2017年11月20日

海程創刊50周年記念アンソロジー【同人の章・ま行~わ行】

  前 川 弘 明
船笛やすずなすずしろ朝の家
水平線のように朝寝をしておりぬ
花の雨ガス管に家つながれて
トランプはみな開かれて鳥の恋
桜狩いつか死ぬ人ばかりくる
夕顔や馬は毛深き首を垂れ
飛込みのながき一瞬雲の峰
八月の水ふっかける被爆坂
月光に鶴の絵本を置いておく
猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり

  前 田 典 子
蝶一双水のひかりを縒り上ぐる
村の葬どんじゃらじゃらと陽炎へり
青嵐乞はれて母を抱(い)だきしこと
まむし草漢ふたりが見せにくる
狐出てまぶしき青葉しぐれかな
高僧に母霧に山肌ありにけり
黄菊白菊どのバンザイも嫌ひなり
塹壕のまだあたらしき霧の音
鷹一つまばたくや崎かがやけり
澄む水の核につながりゆく無音



  舛 田 搖 子
グラバーの豆辞書ひとつ月光下
霧の高原母のようなり馬の鼻
冬ぬくし握手の猫のジャズダンス
誘うはフランスあたり金木犀
キリンの首薔薇の園より抜けられず
ブーゲンビリア父は巨大な鉢であり
黒揚羽庭にピアノのあるごとし
龍踊りの玉遺う祖父影となり
著莪咲いて博多帯など探してる
秋落暉大動脈は亀裂せり

 間瀬 ひろ子
春光や地に家建てる自然かな
赤児寝入り乳房も夢路白椿
百千鳥婆あばと呼ばれに汽車に乗る
青葉刈る夫にダンチョネ節ながれ
ペナレス細道死者にゆずり牛にゆずり
ペルセポリス淋し過ぎると小鳥つるむ
ニューヨーク鼻梁のとがる無月かな
月に兎ひそと尿採る病かな
秩父夜祭抱かれてゆらぐ残り火や
引き寄せる孫初夢の続きかな

  松木 ヒサ子
諏訪湖に納む亡夫の十字架新樹光
生きたいと思う百年キリギリス
落款は亡夫の手作り鳥渡る
爆心地尺蠖虫が計りだす
初燕白いクルスへ真っ直ぐに
女子駅伝三千院の大根煮
知覧へは帰ることなき冬の蜂
震災を翼に秘めて去る燕
孫幸平青き狼メトロから
流灯のぶつかり合って北に行く

  松 林 尚 志
炎帝と酌むや良酔の翁ぶり    悼原子公平氏
黄塵やユーフラテスに滴る血
まだ蜀を望む泥葱ぶら下げて
春立てり象の花子に会ひにゆく
円空のしかめっ面に春疾風
果汁壜に果汁残して春逝けり   悼伊藤陸郎氏
百骸の直立歩行冬の坂
大根をすぱっと切った朝がある
血の汚れは鉄の汚れの夏逝けり
虹の断片空に残して画家逝けり  悼北山泰斗氏

  松 本 悦 子
しゃぽん玉記憶の隅のソクラテス
鷹舞ひてあたり悠然たらしめる
青き踏む身の丈五尺五寸にて
流暢な和語聞き留む枇杷の花
雁や家族で探し物ばかり
朝食のパンは一枚梅雨兆す
いと遠きもののひとつに夫の耳
雪の夜や遂に清濁あはせ呑む
雪の別れ転びつつ行く浄土かな
白狐時を旅してゐるばかり

  松 本 勇 二
木が売れず木の精霊がよく育つ
独活の芽と我が棒立ちの距離かな
遠泳の色無きところまで行けり
流氷来る遥か隊商の照りかな
命かな干柿越しに夕日浴び
布団干す父母に山の気満たすため
瓜坊は闇を食むことから始む
サーカスは母と行くもの遠霞
白南風と思えば妻の光(て)り始む
新入の霊(たま)はぼんやり天の川

  松 本 廉 子
水木紅葉水際にいる身の軽さ
タンポポの絮のゆくえも転た寝も
ゆっくりと夏を出でゆく鴎かな
小紫陽花朝の光りは水より来
うすらいの雲形定規私す
漁火や冬をかすかに怖れけり
身の洞の一つを掠め青田風
青簾にごりなく来る誕生日
ほうたるを育てし男真水なり
筑波嶺に雲飛ぶ夜の自虐かな

