2018年2月18日

句集『短編集』日高 玲(ひだか・れい)


著者略歴    日高玲(ひだか・れい)
1951年12月 東京生まれ
1973年ごろ「東京義仲寺連句会」にて連句に親しむ
1996年   束明雅主宰「猫蓑連句会」入会
2003年   退会
2003年9月 「海程」入会
2007年   「海程」新人賞受賞
現在     「海程」同人

――手法の自由さ   金子兜太

蛍火や野生の相(そう) となりて死す  日高 玲 

 夫君他界のときの策とおもうが、俳句の会でお目にかかって間もなく、連句の会の常連であった夫君が亡くなった。夫婦仲良く連句と俳句に親しんで亡くなった。そして、付合の手法を一句の句作りにも活用しして独特な俳句の世界を築いていったのだ。眼が大きくて明るい。
 たとえば俳句の一泊吟行会に参加したときも遊牧のように鼻梁の並ぶ春の眠り  日高玲と。枕を並べて眠る句友を句材として親しむ新鮮に消化してしまうのである。
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自選十句
春の夜の水音よみ人しらずかな
囀りや緑の眼眠る柩
白牡丹うつらうつらとうまい嘘
寝物語に犀の生き死に無月なり
紅葉かつ散る大航海時代かな
馬肥ゆる大津絵の鬼どんぐり眼
熊撃たる日曜の僕のベッド
ふぐ刺しの震えのように君寄り来
お降りや短編集に恋の小屋
なまはげの三人でゆく一列


日高玲句集『短篇集』評

――独自の方法と多彩な映像――安西  篤                         

 日高玲については、かねがね「スケールの大きい知的形象力で勝負する本格派」と見ていた。今回、第一句集を上梓することになり、待望の作品集に出会えて、やはり期待を裏切るものではなかったことを、嬉しく思っている。

 私にとって日高は、「海程」の中でも特に身内感の濃い存在である。私か発行人を務めているクループ「海程多摩」の編集者でもあるからだ。

 全体は十章によって構成されているが、おおむね時系列を辿りつつも、必ずしも編年体というわけではなく、モチーフによって編み直している。さらに各章は、ほぼ七句編成となっていて、10章で35の短篇があり、全体は247句で構成されている。ここに『短篇集』という表題の所以がある。句集に新しい形式の工夫が凝らされているのだ。所与の方法に甘んじることなく、独自の形式を提起したともいえよう。こうした工夫は、日高の連句出身の経歴と無縁ではない。一篇七句の短篇によって、連句的手法の展開を図っているのだ。

 日高によると、「連句では、自の句(私か主体の句)、他の句(第三者が主体の句)、場の句(景の句)を自在に操作して森羅万象を材にして一巻に仕立てます。戯作者がドラマを創作するのに似たところがあります。また、一人称と三人称が自在に交錯する小説のようでもあります」という。これは多くの作者が無意識のうちに実践していることかもしれないが、このように自覚的に方法意識として持っている著者は少ないのではないだろうか。

 さて、内容を見てゆこう。手始めにI章冒頭の7句を挙げてみよう。『短篇集』の形式的特色を見るに格好のものである。

   よみ人しらず
  春の夜の水音よみ人しらずかな
  百千鳥円の中には井戸ありて
  地虫出づ子規の頭蓋の影ぼうし
  春蘭や乳の匂いの滲みだして
  野遊びのむかしのひとを語らざる
  春眠の海に沈みし鐘の声
  かたくり咲く旧仮名遣いの暮し向き

 冒頭の「春の夜の」が発句、「百千鳥」が脇句の位置にあって、「地虫出づ」は第三の転じとなる。もちろん連句ではないので、句はすべて五七五調で統一されている。この〈転じ〉方自体に思い切った飛躍がある。地虫に「子規の頭蓋の影ぼうし」を見つつ、「春蘭」「野遊び」と野外の場で受けて、六句目「春眠の海」へと向かう。そして最後に「旧仮名遣いの暮し向き」と総括する。

しかも表題は「よみ人しらず」ととぼけて、連句でいうところの〈他の句〉(第三者主体の句)を演出する。こうした構成の味わいは、一句一句を取り出しては分からないものである。日高俳句は作品の構成によってその真価を発揮するものであることに気づいた。まことに金子兜太師もいうように、連句の「付合いの手法を一句の句作りにも活用して、独特な俳句の世界を築いてもいたのだ」。この辺りの呼吸は、連句経験のないものには十分には分からないかもしれない。

 斬新な感覚と古典的な韻律によって映像を多彩に構成するには、連作七句の形式は不可欠のものだった。七句で一篇の短篇が生れるわけである。もう一つ、三章の短篇から引用してみよう。

   大航海時代
  トプカピ宮トカゲ微光してサイレン
  テロのごとく漂鳥一本の木に満つる
  旅人よ不意にえのころ草を嗅ぐ
  紅葉かつ散る大航海時代かな
   紅葉かつ散るヴァスコダガマの遠めがね
  枯蓮やオスマントルコ大移動
  冬の虹気球眺める日曜画家

 題材としては海外詠だが、実際は空想上のものらしい。この一連の中では「大航海」の句が評判であった。この句は金子兜太「伊東俳句大学塾」での吟行句というから驚く。ウイリアムーアダムス(三浦按針)の記念碑を見ての作品だが、このようにスケールの大きい歴史的回想の句に仕立てる知的構想は誰も思いつかなかった。もちろん兜太の激賞を受けた句である。

 まず、イスタンブールのトプカピ宮殿のトカゲの走りに始まり、一本の木に鈴なり状に集まった漂鳥をテロの集団と見立て、旅人の草枕を付けている。さらに「大航海時代」で大きく転じて、「ヴァスコダガマの遠めがね」「オスマントルコ大移動」と歴史的回想風景へと向かい、挙句のような位置づけに「日曜画家」の視座を置く。それまで自の句として読んでいたものが、他の句へと逆転させられたような錯覚に陥る。

 橡の花鼻毛吹き出す神楽面

 伝統的風土の素材を、いかにも諧謔味豊かに洒落のめす手腕。そこに対象となるものの確かさが噴出している。

  曼珠沙華の寺に半日実顔
  晩年のような朝なりぽっぺん

 「実顔」は、「まことがお」と読み、まことしやかな顔をして、曼珠沙華咲く寺で、法事の半日を過ごす。「晩年のような朝」といわれてもぴんと来ないが、「ぽっぺん」と音がすれば、あ、そうかと腑に落ちる感じ。

  産屋まで青羊歯の息被曝圈
  余震の村やませに曝す袋角

 いわゆる震災俳句だが、一般には現実のリアリティを詠むのに対し、「産屋」では何か精霊との出会いのような、一つの射映構造として被曝圏を捉える。「余 震」続く「村」の実感は、「やませに曝す」のようなリアル。

  寝物語に犀の生き死に無月なり
  まんさく咲くひとを去らせて素となりぬ

 この二句の間に、夫の死があった。「寝物語」には、生前の夫像があるが「生き死に」は、「犀」といういわば場(景)のものであった。ところが「まんさく咲く」に到るや、「去らせ」だ「ひと」とは夫、つまり二人称のものになる。

夫に死なれて、にわかに一人称たる自己は「素」なるもの、無地な白そのものとなったという。それは「まんさく咲く」映像にも通い合う。
 どうやら日高俳句には、独特の語りの聞こえ方があるようで、それが磨ぎ澄まされた心の中の感応度によって、異次元のチャンネルにも結びつくらしい。天性の斬新な感覚が、映像を多彩に呼び寄せるからだろう。

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