濁りを感じる光であるからこそ「れんぎょうの花刻透明なり」という感覚に知人が浮かび上がるのではないだろうか。朝の新鮮な光では心が空っぽになり、他者が入り込む余地はなく、このような表現が生まれることはないという、夕暮の人恋しさを感じるのである。

 叱られて花噛み華やぎ黒猫

 「花」は桜ではなく草花であろう。花が溢れている季節ならいつでも成り立つ光景だが、四月か五月頃だと思う。悪さをして叱られて、庭に逃げた黒猫が花を噛む。それも反省してではない。叱られたことでちょっといじけつつも構ってもらえたことが嬉しくて、はしゃいで花を噛む。だから「華やぎ」なのだ。可愛がられている黒猫。毛並みが艶々輝いている。その輝きが実に良く感受できる作品である。

 脚包む青強しひいらぎの花の夜
 「青強し」という意識をどのように感受すべきか。冬の薄っぺらな灯りに晒された血の気のない脚というだけでは「青強し」が強すぎる。昼間見たひいらぎの白い小花が残像として強くあるという「青強し」でなければならない。いつもなら血の気のない細い弱弱しい脚、存在の不確かさを象徴するような脚が、「青強し」と花の残像に庇護されることによって、くっきりと浮かび上がっている。存在を確認している作者の意識と闇の中にあるひいらぎの花が、青白い脚を包む影となって見えてくる。

 人はたしかに沢蟹の清流をかえり
 権謀術数の人間社会。欲望は人を騙し騙され、戦争や殺人を引き起こす。そんな激しい事件ではないけれど、日々の生活に起こる色々な出来事に心は疲れ生きることの辛さが身に沁みるときがある。そんなある日、沢蟹の棲む清流に佇み上流を思いやれば、心の中をしみじみと通過してゆく流れの音。その音を生み出す流れの源に向かって遡り連なる幻の人の群れ。救いを求め人はたしかに沢蟹の清流をかえって行くのである。

 なずなの花に足濡れこころなどの白蝶
 朝露に足を濡らし、なずなの花咲く野を行く。朝日が暖かく気持ちが浮き立つ。白蝶がちらちら舞っている。なずなの花の白さえも蝶のように見える。眼前に広がるなずなの花咲く野。幻想の蝶が溢れるこころの野。濡れた足の冷たさが幻想を現実に戻してくれる。

 妹の雨夜みずすましになろうか
 「妹の雨夜」とはイメージの雨夜、つまり雨夜を妹と呼んでいるのか、それとも妹が好きな雨夜、妹を思い起こす雨夜というように現実の妹に即して読むべきか判然としない。私は雨夜を妹と呼んでいると読む。その方が作品の世界が拡散しない。作者の表現には幻想と現実が錯綜し分かちがたい魔術めいた世界がある。この作品もそれであり、妹への呼びかけと、雨夜への呼びかけが同次元に存在し、異界に入り込んでしまう。一読可愛らしい気がするが、静かな明るさを帯びた雨の昼間ならまだしも、真っ暗な雨夜をみずすましになって愉しみたいという願望は童話にならない。いかなる異変が起きたとて不思議でない異界への扉が開かれている。

 みどり児の熟寝(うまい)は赤き実か地か
 「実・地」は「じつ・ち」とも読めるが「じつ・ち」では観念的になる。表現の具体性、実感の強さから迷うことなく「み・つち」と読む。みどり児が熟寝している。顔が真赤だ。まるで赤い実(み)のようだ。いやそうではない。この自然の命の漲りと無垢は地(つち)そのものだ。単純明快な生命賛歌である。

 旅次照葉(昭和52年―55年)

 赤子泣く明るく指組むは風雲
 「風雲」は明るく指を組んでいる。したがって走っている雲でなく、とどまっている雲である。「かぜくも」ではなく、風が吹く前兆としての「かざぐも」であることは明らか。私は風雲がどのような雲なのか知らないが、作者は親しみを持っている。風を予感する雲の下、明るく元気な赤子の泣き声に微笑んでいる元気な作者の姿がある。

