2019年5月29日

句集「月の呟き」 茂里美絵



著者略歴
1936年7月2日(昭和H年)東京都杉並区生まれ
1985年「風涛」(原子公平主宰)参加のち同人
1993年「海程」(金子兜太主宰)参加のち同人
1996年 海程新人賞受賞
1999年「遊牧」(塩野谷仁代表)創刊・2号より参加
2002年「風濤」退会
2010年 海程会賞受賞
2014年「拓」(前川弘明代表)参加
2015年 海程賞受賞
2016年「拓」終刊により退会
句集「海程新鋭集lV」
共著「現代俳句を歩く」「現代俳句を探る」

自選句

夜の新樹葉っぱそれぞれが個室
子馬らの群れて羽音のすこしある
自鳥帰るまひるの傷のように水
夢想とは自木蓮のゆっくり散る
低く来る蝶よひんやりと未來
草いきれ皮膚は牢のようでもあり
耳鳴りのたとえば秋の灯の波紋
一字一字夕ひぐらしの声かな
火口湖に降る銀漢の水こだま
セーター脱ぐ岸辺に鳥放つごと
人恋うる一瞬昏き昼の火事
蓮ひらくまひるの寝室のようなり



序に代えて         金子 兜太

                       
本音とは昏き水なり石蕗の花          茂里美絵

 本音なんていうものは暗い水の流れか水の溜まり、明るくない、そんな感じで、案外おかしなもんかも知れん、嘘なのかも知れんと。こういうふうに、本音ってものを素直に受け取らないところが茂里さんらしい。
だから感覚や気分と合わせて石蕗の花を受け取る必要はないんだね。これは傍に石蕗の花が咲いていたと。そこで彼女がそう思ったというくらいのことでいいんだ。そこに面白昧がありますね。人間っていう生き物の、ある日ある時の気持という、そういうものを俳句は捕らえ易い。理屈は無い。ある日ある時の気持を、感覚を働かしてスカツと書いた、と
いう句ですね。



  草いきれ皮膚は牢のようで        茂里美絵

 これは、茂里君でなければ書けない俳句だな。この感じ方はね。普通の人は、皮膚が言えないんだよ。草いきれが牢のようなくらいまでは言えるんだけどね。皮膚は言えないなあ。

  しずかなる氾濫金魚の泡に泡       茂里美絵

 金魚の泡が沢山出ているんでしよ。「しずかなる氾濫」と捉えるのは茂里美絵的じゃないかな。風景を喩えで見立てる作業がね。また、泡と言い切らずに「泡に泡」というところが合理的ですね。非常に個性的な句だ。茂里の句ってのは句の中から湧いてくる感動のようなもので圧倒するって句は少ない。テクニックの中に紛れ込ませちゃう。この人は「海程」の女性の中で、いい意味でも悪い意味でも個性的ですね。両方があって個性的。個性があって悪口を言われる作家が一番面白いんです。あんまり円満な俳人は面白くないんじゃないですか。 (海程秀作鑑賞より転載)

                  

 跋文    その感性の彼方へ     塩野谷 仁


 『月の呟き』は著者茂里美絵さんの第一句集である。仄聞によれば、作句開始は一九八五年(昭和六十年)頃なので、句歴三十年余、満を持しての句集刊行と思われる。句稿を繙いても今回の収録開始は一九九一年からで、収録句数は四〇四句。それらから見ても全くの厳選句集とみてもいいだろう。

 茂里美絵さんはいわゆる[感性の人]である。作品のすみずみまでに感性のことばが閃いていて、その叙情性を帯びた作品は人を惹きつけてやまない。例えば、初期の第一なからいくばくかの作品をあげたい。

  初霜のさざめき失せて朝の紅茶
  振り返るとき紋白蝶は無影灯
  耳鳴りのたとえば秋の灯の波紋
  怠惰ともさすらいともいいごまめ噛む
  満月や鬼が棲むには明るすぎる
  風花という行きずりの言の葉や
  嘴を研ぐしぐさがひかる夏岬
  白もくれん人影はつかの間の汚点(しみ)

 この章は、茂里美絵さんの所属誌「海程」が当時の若手俊英を集めて刊行した『海程新鋭集』(平成九年・全五巻)の茂里美絵篇百句をもって編んだと思われる。ここにはもう茂里美絵俳句の特徴の全貌が見え、ゆるぎない感性のひらめきがあった。

