2018年2月18日

句集『幻日』石川青狼(いしかわせいろう)


著者略歴   石川青狼
  1950年 北海道生まれ
  1982年 「えぞにう」(斎藤青火主幹)入会
  1988年 「えぞにう」同人
  1989年 現代俳句協会会員に推挙「海程」入会 金子兜太に師事
  1994年 「釧路春秋賞」受賞 第29回「海程新人賞」受賞「海程」同人
  1998年 「吟遊」(夏石番矢代表)創刊同人
  2006年 第4回海程同人(海童集2)年間賞受賞
  2006年 第42回「海程賞」受賞
  著書  共著『海程新鋭集 第2集』『シリーズ俳句世界1 エロチシズム』『21世紀俳句ガイダンス』『現代俳句と私性』『多言語版 吟遊俳句2000』『日英対訳 21世紀俳句の時空」等
現在、現代俳句協会会員、東北海道現代俳句協会事務局長、「海程」同人・海程釧路会代表・濃霧]発行l編集人、北海道釧路明輝高等学校非常勤講師

序ー時期熟したりの感     金子兜太 

 石川青狼は北海道釧路の住。俳句は、そこで生活している自分の現実を書きとろうとしてきた。感性の純度は高い。しかし自分の修辞が掴みきれてない感じがあったのは、自分を囲む天然への関心が不十分だったためと見る。それがここへきて一歩進んだ。独自の映像と修辞が展けつつある。

  春光の手のひらいっぱい自由市場

 ああ、全くこれは自由市場の感じを書いたのだろうね。で、この句がうまいと思うのは、自由市場だから春の光がいっぱいと言うのでは当たり前、常套になってしまう。それを「手のひらいっぱい」と手のひらというものを持ってきたのがお手柄だ。

非常に具体体感も出てきて。なんというか、手を挙げて物を買うとか、売るとか、それから自然に手を振りながら歩くとか、いろんな人間の手の動きが見えてくる。

 それがこの句の具体感を深めている。特にこの作者は釧路のひとで、釧路あたりの市場の感じから生まれているんだろうね、こういう発想が。もっと野性昧のある中東とか東ヨーロッパあたりの自由市場のイメージも念頭にあるかもしれない。だんだんいろんなことが言えてくる句だ。

  自由かな毛虫輪になり棒になり


 この作者には、物というか特に生き物に対して、非常に親しいものとして見る素朴なアニミズムの目がいつもある。それは逆に言えば童心の目、わらべの目ともいえるのだね。今の俳句を作る人にはこういう目の持ち主が多いし、また意識的にそういう目を持とうとしている傾向がある。ところが、その風景を見てこれが自由なんだ、毛虫の自由というものだというふうに受け取れるのはやはり大人の目だろうね。石川君にはそういうものが両方ある。

 それから、これが自由だという見方を示すときに、いろんなもののさまざまがあるわけだな。だから普通のものを見て自由と言ったんでは「自由かな」にパンチが利かない。そうすると何を見て自由と思うかとなってくると、毛虫が輪になるという生態を、しかも輪とは言えても棒になりとはなかなか言えるものではない。そうしておいた上でこれが自由だと言う。まあいい意味で心の業というのかな、単なる技術じゃなくて心の業が利いているという感じがする。そのことはその人の持っているアニミズムだね。それが純粋、深いというより純粋という感じがするな。

  村ひとつ刈られたような白い夜明け

 要するに秋の季感だね、広く。しかし案外その季節感が大事なような気もするな。事柄としては、村が一つそのまま刈られてしまったような、スパッとそこに何もなくなってしまったような、空間が残ったような、そういう感じの夜明けであると。

 俳句でも、完全に嘘っぱを想像の世界で書いてしまうっても結構面白いだよ。成功すると。そういう面白さというのはあるよ。ま、石川のは、それが完全な想像じゃない。釧路の風土という、北海道東部の風土にかなり根を置いて、想像力だけじゃなくて、虚実皮膜で、現実感もあって、というところから「刈られた」というような表現が出てくるわけだね。普通にただ日常だ、日常だといってもね、飯食ってウンコしてというんじゃつまらないよ、それだけでは。石川君なんか、この句、柔らかいけど、刺激的な句だ。

  白鳥や幻日いまも蝦夷照らす

 蝦夷ねえ。こういう言葉を使うのは、意外と難しいんだよ。

 「昔からの蝦夷」、「本土に対しての蝦夷」、その「蝦夷」の地を、。ぼやっとと霞んだ冬日が照らしている……。その頃も今も、現状は変わっていないという気持ちがあるんじゃないかな。「白鳥」は、北海道の冬を印象づける気持ちからでしょう。

 この句では「蝦夷」という言葉を使い得だのがお手柄だ。「蝦夷」という言葉を使うと、普通は句が古くなったり、妙に思想的になって句が重くなるものなんだが、この句にはそういったところがない。北海道に長く住む人、特に道東に住む人の実感とも言えるほどの思いなのでしょう。
   
自選句
   海霧(じり)の笛茫々と釧路はじまる
   春光の手のひらいっぱい自由市場
   自由かな毛虫輪になり棒になり
   村ひとつ刈られたような白い夜明け
   青年白鳥を抱き夜明けの葬
   白鳥や幻日いまも蝦火照らす
   涙ぐみカラソトマスと遡上の月
   昼の星樹恩樹恩(じゅおんじゅおん)と鳴く梟
   太陽四角凍える沖と分厚い雲
   鼻曲がりの醜の鮭面(シャケヅラ)持ち歩く
   純粋に鶴に見る哀しいほど日本
   妻よ今年も雪投げ場々く逃げ場なし
   痛烈な一撃若い蜜蜂かにな
   頬擦ればきゅっと秋茄子みたいかな
   友は手で首切るしぐさ雪しずか

 

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