 春鳥きて鳴けり衰弱も花のよう

 「衰弱」しているのは誰だろう。人間ではないのかもしれない。「衰弱というものは」というような作者の衰弱感とも読めるが、それでは作品がきれいにまとまりすぎて力が弱い。自画像ではないだろうか。ご病気や気分的なもので衰弱したと自覚している。そんな自覚による自己愛が「春鳥きて鳴けり」であり、慰められているのである。

 雨蛙のまぶた金色嬰児(みどりご)も不思議

 雨蛙をかくもしげしげと観察したことがないので「雨蛙のまぶた金色」の真偽のほどはわからないが、作者がそのように見たことは確かであり美しい。この美しさは不思議さでもあり、嬰児の不思議さ、可愛らしさにもつながっている。雨蛙そして嬰児という美しさは、命の美しさでもあり、陶然としている作者の美しさが目に見えるようだ。

 いたどりの花か頭(かしら)か野を吹き抜け

 いたどりの背の高さ、葉の大きさ、茎の太さ、そして逞しさ。いたどりそのものを掴み取った表現は力強い。「花といえばよいのだろうか、頭といえばよいのだろうか」と逡巡する情の動きは愛情そのもの。吹き抜けてゆく風が心地よい。

 いまから眠る午前三時の照葉樹林
 季節は夏。まだ真っ暗だが、もうすぐ空が白み始める時間である「午前三時」。昼の暑さが遠のき、ほどよい涼しさが漂う。家庭の雑事だろうか、それとも他の所用か、都合があってもうこんな時間になった。夜明けが近いけれどいまから眠りましょう。照葉樹林の葉ずれの音が聞こえる。木々もこれから眠るのかしら。静かな落ち着いた心境。短時間の眠りであっても、疲れが取れる眠りになるだろう。

 風吹くような鳥のねむりに会いました
 家事を片付け終えたあとの散歩中の光景だろうか。不愉快な出来事に心乱れていたとき、ふとであった光景に落ち着きを取り戻したのかもしれない。それとも旅行中の小さな発見か。鳥の眠りに出会うまでの心情は色々想像できる。単純でなんでもない光景だから、なんでも想像できて、しかも穏やかな心が広がってゆく。

 霧白光朴の白光に嬰あり

 季節は霧で秋だろうか。それとも朴の花で初夏だろうか。初夏だと明るい生活の匂いが強くなるが、嬰に実体感が薄く象徴的雰囲気があり、朴であり朴の花でないことから、季節は秋であろう。しかし作者は朴の木に花を強く感じている。「霧白光朴の白光」という薄ぼんやりとした白い光景に陶然としているが、あまりにも抽象的な景色であるためだろうか、何かそれに酔いきれない不安定な感じがある。「嬰(やや)あり」という四文字の不安定感はそのような作者の心境を表している。そして「嬰あり」と感じ、「嬰あり」と書くことにより救われた安堵の吐息も聞こえくる。

 まんさく咲きしか想いは簡単になる
 精神に突き刺さり、果てしのない空間が広がる表現。「想いは簡単になる」は悟りではなく断念である。早春の安らぎと荒涼が同時に出現している。

 黒猫(昭和56年―60年)

 階下の孫ら眠りに花か水鳥か混る

 階下の部屋で遊んでいる孫の様子がいつも気にかかる。おや、先ほどまでの賑やかさはどこへいったのだろう、どうやら眠ったようだ。
「階下の孫ら」と書いたことにより孫の様子がはっきりし、作者の意識が具体的になった。「孫」の俳句は難しい。甘さに気持ちよく酔える作品は中々ない。ところで作者の人間性が出ていて面白いのは「階下の孫」ではなく「階下の孫ら」とわざわざ複数にしたことだ。おばあちゃんとしては事実にこだわるのだろう。このこだわりが韻律のたるみになっているが、一方では一音の長さが孫の様子に気を配っている様子を強調する効果を生み出してもいる。否定すべきか肯定すべきか判断に迷う「ら」である。