  丸木 美津子
寒凪やわたしの馬の字うるんでいる
萩刈るや切羽つまれば潔し
なんとまあ桜の前に穴を掘る
枇杷たわわガッツポーズのその上に
桜散る一画違えば幸と辛
林檎剥く始めよければ終りよし
戦あるな掌の飯粒に蝉時雨
ひとりの音母へ母へと柿を剥く
水替えて目高に独り善がりかな
豆ご飯あなたとの昼深くする

  三浦 二三子
鏡中のわれにうっとり嫁が君
恋猫の恋の一撃月縮む
人体も宇宙のパーツ犬ふぐり
少女より少年草食的に春
シニカルな空に一礼夏燕
影連れて水に木の寄る爆心地
雁渡しやさしい嘘もて見舞うかな
ヒガンバナあんな所にあ、狐
霜すんすん猫むらさきの朝を着て
少年よ今踏んだのは鴨の声

  三 木 冬 子
桔梗や前髪じぶんで切っている
消しゴムで消したい手摺り春嵐
爆音はやめて下さい小鳥来る
鳥籠のようなビル構造サルビア
憂鬱がぞろぞろ冬のゼブラゾーン
タ焼へひた走るべし八王子
まったく雲がない空気清浄器
斜めから見ている私(わたくし)ラーフランス
ストッキング脱ぐように剥ぐ烏賊の皮
何でもあって希望がない国草の実飛ぶ

   水 上 啓 治
お雛さまぼくは段々馬の面
海色の地震来て春の失語症
天心に船を待たせて花吹雪
白木蓮空を渡って行く途中
でで虫の強気の足を見てしまう
ひとはみな花野に帰る切符持つ
人肌の徐々に伝わる案山子かな
大根を叩いて辛くしておりぬ
狐追うじょんがら節より早かった
口元の雪を惑わせ如意輪さま

  三 井 絹 枝
一夜汲み二夜風汲み花すすき
朧月皆細目して横になる
息をして忘れていたる残暑かな
春良夜の色より少し白
一枚の白夜の背ナをさしあげます
涼しさを恥ずかしと言ういもうとよ
吹雪という娘のところに泊まります
蚊に刺され小さな水黽(あめんぼ)できました
初蝶が薫るというくちびるかな
口移しで余寒をもらうあはれさよ

  宮川 としを
花茣蓙より起きあがるもの抱きとめる
流し麺消えそな母をすくい取る
遠花火耳を寄せくる粒度あり
無を重ね切れずに笑うかき氷
天の川滴るか流れるかあなた次第
藍のれん秋の気配をさりげなく
満月へ架けたき心の縄ばしご
空蝉はこらえ切れずに風となる
病葉ゆえ音を立てたりしないのです
来し方の雪か吐息か砂時計

   宮 崎 斗 士
すーっと春わが洗面器わが水面
東京暮らしはどこか棒読み蜆汁
桐咲けり日常たまにロングシュート
母と握手ふつうの握手かたつむり
丸裸どんどん空を持ってこい
終戦記念日輪投げのぼんやりと成功
ギンヤンマいい質問がつぎつぎ来る
「風ですか」「光ですね」とえのころ草
柿の色とにかく生きなさいの色
元朝が目蓋を舐めてくる目覚める

  宮 里   晄
黒揚羽あれから喪章つけたまま
ほとけのざふっとにんげん消えてゆく
泪目の海鼠増やして琉球弧
檸檬噛み君は二十歳の父となる
沖縄忌まだあとずさりする蟹も
あまのがわ空席待ちの一枚で
青葡萄ひとつぶごとの反抗期
酔芙蓉女形の蛇の通りけり
やぶ椿身のすみずみに不発弾
思い立てばいつも吉日小豆煮る

   宮田 喜代女
もうわたし癌も友達賀状来る
春の雪掻く夫今も美少年
いくさあるな桜下に老いが宴愛ず
四月馬鹿何時の間にやら俳句馬鹿
こっぴどく子に叱られて子供の日
叱る人いる幸せな羽抜鳥
山百合やわが国籍は天に在り
戦いに聖戦は無し水澄めり
六十年二人じぐざぐ草紅葉
山眠る前に書かねば遺言書

