2018年2月17日

句集『素秋』『秋情』安西 篤(あんざい あつし)


東京四季出版 2800E
帯  金子兜太

あるがままの生きざまを人生の秋に重ねて『素秋』の題名に含意させた安西篤晩年の成熟をそこに観る。
著者略歴 安西篤(あんざいあつし)

昭和7年(1932)三重県生まれ
昭和21年 旧満州より引き上げ後独学で俳句を始める
昭和32年 見学玄、船戸竹雄両氏の知遇を得て、梅田桑弧編集の「胴」同人となる
昭和35年「風」投句、翌年金子兜太先生に出会う
昭和37年 「海程」入会、同人となる
昭和59年より62年まで「海程」編集長
平成3年 海程賞受賞
平成26年 現代俳句協会賞受賞
平成29年 現代俳句大賞受賞
現 在  現代俳句協会顧問、国際俳句交流協会副会長、海程会会長、「西北の森」同人、朝日カルチャーセンター・俳句句講座、よみうり浦和カルチャー俳句講座講師
著 書  句集『多摩蘭坂』「秋情」『秋の道』評論「秀句の条件」『金子兜太』「現代俳句の断想」
共 著 「現代の俳人101」(新書館、平成14年)、現代俳句歳時記」(現代俳句協会、平成11年)



自選十二句
長梅雨や『廃炉詩篇』の長恨歌
青葉闇神獣鏡に火の匂い
晩節は汚すものなれ木守柿
ラクダ坐す瘤よりまろび出るフォ音
臥龍梅團十郎に修羅の段
終活は先送りして小六月
産土はいつも痣色夕焼雲
ふたこごろふたりこごろや半夏生
春五度時を超えたる尋ね人
秋の菌糸のような鉛筆画
三・一一秒針ひとはりずつ進む
鳥雲にこれより大ぼけ小ぼけかな


山茱萸や雲低き坂花恋忌 
 (花恋忌=金子皆子の忌日・3月2日)(注・金子皆子は兜太夫人)
セシウムの薄味もつけ菠薐草
山笑うほきほきほきと指解けば
八ヶ岳(やつ)はれてイヌノチンボが生え揃う  (イヌノチンボは土筆 長野方言)
貌世草(かおよぐさ)垂乳根のおもさに耐えよ
梅雨晴間無言の瓦礫動かざり
アオギリの亀裂叫びのままに裂け (広島)
地の軸も洗浄せんと豪雨来る
土塊のごと時雨に点る菩提子は
紅梅や樹幹のいのち玄(くろ) くあり
筍飯男はぬるき風起こし
心療治療(セラピー) は終えているなり花あやめ
火蛾舞うと仮設の路地が煮えてくる
てのひらに円錐を置く秋思かな
放心の凍て雲とあり寒風沢島
メタセコイア冬は全身神経図
淑気かな不増不滅のセシウムは
白鷺や告白は垂直に来る
秋雨の森軍歌のひびきありやなしや
書斎に冬春画の行方杳として
御降りやもろ人浴びし放射能
せりなずなごぎょうはこべら被曝せり
いつの間に杭たちならぶ沖縄忌
クリムトの草霊といる夏の月
夏草や一生涯の不発弾
文化の日臓器(オルガン)の鍵(キー)きしみおり
寒垢離や裸のビカソ混じりおる
小晦日書庫の隅なるゴビ砂漠
母に吹きしを妻にも吹きて薺粥
囀や雑居家族の多音階
春眠や甲骨文字の亀起きる
点鬼簿に一人加えて利休梅
百年後樫の木となる師のの片陰
遠目山越しセシウム混じりのやませ来る
ゴリラにはゴリラの思案秋陽浴び (上野公園)
秋天へ非常階段果てしなく
線描の寓話でありし冬木立
新しき風土記はじまる地震の後
原子炉の全き球形かぎろえり
見るべきは見つ海牛の遠まなざし
    (句の選は管理人がしました)


あとがき

 『素秋』は、『多摩蘭坂』、『秋情』、『秋の道』に続く第四句集である。平成二十四年初から二十九年夏にいたるほぼ六年の作品より、三百六十句を収めた。

 この間、約十五年間勤めた現代俳句協会の役員を辞した。非力ながら、幹事長、副会長等の要職も大過なく勤め上げることが出来だのは、ひとえに歴代会長、事務局長をはじめ、多くの役員、会員、事務局の皆様のご指導、ご鞭撻の賜物である。もちろん恩師であり、名誉会長として今なお俳壇でご活躍されておられる金子兜太先生のご恩顧は、言葉に尽くせないものがある。あわせて厚く御礼申し上げる。

 『秋の道』では、老荘思想の「道」を意識し、それを鈴木大拙流に自由と受け止め、年齢相応の自在さが出れば、との思いがあった。その路線を引き継ぐ気持ちに変わりはないのだが、言挙げするほど実践が伴っていないことに、忸怩たるものがあったのは事実である。

 今回句集の題名を『素秋』としたのは、あるがままの秋という線にまで思いをひそめたいということである。

 老子のいう「人は地に法り、地は天に法り、天は道に法る」にならえば、「自然」とは「自ずから然り」の状態を指す。これは、現在兜太師が志向しておられる方向に通じ、「あるがままの状態」をさらしてゆくものと受け止めた。そのことを「素秋」の題名に含意させたともいえる。意図するところを表現し得たと思ってはいないが、せめて師の後姿に従きたいとは願っている。