 山繭の薄緑の時間なのだから
 ものを見てその感じを率直に書く。それによって、時間の中に吸い込まれていくような官能が生まれた。作者の持ち味がよく出た作品。

 夏星よ黒猫百歳の耳立て
 百歳になったかと思われるほどの黒猫。一日中、起きているのか眠っているのかわからない生活ぶりだが、涼風に吹かれて星の下、今はしっかりと耳を立て厳しい姿を見せている。その姿を頼もしく眺め,まだまだ大丈夫と安堵する。

 むかしむかしがありぬ令法(りょうぶ)の花盛り
 花を見て花を楽しむ。花の美しさに引き込まれ、花の感じが言葉になって自然に湧いてくる。「むかしむかしがありぬ」。どんな昔々なのか、何があった昔々なのかは意識していない。昔話の「むかしむかし」のように表現を引き出すための「むかしむかし」なのである。令法の花盛りに呆然としてたたずんでいる実感が「むかしむかしがありぬ」という感覚を呼び覚ました。

 土佐は不思議天上に豆の花溜める
 土佐のイメージは豪快豪放、男性的な土地柄と言う感じだが、豆の花の優しさで土佐をとらえるというのも作者の優しさ。頭上に咲き満ちている豆の花の美しさは天女の舞姿のようだ。土佐によほど魅せられたようだ。空気の透明感さえ感じられる。

 巨木ユーカリ旅のねむりに白葉騒

 「白葉騒」とはなんと綺麗な葉のそよぎなのだろう。夢見るような惚れ惚れする樹木の感じがする。穏やかな旅の楽しさが伝わってくる。

 水牛と少女水牛と青年の広漠
 少女が水牛の世話をしている。別の場所では青年が水牛と働いている。眼前に広がる田園風景。「広漠」という一語を持って少女や青年の心まで明らかにし、大きな景色を書き切った。

 うつぎ咲く黒猫うつぎの夢の中
 黒猫に注がれる目の優しさ。いつも半睡半覚の状態にいる黒猫。このうつぎはもはやこの世のうつぎではなく、お釈迦さまに見守られている花のようだ。

 帰郷(きごう)とはりょうぶの花の白房にあり
 「ききょう」ではなく「きごう」とあえてルビを振るのは、「ききょう」という甘さをともなった日常性よりも、胸を張った意識的な姿勢を強調したかったからである。それだけ作者はりょうぶの花の清新さに同調し、気高さを主張したかった。

 むしかりの花(昭和61年―63年)

 栃の実は夕日の落しゆく冷えか
 秋の日中は暖かくとも、夕暮ともなれば急激に冷えてくる。空気が澄んですがすがしいが、風邪に注意しなければならない。栃の実はあく抜きをしてとち餅にしたり、とち煎餅にしたり、古来からの食べ物。胃にも良いという。作者にはなじみの木の実なのだろう。淡々とした秋の心情。

 冬の夜の黒猫菜の花の匂い

 冬の夜外は真っ暗だが部屋は明るく暖かい。冬も半ばを過ぎて春が近づいているが、相変らず寒さは厳しい。でも心なしか生活を共にしている黒猫の動作が柔らかくなったように感じられる。春が近くまで来ていることを感じているのだろうか。体から菜の花の匂いが漂ってくる。
猫の体臭が菜の花の匂いというのは突拍子もない感覚とも思えるが、鋭敏な季節感が働いているゆえに違和感がない。菜の花が部屋にありそれが匂っているという読みは最悪。黒猫を無視した読みになる。

 雪舞う日緋鯉曾祖母祖母に候(そうろう)
 おどけた口調が曾祖母祖母に寄せる情愛を濃くしている。雪が舞っている。体の芯から冷えてくる寒さだ。緋鯉は池の底でじっとしている。しかし寒気に冴えて緋鯉の色は鮮やか、温かさが漂う色だ。緋鯉を見つめていると、火鉢の脇に坐って冬を過ごしていた曾祖母や祖母の姿が思い出される。

 京菜一ト株一ト抱え歳晩の明星
 京菜の大きい株は周囲一メートルにもなるという。これはそれほどではないが、一抱えなのだからやはり大きい。鍋料理で暖をとろうというのだろうか。目立たない表現だが明星の輝きが鮮やかだ。

