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2020年5月8日

金子兜太 自筆100句

入院中食欲があったんですね
蛭田有一氏写真提供

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2019年5月23日

金子兜太 自選百句

 


  
『語る兜太』より95歳自選百句
  
  白梅や老子無心の旅に住む       『生長』
  裏囗に線路が見える蚕飼かな

  山脈のひと隅あかし蚕のねむり     『少年』
  曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
  霧の夜の吾が身に近く馬歩む
  蛾のまなこ赤光なれば海を恋う
  木曽のなあ木曽の炭馬並び糞(ま)る
   トラック島三句
  被弾のパンの樹島民の赤児泣くあたり
  魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ
  水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る
  死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む
  朝日煙る手中の蚕妻に示す
  独楽廻る青葉の地上妻は産みに
  墓地も焼跡蝉肉片のごと樹々に
    会津飯森山
  罌粟よりあらわ少年を死に強いた時期
  きよお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中
  雪山の向うの夜火事母なき妻
  暗闇の下山くちびるをぶ厚くし
  白い人影はるばる田をゆく消えぬために
  霧の車窓を広島走(は)せ過ぐ女声を挙げ
  原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫歩む

2018年2月27日

「望郷」金子兜太



特別作品 金子兜太

昼月に黒点被曝の福島何処へ

草鳴りの語ありや草莽の人ありき

夕星に母らしき声の韻くよ

父母ありき老いて且つ生き父母ありき

秩父谷桜並木に猪遊ぶや

夏潮のみちのくの民孤化あるまじ

窓より覗く洒落たホテルの秋去る顔

熊谷や秩父の星影冬深く

奥秩父両神武甲冬の深さよ

片頰に冬日次第にしぼむ老い

2018年2月号 現代俳句協会 
https://www.gendaihaiku.gr.jp/journal/


2018年2月25日

「海程句集」金子 兜太


「海程句集3」平成24年 金 子  兜 太

左義長や武器という武器焼いてしまえ

差羽帰り来て伊良湖よ夏満ちたり

夏の猫ごぼろごぼろと鳴き歩く

老母指せば蛇の体の笑うなり

長寿の母うんこのようにわれを産みぬ

定住漂泊冬の陽熱き握り飯

熊飢えたり飢え知らぬ子ら野をゆけり

病いに耐えて妻の眼澄みて蔓うめもどき

合歓の花君と別れてうろつくよ

言霊の脊梁山脈のさくら

今日までジュゴン明日は虎ふぐのわれか

マスクのわれに青年疲れ果てている

わが修羅へ若き歌人が醉うてくる

津波のあとに老女生きてあり死なぬ

今も余震の原曝の国夏がらす

被曝の牛たち水田に立ちて死を待てり

被曝福島米一粒林檎一顆を労わり

泣く赤児に冬の陽しみて困民史

東京暁紅ひたすらに知的に医師たち

樹相確かな林間を得て冬を生く

海程同人10句掲載リンク
海程同人50周年アンソロジー 名前 あ~か
海程同人50周年アンソロジー 名前 さ~た

2018年2月20日

金子兜太句集『日常』 


第14句集 『日常』 金子兜太 
ふらんす堂 2009年6月刊 2800円
帯 15句

秋高し仏頂面も誹諧なり

安堵は眠りへ夢に重なる蟬の頭


濁流に泥土の温み冬籠


左義長や武器という武器焼いてしまえ


みちのくに鬼房ありきその死もあり


長寿の母うんこのようにわれを産みぬ


民主主義を輸出するとや目借時


炎暑の白骨重石のごとし盛り上る


母逝きて風雲枯木なべて美し


いのちと言えば若き雄鹿のふぐり楽し


枯谷ゆく生死一如には未だし


無妻いまこの木に在りや楷芽吹く


ぼしやぼしやと溲瓶を洗う地上かな


生きるなり草薙ぎ走る山棟蛇


今日まではじゅごん明日は虎ふぐのわれか


2018年2月19日

兜太句を味わう「おおかみが蚕飼の村を歩いていた 」

 

金子兜太と言えば一連の「オオカミ」の句がある

故郷の秩父三峯神社は狼が守護神、狛犬の代わりに神社各所に狼の像が鎮座している。
江戸時代には、秩父の山中に棲息する狼を、猪などから農作物を守る眷族・神使とし「お犬さま」として崇めるようになったそうです。
小倉美惠子著「オオカミの護符」にも書かれています。金子先生は「生きもの同士の共感、」相手の生きものに「原郷」というものを感じていた。その原郷はアニミズムの世界であると述べています。

 狼をりゆう神と呼びしわが祖
 
 暁闇を猪(しし)やおおかみが通る

 おおかみが蚕飼(こがい)の村を歩いていた

 おおかみに目合(まぐわい)の家の人声ひとごえ

 おおかみに蛍が一つ付いていた

 狼生く無時間を生きて咆哮

 山鳴りに唸りを合わせ狼生く

 山鳴りときに狼そのものであった

 狼や緑泥片岩に亡骸 (なきがら)