   宮 田 頼 行
小春日や銃を鍬にと聖書説く
梅雨ごもり突然老いに甘い電話
雄島巡り日本海的に草矢射る
蝉の穴人生きかわり死にかわり
岩清水溜めて大きい生命線
銀杏落葉人踊りたく歌いたく
百歳にはまだまだあるぞ寒の月
禿頭に余白のありて初日の出
八月や六九十五に原発論
大露や耳に慣れいるシーベルト

   武 藤 暁 美
花まんさく爪弾いて白神山地
種袋ひらく歯切れよき嫁よ
菜の花や潟は大きな目玉焼き
母抱くよう布たたむよう合歓の花
鳥瓜の花なり星の抜け道なり
真青なる蓴菜戦争知らぬ子と
隠棲の沼番盃にも螢
みちのくや亡者踊りの眼が三つ
折鶴のまず三角に原爆忌
こころのかたち赤蕪を厚く切る

   武 藤 鉦 二
鴨翔てり百の津軽三味線なり
秋の蜂野の石に耳あるごとし
南瓜割る妻の解体新書かな
鷹ノ巣という盆地なりだまこ餅
地狂言牛乳ゆっくり噛んでから
蝋涙のふとぶとと雁帰るなり
湯殿山(ゆどの)ゆく漢のふくろうことばかな
出遅れの白鳥母はお辞儀ばかり
苗床と寝床部厚き盆地かな
掻いて雪掘ってまた雪絵ろうそく

  村 井   秋
立雛や小声がいっぱい集まり来
水温む雑巾にする愛タオル
奔放な崩れ方する花辛夷
針穴に糸逃げてゆき春深し
蚕豆をたくさん茹でて夕焼けす
愛車に乗って水菜のようにひとりかな
子は力持ち西瓜が割れてしまいそう
小難しい息子いらない唐辛子
梟といっしょに見てる写真展
白鳥の圧倒的な表面張力

 村 井 隆 行
七日正月まだ小骨はとっておく
何を失う春炬燵に戻れば
もろともに男を抱く朧かな
不機嫌なまま蛇として穴をでる
ファーザーステー弾まないボールける
烏賊透けてゆく甘き自虐
夏の月森ゆく犀を見送れり
モノクロの男でありぬ生身魂
楽浪や独り法師で穴惑い
嗚呼と洩らす歳晩の男かな

    村 上 清 香
体冷ゆ肩に一ひら紙の音
犠牲者と鮫を相手にかしこまる
風紋は荒ぶる北風をピカソが学ぶ
産土や雪の石鎚鬼の面
焼畑農最後の集落老七人
絶景に凍て鶴のよう意志を積む
水の流れ一方向へと山笑う
蝉時雨意地を通して粛々と
敗戦災害似ても似っかぬ素顔なり
松の内六感よりも空ろなる

  村 上  豪
くらやみから春とり出した牛の鼻
冷奴の角なぞりいる平和かな
赤海亀一匹だけの子が海ヘ
テーブルより枇杷転って放浪へ
この世なら源氏は敗けてばかり夏
鯖アレルギーの男と住んで鯖喰わず
竹の子飯の中から一輛電車かな
山の雲千切って入れて茸飯
男逃げ女は素手で雹つかむ
ご先祖の火矢のあとらし冬銀河

  村 上 友 子
時計草行きつ戻りつして一日
夾竹桃はるかはらから波頭(なみがしら)
秋明菊たしかに見ていた猫眠る
転ぶとは光ることなり蓬草
木瓜咲きぬ転んでばかりの弟だった
音程少し外れはじめた秋の猫
陽の葉牡丹そうだ羽もつ母だった
小気味よく夏野をよぎる独りである
流砂影なすこの家ブランコがあった
煮凝うっすら崩れリアス式海岸

  村 上 幸 恵
スープ待つ母には誤嚥と云う爆弾
歌い足りて母は雛と眠るかな
カサブランカ面影いつもベレー決め
蜃気楼土葬の大地茫漠と
古伊万里に黒豆父祖の輝きで
撮られけり河津桜に抱かれて
潰れそうな時叔父の赤桃着く
落人かな日暮れて蕾杜鵑草
夕べ乗り切るブルーベリー頬張って
鴇色の夜明け一際虫の音競う