 むしかりの白花白花(しろはなしろはな)オルゴール
 むしかりの花賛歌。「オルゴール」はどこかで鳴っているのではなく、むしかりの花の印象であろう。山道の静けさと沢音の響き、むしかりの花の白さに少女のように胸が弾む。

 桔梗桔梗わが家に少年が二人
 桔梗に話しかけているようでもあり、桔梗が少年のようでもある。だがもっとはっきりしているのは、心弾む思いを誰かに伝えたいという思いだ。ものすごく浮かれている心地よさが表現に溢れている。たまたま桔梗があり、桔梗に少年の清潔感と愛らしさを感じ「わが家に少年が二人」と話しかけた。「桔梗(きちこう)よ」では韻律が悪い。「桔梗桔梗」でなければ弾まない。少年はお孫さんだろう。

と、ここまで書いて、これでよいのだろうかと疑問が湧いてくる。作者の表現には二面性を感じることが多い。華やかな裏の淋しさ、喜びと同時に響いてくる辛さ、それを掃いきれない作品がある。この作品もその一つ。「心弾む思い」と書いた瞬間にしんしんとした淋しさが伝わってくる。桔梗という花が淋しさをともなっている花であることもあるのだろう。桔梗に向かって「少年二人によってどんなに励まされているか」と語りかけていると思える淋しさ。そのような鑑賞を否定できない。
この作品の本心は喜びなのか淋しさなのか、私にはわからない。

2015年4月23日

『 悩むことはない』金子兜太


『 悩むことはない』文藝春秋 のち文春文庫 [2011年4月]
第1章 問われて答う
第2章 生い立ち 来たるところ
第3章 戦争と俳句、戦地で俳句と決別し、戦地でふたたび俳句に会う
帯より
91歳の自由人金子兜太。溢れ出るいのちの言葉。なにをしても虚しいときこの本を開いてください。「よく眠る夢の枯野が青むまで」この句は芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をか
け廻る」を念頭に兜太が詠んだ句だ。俺はあんたのように悩まないよ、と。

2015年4月12日

『酒止めようかどの本能で遊ぼうか』金子兜太


『酒止めようかどの本能で遊ぼうか』中経出版 [2007年10月]1500E

第1章 戦争体験・私の戦争体験と俳句 ほか
第2章 私を育てた郷土・肉親・母体/秩父の男気/金子伊昔紅のこと/
医者っぽ   俳句を楽しむ父/雁坂越え/春雷ほか
第3章 自画像・蛙と柿と雪/荒凡夫/五七調定型ひとすじ/俳句と人生/
俳句を作り始めた頃ほか
第4章 師・先輩・友人たち・師・加藤楸邨を語る/白虹と連作と 
横山白虹のこと/石田波郷その系譜 ほか

2015年2月27日

『二度生きる』俳壇分裂から海程創刊


『二度生きる』チクマ秀販社 [1994年4月]1500E
帯より・トラック島から生還した海軍主計大尉・日銀マンの信念をもった人生が
ここにある。第1章・出会い  第2章・転機  第3章・日銀之俳諧 第4章・決断
 第5章・再生

2015年2月26日

『熊猫荘俳話』金子兜太


『熊猫荘俳話』 飯塚書店  [1987年12月] 2000円
帯より
とにかく現代俳句は難しいと言われる。誰にも分かる俳句目指して・五七五を基本に季語の能動的活用具体性と生活感を大切にする現代俳句創造の示す対談集。

2015年2月20日

『俳諧有情』対談集

俳諧有情』金子兜太対談集 1988年6月 
三一書房 1200円
言葉の力 詩の心――ドナルドーキーン 
原郷としての野、フロンティアとしての原――樋口忠彦 
ひとりごころ ふたりごころ――高田 宏 
庶民のリズムー一茶をめぐって――井上ひさし 
ひと夜、夏無き、両太ぶし――飯田龍太 
肉体を賭けた季節感――佐佐木幸綱 
戦中・戦後、生き方の原点――小沢昭

