2019年6月7日

句集『共鳴り』小野 功



著者略歴
1939年10月14日(昭和14年)千葉県野田市生まれ
2009年 NHK学園「初めての俳句講座受講、「俳句実作講座受講
2011年 読売文化センター柏俳句教室にて、塩野谷仁氏に師事
     現代俳句協会会員
2012年 「遊牧」同人
2014年 千葉県現代俳句協会幹事
2016年 千葉県俳句作家協会会員

自選12句
懐の刃磨いて雲の峰
十六夜に男階段踏み外す
白さざんか指の先から冷めてくる
潮けむり室戸岬の春慈光
風車まわり過ぎれば嫌われる
しばらくは等身大の春に座す
荷風ならきっと手にしたこぼれ萩
墨染の冬の結界永平寺
共鳴りの滅ぶことなき寒北斗
春愁の阿修羅眉間にある敵意
盟友は今も盟友沈丁花
菜の花のてっぺんを摘み不眠症



意思の人・序に代えて 塩野谷 仁
 
小野功さんの初期の句に、

  懐の刃磨いて雲の峰

があり、私か小野功さんに注目したきっかけになった作品と思われる。「懐の刃」を磨くとは自分の内部世界に踏み入ることでもあり、本格的に俳句の世界と立ち向かう意思の現れと思われたからでもある。たしか、私か講師を務めている柏カルチャーセンターに出された作品で、小野さんとの最初の出会いの頃と思われる。
仄聞によれば、小野さんが俳句を始められたのは停年退職後で、六十六歳。NHKの「俳句実作講座」の後、二年程して前記の「柏カルチャーセンター」にて出会ったことになる。その頃の作品はどちらかというと日常吟に近いものが多い。少しく挙げれば、

  まず妣に供える初の衣被
  坪庭の主賓席には曼珠沙華
  幾たびも椅子を移して日向ぼこ
  この先は遠慮されたし冬薔薇
  平凡な一日は暮れ根深汁



 それに比し、次のような、自らの内部に迫ってくる作品もある。

  葉の裏にもう一枚の夏があり
  白牝丹ゆっくり謎を解いてゆく
  真昼から茶碗に潜む星月夜
  カーテンの襞さまよえる法然忌
  この地球生まれた奇跡わらび餅
  白さざんか指の先から冷めてくる

 つまり、日常報告的な「日常吟」と自らの存在に迫らんとする「本格俳句」とが混在していた時期で、あ。る意味では俳句模索の時でもあったのかもしれない。私の見るところでは小野功さんは「意思の人」で、納得するまで物事の本質に迫って行くタイプの人と見受けられる。その意味で、「奥の細道踏破」「四国巡礼の遍路旅」などに全力で取り組むことも納得させられる。
 小野さんの作品ではもう一つ、旅吟に秀句が多いことも特色に挙げられよう。私たちの俳誌「遊牧」では吟行会が盛んで、小野さんも数多く参加している。その折の作品も多く収録されている。それらの中から、アトランダムに引用すれば、

    秩父吟行
  夕紅葉やがて酔眼観自在
    奥の細道
  さ牡鹿の瞳に潜む忘れ水
  低空の技たしかめる夏つぼめ
  草虱他言はならぬ湯殿山
    飛鳥吟行
  葛切に空海います高野山
    四国遍路
  空海の姿たしかむ花明り
    金沢
   忽然と蛇穴に入るぜんざい屋
    鵜原吟行
  邂逅の言葉すくなに山法師
    向島百花園
  荷風ならきっと手にしたこぼれ萩
    上高地
  草の実やいっそ飛ぶなら槍穂高
    奈良吟行
  春愁の阿修羅眉間にある敵意

 それぞれ数句の中から各一句抄出した。このうち奥の細道の部は三回分から一句ずつ選んだ。どの句も単なる旅の報告、つまり観光俳句ではなく、現場に立ち合わせた作者の息吹が感じられる。始めたら一からやり通す。作者の強い意思がどの句からも感じられる。まさに「意思の人」なのだ。
 ここにきて、作者の意向が定まってきた感が見受けられる。「日常」に居て「自らの感覚」に訴える。本格俳句への視点の確立でもある。

  花すすき記憶の糸を解いてゆく
  噴水のてっぺんまでが一家族
  抽象と具象の隙間西瓜割る
  枯蓮そっと自画像描いてみる
  立葵待ち人さがし揺れている
  冬もみじ哲学語ることもなく
  菜の花のてっぺんを摘み不眠症
  朴の花真夜中にきっと密談

 一句目「記憶の糸を解いてゆく」も、三句目[西瓜割る]のも、四句目「自画像を描く」のも、そして六句目「哲学を語る」のも、八句目「密談」するのも、すべて自らの「意思」のなせる業であった。そして、次の句、

  大向日葵エッフェル塔にあこがれて

 巻末近くに置かれた句である。この「大向日葵」、あるいは自己の投影なのかもしれない。作者、これからが熟成期。ますます「俳句のエッフェル塔」を目指して貰いたい。その資質が作者には充分に備わっているのだ。

  二〇一八年十二月   冬青空の日に   

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