  村田 ミナミ
兜太先生のお声朗朗初句会
八十の皺の出番だお元日
かえるよりかえるの声でうがいする
わたくしはあなたのためのわかばいろ
歩け歩け薔薇に心配されている
雀よりしゃべり過ぎたわ朝曇
絆とは見えるものです星祭
秋よりも淋しい彼が欲しいのだ
秋暑にて頭ふらふら両手に杖
劣情はジジジジジジジジジとしゃんでりあ

  室 田 洋 子
ご飯というきれいなエネルギー白鳥来
春動く肉の色してけずりぶし
花冷えの君等ブラックチョコレート
青田波さあっと黒板消しました
腋を剃るピンクのかみそり遠花火
うつぶせのあなたのように夏銀河
ペン置いてまひるの食卓浮巣めく
夏岬わたしの一切蹴りあげる
猪や父って案外面食いです
金木犀ここに出口があったはず

  森    鈴
牛は神神は気紛れ寝正月
水仙と息子勝手に咲きにけり
お遍路に天井低し仰向けば
葉桜や水あるところ漢あり
嫁が君家付き娘に五女産る
蛍火や四十手前の寡婦の母
すずなすずしろ鸚鵡のような姉妹
蝉時雨砂山のよう雲のよう
冬紅葉美しき齢と思いけり
つくつくしつつくづくつくしつかれけり

   茂 里 美 絵
空色ガラスするりと抜けて初夢
言霊はふいに来るものお雛さま
低く来る蝶よひんやりと未来
朝桜小舟に櫂という呼吸
蓮ひらくまひるの寝室のようなり
盆過ぎの星座早見表ください
くちびるはふしぎな肉よピラカンサ
人老いて夕顔ひらくとき夕餉
まんじゅしゃげ白い石から拾われる
夕顔ひらく水平線って退屈

  森   美 樹
初笑いの叔母は太巻き寿司のよう
鏡中をさまよってゐる夜長妻
濁流見し髪梳きおれば白鳥来
渦潮は青年の臍夏燕
眠気のようすとーんと谷に落ちる雪
東京駅線路に雑草とは勇気
曼珠沙華水底にある人の貌
病葉は見られてしまった日記のよう
蛇は樹にひたすら裸婦を描きをれば
水平線も君も潔癖花菜畑

  森 内 定 子
石ころのひとつひとつの初明り
目の覚めるやっと物芽になれたから
真っさらな代田はまるで能舞台
葱坊主右肩あがりの三男坊
香水の一滴饒舌なフランス語
麦秋の真ん中窒息しはせぬか
もう誰のことも思わず穴惑い
わたくしの心捜して枯野ゆく
沈丁の香りふかぶか肺ふたつ
室の花母の胎内かと思う

  森央 ミモザ
向日葵に並び私は陸のいろ
蜩に囗つぐむ野の時間かな
河よりもときどき深く月浴びる
人声の残すむらさきかぶと虫
絵具溶くとみんなささやく草の花
落葉樹林わたしを行き過ぎて羊
冬蝶のほぉと蒼みし紙包み
白鳥吹かれ額に大きな夕闇が
しゃぽん玉こぼれる馬の背は異国
浄土かもしれぬ眠たさ青き踏む
   
  森下 草城子
いきなりの黒牛姨捨山が朧
禿頭の百姓ときおり手を頭に
影の大きな村人が来る二月かな
山の人涙脆き手に沢蟹
山中や甲子男の枇杷に色がきた
沢蟹や山人の言葉詰まり勝ち
帰省するは旅なり僧に会いにけり
われに目を向けて小走り小鳥来る
十三夜頬杖か転寝か決める
海暗の鮃のようなり島を巡る

  森 田 高 司
夕焼けや島のばあちゃん独り言
鎌の先から研ぐ指水あふれん
島花火家垂直に動きます
酔うままに橋の長さを確かめり
紙風船日の出の島をすべりおり
夕焼けに突き刺さる月誕生日
窓から青空地球に独り
その指先島の草木新年度
子らの顔ゆらゆら満月夏休み
十五階田植えの母が近づけり