 山陰に狼の群れ明くある 
(やまかげに おおかみのむれ あかくある)

 狼の往き来檀の木のあたり

 狼墜つ落下速度は測り知れず

 狼に転がり墜ちた岩の音

 狼を龍神と呼ぶ山河かな 





2017年2月19日

『俳句・短詩形の今日と創造』から旅の50句


*『俳句 短詩形の今日と創造』北洋社[1972年7月]1800円
俳句入門
1新しい美の展開、
2題材と言葉、
3描写からイメージへ
4俳句の形式とリズム
5存在の純粋衝動
俳句鑑賞 一般の句、中学生の俳句、一般の句

兜太・旅の句50
あおい熊釧路裏町立ちん坊         「北海道」
あおい熊チャペルの朝は乱打乱打
あおい熊冷えた海には人の唄
あおい熊毛蟹を食えば陰陰(ほとほと)
骨の鮭アイヌ三人水わたる
骨の鮭夜明けの雨に湖(うみ)の肉
骨の鮭湖(うみ)の真乙女膝抱いて
骨の鮭鴉もダケカンバも骨だ

2017年1月5日

最近作20句 金子兜太

WEP俳句通信  VOL89
926+E
最近作20句            金子兜太

青春の十五年戦争の狐火

集団自衛へ餓鬼のごとしよ濡れそぼつ

満作咲き猪(しし)の道ゆく人の声

わが海市古き佳き友のちらほら

わが友よ春の嵐に子犬拾う

人という生きもの駅伝の白ら息

白寿過ぎねば長寿にあらず初山河

転た寝のわれに句を生む産土あり

被曝福島狐花捨子花咲くよ

覗く樹間に自曼珠沙華ふと居たり

白曼珠沙華白猫も居るぞ

わが面(つら)と曇天嫌いの彼岸花

人の暮しに川蟹の谷蛇渡る

牽強付会の改憲国会春落葉

里山の野に蟹棲むと童唄

雲巨大なりところ天啜る

姨捨は緑のなかに翁の彭

緑渓に己が愚とあり死なぬ

朝蝉よ若者逝きて何んの国ぞ

暑し鴉よ被曝フクシマの山野

2016年12月31日

「金子兜太 自選自解99句」

角川学芸出版 2,190E

『生長』
白梅や老子無心の旅に住む
裏口に線路が見える蚕飼かな
海に青雲生き死に言わず生きんとのみ

◆『少年』
蛾のまなこ赤光なれば海を戀う
富士を去る日焼けし腕の時計澄み
霧の夜の吾が身に近く馬歩む
曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
木曽のなあ木曽の炭馬並び糞る
赤蟻這うひとつの火山礫拾う
犬は海を少年はマンゴーの森を見る
古手拭蟹のほとりに置きて糞る
魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ
椰子の丘朝焼しるき日々なりき
水脈の果炎天の墓碑を置きて去る
死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む
朝日煙る手中の蚕妻に示す
独楽廻る青葉の地上妻は産みに
墓地も焼跡蝉肉片のごと樹々に
熊蜂とべど沼の青色を拔けきれず
きよお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中
雪山の向うの夜火事母なき妻
暗闇の下山くちびるをぶ厚くし
平和おそれるや夏の石炭蓆かぶり
白い人影はるばる田をゆく消えぬために
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫歩む


◆『金子兜太句集』

青年鹿を愛せり嵐の斜面にて
朝はじまる海へ突込む鴎の死
銀行員ら朝より螢光す烏賊のごとく
豹が好きな子霧中の白い船具
彎曲し火傷し爆心地のマラソン
華麗な墓原女陰あらわに村眠り
粉屋が哭く山を駈けおりてきた俺に
黒い桜島折れた銃床海を走り
果樹園がシャツ一枚の俺の孤島
わが湖あり日蔭真っ暗な虎があり

◆『蜿蜿』

どれも囗美し晩夏のジャズ一団
無神の旅あかつき岬をマッチで燃し
霧の村石を投らば父母散らん
鶴の本読むヒマラヤ杉にシャツを干し
三日月がめそめそといる米の飯
人体冷えて東北白い花盛り

◆『暗緑地誌』

林間を人ごうごうと過ぎゆけり
涙なし蝶かんかんと触れ合いて
犬一猫二われら三人被爆せず
夕狩の野の水たまりこそ黒瞳
谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな
二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり
暗黒や関東平野に火事一つ
 
