2020年5月9日

兜太の「愛句百句から」大き背の冬の象動く淋しければ  

大き背の冬の象動く淋しければ  芦田きよし

  この句をつくったときの芦田きよしは、神戸の高校生だった。
港にむかって傾斜した街をおりてゆくときの白っぽい空気が感じ
とれ、眼鏡をかけた色白の芦田の細めの首筋が見えてくる。

かれはこのあと哲学を学び、京都大学の大学院に籍をおいていたが。
二十五歳で死んだ。腸閉塞の手術台に、「物理的に処理するんや」と
いって上ったのだそうだが、それが最期だった。

死は昭和38年(1963)の暮。もう15年も前のことになる。
 芦田は象を間近に見ていた。しかし、「大き背の冬の象」という
いいかたからは、ただ見ていただけではないことがわかる。
象の背筋を大きいと見上げたとき、ああ、「冬の象」なんだなあ、
とおもっていたのである。そのおもいにとらわれているとき、象の
背がくらりと動く。
おや″とおもい、おもったとき「淋しければ」(淋しいから動いたんだ)
という感応がことばになる。

 すでに高校生のときから、芦田は論理に潔癖だった。こまかな、
きちんとした字を、(ガキいっぱいに書きこんだかれの便りの清潔感が
忘れられない。かれの友人は、「論理の清潔さとは、短命の思想に他な
らない」と書いて、よき才能の夭折を倬んでいたほどだが、私はそこ
に、論弁に明晰であろうとする芦田の誠実さを見ていた。したがって
論弁がくもるときは、それを不誠実として痛く恥じ、その恥じる様子の
卒直さには飄逸ささえあった。誠実な知性こそ、ときに飄逸なりとおも
いつつ、この句を読むと、どこかにその飄逸の気配が感じられてくる。
若い芦田は、神戸の冬景色のなかの象に、はやくもかなしみをおぼえて、
明晰にはなりきれなかったのだろう。

海程歳時記にある句です。

キャバレー裏に玉ネギ積むわが夜の海  芦田きよし

2020年5月8日

金子兜太 自筆100句

入院中食欲があったんですね
蛭田有一氏写真提供

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2020年5月5日

『今日の俳句』金子兜太 


金子兜太 「俳句専念」から『今日の俳句』出版経過を転載

 光文社のカッパブックスの一冊として、『今日の俳句』を書いたのが昭和四十年。いままでの俳論の総まとめであり。しかも一般向けの入門書として、引用句をたくさん盛り込んで書いた。第一章が「新しい美の開花」。わたしの俳句人生の一路標である。

 その時期、日銀のほうは、為替管理法関係の許認可事務をやる管理係長に横すべりしていた。歳末もたいした事務はなく、係の人三人と生鯖を肴に痛飲した。わたしは鯖が好物なので大いに食べたのだが、すこし傷みもきていたらしい。元朝からひどい蕁麻疹にやら
れ、癒えたあとも風邪をひきやすくなって、喉が痛い。齢四十六歳、

この辺がタバコの止めどきとおもって、実行した。長年の猛煙のあとだけに未練がない。
それに、これで一生すえない、と悲観しないで、いつでもすえる、すうときは世界最高級のタバコを、と自分にいいきかせたのがよく効いた。いまではタバコをすっている人を見ると気の毒でならない。

『今日の俳句』を書いたのがその年だったので、タバコ代りに緑茶をがぶがぶ飲んだのがよかった。わたしの緑茶好きはそのとき以来で、コーヒーや紅茶、ウーロン茶より緑茶を好む。――なお、サブタイトルの「古池のくわび〉よりダムの〈感動〉へ」は、編集担当
の人が小用中に湧出させたもの。いまでは、「地球の〈感動〉へ」としたい気持だが、いわゆる高度経済成長への人口にあった当時としては止むを得まい。

 その出版記念会に、敬愛する詩人金子光晴氏が出席して下さったのは感激だった。しかし。氏は開口一番こういったのである。「敬愛す人には会わないほうがいいよ。会うとがっかりするからな」。 
                       
『今日の俳句』の出版について「ベストセラー全史」澤村修治史は、カッパブックスを出した光文社は新潮社の子会社で、弱小の出版社だった。
戦後最大の出版プロデューサーと言われた神吉晴夫は" 英語に強くなる本 で"ミリオンセラーをなった。
彼はベストセラー作法十か条で
・読者層の二十歳前後に置く。
・若い世代の純粋な感性に訴えるもの。
・この世で初めてお目に掛かったという新鮮な驚きや感動を伝えるもの。
・著者は読者のなかにもやもやしているものを形づくる役割を担う。と述べている。
当時の金子兜太は伝統俳句とは一線を画す俳句の書き手であり俳壇に新鮮に空気をもたらす存在だった。(竹丸)

『今日の俳句』 光文社カッパブックスのち文庫化 1965年9月]定価552円
 1・新しい美の開花 
 2・ドラム罐も俳句になる 
 3・描写からイメージへ
 4・五・七・五と「や」「かな」5・俳句は詩である


平成3年2月 知恵の森文庫で復刊   596円(税込)