     森 田 綠 郎
座禅草ときどき時間吐きにけり
子が抱え来る冬瓜の遥けさを
男鹿(おが)の春ほうほうと刳(くく)り舟を吊り
第九いまいきなり黒の雲水ら
とりあえず塩と答えて更衣
蛍の木どこへも母はもういかず
昼星のしきりに落ちる海の墓
月にはや溶けはじめたる納棺師
逝く春を猫めびよーんと伸びており
夜ごと梟墳丘といえないか

   森 武 晴 美
崩れゆく義母加速して 晩夏
父の日に父の介護用ズボン
秋の日や母より猫よりポエムです
蛇穴にわたくし燃え尽き症候群
山粧ふどの色の扉を開けようか
窪地あり陽射しと落葉とストレスと
飛梅や言ってしまえばみな余命
木枯しのあとに会ふ人真実です
心太黙れば固まりそうな舌
父が好きな母の恥じらい寒椿

  守 谷 茂 泰
芒野を最上階と思うかな
微塵の語ふと恐ろしき寒卵
拾いたる葉と昏れてゆく夏の旅
水たまりいまだ幼形九月来る
惑星の引き合う夜の葡萄かな
歌う妻に冬木の梢暮れずあり
わが影を憶えていたり春の坂
木の椅子の白夜のごとく置かれけり
象の居たあとの日溜り二月来る
ここにいることが遠景梅咲けり

  諸   寿 子
旅の一座テントの外の初鰹
万愚節わが家にピカソの絵のありて
お遍路の道より夕餉の家族見ゆ
懐に子猫火宅の父なりし
昼の酒ぺんぺん草の楽土かな
校庭の下にヒロシマ子らの夏
夏痩の我に窶れし母ありき
十三夜長江下る百の黒牛(うし)
里神楽太太(だいだい)と祖母呼びていき
夫に添う離島や冬菜繁らせて

  柳 生 正 名
母捨てるならば鬼灯市ぞ良き
瓜坊来て障子を食べる籠り寺
玉虫の碧(あお)に大寺沈みけり
男郎花近江で硝子すつと切る
皇国の一番奥に蝿取紙
古雛を仕舞ひ土星の輪の薄き
会津はや腹召すやうに蝶生まる
地に殉教宙(そら)に毛深き蝶の貌
麦秋のどこまで眠りどこより死
余震なほ金属音の鶴帰る

 安 井 昌 子
屯ろする君らの自由星月夜
旅寝かな水鳥の羽藻にからむ
葛飾や雄鶏もゐてラムネあり
芋の露写真にいつも薄目して
かき舟の灯影ひろしまの悲しみ
君に振るハンカチ黄色いくさありて
枯園にはぐれてもみる愉しさは
月山や雪道僧に肩借りし
蝉の羽化しなやか族の明るさに
清貧や初蝶吾と塀の中

 柳  ヒ フ ミ
梅咲くや人の命の真際にも
この器すぐに溢れる春の水
降る花に見知らぬ顔になりし母
鈍色の吾に時折花吹雪
猫の子と杉の子すくすく花粉症
無防備な想定外に春瓦解
みかん山無邪気な頃の右左
真葛原衣裳足らずの旅芸人
最初から空っぽの缶西日に蹴る
かぐや姫住まぬ月みる月見月

 矢野 千佳子
余情とは刈田見て来たあの渇き
思ひ羽やときに眉根を刺す光
陽炎や会へばうれしきのどぼとけ
空海さんいまだに生きて蝌蚪に足
もう微風のやうです夕かなかな
朧夜は手が触れるかと思ふとき
甘酸っぱい綿虫来てる製材所
鼓膜とはひっそり粉雪舞ふところ
枯穂絮祈り捧げるさざめきも
歌枕もうじき夕焼やってくる

 矢野 千代子
父母亡くて土間にたっぷり十六夜
月の舟一遍さんの追而書(おってがき)
蝦夷鹿は託りもの霧の巻く
金雀枝の大きなうねりよく噛もう
料峭の石に雨ふる素読という
鶴の声ガーゼ揉むよう地震くる
近親婚みたいひとりで啜る水雲
星屑のくっっく書写山飼葉桶
ぜいたくなかりがねの道月の巣へ
臼息は附(つけたり)大具道具館