◆『早春展墓』

馬遠し藻で陰洗う幼な妻
海とどまりわれら流れてゆきしかな
山峡に沢蟹の華微かなり

◆『狡童』より

河の歯ゆく朝から晩まで河の歯ゆく
ぎらぎらの朝日子照らす自然かな
日の夕べ天空を去る一狐かな
わが世のあと百の月照る憂世かな
髭のびててつぺん薄き自然かな

◆『旅次抄録』

霧に白鳥白鳥に霧というべきか
廃墟という空地に出ればみな和らぐ
大頭の黒蟻西行の野糞

◆『遊牧集』

梅咲いて庭中に青鮫が来ている
山国や空にただよう花火殼
谷間谷間に満作が咲く荒凡夫
猪が来て空気を食べる春の峠
山国の橡の木大なり人影だよ

◆『猪羊集』

黒部の沢真つ直ぐに墜ちてゆくこおろぎ

◆『詩經國風』

麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人
抱けば熟れいて夭夭の桃肩に昴
流るるは求むるなりと悠う悠う
人さすらい鵲の巣に鳩ら眠る
人間に狐ぶつかる春の谷
日と月と憂心照臨葛の丘
桐の花河口に眠りまた目覚めて
若狭乙女美し美しと鳴く冬の鳥
白椿老僧みずみずしく遊ぶ
麦秋の夜は黒焦げ黒焦げあるな
どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ

◆『皆之』

牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ
唯今ニー五〇羽の白鳥と妻居り
滴江どこまでも春の細路を連れて
れんぎように巨鯨の影の月日かな
夏の山国母いてわれを与太と言う
たっぷりと鳴くやっもいる夕ひぐらし
冬眠の鰒のほかは寝息なし

◆『両神』

酒止めようかどの本能と遊ぼうか
長生きの朧のなかの眼玉かな
春落日しかし日暮れを急がない

◆『東国抄』

よく眠る夢の枯野が青むまで
じつによく泣く赤ん坊さくら五分
おおかみに螢が一つ付いていた
おおかみを龍神と呼ぶ山の民
狼生く無時間を生きて咆哮
小鳥来て巨岩に一粒のことば

◆『日常』
老母指せば蛇の体の笑うなり
定住漂泊冬の陽熱き握り飯
病いに耐えて妻の眼澄みて蔓うめもどき
合歓の花君と別れてうろつくよ
言霊の脊梁山脈のさくら
左義長や武器という武器焼いてしまえ
今日までジュゴン明日は虎ふぐのわれか

◆所収句集一覧
『生長』(未刊句集)
『少年』(一九五五年、風発行所刊)
『金子兜太句集』(一九六一年、風発行所刊)
『蜿蜿』(一九六八年、三青社刊)
『暗緑地誌』(一九七二年、牧羊社刊)
『早春展墓』(一九七四年、湯川書房刊)
『狡童』(未刊句集)
『旅次抄録』(一九七七年、構造社出版刊)
『遊牧集』(一九八一年、蒼土舎刊)
『猪羊集』(一九八二年、現代俳句協会刊)
『詩經國風』(一九八五年、角川書店刊)
『皆之』(一九八六年、立風書房刊)
『両神』(一九九五年、立風晝房刊)
『東国抄』(二〇〇一年、花神社刊)
『日常』(二〇〇九年、ふらんす堂刊)
*「生長」「狡童」は単独の句集としては未完のものであるが、
『金子兜太句集』{一九七五年、立風書房刊}に収められた。


2016年1月7日

「金子兜太句集」芸林書房

「金子兜太句集」 2002年4月刊 芸林書房 1000E
アンソロジー 「少年、成長、金子兜太句集、蜿蜿、暗緑地誌、東国抄」


解説               佐佐木幸綱

 兜太の俳句はさまざな読みかた、楽しみかたができる。中で、兜太の句ならではの楽しみかたは、時代に洽った読みをしてみることだろう。いつの時代の句か。何年代の句集の句か。それぞれの時代と句との緊張関係を考えながら読んでみるのである。

 短歌は、近代以後、時代社会と接近しか地点でうたう方法を選んできた。だから、斎藤茂吉の五・一五事件の歌とか、北原白秋の二二六事件の歌など、直接、事件に取材した作もあるし、時代の動きや傾向に敏感に反応して作られた作も多くある。いっぽう、俳句の方は、超時代、脱時代的な行きかたを近代に選んだ。時代社会にかかわること少なく、花鳥諷詠を主としたこと、ご存じのとおりである。

