2018年2月18日

句集『雨童子』関田誓炎(せきだ・せいえん)

著者略歴
関田誓炎本名 清延(きよのぶ)
昭和13年2月9日、埼玉県秩父郡影森村(現秩父市)に生る。「暖流」(瀧春一主宰)を経て、昭和37年「海程」に入会し金子兜太に師事、3号から投句。昭和39年「海程」15号から同人。平成20年「NHK俳句」 3月号に新作の俳句とエッセイを執筆。平成21年、
第9回「海程会賞」受賞現 在「海程」「遊牧」同人、現代俳句協会会員、埼玉県現代俳句協会理事

 帯より  金子兜太

 虫の夜の空気に少年の家あり  誓炎

 別にレトリックで空気と言っているんじゃなくて、生活実感として止むに止まれぬ気持ちで出してきている、という感じがあるね。
 あるいは乱暴な感じを与える場合もあるかもしれない。 そういうことはまた、率直な批評のやり合いの中から正されてゆく ことである。そのことを前提に置いて、この「空気」は生きている と、生きていると。
  
  自選十句 

  星があかくて鉱夫が酔って湖底歩く 
  晴れやかに眼あり朝の黄金虫
  さくらに小鳥きて去る波の刹那かな
  雨童子金木犀を零しゆけり
  水辺かな雉が新書のように来る
  初昔肝胆を火に照らしたり
  鯉濡らす春月老いの寝入りばな
  種物屋主人鳥語のごとくあり
  自画像にささがねの蜘蛛下りるかな
  秩父札所蝌蚪を狸が嗅ぎゆきし 
   

 朝日の中で    松本勇二 
 
「雨童子」(文學の森)は関田誓炎の第一句集である。昭和三十七年から平成二十四年までを編年体(三部立て)で編んでいる。秩父に生まれずっと秩父に定住してきた。

  谷へ入り膝洗う青草の農婦
  星が赤くて鉱夫が酔って湖底歩く
  胃のような家に灯が点き帰る鉱夫
  灰皿に夜を燃しわれら夏の終り

 冒頭部分の句である。海程へは三号から投句を開始しておりこれらはその当時の作品であろう。モノの多さを敬遠する向きもあろうがこの頃の海程では当たり前でむしろどんな
モノでも題材になるということを証明している。ありきたりの情趣だけは書きたくないという関田の若い闘志が見えて来る。そしてこの闘志は句集巻末まで見事に貫かれている。 
 
 杉を裂くごと叫ぶなり夏童子
 虫の夜の空気に少年の家あり
 雨童子金木犀を零しゆけり
 黒猫過ぐ一番星の茄子畑
 落鮎や陶器に尿る音ひびく

これらの句はその土地の生活を丹念に練り込む一般的な風土詠とは大きく乖離した関田固有の風土俳句になっている。細かく言うと夏童子という造語が鮮明な一句目。金子先生の序に代えてに取り上げられてもいる二句目は空気の斡旋の特異さが際立つ。句集名にも
なった雨童子によりただの子供ではなくなってくるし、翻って鬼や神仏と読むことも可能な三句目、茄子畑への黒猫の登場が実に意外な四句目、落鮎から尿へ大きく展開する五句目などがそれである。他の風土を書く句も同様に鮮度がある。関田の手により秩父の持つ
風土が鮮やかに塗り替えられて行く。

  十薬のこの放埓な父の寝屋
  わらわらと海あり父の枇杷熟れて
  亀のように首出して父初蛙
  するどく啼く父と想いし夏落葉
  冬の陽を浴びるは母の機織唄
  睡蓮や母の奥目の夕かげり

ご両親に関する句にも注目した。句集の中でもかなりは早い時期に逝去されている父母が今も俳句の中では生きているようである。父の句の方が多いのは母上が先に逝去し残された父にとの時間が長くそして濃密だった所為かもしれない。ご両親は関田の深奥でずっと
生き続けていて、時折亀のように首を出したり機織唄を歌ってくれたりするのである。筆者も平成二十一年に父を亡くしたが、今も父と話しながら生活している。