 九十八歳のご高齢の上に、ご多忙この上ない兜太師から、身に余る帯文を頂戴した。『素秋』は、境涯の秋を意識した『秋情』『秋の道』に続くもので、年輪とともに師恩の深さをあらためで感じさせられている。これをなお残る余生の励みにしてゆきたい。それにつけても師のさらなるご長寿を願わずにはいられない。
       

             平成29年夏  安西 篤


句集『秋情 あきこごろ』

 

帯より   金子兜太

  闊葉樹の風につつまれて

 安西篤の俳句は、硬質磁器のような仄白く透明性を帯びた心象の結晶だが、この第二句集ではこれを、闊葉樹を吹き渡る滑らかで大らかな風がつつみはじめている。
 安西は、滑稽と諧謔を軸に俳諧の世界を広く取り込んで 、自分の身心そのものを軽やかにしようとしているのだ。人間の成長とともにある現代俳句の姿がここにある。

著者略歴
安西 篤(本名 安棄篤史)
昭和7年4月、三重県生れ
昭和21年より独学で俳句を始めるも四年ほどで中断
昭和32年、職場の先輩見学玄・船戸竹雄両氏の知遇を得て、
     梅田桑弧氏編集の「胴」同人となる
昭和35年、「風」投句。翌年金子兜大先生に出会う
昭和37年、「海程」入会、同人となる
昭和59年より62年まで「海程」編集長
平成3年、 海程賞受賞

現在   現代俳句協会幹事長
     東京多摩地区現代俳句協会参与
     国際俳句交流協会会員
     「海程」同人 海程会会長
     「西北の森」同人
     朝日カルチャーセンター俳句講座講師

著書   評論集『秀句の条件』(海程新杜 平成4年)
     句集『多摩蘭坂』(海程新社 平成13年)
     評伝『金子兜太』(海程新杜 平成13年)
     共編『現代俳句歳時記』(現代俳句協会 平成11年)
     共著『現代の俳人101』(新書館 平成14年)

自選七句

存在や三尺高い木に梟
風(くにぶり)に朱鷺はしらしらかえります
大花野ぼくの臓器(オルガン)鳴りました
刈田とう個室に銃声が届く
莫大小(めりやす)に大外刈の足入れる
久に雪皮膚が象(かたど)るわれ在りぬ
金子皆子先生『花恋』出版を祝う
秋情(あきこごろ)花恋といい鳥愛(お)といい


コスモス群落落風の立法米(リューベ)を秤りおり
冬の林檎アラビア文字の流離かな
夕立(よだち)来て田の神囃す鯰かな
草かげろう有縁の人ら順に立ち
豊の秋縄文土偶に赤ん坊
  隠岐
崖の馬秋の白波噛みにくる
獅子座流星群箪笥にたまる宇宙塵
梅咲いて谷汲みの蜜たまるなり
  淡路島
麦秋や野島断層繊維の束
手花火の滂沱となりし夏花(げばな)かな
  妻病む
雛の闇病棟に充つ野の眠り
あじさいに炸裂の冷え沖縄忌
竪穴住居(たてあな)に流星ひとつ分の空
夜の桃吸えば素足の音すなり
少年A桜吹雪に拉致さるる
蛍火や生絹(すずし)の沢を濡らすなり
オゾンホール秋陽きりきり湖に果つ
  カナダ紀行
黄落樹海神隠しの主は巨鹿(ムース)
ざくら桜天狼星(シリウス)は空咳のように
春めくや水路辿れば出日本記
苧麻(からむし)や幼齢の母出で来たる
衆道かな不意に蚊柱立つ気配
水の図面燃やせば匂う蛍かな
水引や綾取りするを縁(えにし)という
あきあかね朱を打ちあえば乙女さび
風呂の湯を落とせば故郷雪崩けり
故山の冬われ一抜けて転(うた)た荒涼
休耕田迷わず紫雲英語田となりぬ
ちちははの雲母(きらら)の齢夏の月
一斉に地球を蹴っていそしぎよ
山霧に蛸部屋ありて深入りす
春耕や父祖の濤声奔るなり
  兜太師伊良湖句碑建立
祝歌(ほぎうた)や音立てて翔つ鷹柱
山法師風の四五人私語したり
檀咲きまばたきあえり下弦の月

あとがきより抜粋  安西篤

『秋情(あきこごろ)』は私の第二句集である。平成十一年から十七年までの作品の中から三百八十句を選んで編んだ。題名とした「秋情(あきこごろ)」は、拙句「秋情花恋といい鳥愛(お)しといい」より採ったもの。
この句は、故金子皆子先生の句集『花恋』発刊を祝っての作である。皆子先生は、約十年に及ぶ闘病生活の末、平成十八年三月二日、
八十歳の生涯閉じられた。

その間、お目にかかることは稀だったが、しばしばお電話で長時間お話する機会を得た。今その中味について触れることはできないが、天の詩人の死への過程が、まさにキユーブラ-・ロスの死へのチャートように、衝撃、否認、怒り、抑鬱、受容へと辿る道筋を目のあたりにしたような気がする。しかも、皆子先生はその過程を、俳句を支えに生き抜い来られた。

「いのちへのいとおしみ」を知る人なればこそ、いのちへの感性と想像力を最後まで失うことはなく、哀しみのなかにも華やぎがあったのである。その生きざまから多くのことを


学ばせて頂いたが、この句集の期間がちょうどその時期に重なっていた。・・・・・・

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