2016年1月4日

海程創刊50周年記念アンソロジーより 

麦の秋は黄金色だったが、
麦の需要がなくなり今は小麦畑で茶褐色です。

海程創刊50周年記念アンソロジーより  金子兜太
2012年5月刊 海程発行

左義長や武器という武器焼いてしまえ

差羽帰り来て伊良湖よ夏満ちたり

夏の猫ごぼろごぼろと鳴き歩く

老母指せば蛇の体の笑うなり

長寿の母うんこのようにわれを産みぬ

定住漂泊冬の陽熱き握り飯

熊飢えたり飢え知らぬ子ら野をゆけり

病いに耐えて妻の眼澄みて蔓うめもどき

合歓の花君と別れてうろつくよ

言霊の脊梁山脈のさくら

今日までジュゴン明日は虎ふぐのわれか

マスクのわれに青年疲れ果てている

わが修羅へ若き歌人が醉うてくる

津波のあとに老女生きてあり死なぬ

今も余震の原曝の国夏がらす

被曝の牛たち水田に立ちて死を待てり

被曝福島米一粒林檎一顆を労わり

泣く赤児に冬の陽しみて困民史

東京暁紅ひたすらに知的に医師たち

樹相確かな林間を得て冬を生く


2015年8月30日

蛇笏賞受賞挨拶と「東国抄」50句

2002年6月号 俳句

第36回蛇笏賞 金子兜太受賞挨拶

 昨秋から今春にかけて、同年の俳人の死が相次いだ。沢木欣一、三橋敏雄(二年歳下だが)、佐藤鬼房、安東次男(詩人というべきか)。昨日(四月十六日)、その安東の葬儀にいってきたばかりである。

 いわゆる戦後俳句の渦中をともに過してきた同年者といえば、あとには、原子公平、森澄雄、鈴木六林男、私の四人を残すのみ。

 欣一の死のときは、電話で公平と、鬼房を告別する集まりが塩竈で行われたときは六林男と、次男のときは澄雄と、頑張って生きようや、と声をかけ合ったものだったが、一人になっても、これからもしぶとく生きて俳句をつくりつづけるしかない、と自分にいう。

 一九一九年生れ、つまり一句一旬しか能のない男と思い定めよ、と自分を励ます。顔を死に向けての世迷い言はいうまい。虚勢と見られようとも、「死んで花実が咲くものか」といいつづけていきたい、とも。――この言い草は、長崎の俳友隈治人が、病に倒れたあともずうーといいつづけていた由。治人のあとを継いで「土曜」を主宰している山本奈良夫から聞いた。

俳句は「日常詩」。一般性のなかに一流性を抱懐するものなり。その日常を生生しく、深く、生きていきたい

『東国抄』抄五十句  金子兜太

よく眠る夢の枯野が青むまで
夢の中人々が去り二、三戻る
  霧多布岬(二句)
霧多布集落は海流の静けさ
海鳥の糞にたんぽぽ大楽毛(おおたのしげ)   大楽毛は地名
じつによく泣く赤ん坊さくら五分
  堀葦男を偲ぶ
藤の実を掴みて葦男「おう」と言いき    
木は気なり黒姫山に雨が降る
意を燃やせ烏賊大漁の隠岐にあり
「天地大戯場」とかや初日出づ
鳥渡り月渡る谷人老いたり
臍に陽を当て目指す長寿や春日遅遅
雨蛙退屈で死ぬことはない
腹巻して狸のごとし平凡なり
  悼 杉森久英先生
空つ風痩身の師の瓢とありき
  奥利根1句
ツキノワグマを言魂と見て昼餉どき
  悼 林紀音夫
無季に徹すと言い切りし冬の塑像
妻病めり腹立たしむなし春寒し
妻病みてそわそわとわが命(いのち)あり
春の鳥ほほえむ妻に右腎なし
昼の蚊に水牛の眼の大きさよ
青銅の群肝(むらぎも)白露賑わえり
寒紅梅春まで咲きもし寛ぎや
雪中に飛光飛雪ま今(いま)がある
待ち合わせ向こうの電車俳人ばかり
河馬の鼻に指入れたしと春の稚児
利根川と荒川の間(あい)雷遊ぶ
夏果ての東国馬糞懐しや
曼珠沙華男根担ぎ来て祀る 
  悼 平畑静塔
知熟して諧謔多産花野の人
よく飯を噛むとき冬の蜘蛛がくる
ここまで生きて風呂場で春の蚊を掴む
胆大小心磊落繊緇穴を出づ
 悼 石原八束
世話好きの八束いま亡し牛蛙
光りの廊虐殺史の浩瀚が置かる
小鳥来て巨岩に一粒のことば
人の足確と見えていて雨月なり
登高す牛糞は踏むべくありぬ
冬眠の蛙のそばを霧通る
  悼 飴山實 
黄砂ふる幾日重ねて君を待つ
  悼 島津亮               
椅子にもたれて若き日の鷹他界せり
明石原人薄暑のおのころ島往き来
暁闇を猪やおおかみが通る
おおかみが蚕飼の村を歩いていた
おおかみに螢が一つ付いていた
おおかみを龍神(りゅうがみ)と呼ぶ山の民
龍神の両神山に白露かな
龍神の障(さえ)の神訪う初景色
狼生く無時間を生きて咆哮
月光に赤裸裸な狼と出会う
ニホンオオカミ山頂を行く灰白なり


