2019年5月30日

句集「月球儀」山本 掌(やまもと しょう)


山本 掌(やまもと しょう)
前橋生まれ オペラ、フランス歌曲の演奏活動。
1989年   俳人金子兜太と出会い、俳句を始める。「海程」入会。
1994-2000年金子兜太句、自作によるオリジナル俳句歌曲を花唱風弦〉と題し、世界詩人会議日本大会など各地で公演。
1996年  「海程」同人
2001年一  芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品として企画、構成、脚色する。「芭蕉座」と命名し、声楽、作曲、ピアノと語りによるくうたい語る[おくのほそ道])を公演。
2005-2007年「萩原朔太郎生誕120年」前橋文学館委員。
2006年一  個人誌「月球儀」を編集、発行。
2010年   芸術文化奨励賞(企業メセナ群馬)を受賞。

帯・皆川博子
御作、好きです。選びぬかれた表現も、その身にあるのも。

金子兜太
非常に奇妙な現実執着者、奇妙に意地悪い洞察者というか、
どこかひねくれたと思えるほどにその美意識は常識とは違っている。
混沌をみとどけていこうとする作者である。

目次
月球儀・ノスタルヂアー荻原朔太郎撮影写真
さくら異聞・双の掌・禽獣図譜・危うきは・偽家族日乗・非在の蝶・蝶を曳く・海馬より
空蝉忌・寒牡丹・寒牡丹ふたたび・俳句から詩へ

ノスタルヂアー朔太郎撮影写真

麦の秋破れし海図の少年期
影なくす唇(くち)に秋蝶触れてより
翼たためる馬かいまみし葡萄の木
霧といて霧を耕し霧となる
忌日まで草の結界泳ぎゆく
霧を裂きゆく言の葉を一花(いちげ)とし
翼たためる馬かいまみし葡萄の木



勝手に竹丸鑑賞
翼たためる馬かいまみし葡萄の木
 この句は牧場を駆けた馬がしずかに静かに草を食んでいる風景かも知れないが上句によってつややかで天まで駆けそうな美しい姿態が浮かびます。下五の配置によってヨーロッパ的な景が美しく感じられ、好きな句でした。



未明の久遠寺


さくら異聞
日月流離糸をたぐればさくらかな
花かざしあわきみどりのすけて朝
酔うて候うすもやの桜騒
花時雨つばさの折れし鳥を抱き
花の寺ひだるき午後に抱かれて
花疲れあわくあぶられ髪を梳く
花明り青表紙てもよもうかの
花明りひとひらふたひらみひらとて
肌(はだえ)花芭(はなびら)はなびらふりかけて
水の声水のまどろみ夜の桜
めでられてあえかにひらくさくらかな

花篝そのものがたり語らせよ
飛花落花香の色は蘭麝待(らんじゃたい)
花の雨美童の細首さみどり
花や花や美童にわかに零れだす
くずおれし美童が花ぞ花の酔(え)い
不機嫌な化粧(けは)う少年花の塵
舌痺れかの美少年ジギタレス

さくらとて獺惰の夜を欲(ほ)るわいの
もろもろと眠り剥落落花の夜
歌舞いて候汝(な)が汗の驕りかな
桜花ひとひらふたひら舌に受け
花の雲ぎぐぎぐうごく喉仏
憎悪とや胸に花蜂産卵す
花の冷え瞋恚ひりひり煽られて
炙られて妬心炎(ほ)となり蛇(じゃ)となりぬ
薄墨桜ひと殺めたる真昼あり
おおいなる火種はさくら殺意はや
桜二分まだたまだ死体たりぬかな
かの家の青酸(シアン)、砒素など花むくろ
やさしやな蠹毒ゆるゆる唆るかな
落ち度なき美童打擲花の塵
花衣ほころぶ美童の頸を絞め
花万朶うすくほほえむ刎ねし首
おれおまえ磔刑の午後落花なお
残る花ふっと臓器がゆらぐかな
もう飛べぬ桜月夜に逢えぬのか
飛花落花月のあかりの流るるも
とことわにさくらはさくら骨は骨
白馬(あおうま)のまなぶたをうつさくらかな

管理人・全容より一章をアップしたほうが著者の美意識が伝わると思いました。

1 件のコメント:

  1. メールありがとうございます。句集を頂きながらお礼も申さず申し訳ありませんでした。掌さんの句は美意識が独特です。人の思惑から外れた精神力もすごい。表現者はこうあるべきと思いました。ご活躍を楽しみにしています。

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