2019年7月6日

志布志市有明町の西光こども園に句碑


園児らは五月の光よく笑うよ  兜太

 戦後日本の俳壇をけん引した俳人で、昨年2月に98歳で亡くなった金子兜太さんの句碑が、鹿児島県志布志市有明町の西光こども園の庭に建っている。生前、園を3度訪れ園児らに「命と平和の大切さ」を説いて聞かせた金子さん。句碑は園が子供たちとの心のふれあいの証しとして今年3月に建てたもので、そこに宿る金子さんの魂は今も子供たちの成長を優しく見守っている。【新開良一】

 句碑の正面には金子さんが揮毫(きごう)した句「園児らは 五月の小鳥 よく笑うよ」が刻まれている。たくさんの園児たちに囲まれた金子さんが、小鳥がさえずるようにしゃべる子供たちの天真らんまんさを詠んだ一句だという。

 金子さんは園を営む西光寺の前住職で園長でもある藤井龍道さん(87)と長年親交があり、その縁でたびたび訪問。2016年5月、西光寺で園児たちと触れ合った半年後には句碑の句とともに「五月の海光 ここまで届く 園児かな」と自書した2枚の色紙を園に贈った。

 園児たちはお返しに園の畑で育てたサツマイモなどを送った。金子さんは「おいしい、おいしい」と喜んで食べたという。

 昨年2月、金子さんが入院したことを知った園児らは「げんきになってまたあそびにきて」と言葉を添えた似顔絵を送って回復を祈った。しかし願いは届かず、金子さんは似顔絵を見ることなく旅立ってしまった。子供たちの絵は棺の中に収められたという。

 今年6月3日、園児たちは例年通り金子さんが好きだったサツマイモの苗を植えつけた。畑に勢ぞろいした30人の園児に藤井さんが「お浄土の金子先生にまたおいしく食べていただけるよう祈って植えてください」と話しかけると、子供らは「またおいしいお芋さんができますように」と願いを込めながら一本一本苗を植えていった。

 金子さんは20代後半の一時期、西太平洋のトラック島(現チューク諸島)に海軍主計中尉として出征。西光寺の講演では悲惨な戦争体験をもとに「私の生涯は戦死した人のためにある、という思いで生きてきた」と語り、生涯、平和への思いと反戦への決意を貫いた。

 藤井さんは「絶対戦争をしてはいけないと最期まで言っておられた。地位、名誉、財といったものを一切考えない人だった」としのび「この句碑を通じて金子先生と園児たちとの心の交流を伝え続けたい」と話した。

管理人から・・・・金子先生は、サツマイモが好物でカルチャーセンターの講義の合間に
生徒が持参した薩摩芋をよくおやつに召し上がっていました。園児たちのおいもも美味しかったのでしょうね、


西光寺にある句碑です
正面に白さるすべり曲がれば人  金子兜太
平成21年4月17日建立
鹿児島県志布志市有明町蓬原1884
西光寺門徒建立

毎日新聞から転載させてもらいました

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