2018年2月18日

句集『風媒』柳生正名(やぎゅう まさな)


著者略歴 柳生 正名
1959年 5月に大阪市で生まれる。その後は主に首都圏で過ごす。
1992~3年勤務先の社内句会に参加。大木あまりの指導を受ける。
1995年 「海程」への投句を始め、金子兜太に師事。海程新人賞。海程賞など受賞。
2006年 現代俳句協会評論賞受賞
現在  「海程」同人 現代俳句協会会員 同評論賞選考委員

    自選12句
  牡丹に金閣燃ゆる闇のあり
  麦秋のどこまで眠りどこより死
  螢火を映して少し水でゐる
  玉虫の碧に人が沈みけり
  ロザリオや二百十日の頚細く
  水満ちてきてばつたんこすぐに空
  冬菫人間魚雷に窓なけれ
  鬼房ゐて海猫来て束北鉈の冷え
  臘梅と卑弥呼刺青冷たけれ
  雛流す甚平鮫へつづく水
  古雛を仕舞ひ土星の輪の薄き
  地に殉教宙に毛深き蝶の貌 




跋   安西 篤透明な錯綜体としての諷喩―柳生正名句集『風媒』に寄せて

      
 『風媒』は柳生正名の第一句集である。待望の句集といっていい。 柳生は平成四、五年頃より俳句を始め、当初は大木あまり氏の指導を受けていたが、同氏のすすめもあって平成七年頃より
「海程」に投句し、同十三年には新人賞、十九年には海程賞を受賞した。また十八年には現代俳句協会評論賞も受賞、作・論にわたる「海程」の若きホープと目された。

今や次の時代を担う有力な中堅作家でもある。それだけにこの句集への大方の期待は大きい。
 本書は、俳句初学の頃から数えれば、約二十年間の句業である。全編三百五十句の内容は精選されたもので、まさに与望を裏切るものではないと思う。

 全体の構成は、歳時記方式の季節分類で、編年体ではない。〈あとがき〉でも述べているように、著者の自分史的生成過程をみるのでなく、一句一句が文字通り風媒のように読者の心に届けられることを願ったという。読者は読むときの季節感に従って、どこから読んでもいいかたちになっている。そして、どこから読んでも期待を裏切らない。同じ柳生が出てくるのでなく、柳生の多面体の一部に触れることになるからだ。
しかも如何様にも読める。それだけ柳生には、豊かなモチモノがあるということである。
 


 正名忌は五月と決めて雲太る

 開巻冒頭の何である。別に柳生の心境を詠んだものではない。第一、死を身近に感じるような年齢ではない。おそらく、一種の諷喩のよケなもので、もし正名忌というものがあるとしたら、五月が良さそうだなと、勝手に決めて、雲がもりもり太っていく、そんな何だ。当の柳生は痩躯で、太るのは雲の方である。虚構だけが肥大化する。

  雛仕舞ふ夜は風媒の妻と寝て

 表題にとった何だか、これも独身の柳生に重ねてみることは出来ない。「雛仕舞ふ夜」の艶なる気配を、「風媒の妻と寝」ると喩えた。一つの季節感をわざとらしく構造化してみせたのだ。

つまり、風媒の妻と寝るという嘘の空間を設定して、雛仕舞う夜の実体感を喩えているともいえる。こういう仕掛けは、柳生の得意とする二物配合において、ほとんど即興的ともいえる手際の良さを発揮する。

  三日月は片手で隠れ麦の秋
  烏揚羽戦記のやうに閉ぢられる
  切腹に作法空蝉すぐ固く
  秋の蛾の満艦飾にして骸
  雛流す甚兵衛鮫へつづく水

 こんな例は、句集のどこからでも抜き出せるものだが、誰にでも出来る芸当ではない。作者の豊かな詩嚢が用意されていなければならないからだ。詩人の長田弘は、「みえてはいるか誰もみていないものをみえるようにするのが、詩だ」といったが、ここにある季語の配合の仕方には、柳生ならではの読み取り方があって、言葉の背後にある暗黙の意味作用を作り出している。それは作者の詩的感覚によって切り取られるものなのだ。

 昼の三日月は片手で隠れるように儚く、麦秋が広がる。烏揚羽の麹は戦記のように劇的に閉じられる。空蝉の殻は切腹の作法のごとく切り開かれ、すぐに固くなる。秋の蛾が満艦飾のように天井に張り付いたまま骸になる。

