2019年6月25日

兜太の「愛句百句から」透きとほる熟柿や墓は奈良全土


兜太の「愛句百句から」

透きとほる熟柿や墓は奈良全土   澁谷  道 

澁谷 道
昭和21年平畑静塔に、同42年橋かん石師事。文学的虚実を
表裏として独自な幻想的俳句世界を志向。前衛的な「夜盗派」
「縄」を経て「海程」所属。俳句と連句誌「紫薇」創刊。現代
俳句の女流第一人者、死去


 澁谷道の「全土」は、「国のまほろば」の大和。「柿くへば鐘が
鳴るなり法隆寺」と、柿好きの正岡子規がいささかの愁いをこめて
詠いあげた、柿熟るる「奈良全土」である。
 作者は奈良にきている、いや、いまはきていないのかもしれない。
目のまえに熟柿を見ているJ木についたまま熟れたもので、空のひ
かりに朱の果肉が透く感じなのだ。あるいは、すでに卓上におかれ
てあるものかもしれない。

 それを見ていると、「奈良全土」への想念がひろがるのだ。いま
奈良にいるとすれば、自分を軸にして四方にひろがる。遠く離れて
おもっているとすれば、自分を光点として放射状にひろがる。そし
て、その全域にさまざまな墓が見えてくる。古墳あり、石の墓あり、
かの祖神の霊異と女身のあわれがしみる箸墓(はしのみはか)も
見えていよう。

それらの墓たちは全土を被うがごとくだが、作者澁谷道の想念のな
かでは、死の暗さにつらならず、古く人間的なものへの親しみにつ
らなるのである。
そこに作者のやさしさがある。

 澁谷道は大阪在住の小児科女医。この句は第二句集『藤』所収
のものだが、私は鑑賞しながら、彼女が蜘蛛が風にのって移動する
話をしていたのをおもいだしていた。クモたちは風が吹いてくるの
を待っていて、吹きはじめると、それにのって別のところに移るの
だそうだ。「いく日でも待っているんでしょうね、きっと。吹きは
じめると、一つづつ、肢をひろげるようにして、うまく風にのって
スーイスーイととんでゆくんですって。一つづつ、ね」
――澁谷道にとっては、奈良全土の墓たちも、クモたちも、同じよ
うに、生きて息づいているのではないか、と私はおもう。


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