2018年2月17日

句集「暁暗」植田郁一(うえだ・いくいち)


略歴
昭和6年6月18日 茨城県日立市生れ
昭和22年 植田万象子「いはらき」「萬象」
昭和23年 木村恵州・小倉久治「木馬」
昭和24年 西村白雲郷「未完」創刊に参加、その後同人
昭和33年 西村白雲郷死去、「未完」101号をもって終刊
同  年 稲葉直「未完現実」同人
昭和37年 金子兜太「海程」15号より同人
第5回同人年間賞(海人集1)
第10回海程会賞
現 在「海程」同人・現代俳句協会会員

帯より 金子兜太

暁暗農夫牛馬覚まさず田を覚ましに  郁一

 この人の俳句は、なんといっても庶民の味がある。庶民とは何か、なとどと難しい質問は止めてもらいたい。この言葉に積もっている、それこそ語感というやつをこの人の熟して俳句から味得して欲しい。



 自選句

 植える田より休む田多し酒きらして

 落葉?き出して水路を通す月泳がす

 月山霧泳ぐか戻るかどう死ねるか

 手放したばかりに淡雪掌に残る

 五能線吹雪けば吹雪しか見えず

 東尋坊吹雪く動くな考えるな

 冬の備えは死の蓄えとおもうなり

 生きていよう雪崩に遭えば融け出すから

 水鉄砲遊ぶ子外に居るには居る

 秩父音頭うどんを捏ねた手だ腰だ

(金子兜太鑑賞)

沖の一船全長明確に僕の一票  郁一

 僕の一票は、国会か地方議会かわからないが、その議員選挙の一票を投ずるときの気構えである。かなり意気ごんで、この一票を行使しようとしているにちがいない。したがって、沖にある一隻の船が、じつに明確にみえ、そっくり頭に納めうるのである。そしてむろん、一票を投すべき相手の全長も明確であり、その相手に賭けようとする作者の社会全体への判断も明確なのである。どんな判断か?-などと尋ねる愚はやめること。この作にとってたいせつなのは、その張りつめた清潔な心意の伝達である。ああ、張りきっているなあ、と読者をして思わずもつぶやかしむれば、それで十分なのだ。

 「僕の一票」という題材、そして語感の新しさを見よ。そしてまた、「沖の一船」のつかみ方の新しさを見よ。「沖の一船」は旧来的なものとしても、この題材に迫る「全長明確」という角度がまことに新鮮なのだ。

安西篤の丁寧な跋文(-光を求めてー)によると、著者の境涯を抜きには著者の俳句を語ることはできないところもある、という。

   なにも撃たず無用の杖を振る青年

   暁闇農夫牛馬覚まさず田を覚ましに

   寒灯に棺ひとつが父の財産

   送る人無く父の棺が吹雪きへ発つ

   生まれて来なければよかった妹よ灯の虫よ

   鼬消えた家族も消えた判決に

     妻子とも離れ離れになった。

   氷柱太る一家離散の鳩小屋に

   ゴキブリに死んだふりまで教えらる

   学徒出陣撃たるるなと父撃つなと母

   戦えない子を征かせ寒夜に母残る

   蛍を見たら抱いて下さい母上

   沖縄忌のない沖縄はどこにもない

   兜太を与太と与太を兜太と秩父ばやし

   蛇曲がる私少し行ってから曲がる

3.11以後の作と思われるのは次の句だ。

   核の汚染は濁る氷河となり動かず

ともあれ、多くの俳句の友を見送ってきて、当然ながら本句集にも実に多くの追悼句が収められている。例えば、小生の思い出もある稲葉直には、

   震え堪えているカタクリを見ごろとは

 阿部完市には、

   在りしころ北陸道を雨水のころ

また、村松彩石、

  灯籠揺れ灯に抱かれては放たれては  



ともあれ、著者80歳を過ぎての第一句集は「海程」50周年を記念すべき句集の一本にはちがいない。

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