2018年2月18日

句集『月の巣』矢野千代子(やの ちよこ)


著者略歴  矢野千代子 
昭和13年   兵庫県生まれ
昭和56年    「未完現実」入会
昭和59年   「海程」入会
平成8年    第32回 海程賞受賞
平成9年    句集『羽化の時間」|刊行
平成11年   「遊牧」入会
「海程」[遊牧]同人 現代俳句協会会員

本書収録作品より
1月17日 阪坤淡略震災忌
十七日授乳のような木漏れ日と


蝦夷鹿は託(ことづか)りもの霧の巻く


山滴るいっぱい蒐めた鳥の切手


金雀枝の大きなうねりよく噛もう


料峭の石雨ふる素読という


気泡かわるがわるに姉と雨蛙


辣韮堀り夜の心音あかるいよ


高速道に先頭がある麦の秋


ぜいたくながりがねの道月の素へ


風花が頬へ後方羊蹄山(しりべしやま)の使者



 
序に代えて     金子兜太
 星屑のくっつく書写山飼葉桶
 ただの風景俳句と言えない奥行きがあり、書写山という著名な山 とともに暮す里人の生活心情の厚さに惹きつけられる。修辞にいま一つの屈折が欲しい気持もあるが、そうすると、この 重厚な、上のにおいの濃い世界が失われる感じもある。然り。意識 的な修辞によって徒に新味をもとめると、句を駄目にする。


 料峭の石に雨ふる素読という


 作者のこころの音を聴くおもいがあり、その音からは雅び、知的 叙情を端的に受けとる。「料峭の石に雨ふる」その雨音を、これこ そ「素読」の感と端的に言い切る書き方の潔さ。


 久々に小気味よい叙情の短韻律に出会えた感じかおる。現代のさ まざまを正面から書きとろうとして、俳句の伝承資産を活用しつつ 制作している現代の俳句が、書くことが多いためにどうしても長く なり、説明的散文的になり勝ちないまの時、矢野のこの句の歯切れ のよさ、省略の確かさには魅力がある。


 高速道に先頭がある麦の秋


「先頭がおる」に現代俳句がある。唯の風景描写ではなく、エネルギーに満ちた現実感を受取るということで、「がある」の措辞もよく働いている。麦秋のひろがりのなかにこの措辞を置いたせいもある。


口閉じよ花葛は帆の傾(なだ)れよう


「口閉じよ」に意味をもとめると分からなくなる何だか、感覚として味わうと妙に魅力的。「帆の傾れ」という喩え方にも感心した。そして、拡がる葛の花の傾斜を見わたして、「帆の傾れよう」と捉えた作者の内面にも惹かれていて、「口閉じよ」を、その内面の孤独に照応した素直な独白として受取ることができた。敢えて苦情をつけ加えれば、中七下五の「帆」の喩えと、上五の措辞の照応にかるい常套感が残るあたり。


     「海程」所収〈秀作鑑賞〉より

      1月17日阪神淡路大震災
     十七日授乳のような木洩れ日と

     冬青草しきりに死者へ耳打ちす

     箸を割り茅花それぞれ濃き飛沫

     ごうごうと大ひまわりの脛(はぎ) 五本

     風の辛夷棚田に母を置いたまま

     喪明け近しはじめて剥いた晩白柚

     無蓋貨車春あかつきの葉脈だな

     土葬なるほたるぶくろの雫して

     白芙蓉さわっと動く枕きずれる

     痛いほど山河さざなみ薺粥

     鶴の声ガーゼ揉むように地震くる

     僧が座し零余子よむかごすぐびわこ

     花三椏日だまりという難所かな

     麦ふむごと神戸を踏んだ 十年

     冬かもめ水漏れという体温

     菜を間引くひかりこなごな狐憑き

     阿の象(かたち)かたまるものに雪虫よ

     はるいちばんの翳なり藍なり頬の傷

     いもうとのノハナショウブや帆の軽さ

     寒月光震災以後は何踏むぞ

     一人静雨滴は遠い日の眩暈

     口閉じよ花葛は帆の傾(なだ)れよう

     月の舟一編さんの追而書(おってがき)

     流刑地は小春抽斗ぬいてみよ

     下京区泥つき葱の涅槃なる

     灼ける奈良町地霊が仲間呼んでいる

     蒼天や寒や滋賀県はこわれないか

     寒九の水掴みたきもの数しれず

     落鮎の骨きしむ音天くれない

     星流れ言伝というぼんやり
       
      (管理人竹丸選)

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