2015年8月27日

【金子兜太】花神社


【金子兜太】花神社 1995年7月       1500円
『少  年』(全)
 一部
 東京時代 (昭和一五-一八年)
 トラック島 (昭和一九-二一年)
 二部
 結婚前後 (昭和二二-二三年)
 竹沢村にて (昭和二四―二五年)
 福島にて (昭和二六-二八年)
 三部
 神戸にて (昭和二九-三〇年)   後記
金子兜太自選四〇〇句
 「生  長」抄
 『金子兜太句集』抄
 『蜿  蜿』抄
 『暗緑地誌』抄
 『早春展墓』抄
 『狡  童』抄
 『旅次抄録』抄
 『遊牧集』抄
 『猪羊集』抄
 『詩經国風』抄
 『皆  之』抄
 『 黄 』抄
■人と作品
縄文土器のような句    佐佐木幸綱
「生と死の風景」抄    鍵和田柚子
 金子兜太略年譜
 初 句 索 引
 季題別索引

2015年8月21日

第12句集『両神』金子兜太


第12句集 『両神』  金子兜太

『両神』立風書房 平成平成7年12月刊  2,700円 

句は芸林21世紀俳句文庫「金子兜太」

心臓に麦の青さが徐徐に徐徐に
梅雨の家老女を赤松が照らす
   赤城山麓大胡(三句)
大前田英五郎の村黄落す
紅葉原野やつて来ました大村屋
鴨渡る昔侠客いまは石
少年二人とかりん六個は偶然なり (かりんの漢字無)
小鳥来る全力疾走の小鳥も
自我ぐずぐずとありき晩秋のひかり
青き馬倒れていたる師走かな
毛越寺(もうつうじ)飯(いい)に蝿くる嬉しさよ
酒止めようかどの本能と遊ぼうか
物足りてこころうろつく雑煮かな
気力確かにわれ死に得るやブナ若葉 (ブナの漢字無)
    愚陀仏庵
二階に漱石一階に子規秋の蜂
長生きの朧のなかの眼玉かな
蛇来たるかなりのスピードであった
夏落葉有髪(うはつ)も禿頭もゆくよ
飯食えば蛇来て穴に入りにけり
両神山は補陀落初日沈むところ
    城(五句)
春の城姫蜂落ちて水の音
夏の城魂はいつも鈍く
秋の城武は小心の極みなりき
冬の城文は自己遁辞なりけり
昼の城生きながらえてやがて離散
青春が晩年の子規芥子坊主
樹下の犀疾走も衝突も御免だ
花合歓は粥(しゅく)栗束は飯(はん)のごとし
春落日しかし日暮れを急がない
霧の寺廟に転ぶさくらんぼ
    四川省の旅(四句)
桂花咲き月の匂いの成都あり
月よ見えね青蒼の山河確(しか)とあれど
靄の奥に月あり心象光満つ
燕帰るわたしも帰る並(な)みの家

2015年8月17日

金子兜太句集『黄』こう)


金子兜太句集 『黄』(こう)ふらんす堂 1200E 1991年刊

 『黄』自選句集 
平成3年 ふらんす堂

雪の日を黄人われのほほえみおり

雪降るとき黄河黄濁を極めん

雪の日は黄の字想う黄濁愛す

黄河そそいで黄海を成す雪の日も

黄海に黄河から来し魚影泳ぐ


『黄』 あとがき
句集『少年』にはじまる私の全句集から三八〇句を選び、それに近作〈黄〉五句を加えた。全句集といったが、最近刊の『皆之』からの抄出は省略し、その前の『詩経國風』までにしている。
 選出に当たっては、『少年』と『詩経國風』を軸とし、自分の体質がよく出ているものに執した。初期は初期なりに、いまはいまなりに、これが自分の俳句だ
とおもうものに執してみた。そして中国大陸の風土に引きつけられている自分の身心に気付いている。選出句が、後段、『詩経國風』を読みながらつくった句に
かたむいているのは、その現れであって、ついに、題を『黄』とし、黄五句で終りとするに到った次第である。
代表作を網羅し自選380句を収録。

2015年8月1日

「金子兜太句集」風発行社


『金子兜太句集』 風発行社([半島」を収める) 

定価250円 1961年7月刊 

(句は春陽堂俳句文庫「金子兜太」から)

娼窟に縄とびの縄ちらちらす  (神戸18句)

平和おそれるや夏の石炭薦かぶり
少年一人秋浜(あきはま)に空気銃打込む
港に雪ふり銀行員も白く帰る
夜の餅海暗澹と窓をゆく消えぬために
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ
車窓より拳現われ干魃田(かんばつでん)
青年鹿を愛せり嵐の斜面にて
人生冴えて幼稚園より深夜の曲
激論つくし街ゆきオートバイと化す
朝はじまる海へ突込を攻め
悄然たる路上の馬を雛の間より
白い人影はるばる田む鴎の死
山上の妻白泡の貨物船
銀行員等(ら)蛍光す烏賊のごとく
強し青年干潟に玉葱腐る日も
もまれ漂う湾口の筵夜(むしろよ)の造船
豹が好きな子霧中の白い船具
湾曲し火傷し爆心地のマラソン (長崎にて 10句)
暗い製粉言葉のように鼠湧かせ
華麗な墓原女陰あらわに村眠り
岬に集る無言の提灯踏絵の町
青濁の沼ありしかキリシタン刑場
森のおわり塀に球打つ少年いて
殉教の島薄明に錆びゆく斧
手術後の医師白鳥となる夜の丘
粉屋が哭く山を駈けおりてきた俺に
殉教の島薄明に錆びゆく斧
手術後の医師白鳥となる夜の丘
粉屋が哭く山を駈けおりてきた俺に 

