2019年5月21日

句集『聊楽』董 振華(とう しんか)


帯より  金子兜太

春暁の火車洛陽を響かせり        董 振華

 董振華の作品は土地土地の風物を題材として取り入れ、そこで感応し思惟したことを書き込んでゆく、若い感性は、活気とともに多感旅愁にとらわれることも多く、それに逆らわず表現している。
 
著者略歴
中国北京出身、別名櫻井尚史。北京第二外国語学院アジアアフリカ学部日本語学科卒業後、中国日本友好協会に就職。中国日本友好協会理事、中国漢俳学会副秘書長等を歴任。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係修士、東京農業大学大学院農業経済学博士。平成八年慶應義塾大学留学中、金子兜太先生に師事して俳句を学び始める。平成十年「海程」同人。[海程]終刊後、後継誌「海原」同人。日本中国文化交流協会会員、現代俳句協会会員、中日詩歌比較研究会会員。俳句集『揺籃』『年軽的足跡』『出雲駅站』等
随筆『弦歌月舞』。訳書『中国的地震予報』(合訳)、『金子兜太俳句選訳』『墨魚的蛍光灯』、映画脚本、漫画等多数。

平成28年 金子先生宅にて

序  金子 兜太 私の好きな句のいくつかを記しておく。

春暁の火車洛陽を響かせり
微夢半醒の華北平原火車通過
春耕や郷思の影に月の光(かげ)
葉桜となりなお急ぎ足となり
皆既日蝕から日常へ黙契とは
万里の長城でんでん虫振り向いた
仮設住宅の放送聞こゆカナカナカナ
盆の月峠越えれば寝るとする
明月を独り占めして対飲す
朝日燻り夕日燻らせ秋分日誌
初冬の独り居という一行詩
如月の月影少年の猫背来る
 

董振華の句集はこれで四冊目で、第一句集は慶應大学に留学中、わたしと一緒に俳句をつくっていた。二十年前のことになる。むろん日本語で書く俳句で、漢俳ではない。そのころ、いっしょに俳句をつくっていて、感心したのは、日本語の語感をきちんと受け取る感性の宜しさ。複雑な内容でも五、七、五音(字)に巧みに納めて書いていた。そのため、わたしの主宰俳句誌「海程」に投句するようになるとすぐ、トップクラスの人たちに伍して、少しも遜色のない俳句作者になってしまった。帰国の時にまとめた句集(董振華の第一句集)も、大変好評だった。
 
 第二句集は留学が終わって帰国後、問もない時期のものだった。帰国してからは、多忙のためか、さすがに日常の句数は減ったが、ときどき用務の旅先から送ってくる俳句がそれを補っている。しかも中国各地の地名などを詠み込んだ作品には勝れたものが多い。

 第三句集は国際交流員として、島根県庁に在任し、県や県内の自治体、商工団体、企業が中国との経済交流をすすめてゆくための、さまざまな支援活動を一年間つづけた、その生活の中から生まれたもの。

 今度の第四句集は、早稲田大学で修士課程、東京農業大学で博士課程を終え、それから中国の職場を離れ、独立して仕事をしながら、その日常の生活の中から生まれたもの。いわば波浪起伏の活動を土台とした所産なのである。

 董振華の作品は土地土地の風物を題材として取り入れ、そこで感応し思惟したことを書き込んでゆく。若い感性は、活気とともに多感。旅愁にとらわれることも多く、それらを逆らわず表現している。

 董振華との付き合いは長いが、おどろくほど早い時期に、日本語で俳句を書くようになり、しかもその語感が美しく、内容の豊かなことに感心してきた。天生の詩才に恵まれている証拠とも思うが、日本人のかなりの人に見受けられる修辞を必要以上に凝らして書く俳句より、はるかに平明で、魅力を覚える。中国人でなければ書けない俳句の新鮮さがある、といってもよい。
           二〇一五年 春    金子兜太


『聊楽』董振華自選20句

春暁の火車洛陽を響かせり
火車載春晓
響徹洛陽城

柳絮飛ぶ畦尽きるまで父の声
田埂尽処柳絮飛
父親聲音一路随

春耕や郷思の影に月の(かげ)
思郷影里月光照
又逢一年春耕到

父の青春に巡り合う春の酔
邂逅父親青春夢
人不酔酒酔春風

月牙泉に立ちて孤独や春うらら
孑然佇立月牙泉
寂寞灑落春意間

駝鈴の初夏の日暮れを響きをり
初夏敦煌城外行
駝鈴回蕩夜幕中

初夏の月軽く抱きて寝返り打つ
温柔軽抱夏夜月
輾轉反側難入眠

たっぷりや石の隙まで深みどり
幽谷緑意濃
青苔満石径

今何処赤富士の夢昼寝かな
紅富士山今何在
午睡夢裏迎風拝

眠りつつ思いつつ晩夏乳牛(ちち)匂う
晩夏乳牛香
睡思両不忘

窓叩く心しづめる山の霧
山霧軽軽叩窓扉
凡心静静慕晨暉

明月を独り占めして対飲す
独自邀明月
與我來對飲

遠近(おちこち)にありし遠近に去りキリギリス
蛐蛐爭鳴音
忽遠又忽近

朝日煙り夕日煙らせ秋分日誌
朝日如煙夕照如暉
秋分日誌緊貼心扉

帰帆急ぐ川面に光る雁の声
水面急急歸帆影
波光粼粼載雁声

初冬の独り居という一行詩
初冬日独居
書写一行詩

冬の山寺に大仏の笑声満ちぬ
冬月山寺滿香客
大佛不語笑呵呵

春隣黄河の音に我の音
春天已走近
黃河載著我心音
滔滔向東奔

 悼 兜太先生
月落ちて梅散るころの離別かな
月落梅花散
從此難相見

 悼 皆子夫人
来たりてはまた去る花恋の月朦朧
来亦匆匆
去亦匆匆
花恋月朦胧

平成9年元日・兜太先生と皆子夫人と著者

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