  両の目に霜の沼の父を焼く
  蛞蝓は身をあかときの雨の中
  青梅雨に父の焼骨煌とあり
  料哨の陸蒸気かな母焼く煙
  裕氏逝く水に鮮やか銀やんま

 悼句を拾った。義父、母上、父上、義母、上林裕氏の順である。悲しみで一杯だと思っていた心の中に、ふとした弾みでとても乾いたところがあることに気付く。それを逃がさず書き取っている。
霜の沼、蛞蝓は、煌とあり、陸蒸気かな、銀やんまなどがそれでどれも切れ味鋭い。このドライ感こそ関田悼句の特性でその乾燥性故にかなり尾を引く。こう書かなければ大方を占める悲しさに押し潰されてしまうのであろうが、この縦横な精神コントロール術にただ頷くばかりだ。

  鳥のごと水呑む妻の緑夜かな
  小憎らしき妻なり夏鴨の向こう
  ポインセチア妻へは野鯉ほど意固地
  墓に来て妻に台風過の朝日
  牛蛙妻に親しく夕星あり

 妻の登場するシーンは大いに明るい。家族の中で母は太陽的存在だ。そのためにはどんな時でも明るく強く振る舞わなければならない。関田家においても例外ではなさそうだ。関田はそんな妻を、鳥のごと、小憎らしき、野鯉ほどと形容する。妻との距離は一見遠い
ような字面だがそう感じさせないのは添えている緑夜、夏鴨、ポインセチアの効果であろう。むしろ信頼感さえ漂ってくる。更に台風過の朝日を浴びる妻や夕星に親しくする妻を書くことでその信頼感を増幅させている。特にこの夕星の句は赳俳句の名句として未来に
残って行くであろう。

  妙に明るいしぐれのからだ電車過ぐ
  たっぷりの闇経て朝日山ざくら
  朝日子に冬芽握手をして別る
  朝日射すさびしがり屋の蝮捕り
  産毛に陽わが土くれに椋鳥くる
  光崩れる春霜猫の大あくび

 朝日に代表される陽光の句が頻出するのも今句集の特徴だ。関田は光に対して殊の外敏感に反応する。時雨の中にありながらも明るいと感得する一句目、闇の深さ故に朝日の山桜が輝いてくる二句目、三句目の朝日と冬芽が握手すると見る時の精神の煌き、四句目は
朝日が蝮捕りをやさしく包むことで安寧を齎し、産毛に置かれる陽光を軽く掬う五句目、霜へ日が射し光崩れると感受する六句目などがそれを証明している。詩人坂村真民は夜明け前の混沌を愛し毎朝未明の橋上で束の空へ祈っていたが、関田はその後に現れる朝日に心を解放している。前述の墓参の妻を包む朝日など、陽光に関する句群は関田の心情の芯の部分にある向日性を象徴的に表している。

  花栗はたましいなりと髭を剃る
  野鯉とも見えし髭剃る初鏡

 髭の句は少ないがどれもインパクトがある。髭を剃るときは必ず余所事を考えていることに気付かされる。二句目を海程誌上かどこかの大会で見て俳句の醍醐味に興奮した覚えがある。爾来関田といえば髭剃る野鯉のイメージが付きまとっている。この野鯉の句は関田の自画像なのだといつも思っている。そして今句集の白眉の一句であろう。

  いつまでも蝌蚪を見ていて髭荒れし

 無精ひげを鯉のように下唇を突き出しながら撫でている関田が見えて来る。ある日ぼんやり蝌蚪を見ていると、数日前から持ち歩いていた髭荒れしという言葉がすーっと浮かんできて眼前の風景と合体して一句を得たのである。金子先生の説かれる映像性を獲得して申し分ない。

  わが欲しき荒くれの気の秋蚕かな
  冬の蜘蛛一人の敵もなく畑に



めずらしく自分を書いている。どちらも男気があり関田の風貌を努髭とさせる。境涯詠の典型として触れておきたかった。 「雨童子」は全編にわたって作者の意志が漲る鮮烈な句集であった。これは関田の五〇年余の成果であると同時に瓦りいりを超えた海程自体の人きな成果でもある。

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