2018年2月17日

句集『海の視線』篠喜美子(しの きみこ)

                                  


角川書店 2800円+税
篠喜美子(しのきみこ)略歴 
作詞名    深山来遊(みやま みゆう)
昭和17年  東京都練馬区に生まれる
昭和42年  結婚(2男1女の母、孫5人)
平成12年  読売日本テレビ文化センター八王子、宮川としを教室にて俳句を学ぶ。同主宰の「月刊俳句交信」に参加
平成15年  「海程」(金子兜太主宰)に入会、投句
平成16年  読売日本テレビ文化センター浦和、金子兜大教室と兜門に入門
平成19年  新宿朝日カルチャーセンターにて、金子兜太・安西篤・武田伸一の諸先生の指導のもと現在に至る
現  在  現代俳句協会会員、日本作詩家協会会員、日本詩人連盟会員、日本音楽著作権協会会員、日本音楽著作家連合会員
作詞作品 「紫式部」「母の子守歌」「遅い春」「男の街道」「宵化粧」恋ひとひら」 


序にかえて       金子兜太

   梅雨明けぬわたしの青が点滅す      喜美子


 篠喜美子のこの句、「わたしの青」が個性的だとおもう。この人の感性の深部の綾に興味を覚える。梅雨明けとあるし、明るい夏の緑の盛り上りへの期待感か、とも受取れる、青は端的に憂鬱の色ともとれるので、単純ではない。

「点滅」という微妙な言い方には、内面の複雑なトーンが暗示されているから、明暗方で受取らなければなるまい。梅雨とともに、微妙に複雑にほどけゆく鬱。いやほどけきることはないのかもしれぬ。とにかく格好の現代俳句。


   海程「秀作鑑賞」から 二〇〇八年十一月二十三日

   自選八句

   微睡みはひかりの林薄暑来る

   蛍狩りぼくの無口は軽い罠

   遠淺の海の視線や蚊帳の中

   虎尾草(とらのお)や水辺は人生(ひと)の吹き溜り

   梅雨明けぬわたしの青が点滅す

   冬晴れや両手広げて無題です

   鏡台のおもてうら知り初節句

   能面や桜満開ひとを消す





   絵筆にはとどめきれない野の緑

   花は葉に五右衛門風呂は順番に

   花桐や乳房によせる遠津波

   桐の花どこまで続く母の回廊

   産声が歓声となる麦の秋

   ほうたるがわたしの波長を浸食す

   時空より駆け下りて来し瀧の白

   失敗の数の楽しき浮き巣かな

   春の霞わたしはいつも崖っ縁

   帳尻を合わせる如く茄子を焼く

   葡萄牙(ポルトガル)白亜の蟻は碧空まで

   白壁に幼き落書き原爆忌

   十六夜月CT画像の如く出て

   臨月のマネキンも居り良夜かな

   紫式部逝った月日の淡く濃く

   荒壁のすき間感覚星月夜

   山脈(やまなみ)に構図定めて秋落暉

   無関心の関心きみは牛膝

   徒花や黒目勝ちなる捨案山子

   どの尻も筵藁付け里神楽

   冬至風呂わたし今宵はゼリー状

   冬晴れや青信号をふるまわれ

   うぶすなの男の子(おのこ)がつくる雑煮椀

   小豆粥父はイケメン近衛兵

   ラガー少年海星の如く寝る毛布

   満作咲く言い過ぎたのは君の所為

   遠吠えを折り曲げていく春疾風

   春の雲有情無情を手のひらに

   人の世に切り口上あり花筵

   弱法師春鳥たちの包囲網





     

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