2019年5月18日

句集『赤眼の腕』中内亮玄(なかうち・りょうげん)


中内亮玄(なかうち・りょうげん)略歴
金子兜太に師事 主宰誌「海程」同人
俳句結社「狼」同人 現代俳句協会会員
句文集「眠れぬ夜にひとりで読んでみろよ」
句集「青の麒麟騎士団」
随筆「兜太の遺伝子」


剥き出しの心臓である冬の汽車
車掌来て枯野を連れて行くように
黒縁の眼鏡に明朗なる大寒
別れ霜余震のテロップは無音
すれ違う人の傾き冬に入る
雪の夜は彼方の森が近くなる
桜散る僕らはまどろみの魚影
愛といいさくらしくしくと散らん
満開の空混み合うや花篝
桜とは無窮誰もが置いてきほり

2019年5月14日

『土がたわれは』金子兜太(昭和45年8月号 俳句)

『土がたわれは』金子兜太(昭和45年8月号 俳句)

 俳句は人間不在である」あるいは、「現代俳句にいたって、
ようやく人間が所在するようになった」――という言葉を
よくきくが、この奇妙な断定が、私には最大の関心事なので
ある。私は、この「人間」にとりつかれて俳句を作るように
なり、戦後は、ムキになって、とりっいてきた。そして、今
後も、この「人間」から離れることは絶対にできない。

 それにしても、人間不在とか人間所在とかいう言いかたは、
まことに奇妙である。軽い受けとりかたで考えても、バカバ
カしいことなのである。たとえば、有季を約束とする伝承に
従って作られた俳句が、有季に吸いよせられて人間が不在化
した、などと言ったら、それは噴飯ものであろう。たしかに、
有季の約束が、有季を金科玉条とし、季題描写に全精力をか
たむけてしまう結果、精力を傾けている御本人の影も形も、
まことに薄曇りの日のようにかすかにしか見当たらなくなる
ことはある。

2019年5月12日

「小林一茶」やけ土のほかりくや蚤さはぐ

文政句帖以後 ・文政9-10年(1826-1827)  64歳-65歳

やけ土のほかりくや蚤さはぐ

火事あとの焼け土はまだほかほかとあたたかいです。蚤もいい気持でさわいでますわい。まだ元気です。

 文政10年、信濃紫にいる門人の久保田春耕にあてだ書簡に書きとめられている。前書に
「土蔵住居して」とある。
 この年の閠6月1日、柏原に大火があって、一茶の家も類焼した。焼け残った土蔵に仮住いしていたのである。妻のやをとは前の年に結婚している。

 この句は、そういう目常のなかでできたものだが、飄逸の風がある。被災をあまり苦にいない感じがある。しかし、湯田中で盂蘭盆を行ったときの句は、「御仏は淋しき盆とおぼすらん」とあって、淋しいということば以上に、しみいるような淋しさがあった。
「焼後田中に盆して」の前書じたいもひどく淋しい。