金子兜太句集『東国抄』

第13句集『東国抄』花神社 
2800円+税 2001年刊


『東国抄』後記より   金子兜太



平成7年(1995)の秋から、同12年(2000)

初夏まで、ほぼ四年半のあいだにできた俳句をまとめた。『両神』につづく第十三句集である。題の『東国抄』は、主宰俳誌「海程」に俳句を掲載するときの表題として、十年
以上も書きとめてきたもので、初めは都ぶりに対する鄙ぶり、雅(が)の世界でなく野(や)の世界に自分の俳句をおきたい、といったていどの考えだった。
しかし、「土」をすべての生きものの存在基底と思い定めて、自分のいのちの原点である秩父の山河、その「産土(うぶすな)」の時空を、身心を込めて受けとめようと努めるようになり、この題は、産土の自覚を包むようになったのである。


句は芸林21世紀文庫「金子兜太句集」より

よく眠る夢の枯野が青むまで
老梅の白咲き白濁の残雪
じつによく泣く赤ん坊さくら五分
鳥渡り月渡る谷人老いたり
連翹を走りぬけたる猪(しし)の震え
雨蛙退屈で死ぬことはない
妻病めり腹立たしむなし春寒し
妻病みてそわそわとわが命(いのち)あり
春の鳥ほほえむ妻に右腎なし
背を丸め病い養う者に薄暑
寒紅梅春まで咲きし寛ぎや
雪中に飛光飛雪の今(いま)がある
子規は雛あられかりかりと戴(いただ)く
待ち合わせ向こうの電車俳人ばかり
妻病めば葛たぐるごと過去たぐる
黄葉の奥に檎山の黒縁あり 
よく飯を噛むとき冬の蜘妹がくる
     青い犀(五句)       
青い漂泊の語陳(ふる)く鮮(あた)らし
青い犀人の出会いにじゃがの花
青い犀放浪の僧浴衣がけ
青い犀転げゆく蝶や石ころ
青い犀も年もりもりと雲の命よ
暁闇を猪(しし)やおおかみが通る
おおかみが蚕飼の村を歩いていた
おおかみに目合(まぐわい)の家の人声(ひとごえ)
おおかみに蛍が一つ付いていた
おおかみを龍神(りゅうがみ)と呼ぶ山の民
龍神の両神山に白露かな
木枯に両神山(りょうがみ)の背の青さ増す
龍神の障(さえ)の神訪う初景色
狼に転がり墜ちた岩の音
狼生く無時間を生きて咆吼
山鳴りに唸りを合わせ狼生く
山鳴りときに狼そのものであった
月光に赤裸裸な狼と出会う
山陰(やまかげ)に狼の群れ明(あか)くある
狼の往き来檀(まゆみ)の木のあたり
狼墜つ落下速度は測り知れぬ
狼や緑泥片岩に亡骸(なきがら)
ニホンオオカミ山頂を行く灰白なり
小鳥来て巨岩に一粒のことば
登高す牛糞は踏むべくありぬ
屋上から大根の葉が墜ちてきた
冬眠の蛙のそばを霧通る
毛物たち俺の朝寝を知っている
サングラスのパブロピカソに蜜蜂
明石原人薄暑のおのころ島往き来


後記 『東国抄』  金子兜太
 平成七年(一九九五) の秋から、同十二年(二〇〇〇)初夏まで、ほぼ四年半のあいだにできた俳句をまとめた。
『両神』 につづく第十三句集である。 この間の平成九年(一九九七) 三月十八日、妻の皆子が右腎臓摘出の手術によって辛うじて救命された。進行していた悪性腫瘍を発見し、摘出して下さった中津裕臣先生(現在、総合病院国保旭中央病院泌尿器科部長)の御恩を、夫婦とも忘れることはできない。皆子ほそのあと二年間、抗癌剤(インターフェロン)の注射をつづけ、つよい副作用にも負けることなく回復した。-そして、それから一年半たった

ちょうどこの句集の終りに当たる時期の昨年夏、こんどは左腎に影があらわれたのだが、これも中津先生の執刀で切りとってもらえた。あとの経過も順調で、左腎は支障なく機能している。

