2018年2月17日

句集 『月光』前川弘明(まえかわ ひろあき) 


       前川弘明略歴
  1935年(昭和10)3月7日長崎生まれ
  1956年(昭和31)7月俳句同人誌「油紋」創刊
           1958年8月通巻21号にて終刊
  1962年(昭和37)「海程」創刊同人
  1985年(昭和60)第17回九州俳句賞
  1991年(平成3)第27回海程賞
  2003年(平成15)4月俳句同人誌「拓」創刊・代表
  2008年(平成20)第23回長崎県文学特別賞
  2010年(平成22)第65回現代俳句協会賞
   //    //  ミハイ・エミネスク賞(ルーマニア)

  句集 「草の上の午餐」(1989年)
      「柵の中の風船」(2001年)
      「樹の下の時間」(2007年)

  現代俳句協会理事、日本現代詩歌文学館振興会評議員
  西九州現代俳句協会会長、九州俳句作家協会会員
  長崎原爆忌平和祈念俳句大会実行委員長


帯より
 俳句を書くということは、多くを言えないというその短い詩形に耐えることである。そのうえで、句の芳醇な創生のためには五七五の音律と季語の有効な活用が望ましい。しかしそれらの活用は表現の手段なのであって、作品の本質そのものではないのである。

自選句
猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり


春兆すコインロッカーに蝶の本


船笛やすずなすずしろ朝の家


水平線のように朝寝しておりぬ


朝日差す殉教の坂朝の林檎


森涼し裸婦とライオンは睡り


金魚愛す白鳥となるバレーリーナ


飛込みのながき一瞬雲の峰


花の雨ガス管に家つながれて


桜狩いつか死ぬ人ばかりくる


男香る夏のはじめの松林


八月の水ぶっかける被曝坂


月光に鶴の絵本を置いておく


夕顔や馬は毛深き首を垂れ



『月光』 簡明にして多彩な作品たち   武田伸一


『月光』は、平成二十二年に第65回現代俳句協会賞を受賞した、前川弘明の第四句集である。既刊の句集名は『草の上の午餐』『柵の中の風船』『樹の下の時間』と、それぞれに上・中・下の文字を入れた長いもの。それが一転して『月光』というすこぶる簡潔な今回の句集名になったのは、上・中・下」の次に何を持ってくるか一、迷ったせいかも知れない。

しかし、そのこと以上に(あとがき)の「俳句を書くということは、多くを言えないというその短い詩型に耐えることである。ならば、多くを言えないという制約を逆手に取って、《多くを言わない》という覚悟が必要と思われる。すなわち、多くを言わないと思い定めることによって対象から余分なものを削ぎ落とすことになり、対象をより純化したかたちで表現できることになるだろう。」という、著者の決意に呼応する句集名ではないか。

 さて、その作品だが、人の生死に係わる洞察や日常の諸相、生きてあることの不条理や実感を街いなく、あるいは諧謔をもって示す、多彩な表現力にまずもって魅了された。
 
花粉症のボクサーも来て闘えり
 冷蔵庫開けば灯る死者の家
 鶏頭へにわとり畏みっつ歩む
 啓塾の家に螢居の顎ひとつ
 草苺酸っぱしテレビに人撃つ人
 花見酒バンザイをしてみな倒る
 露の家死ねば讃えて運ばるる
情死あり爆布を床の間に掛けて

そして、もう一つ注目させられたのは、現代俳句協会賞の受賞の前年(H21)に顕著な、単に風土性ということでは片付けられない、自然物を対象として捉える透徹した目の働き、気持ちの暖かさだ。

 猪眠るときおり花の息をして
 葱植えるうしろに怒濤くりかえし
 えいえいと掛け声のする梅の花
 初蝶のはじめは風化でありた
 蛇逃げる散水ホースほど跳ねず

著者は長崎市在住。この句集に関する訓り、原爆に係わる作品が少ないと思われる向きがあるかも知れないが、それは違う。現に(長崎原爆忌平和祈念俳句大会実行委員長》として、毎年毎年ひとかたならず骨身を削って大会の運営に当たっていることを忘れてはならない。その心情の厚さは、次の作品にも現れていよう。

 花冷えの月が薬莢濡らしけん
 咲き満ちて花冷えの空ありにけり
 青葉木菟平和大事の車椅子
 鶴帰る声すさまじき日なりけり

一句目は「悼 長崎市長被弾」の前書き付き。二効目の「悼 竹山広氏」は長崎の歌人、迢空言受賞。三効目の「悼 田原千暉氏」は大分県の反戦俳人。四句目の「悼 中尾杏子氏」は郷土の先輩俳人。
さらには、句集の中に「東日本大震災13句」の力作が収録されていることを記し、著者の心の在り処を示しておきたい。
            
   (拓思舎)


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