2015年2月15日

『現代俳句を読む』飯塚書店

『現代俳句を読む』飯塚書店 [1985年10月]1500円
現在唯今の私たちの揺れ動く感覚や感応、気分や想念「新にして真なる俳句」を読み解くために海程同人四人の合評です。
北原志満子・竹本健司・佃 悦夫・森下草城子

頭(ず)のごとく流氷は一家の裏へ     山田緑光

 北原志満子 
 厳寒に閉される北海道の一冬。その冬を身を寄せ合うようにして
生きてきた一家に少しずつ春の訪れが感じとられる。大と自然との
微妙な触れ合いを思わせる一句です。
 流氷は写真などで見ると巨大な塊ですが、それが春近くなると
人の頭くらいになり群らがって家の裏までやってくる。頭のご
とく‘の表現は平凡のようですがここでは、黒々とした人の頭、
それが群をなす群集のようにも見えてきます。どこか大懐しい
北海道の寒い季節の想いが重って詠われた流氷の句です。

2015年1月10日

金子兜太 少年~旅次抄録まで500句

「金子兜太」1980年2月刊 (昭和55)総合美術社 3500円 限定750部
句集 少年~旅次抄録まで500句


「雄の俳人」 (金子兜太小論) 佐佐木幸綱

「社会性と存在」という論文の中で、金子兜太は、いわば自讃句として次の八句を亊げている。いずれも本集に収録されている句である。

   暗闇の下山くちびるをぶ厚くし

   朝はじまる海へ突込むぬの死

   青年鹿を愛せり嵐の斜面にて

   彎曲し火傷し爆心地のマラソン

   華麗な墓原女陰あらわに村眠り

2014年11月22日

金子兜太句集『蜿蜿』 

 

第3句集 『蜿蜿』えんえん
発行1968年4月25日初版

(句は花神社コレクション『金子兜太』から)

青野に眠る黄金の疲労というもので

鉄と緑の散乱わずかな休暇を得て

どれもロ美し晩夏のジャズ一団

遠い一つの窓黒い背が日暮れ耐える

沼が随所に髭を剃らねば眼が冴えて

紫陽花の夜にうずくまる善意の妻

屋上バレーの手挙がる超高空の空
   竜飛岬二一句
乳房掠める北から流れてきた鰯

無神の旅あかつき岬をマッチで燃し

霧の村石を投(ほう)らば父母散らん

石柱さびし女の首にこおろぎ住み

さんさんと人を転がし消毒する

髪なびかせ生殖急ぐ地平の馬

稲妻に切られ斬るべき書に向かう

鶴の本読むヒマラヤ杉にシャツを干し

蝌蚪つまむ指頭の力愛に似て

   秋田・男鹿半島
男鹿の荒波黒きは耕す男の眼

   北海道二一句
唐黍かじる若き記者らに東方曇曇る 

俺が食う馬鈴薯映して友の眼鏡

三日月がめそめそといる米の飯

船窓を醜(しこ)の魚過ぎ目覚め荒し

谷に陽が入り水漬く紙片が土となる

  下北・尻屋崎・五句
風圧のわれよ木よ海に鰭の交(こう)

最果ての赤鼻の赤魔犀の岩群(いわむれ)

海流ついに見えねど海流と暮らす

青天枕に彼も宇宙飛行士のほほえみ

梨の木切る海峡の人と別れちかし

眼の大きな汗かき男の漫画終わる

鈍く鰈を打ちすえる男濃霧の中

軟着感トンネルの中じゆう続く

   赤城山
山幾山膝は鈴より光るなり

   東北・津軽二句
津軽満月足摺り輪となりこの世の唄

人体冷えて東北白い花盛り

2014年11月20日

『金子兜大全句集』

句碑が皆野町立沢にあります

第6句集『金子兜大全句集』1975年刊行 (昭和五十年)  
立風書房 (句集は387句)

句は花神コレクション「金子兜太」から

金子兜太全句集』所収・第  田園歌・7句 

雄猫ありき棗の実を見上げ

雄猫ありき平原に稲妻幾夜

農薬撒布のヘリゆき毛虫は死なざりき

黒猫ありきらきらの眼は菱の実

黒猫あり麦秋の野には太蛇(ふとへび)