 都合四年間、妻は気力十分に二度の手術にも耐えて
きて、その気力はわたしをも励ましてくれる。題の『東国抄』は、主宰俳誌「海程」に俳句を掲載するときの表題として、十年以上も書きとめてきたもので、初めは都ぶりに対する鄙ぶり、雅(が)の世界でなく野(や)の世 界に自分の俳句をおきたい、といったていどの考えだった。
しかし、「土」をすべての生きものの存在基底と思い定めて、自分のいのちの原点である秩父の山河、その「産土(うぶすな)」の時空を、身心を込めて受けとめようと努めるようになり、この題は、産土の自覚を包むようになったのである。

 そして、ある日、狼(ニホンオオカミ)が出現した。秩父には狼にかかわる伝承が多く、あちこちの神社に狼の石像がひかえている。ニホンオオカミは絶滅したといわれているが、まだ生きている。少くともわたしのなかでは、いのちの存在の原姿として生きている。

句集に加えた狼の句には、その思いを込めたつもりだった。 とにかく、わたしはまだ過程にある。母は二十一世紀を百歳でむかえた。妻も頑張っている。わたしも頑張らざるをえまい。
終りになるが、わたしを叱咤激励してこの句集をまとめてくれた、福田敏幸氏にこころから感謝したい。

平成十三年 (二〇〇一) 元旦。   熊猫荘にて 金子兜太 


解説 海程同人 安西 篤
付・「あとがき」/「初句五十句索引」、総頁・二四六頁判型・四六判、造本・上製製カ、バー装、装惧・熊谷博人製作・福田敏幸、発行・二〇〇一年三月二十五日初版、発行所・花神社

 『東国抄』は、平成七年(一九九五)の秋から十二年(二〇〇〇)初夏までの約四年半の作品四一六句を収め.たもの。「あとがき」によると、この間、皆子夫人が二度にわたる腎臓の悪性腫瘍の手術にも耐えて生き抜いてきた気力は兜太をも励ましてくれたという。

 題名については、「、主宰俳誌『海程』に俳句を掲載するときの表題として、十年以上も書きとめてきたもので、初めlは都ぶりに対する鄙ぶり、雅(が)の世界でなく野の世界に自分の俳句をおきたい、といったていどの考えだった。しかし、『士』をすべての生きものの存在基底と思い定めて、自分のいのちの原点である秩父の山河、その 『産土(うぶすな)』 の時空を、身心を込めて受けとめlようと努めるようになり、この題は、産土の自覚を包むようになったのである」 と。

 この「産士の自覚」は、集中の連作「狼」二十句に端的に現れている。やはり「あとがき」 でいう。「そして、ある日、狼(ニホンオオカミ)が出現した。秩父には狼にかかわる伝承が多く、あちこちの神社に狼の石像がひかえている。ニホンオオカミは絶滅したといわれているが、まだ生きている。少くともわたしのなかでは、いのちの存在の原姿として生きている」。

 ここでいう「いのちの存在の原姿にこそ「産土の自覚」としてあるものであり、『両神』で指標としていた 「天人合一」の世界に到ろうとするものでもあった。
そのためのいのちの成長と深化を目指して、兜太の表現構造はなおダイナミックに動きつつある。それゆえにこそ「あとがき」 の末尾に、「わたしはまだ過程にある」 と兜太は書く。
             

金子兜太句集『皆之』

第11句集 『皆之』 2600円 1989年刊 

立風書房

僧になる青年若葉の握り飯
疲れ眼に蜂の呟き一瞬あり
義兄落合文平死去     
流るるはすべて華(はな)なりただ眠れ
とどまるは漂うごとし木苺の径(みち)
朝の馬ついに影絵となる旅立ち
     沖縄那覇      
起伏ひたに白し熱い若夏(うりずん)
      宮崎えびの高原
雲と吾(あ)と韓国岳(からくに)越える夏逝くぞ
蓼科紅葉人間孤となり奇となり

   奥信濃柏原・二句
雪の家房事一茶の大揺(おおゆ)すり
雪の中で鯉があばれる寒そうだ
乳房四房がいかにも不思議乳牛諸姉(しょし)
桐の花遺偈に粥の染みすこし
牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ
濃霧だから額(ぬか)に光輝を覚えるのだ
抱かれし野鯉あかあか鉄砲水
家にいる外(そと)は晴蜻蛉(とんぼ)眩しいので
頭痛の心痛の腰痛のコスモス 
秋谷(あきだに)の戸ごとに怒鳴り酔つぱらい
座礁船ことに遺児たちが見ている
家の真中(まなか)に犬伏していて五月来る
芝桜若きカメラマン沈思
霧の家青大将が婆(ばば)の床(とこ)に
肉体萎(な)えるや窓に鴎の背中見えて
犬の睾丸ぶらぶらつやつやと金木犀
陽がさせば木の実美(は)し村人よ村よ
返り花頬いつまでも赤しや人(ひと)
痛てて痛ててと玄冬平野に腰を病む
     瓢湖
唯今二一五〇羽の白鳥と妻居り
人伝てにかさこそかさこそと金縷梅(まんさく)
北風(きた)をゆけばなけなしの髪ぼうぼうす
肉病むとも気は病むまじと梛(なぎ)の茂り
砂漠かなコンサートホールにかなかな
みちのく初冬川の蒼額(あおぬか)人の無言(しじま)
遊びごころに林檎畑に白い雲
大花白豚歩いてゆくぜ白鳥だぜ
マスクは鼻に蜜柑は指に人の前
夜となり吉夢(きちむ)むさぼる寝正月
世を旅して寒紅梅一塵(いちじん)
寒椿おまんまおしんこおまんじゅう
中国放吟(桂林、りょう江)・五句
  
