2017年5月11日

兜太のエッセー「おおかみに螢が一つ付いていた」


「おおかみに螢が一つ付いていた」は、まさに自分の今言った考え方が熟してきた、自分の体のものになった、そのころにできた句です。秩父には、オオカミがたくさんいたという伝承が残っています。

そして、秩父谷――われわれは、秩父の山じゃなくて、秩父谷とよく言ってるんですが、秩父谷はオオカミがたくさんいたところだ、今でもいるに違いないと、退職した後、オオカミを探して歩いている読売新聞の記者の人がいたんですよ。その写真をときどき読売が出してくれた。
それがわれわれの目に入ったということもあって、秩父の土というと、すぐにオオカミというのが私なんかには反射的に出てくるわけね。そのときに、オオカミは孤独なこともあったんだろうな、と、こう思うわけです。

 秩父に両神山(りょうがみさん)という、台状のいい山があるんですよ。秩父出身の詩人の金子直一という人がいたんですが、その人が、両神山は「オオカミ山」から来ているんじゃないかと詩に書いていて、俺はそれに感動を受けて、もとはオオカミがたくさんいたのでオオカミ山と言ったんだけど、オオカミが全滅させられて名前だけ残ったと、そういうふうに取っていたわけです。そこから、今の句ができた。

 一匹の「おおかみ」が残っていて、孤独を託(かこ)って、夜ノコノコ歩いていると。ふと見たら、その背中に蛍がパッパツと瞬いていたという。孤独な「おおかみ」。孤独な秩父。

そんなふうな言葉が盛んに出てきた。それでできた句なんです。秩父の土壌から離れて熊谷のようなところに住んで、秩父を思っているということの中には、ある意味、俺にも、オオカミ的孤独というようなものがあるのかなと思うことが、ずいぶんあります。
今でもときどき、そう思いますね。そんなことで、あの句は非常に懐かしい。私の郷里の皆野町に椋(むく)神社というのがありまして、町の人がそこに私の句碑を作ってくれまして、その句が刻んで境内にあります。

       (いま、兜太は)から 岩波書店1700E

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