黒猫あり幹を走れば降る朝星

宅地造成のブルゆき蛙は逃げたりき

焼鳥やしずくのような日暮れ鳥

温くもればはしやぎ寒ければ萎え芹の家

髭のびててつぺん薄き自然かな

  飛騨6句
昼の僧白桃を抱き飛騨川上

雨の日の蹠(あうら)散らして飛騨川沿(ぞ)い

竜になりそう雨に降られて梅干たべて

飛騨紅葉人体もつれ合う隣家

晩秋や通訳ひとり韓紅(からくれない)

人嫌いの婆追いつめる秋の旅

玄冬平野夜明けの枕も雲も白

冷雨に濡れる百頭の歯を剥く牛馬

河の歯ゆく朝から晩まで河の歯ゆく

ぎらぎらの朝日子照らす自然かな

童貞の石頭あり野の昼月

夜は朝日の光消えがち山の酒

  詩経國風によせて5句
日の夕べ天空を去る一狐かな

一日見ざれば三秋のごとしかの猟人

わが世のあと百の月照る憂世かな

谷に妻あり男ぱらぱら涙ぐせ

風夕べ牛と羊は下るかな

横の子が転げて鼻血緑野行(こう)

この魚の赤き尾対岸栗の花

直(ひ)た照りの痩身倒れ夏が来るな

霧深(きりぶか)の秩父山中繭こぼれ

山峡に稲の音あり秋まぼろし

人影に蚕飼の疲れ霧の家

霧の蚕飼鳥がばさばさ近づいて

飼屋に置く鏡ひかれば夕月あり

男女のことはすべて屈伸虫の宿

酔い漂い水光無韻の秋の旅 


2014年11月1日

金子兜太句集『少年』


第一句集『少年』 昭和30年10月1日刊 
定価150円 風発行所
句集「少年」 抄出した句と後記をアップ
※少年により1956年、現代俳句協会賞を受賞。

『鼎』 七洋社 合同句集  [1950年1月]
田川飛旅子・虹の蕊 金子兜太・生長  青池秀二・風燈



金子兜太自選
(句は春陽堂俳句文庫「金子兜太」から)
 
白梅や老子無心の旅に住む 
<水戸高校句会で始めて作った句です>

蛾のまなこ赤光なれば海を恋う

葭切や屋根に男立上る

日日いらだたし炎天の一角に喇叭鳴る

野ばらの莟むしりむしりて青空欲る (富士山麓二句)

富士を去る日焼けし腕の時計澄み

真葛野に晴曇繁(しげ)し音もなく

鰯雲故郷の竃火(かまどび)いま燃ゆらん

霧の夜のわが身に近く馬歩む

ノートに触れ冬の犬の尾固かりき

二等兵の肩章汚れ湖(うみ)荒れる

嫁ぐ妹と蛙田を越え鉄路を越え

階下の人も寝る向き同じ蛙の夜

欠伸して水蜜桃が欲しくなりぬ

なめくじり寂光を負い鶏(とり)のそば

夏誰か尺八(たけ)一管を壁に立て

首に弁当秋の蜂など山が聳え

曼珠沙華どれも腹出し秩父の子

 (秩父札所34番水潜寺に句碑有ります)
あけびの実軽しつぶてとして重し

山脈(やまなみ)のひと隅あかし蚕(こ)のねむり

土間口に夕枯野見ゆ桃色に

木曾のなあ木曾の炭馬(すみうま)並び糞(ま)る  (木曾福島にて)

蝶の舞うたかんなの頭(ず)の黒かりき

少年の放心葱畑(ねぎばた)に陽が赤い

赤蟻逡うひとつの火山礫拾う

愛欲るや黄の朝焼に犬佇てり

秋㡡(あきかや)の父子に日の出の栄(はえ)満ち来

蟹と共に海の入日へ向きて歩む

青梅落つ三とせの服はたるみつつ

盆の月わが屋根の上(え)に来ていたり

柿の木に月こもる頃寝(ね)に入りぬ

大芭蕉母の眼鼻(めはな)もうすみどり

かまつかに吾れくろぐろと征(ゆ)かむとす

秋風の父が手帖をめくりやまぬ

残る音や虚ろの倉庫そこに立ち

冬旱眼鏡を置けば陽が集う

大き帆船厠の窓に月ひと夜 (トラック島にて二十句)