 一句目は、今句集の巻頭の一句。「初霜のさざめき失せて」の把握にそ の感性の発露がある。三句目、「耳鳴り」を喩えるとき、「秋の灯の波紋」はそう常人が思いつくことではない。まさに著者の感覚が捉えたもの。八句目、「白もくれん」が咲き乱れる中、「人影はつかの間の汚点」と思うのも感性のなせる業に相違ない。

 前述の『海程新鋭集』には、各著者へのアンケートが付されていた。「茂里美絵篇」を覗くと、[好きな色 ボンヤリした色、例えばベージュ、うすむらさき。好きな場所 適当な距離を置きつつ気に入った人達の中に居ること。好きな動物 猫、性格が貴族的。好きな植物 芽吹きの頃の樹木すべて。行ってみたい所 厳寒の宗谷岬。嫌いな言葉 「絶望しすぎず、希望をもちすぎず」、なんて曖昧、なんて曖昧、でも反面好きなコトバ。」そして、忘れられない一句に、〈水脈の果炎天の墓碑を置きて去る 兜太〉を挙げていた。いずれも著者の人柄がしのばれる回答ではあった。


  麦秋や退屈という真っ平ら
  蓮ひらくまひるの寝室のようなり
  青胡桃こめかみに乱読のなごり
  夕顔ひらく水平線って退屈
  寝返りを打ち白桃の皮がするっと
  ぱたん雪底にはきっと絵ろうそく
  ラムネ玉遠いところで太鼓鳴る
  ごうごうと星降るころか芒原
  木枯しや空には無数のてのひらが

 掲句は本書の第二、第三章から抽いた。略歴によると、著者は長姉(「風涛」(原子公平)創刊同人)の影響で俳句へと進んだようだ。従って作者は「風涛」を経て一九九三年(平成五年)「海程」入会。少し著者の私生活に触れれば、厳父は東大法学部卒の弁護士だったが、戦後の荒波に呑み込まれ五十三歳の若さで病没したという。それゆえ、その後の生活は決して楽なものではなかったと思われるが、それ故にこそ、環境というものに敏感な感性が備わったのかもしれない。

 掲出句に戻れば、二句目の「蓮ひらく」のを「まひるの寝室のよう」と感受したり、五句目、「寝返りを打つ」感じを「白桃の皮がするっと」とはなかなか言えない不思議な感覚だ。六句目、「ぱたん雪」の底には「絵ろうそく」があると感受するのも著者独特の想像力が生んだ世界に相違あるまい。このころ、当然のごとく著者は、「海程新人賞」を受賞している。

  鳥獣戯画毛虫になって入ろうか
  生渇きのタオルよ初蝶がふいに
  ずっと昔も晩秋はあり火打石
  心細いこころが好きなのです霜夜
  頬杖ほどく芙蓉の風になりたくて
  銀葉アカシア水の行方を水が追い
  白鳥帰るまひるの傷のように水
  ほたるかご月の呟きも通す
  落椿わたしの動悸すこしあげる
  セーター脱ぐ岸辺に鳥を放つごと

 掲出句は第四及び第五章からアトランダムに抽いたものである。この間、一九九九年(平成十一年)には「遊牧」に創刊同人参加し、そして二〇一五年にはついに「海程賞」を受賞した。著者の感性の開花である。
 一句目、「鳥獣戯画」に「毛虫になって入ろうか」とは凡人には思いつかないこと。四句目、「心細いこころが好き」といいながら、著者はいつも他人に対しては「こころ篤い」人。八句目は表題作。「はたるかご」が「月の呟きも通す」とは何たる感受性の発露だろうか。「落椿」に「動悸」を通わせたり、「セーターを脱ぐ」ことが「岸辺に鳥を放つ」ようだという喩えはなかなかには.jえないことだろう。
 これからも著者は、その感性の赴くままに作句に勤しむに相違ない。おそらく命の続くかぎり。そして、巻末の一句、

  夢に父寒紅梅と睦みおり

 この句には、若くして逝った、親愛してやまない「父」を、作者の鋭い感性が捉えたなまなましい映像性があった。

   平成二十九年 霜降の囗に

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