2018年2月18日

句集『私雨』塩野谷 仁(しおのや じん)



『私雨』 塩野谷 仁

 角川学芸出版  2700E
 本書は『全景』につぐ第七句集である。平成二十一 (二〇〇九)年
 から平 成二十五(二〇一三)年までの作品を収めた。配列はほぼ
 制作順である。
 麦飯は日暮れの匂い私雨) (わたくしあめ) から採った。
  
  塩野谷仁 自選十二句

  きのうにも昨日ありけリ薺粥
  行き先はきさらぎのあの水鏡
  野遊びの終りはいっも大きな木
  落日をたしかめにゆく蝸牛
  麦飯は日暮れの匂い私雨(わたくしあめ)
  こころにも左側あリ落雲雀
  盆過ぎの象の高さを愛(かな)しめる
  胡桃割る丸ごとの淋しさを割る
  さかしらを悔みつ鬼の子と揺れつ
  むこうからささやいてくる鳥瓜
  にわとりを真っ白にして十一月
  いつか来るつぶてさざ波白集



著者略歴・塩野谷仁しおのや・じん
昭和14年(1939)栃木県生まれ。
昭和37年「海程」創刊と共に、金子兜太に師事。
第18回「海程賞」受賞。
平成11年「遊牧」創刊代表。
平成19年第62回現代俳句協会賞受賞。
句集『円鐶』『塩野谷仁句集』『独唱楽譜』『東炎』『荒髪』
『全景』
評論集『兜太往還』
共著『現代の俳人101』現代俳句を歩く』など。
現在「遊牧」代表、「海程」同人。現代俳句協会副幹事長
研修部長。

人日のいずれも遠き木とけむり
枕詞とは夜の野火の遠さなる
惜春の指をはなれぬ紙一枚
げんげ田の何処(いずこ)を曲がれども一人
梅雨昼月どこかに脱字あるごとし
生涯に落日いくつかたつむり
いつか爆ぜる石蹴りの石大西日
天体はおおきな個室鳥渡る
すすきかるかや包帯を巻き損ず
ほんとうは死後の景かと朱欒割る
立冬のことに木の瘤おびただし
かの日かの鉈光りつつ雪ばんば
擦り傷と叙情と寒の餅すこし
春の日の遙かなる水掬いおり
真夜中は月に落つらん白椿
夏の月とおくとおくに裸馬
耳双つ洗えば白夜やってくる
罌粟ひらく誰にも会いたくないぞ
来る人に実石榴いまも晴れているか


 悼 上林裕
蟷螂のおおきさ落日の遅さ
今日すでに明日の記憶冬桜
遠目とは水を追うこと黄落期
一本に落ちる日ひとつ鎌鼬
金輪際月はましろく七日粥
荒星を数え荒星よりさびし
悼 高橋たねを
美しき距離に薄氷たねを逝く
机上より生まるるものに梅雨の星
夏茱萸に夕日幼きまま沈む
石あれば石に言問い夏百日
綿虫のたとえばひらがなの返書
冬眠の蛇も泪目まばたかん
初夢の川を渡ればまた大河
どの木にも影のたしかさ遠雪崩
 悼 蓮田双川
黙の人桃咲くを待たずに逝けり
失いしもの独白も藤曇り
端的にいえば夜店は疵なりし
テレビなお砂漠映して星月夜
山茶花の散る日カフカに来て貰う
穂杖の杖を外せば六連星
道すべて山にはじまる冬景色
ひとの名の忽ちとおくヒヤシンス
 悼 足利屋篤
温顔の目なりき闇に花ありき
夕顔を数えておれば夜汽車くる
百日紅むかし荒縄長かりし
草虱家出とはどの遠さかな
吾に未だ少しの侠気けむり茸
茶が咲くと誰にも握手したくなる


人赦すべしかいつぶり潜るべし

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