2019年5月6日

「小林一茶」 ひとりなは我星ならん天川

ひとりなは我星ならん天の
歴裏句稿(1802年)――40歳

はるばると空をながれる天の川。そのそばにいっもひとりでいる星。ぼんやりと、にぶくいる星。あれがおれの星なんだ。いや、あれがおれの姿なんだ。

 よき先輩立砂につづく父の死。そのあとの遺産相続問題、そして、40歳になる一茶。
一茶の〈修業時代〉は終った。
 この1年間、一茶の消息はよくわからない。江戸に帰っていたことには間違いないが、なにをしていたか定かではない。この作品も古暦の裹に書き連ねてあったものの一つで、
一茶はこころの荒みに耐えていたのだろう。

 そのため、古暦裹の句句は、孤愁に沈んでいて、それまでの、なんといっても、どこと
なく弾みがあり、哀寂といっても感傷の甘さを主調にしていた時期とは違ってくる。じっ
と見るすがたがあらわれてくる。この句も、陋居にあぐらをかいて、上眼づかいに江戸の
夜空を見つめている感じがある。むろん、やもめ暮しで、茶碗が膝の辺に転がっていたろ
う。あるいは、ひとり巷に出て、頭の上の天の川を追いつつ、歩いていただろう。そのと
 きも、眼は妙にしっかりしていて、ひとつの星を見定めていたのだ。

 正月早早、一茶はこんな句を作った。「門松やひとりし聞けば夜の雨」。七夕のとき、たまたま洪水があった。「助け舟に親子落ちあふて星むかひ」。私の好きな次のような句もある。「有明に躍りし時の榎かな」、「鴫どもも立尽したり木無し山」。みな、中年にして肉親を失った、ひとりものの句だ。

 星といえば、一茶には星の句が多く、「わが星」も多い。この頃から小動物や昆虫たち
の句も増えるが、星への関心にも似たものがある。わが星の句を並べてみよう。

  我星はどこに旅寝や天の川         (41歳) 
  我星は上総(かづさ)の空をうろつくか   (42歳)
  我星はどこにどうして天の川       (50歳)
  我星はひとりかも寝ん天の川       (60歳)

 このうち、第1句の「どこに旅寝や」が、第3句の「どこにどうして」に改められたら
しい。義太夫節の一節が入ってきて、すっかり余裕をつけた印象である。第4句の「ひと
りかも寝ん」も、冒頭掲記の「ひとりなは我星ならん」を改作したもので、万葉集巻11
゛異本゛の゛足引きの山鳥の尾のしだり尾の長長し夜を独りかも寝む」からの本歌どりである。

 なお、大正から昭和期に活躍した高浜虚子に「われの星燃えてをるなり星月夜」という
作品があるがヽ一茶の作品と対蹠的である、自信と気力があるから、天の川の流離感では
なく、星月夜の絵画的な空間を好むのである。一茶は終生、この虚子の句のような、ぐっ
と構えた作品を作ろうとはしなかったようだ。

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