壕に寝しひと夜の裸身拭きに拭く

疲れ且つ戦い仏桑花を愛す

ふる里はあまりに遠しマンゴー剥く

パパイアの青果たわわに額(ぬか)さむし 

床の蟻惑わば惑え熱を病む

紅雀偽装地帯にきわやかに

スコールに濡れたるままの夕餉かな

パンの実の熟れしにおいの戎衣(じゅうい)かな

岩に蜥蜴蟹は木の根に海荒ぶ

暁(あけ)のスコール飯食う膝に飛沫きつつ

森の奥パンの実青く焼かれおり

キャッサバ林軍靴を照らす火の果てに

マンゴー実り檀榔樹切り倒されてゆく

樹海の果て白照るリーフ見ゆるのみ

足につくいとど星座は島被う

古手拭蟹のほとりに置きて糞る

魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ

パンの実の灯を得て青し手紙開く

被弾のパンの樹島民の赤児泣くあたり

椰子の丘朝焼しるき日日なりき

(トラック島にて終戦 三句)

スコールの雲かの星を隠せしまま

海に青雲生き死に言わず生きんとのみ

あお向きしとき月ありぬ一つの月

  (トラック島にて米側作業に従事 三句)

葦の穂や滑走路昃(かげ)り吾等帰る

愚に近き日日やバナナは色づきて

水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る(帰国二句)

北へ帰る船窓雲伏し雲行くなど

 少年/生長

一汽缶車吐き噴く白煙にくるまる冬

中学生神語りおり雪積む藁

死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む

朝日煙る手中の蚕妻に示す(塩谷皆子と結婚)

落縄暗き月の出時を月の方へ

青草に尿(いばり)さんさん卑屈捨てよ

妻みごもる秋森(あきもり)の間(あい)貨車過ぎゆく

夏草より煙突生え抜け権力絶つ

独楽廻る青葉の地上妻は産(う)みに

河口に浪しろじろと寄り吾子も夏へ

雷雲車窓の吾(あ)を明るくしこの午後果つ

墓地も焼跡蝉肉片のごと樹樹に

野心も秋ヘマッチの焔指に迫り

茜の冬田誠意の妻の何もたらす

雪積む貨車酔い痴・れた手は妻の肩

マッチの軸頭(あたま)そろえて冬逞し

銀行員に早春の馬唾充(つばみ)つ歯

縄とびの純潔の額(ぬか)を組織すべし

霧の車窓を広島走(は)せ過ぐ女声を挙げ

ここのところに俺の子枯山もう暗い


手の傷も暮しの仲間雪蒼し (福島にて 九句)

奴隷の自由という語寒卵皿に澄み

枯草にキャラメルの箱河あわれ

熊蜂とべど沼の青色を抜けきれず

確かな岩壁落葉のときは落葉のなか

きょお!!と喚めいてこの汽車はゆく新緑の夜中

裏庭蒼い銀行の夕暮を持ち帰る

雪山の向うの夜火事母なき妻

暗闇の下山くちびるをぶ厚くし

嬰粟よりあらわ少年を死に強いた時期  (会津飯盛山)  

あとがきより
◇昭和二十五年に田川飛旅子、青池秀二と三人で句集『鼎』を出し、その時の自分の題を「生長」とした。
この句集はその時の作品を殆ど網羅し、その後のものを「竹沢村にて」「福島にて」「神戸にて」と住んでいた所に従って分類し附け加えた。
これによって昭和十五年から30年6月までのーつまり僕が俳句を創りはじめてから現在までのー15年間に亘る作品をこの一冊に纏めたことになるわけである。
※「少年」により1956年現代俳句協会賞を受賞

昭和56年 復刻版 四季出版 7000円