2019年5月24日

句集「現在」我妻 民雄(わがつま たみお)


我妻民雄(わがつま たみお)略歴
昭和十七年 東京都台東区根岸生まれ
同 四十年 早稲田大学卒業
 大正製薬㈱に入社。在職二十年、広報・宣伝制作に携わる。JARO・    CL10の広告審査委員
現在小熊座同人、現代俳句協会年鑑部
第七回佐藤鬼房奨励賞 第九回小熊座賞
神田川連句会・連句集『午餐』(岡部桂一郎・松井青堂らと共著)
第一句集『余雪』

高野ムツオ十五句選

遥かとは雪来るまへの嶽の色
白雲に秉るべく蕪土を出る
西は被爆東は被曝赤とんぼ
茅花流し人類だけが嘘をつく
墨堤やいまも昔の都鳥
空爆の空につながり冬茜
その上は犇く星座鳥雲に
海からは上がれぬ形して海月
地上から照らされてゐる鰯雲
風花を待つ出稼の裔として
花片の間(あひ)あひに闇石蕗の花
住まふ屋根住まはぬ屋根や春の月
学校に生まれては死ぬ蝉の声
苦瓜に百の涙状突起あり
終着のつぎは始発や雪催
    
 

「現在」 我妻竹雄
夏の雪
きな臭しまた惨たらし三月来
眼ぢからのついて蜻蛉生まれたる
空支へたる噴水の脱力す
ただれる前の太陽とかなぶんぶん
 悼 田中哲也
榠樝の実おとがひ細く人は逝く
西山の下で芋殻乾しをらむ
冬夕焼ゆめは数瞬あれば足る

列島は撓んで受ける蒙古風
我妻氏とは、小熊座で出会いました。
最初、海程とは違う詠みぶりに戸惑ったが、実感したことを修飾せず淡々と記す句に惹かれるようになった。言葉に力を掛けず感じたままが実に上手い。この句は中七の「撓んで受ける」が日本の姿そのものを彷彿させ宇宙的な偏西風を感じました。(竹丸の勝手1句鑑賞)



多島海
萩掃くは在る母と亡き母のため
むき出しのあれは原子炉かぎへえる
いま展翅始めたところ山法師
瑠璃色の尾を切り放つ夏の果て
蝉声(せんせい) は腹から八月十五日
まろまろと白菜尻に力あり
この星は風の容れもの黄砂来る
快晴の裏側として茄子の花

まろまろと白菜尻に力あり
白菜に触れたらパーンと割れそうな瑞々しい質感と「尻に力あり」で仄かな色気が表現され、よく白菜を見ているなと関心しました。(竹丸の勝手1句鑑賞)

酒星
悴むや肩を風切羽として
 悼 岡部桂一郎
天に酒星ありと冬帽笑へりき
動きつつ薄氷は無に千曲川
北面に始まる色を枯と呼ぶ
春嵐耳を大きくして眠る
覚め際やことに囀り無尽蔵
犀星の猫と火鉢と丸眼鏡
誰が蓋をあけて綿虫出したのか
鈎裂きは傷みのかたちつくつくし

悴むや肩を風切羽として
我妻さんは、かなり寒くなっても上着にマフラーだった。寒くないのかと危ぶんだが山が好きだったからである。山からすれば都会の十二月は暖かなのだろう。揚句の「肩を風切羽として」で解った、厚物のコートなど着ないお洒落な我妻さん・・・。(竹丸の勝手鑑賞)

シェラ・ネバダ
蟲塚に虫集められ冬ぬくし
顎ひいて雪稜坐り直したり
山鳩の目から始まる冬夕焼
東京もどこも絶壁飛花落花
象の目は笑ってをらず大夕焼
烏揚羽時の断面過ぎるなり
臥してなほ沖ゆくこころ時鳥草
帆布店の端裂は秋の海知らず
キャベツ割るその中も露けしや
ウシハコベ・ウマノアシガタ被爆せり
口中に西瓜鼓膜にモダンジャズ

ウシハコベ・ウマノアシガタ被爆せり
3.11の大津波が自宅そばまで来た小熊座主宰の高野ムツオ氏
その後の高野氏の句はみんなの心を揺さぶりました。

瓦礫みな人間のもの犬ふぐり
みちのくの今年の桜すべて供花
一目千本桜を遠目死者とあり
みちのくはもとより泥土桜満つ

主宰の痛切な哀悼の句を受け我妻氏が詠んだ「ウシハコベ・ウマノアシガタ被爆せり」、原発メルトダウン後の何百年にも及ぶ汚染で悲惨な大地となった東北。何気ない植物の名前が効いています。

乗燭者
樹の下の月光溜まり龍の玉
空席といはず冬日の席といふ
人はみな乗燭者(ひともしびと)や雪こんこん
口の中の虚こそ大虚春の鯉
飛ぶといふより初蝶の飛ばさるる
家といふ穴より蝉の穴覗く
墓洗ふ母の洗礼名忘じ
単線は空に繋がりつづれさせ
一章二章三章途中から綿虫
 悼 平松弥榮子
鶴ほどのかろき柩を運びけり
現在はつまり生前笹子鳴く

春惜しむ木綿のシャツと絹豆腐
中七下五の取り合わせが妙であまりにも何気ない句です。
読む竹丸は心地よくほんわかとした気分、こういう句を作ってみたい。


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