2018年2月18日

句集『コイツァンの猫』こしのみこ


著者略歴  こしのゆみこ
 1951年   愛知県幡豆町海の町に生まれる
 1989年   「海程」入会 金子兜太に師事
 1993年   海程新人賞受賞「海程」同人
 1994年   超結社句会「豆の木」を片岡秀樹等と結成後に代表・編集人
 1998年   第16回現代俳句協会新人賞受賞
 2004年   第5回現代俳句協会年度作品賞受賞
 現代俳句協会会員「海程」同人「豆の木」代表

 序に代えて   金子兜太
 私とこしのゆみことの俳句による付合いは二十年ほどになるが、いまでもこの人 の俳句を読んでいると、里山に春が来て、最後にぼこっと一つ、山頂ちかい凹みに 残っている雪、その丸いかたまりが見えてくる。私の郷里は秩父(埼玉県西部)と いう山国で、そんな春来る里山の風景を見て育ったのだが、それがなつかしく想い出されてくるのである。しかも、その雪の丸いかたまりはしだいに綿か羽のかたま りのようにも見えてくる。もやっとした、やわらかい感触になって、芽ぶきのはじ まった枯木のなかでぼんやりと、なんとなくにこにこと、そこにいるのである。

こしのゆみこにこんな俳句がある。

   金魚より小さい私のいる日記
   百足の子鈴つけて大急ぎなり
   きゃっきゃっと水新米によごれおる
   透明な袋満員寒卵
   そのほかにれんげのかんむり流しけり



 こうした、ぼやっとした、にこにこした俳句が挙げきれないほどあるわけだが、 次のような「左の手」に妙にこだわった句の奇妙ににこやかな感触にも、私はなん となく惹かれていたのである。

とにかく常識的ではない。

    ほうたるにおくれがちなる左の手
    左手のちょっとよごれて青蛙
    左手がはかる左の足の冷え
    そして、自画像と受取れる句のいくつかを。
    朝顔の顔でふりむくブルドッグ
    盲導犬にこにこ歩くみどりの日
    うまれつき小鳥なくしたような眉
    わたくしの影はこな雪のさらさら


  四句日の「わたくしの影」は少し分りがよすぎるところもあるのだが、しかし、 これはこしのゆみこだと領けて、あの里山の雪、それがいつのまにか綿や羽のかた まりになる。このイメージと重なってゆくのである。

  こしのゆみこは「越野商店の幻想俳句から」という自句日解のような味(あじ)

随筆を 書いていて、「夏氷」を例に挙げての自己解説が、この人らしく、おもしろかった。

 「夏氷」を思いうかべただけで「目はうるうるなのだ」と言う。理由は、これは 私の推察も入るが、要するに、体の弱い父がはじめたよろず屋越野商店で、その初 めの頃かき氷がよく売れて、小学生のゆみこを含む「ぐうたら親不幸三姉妹」も手 伝わされたらしい。父が好きなゆみこの記憶のなかでは、したがって「夏氷」は感 動的な位置を占めていたのである。

  だから「目はうるうるなのだ」。「夏氷」というこの言葉さえあればよいと思う から、他の言葉を抑えるため、後から読むと「自分の熱い思いとはかけ離れた乾い た句になっていて、びっくりする」という。

 またこうも書いていた。自分は 「体内五・七・五感覚が音痴なのだ」言葉が自然 と湧き出るような「俳人の体」になれない体質なのだ。そのため意識して作る、と。

 そのこしのゆみこは絵、彫刻、陶芸にあこがれ、そしてこれはとくに猫の陶芸な ど今でも熱心にやっているが、いつの間にか俳句までやるようになったのは、父の 影響だったようだ。その父については自身あとがきで書いているし、父の俳句も掲 げている。父が好きなのだ。会えばいつまでも喋っていたという。

 私が選んだこしのの父のいる俳句をあげてみよう。

   小鳥屋をのぞく父たち帰るかな
   人買いのごとく磐越西線父黙る
   ああ父が恋猫ほうる夕べかな

  そして忘れられないものに、故郷の愛知県幡豆町の三河湾に浮かぶ兎島がある。 いまは無人島の由だが、子供のころは引き潮のとき歩いて渡ったし、兎が放し飼い されていたそうだ。こしのは卯年生まれなのだ。

   兎島桜の色となりにけり

  なにか兎島と体で引き合うものがあるのだろう。そう思ったとたんに私は笑って しまった。こしのゆみこ自身が兎だったのだ、と。あの笑い顔、「うるうる」にな りやすい眼、「桜の色」の全身感覚。―里山の綿か羽かのかたまりは兎だったよ うだ。


  とにかく書きたいことはいくらでもあるのだが、この辺で止める。夫君が気鋭の 翻訳家で、いっしょに海外に出かけることも多いようだから、これからますます、 こしのの俳句は、「俳人の体」でもない体で、「意識して」創られてゆくことにな るのだろう。楽しみ多し、と言いたい。
               平成二十一年(二〇〇九)年正月
                         武州熊谷にて。

    豆の木2009  №13より自選他
    こしのゆみこ自選(十五句)
    郭公の鳴いているのは違う県
    水玉の服に体はまぎれたる
    朝顔の顔でふリむくブルドッグ
    麦藁帽夕暮れのようにふりかえる
    えんぴつで描く雨つぶはひぐらし
    蜻蛉にまざっていたる父の顔
    鶴来ると満員になる日記帳
    二次会や白鳥の中に入っていく
    母はひろってきれいに毬をあらう
    海しずかヌードのように火事の立つ
    西口はよく晴れている花衣
    僧ひとり霞の中へ掃きにゆく
    ひよこ売りについてゆきたいあたたかい
    青ばかり使う日子猫抱きにけり
    そのほかにれんげのかんむり流しけけり
    

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