2018年2月21日

金子兜太訃報

2017年、海程全国大会が終わりほっとした先生
悲しいお知らせが・・・・・
夕べ、金子先生が亡くなりました。
二週間前から誤嚥性肺炎で入院中でした。
最後は苦しまず亡くなったそうです。
葬儀、告別式は近親者で行うそうです。
お別れ会については未定です。


2/21東京新聞夕刊)今の社会風潮「憂えていた」長男の真土さん

 熊谷市内の金子さんの自宅には訃報を聞いた俳人仲間らが弔問に訪れた。長男の真土さんによると、金子さんは今月六日に自宅で昼食を取っていた際、食べ物が気管に入り、同市内の病院に緊急入院。高熱を出し、肺機能が低下す深刻な症状が続いていた。真土さんと妻知佳子さんが見守る中、最期は大きく息を吸うようにして亡くなった。

 「俳人としての活動で不在が多く、あまり父という印象はない」と真土さん。近ごろは「今の社会は戦争へのアレルギーをなくしてしまっている。勇ましさを支持する人々が増えている、と憂えていた」という。六日の入院直前、「息苦しいのでは」と心配して尋ねた真土さんに「いやあ、こんな(呼吸の)音がするのは俺の癖なんだよ」と返した金子さん。最後の言葉となった。

奇しくも二十日は亡き妻皆子さんの十三回忌が予定されていました。

猪が来て空気を食べる春の峠    兜太
早春の清冽な空気のなかで私もイノシシも大きく息を吸って精気を養っているという句です。


釜伏峠の傍に金子先生は山小屋を構えていました。
朝早く沸き立つ霧の下には皆野町がありました。
皆子さんと春の峠で山脈を見ながら懐かしい秩父の
生家を見下ろしているでしょう。
その場所で春と秋に金子兜太の俳句道場が開催され、
厳しい指導のもと海程の仲間たちと俳句を作りました。
夕焼けの両神山を見ながら、

春落日しかし日暮れを急がない   兜太
この句は、春の暮れない陽(ひ)と自分が年取っても"老いないぞ "という二つの意味重ねられています。


とても好きな句です。
金子先生、本当にありがとうござました。


東京新聞
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産経新聞から
戦後の俳句改革運動を率いた俳人で、平和運動にも尽力した現代俳句協会
名誉会長の金子兜太(かねこ・とうた)が20日午後11時47分、急性
呼吸促迫症候群のため埼玉県熊谷市の病院で死去した。
98歳。埼玉県出身。自宅は熊谷市。葬儀・告別式は近親者で行う。
喪主は長男真土(まつち)さん。

 10代から俳句を作り、加藤楸邨に師事した。東京大(当時は東京帝大)
経済学部を繰り上げ卒業後、日本銀行に入行したが、海軍主計中尉として
南洋のトラック島に赴任。復員してからは「社会性俳句」「造形俳句」を
提唱。俳誌「海程」を創刊して主宰となるなど、前衛俳句運動をリードし、
理論的支柱となった。

1956年現代俳句協会賞。83年から同会長を務め、2000年に同
名誉会長に。02年「東国抄」で蛇笏賞。08年文化功労者。
日本芸術院会員。

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