雛を流す水、やがては甚兵衛鮫の跳梁する海へ続く。すこし怖くなるような感性だ。
こういう劇的な詩的感性は、当然に史的文化的題材にも向かう。

  水兵の衿のはためく薬の日
  宗吾忌の尻と思へば蛸の口
  多喜二忌や妖怪の名にぬらりひよん
  ロミオと名付けて螢すぐに死ぬ
  まんばうの正面薄き光秀忌
  チェーゲバラのTシャツも着て着膨れる 
 
 「薬の日」と「水兵の衿のはためく」景を取り合わせても、そこには何の意味もなく、シラーツとした二つのものの対照の奇妙なおかしさだけがある。同様の異種配合は、「宗吾忌」「多喜二忌」の句ではもっと過激に、忌日の本意を嘲るようなおどけぶりを仕掛けている。そこには従順な想像力に対する揶揄ともみえるものがある。
これに対して、「ロミオ」「まんばう」「チェーゲバラ」の句群は、素材の扱い方に、多少季語とのつながりを感じさせる意味的ユーモアがある。

たしかに、ロミオと名付ければ螢もすぐ死ぬだろうし、まんぼうのつるっとした頭は光秀のキンカ頭(信長がそう呼んだ)を想像させ、チェーゲバラのTシャツを着込んで着膨れる若者像(いや中年像か)はありそう。
句群としては前者の方が面白いが、後者のような意味のつながりもあるから、句集としてのバランスがとれているともいえよう。

  皇国のいちばん奥に蝿取紙
  切手より舌の大きく憂国忌
  俳壇に室咲多し寝るとする
  天皇(すめろぎ)は土葬なる由鳥の恋
  玉砕を想ふ薇指で伸ばし

 軍国日本に対する風刺のような一連だが、これは必ずしもイデオロギッシュなものではなく、どこかクラシックな言語感覚で諷喩的映像を立ち上げているのではないか。

「皇国のいちばん奥」とおごそかに来て、「蝿取紙」とカクッとずっこける。三島由紀夫の忌日に、大きな舌が出て切手を紙める。「俳壇に室咲」ともみえる世間知らずがいて、相手には出来ない。寝るとするか。
天皇の土葬と鳥の恋との取り合わせ、玉砕と薇との取り合わせとなると、それぞれ二つの意味内容の筋が並行して、いつのまにやら読者の中で、微妙な意味の交換がおこる。これはまさに 〈諷喩〉 の仕掛けてある。

 ものの本によると、「諷喩とは、ふたつの異質の随意的体系を重ね合わせることによって、言語に、いわば反(随意性》、有縁性を回復させるこころみ)だという。

   (佐藤信夫著『言述のすがた』)。

  柚子青く女難の相と言はれけり
  摩羅祀る村や戸板に烏賊干され
  蝸やをとこもすなる眉化粧
  男郎花近江で硝子すっと切る
  まんさくや春画のをみな足指伸び

 この一連のエロス感覚も、なかなかに複雑で女色男色を総合したような、いえばくぬらりひよん〉
とした繊細な情感がある。どこか吉行淳之介のような、洗練された反俗物性もみえてくる。

  坊さまに肉食系の眉がちやがちや
  冬の蝿逐ふこと卵立てること
  蝋梅と卑弥呼の刺青冷たけれ
  涅槃西風ゲルニカの絵に馬の舌

こういう一連に、柳生俳句(あえて柳生正名自体とはいわない)の総体のようなものが見られるのかもしれない。

言葉の実在性や自立性を、現実のなかからたぐり寄せる柳生の想像力は、一句が登場するたびに意味内容を弾力的に動かしていくようだ。それはくるくると方向を変えながら交差し、変化し、すれ違う透明な錯綜体となる。読者は、そこを自由に楽しまれたらよろしかろう。

こういう一連に、柳生俳句(あえて柳生正名自体とはいわない)の総体のようなものが見られるのかもしれない。

言葉の実在性や自立性を、現実のなかからたぐり寄せる柳生の想像力は、一句が登場するたびに意味内容を弾力的に動かしていくようだ。それはくるくると方向を変えながら交差し、変化し、すれ違う透明な錯綜体となる。読者は、そこを自由に楽しまれたらよろしかろう。


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