りょう江どこまでも春の細路を連れて 
 (りょう江は漢字)

真白(しんぱく)の瀧を遠目に旅ゆくも
大根の花に水牛の往き来
二江の間(あい)に春寒きかな桂林
蒼暗の桂林迎春花に魚影
れんぎように巨鯨の影の月日かな
谷川岳(たらがわ)南面われとの間に風音(かざおと)一度
  出沢柵太郎死去・二句
夏燕波爛の生というべき死
夏燕谷ゆけり記憶散りゆけり
青葦原汗だくだくの鼠と会う
  秩父山中盛夏・六句
伯母老いたり夏山越えれば母老いいし
夏の山国母いてわれを与太(よた)と言う
老い母の愚痴壮健に夕ひぐらし
たつぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし
カリン老樹に赤児抱きつく家郷かな
朝日に人山蛾いちめん流れゆく
代満(しろみて)と言い交わしつ中国山脈越ゆ
蜂に追われて眼鏡失くして夏終る
冬眠の蝮のほかは寝息なし

金子兜太句集『詩経国風』 

第10句集『詩経国風』 
角川書店  昭和60年6月刊  
2,500円 
句は花神社コレクション「金子兜太」より






麒麟の脚(あし)のごとき恵みよ夏の人
抱けば熟れいて夭夭(ようよう)の桃肩に昂(すばる)
良き土に淑(よ)き女(ひと)寝かす真昼かな
流るるは求むるなりと悠(おも)う悠(おも)う
南谷(なんこく)にわが馬鈍し木木ぞ喬(たか)し
葛を煮て衣となす女(ひと)を恋いけらし
おびただしい蝗の羽だ寿(ことほ)ぐよ
人さすらい鵲(かささぎ)の巣に鳩ら眠る
そして日本列島の東国
人間に狐ぶつかる春の谷 
   同邶風(はいふう)1 
日と月と憂心照臨葛の丘
弑逆(しいぎゃく)あり流れゆく黄裳(しょう)緑衣
そして日本列島の東国・三句
利根流域美女群浴に出会う
春憂う美女群浴の交交(こもごも)
月が出て美女群浴の白照す
     同邶風 2
つばな抱く娘に朗朗と馬がくる
流離(さすろ)うや太行山脈の嶺嶺(ねね)に糞(まり)し
草笛のげに明(あか)し王ら乱れたり
まつりごとみだれて夏の石女(うのずめ)たち
そして日本列島越前三国・三句
越前三国葭切に僧の妻くれない
鉄線花と鵜とぐんぐんと近づきたる
桐の花河口に眠りまた目覚めて
同ようふう(漢字が無いので書き換えています)
ペガサスは南に美しきは少女
夏の王駿馬三千頭と牝馬
鼠を視(み)るに歯があり毛がある山家かな
   衛風(えいふう) 
黄河の夏洋洋と活活(かつかつ)と北へ
一葦もて黄河渡らん子に会わなん
そして日本列島東国房総・二句
朝の馬笑いころげる青坊主
芙蓉咲く風音は人々が聴いて

金子兜太句集『猪羊集』

第9句集『猪羊集』 1982年刊 「昭和57 昭和57 1,300円 


昭和五十七年 現代俳句協会・現代俳句の100冊[10]
現代俳句協会にあります。
現代俳句協会メール  info@gendaihaiku.gr.jp
現代俳句協会TEL  03-3839-8190 

山国の橡の大木なり人影だよ 
日本海に真冬日あらん山越えれば
さすらえば冬の城透明になりゆくも
春の航夢にがぶりて鱶の腹
荒天の高知菜の花粉微塵(こなみじん)
鮎食うて旅の終りの日向ある
一舟そこにさすらうごとしこおなご漁
夏は白花(しろはな)抱き合うときは尻叩け
朝の星黄金虫標本室は彼方に
食べ残された西瓜の赤さ蜻蛉の谷
道志村(どうし)に童児山のうれしさ水のたのしさ
死火山屋島菜の花どきはかもめかもめ
空海幼名は真魚(まな)春鴎くる内海
えんぶり衆白き夜雲の田へ帰る
桃の里眼鏡をかけて人間さま
桃の村からトンネルに突込む塩気
新墾(にいはり)筑波胡瓜はりはり噛めば別れ
立山や便器に坐禅のような俺が
黒部の沢真つ直ぐに墜ちてゆくこおろぎ