2017年11月20日

海程句集3【同人の章・ま行~わ行】

  前 川 弘 明
船笛やすずなすずしろ朝の家
水平線のように朝寝をしておりぬ
花の雨ガス管に家つながれて
トランプはみな開かれて鳥の恋
桜狩いつか死ぬ人ばかりくる
夕顔や馬は毛深き首を垂れ
飛込みのながき一瞬雲の峰
八月の水ふっかける被爆坂
月光に鶴の絵本を置いておく
猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり

  前 田 典 子
蝶一双水のひかりを縒り上ぐる
村の葬どんじゃらじゃらと陽炎へり
青嵐乞はれて母を抱(い)だきしこと
まむし草漢ふたりが見せにくる
狐出てまぶしき青葉しぐれかな
高僧に母霧に山肌ありにけり
黄菊白菊どのバンザイも嫌ひなり
塹壕のまだあたらしき霧の音
鷹一つまばたくや崎かがやけり
澄む水の核につながりゆく無音

2017年11月19日

兜太のエッセー『冬紅葉』

  

 夏の長雨で紅葉の発色がよくないといわれているが、11月半ば、中越の長岡に出向いた折に通過した湯沢温泉の紅葉はなかなかの彩りだった。
 雪があちこちに積もっていたせいもあるが、雪と紅葉の照応が鮮やかで、これぞ冬紅葉と思えたのである。12月になれば散ってしまうだろう。しかし、あんがい残っていて、「残る紅葉」の美しさを、こんなぐあいに再び見せてくれるかもしれない。
 長岡市の金峯神社に井上井月の句碑が建ったので、そこを訪れる。ほかにも数基建てられたのだが、この句碑の句は、

  行暮し越路や榾の遠明り

 で、越後望郷の作だった。後ろに欅の大樹があって、これも冬紅葉。さかんに葉を散らせていた。
 井月は南信伊那の山峡を約30年間、俳諧とともに歩き廻って野垂れ死にした人物である。死んだのが明治22(1887)年、66歳といわれているから、伊那入りは安政年間だったろう。明治維新までたったの十年と迫っていた時代で、私の頭には安政の大獄と30歳の吉田松陰の刑死が浮かぶ。

海程句集3【同人の章・な行~た行】

    永 井 徹 寒
路線バスが踊りはじめた 地震だっ
電車不通歩けど行けど首都圏は
歩く群集早や消えてゆく春の夕焼け
津波は家を車を人を ああ神様
瓦礫原をさ迷い親や子見つからず
瓦礫原を舞い舞う風花 ありがとう
ひろしまの空にひと部屋 茜雲
脳ちぢむとき音がする 弾の音
眠って自転とてつもない愉快だ地球
夢は帆を上げ沈めば海の底の貝

  永 井   幸
粥すするくずれし遺跡ゆくような
小鏡に雪ちらちらと巨石群
花満開いつも無口な樹の力
夏薊ぶつかり合うのも挨拶です
夜の秋人はしゃがんで考える
菜種油二合下さいほほえみも
長き夜や嗚呼診断書の簡潔さ
野の枯れのささやく声す手足かな
じんわりとてのひら痒し干菜風呂
いっだって台詞のように雪降りくる

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