 山内 サダミ
元日や爽やかな水飲みほせり
初御空病衣の衿を正しゆうす
お元日何時もの丸薬十粒掌に
雪晴れの五箇山郷や無の真昼
子供の日子育て知らず早卒寿
母の日や明治の二人を看取りしこと
一と雨の朝ただようよリラ真白
風もなく糸引く毛虫一人芝居
好きずきに片よる落葉孤独なり
寒日向脳動脈瘤を焼いてみる

 山内 崇弘
足長蜂へ頭突きくらわす父であり
冬立つと郵送される胸騒ぎ
啓蟄やぼさぼさ頭で起きて来し
一枚の宛名不明の冬の蝶
本心を何も語らず蛇穴に入る
首筋が蚊の鳴くところ無口なところ
囀りの中に溢れる水の闇
凍蝶をネクタイゆるめ眺めおり
酒止めた父と落葉のよく煙る
恋猫の大きな方を銃撃す

 山岸てい子
筆持てどまた余震来て雉の声
初蝶の羽音きらりと庭動く
よっこらしょ花菜に染まる楽隠居
夏の波払の足跡食べつくす
道化火一秒遅れの恋もある
ちちろ虫徐々に濃くなる生命線
藁塚に枝かけ笑う風の脚
本洩れ日の真下で秋思立ち止まる
雪虫へ希望と書けば指熱き
寒椿ホットコーヒー入れようか

 山 囗   伸
冬瓜が化粧はじめる遺憾なり
茄子焼いて達者な雨を喜べり
村中の白菜鉢巻きして眠る
西瓜畑囗鉄砲を二・三発
老農が蛙起しをはじめけり
日本南瓜に冬至近づく空気かな
鯔飛んで必ず墜ちる空の青
小豆干す笑わぬ村の端に住み
大根干すための十字架立てておる
如月や陽を漉き込んで農に老ゆ

 山ロ マツエ
水買って運んでもらう寒さかな
双六や箸休めのよう生きてます
ニン月の水に沈みしマグカップ
日なたばこ呆けし夫もわるくない
花の冷え電池の切れtだ辞書を閉ず
玄関に椅子一つ置く聖五月
頼朝の逃げ来し坂や夏霞
あの人の手紙は九月になると来る
落葉降るコーヒーカップに鯉の背に
癒えし日はものみなやさし小春かな

 山 田 哲 夫
崩れるは易し祭の輪もビルも
内気な鶏も来ており枇杷の木の根元
一耕人他には里の山三つ
亡父のような冬日が射しているここは
冷房の青年こわれやすきかな
冬の海見ている鍵の束持って
行く先は寺と答えて心太
一月のやさしさ天龍の川下は
病苦より解かれし骨や冬深し
見えぬとは恐ろし白梅に微香

 山 田 冨 裕
福は内ドアーが天地の笑顔なり
乙女には戻る事なし花菖蒲
鰯雲駄菓子屋に寄る子の迷い
ふらここや揺れる約束迷ってる
水打って百丈の風地を敷けり
露草の瑠璃色空へ預けたし
あるだけの窓唄い出す虫時雨
曼珠沙華刃の如く燃す野路
蕎麦の花今盛りなる更年期
児の嘘も成長の糧文化の囗

 山 中 葛 子
夕焼の古くてかわいい道に出た
百千鳥消える競争しておりぬ
羽黒山飛び出してゆくがちゃがちゃ
もうごはんまたごはん白さるすべり
鳶の輪の絶対音感夕やける
妻だけの踏む暗がりや蚊帳吊草
白魚飯かすかに骨のようなもの
藤五尺抽象にさしかかりしか
ロボットのつるつることば冬灯す
無欲という欲望のあり紫金牛(やぶこうじ)

 山 本   勲
夜の山朝日まで鳴るよ朝日まで
雷は帰るか蝶の紺が見える
人は微光山影のなかに食器並べ
紅葉に群れ足湯に並び妻と流れる
山の月雪の足跡みな尾を持つ
空の晩夏ガラスや鶫の微音かな
月でブランコする蜘蛛よ妻は跣かな
鋤く母のおかしくも小粒雲雀かな
灯の向こうで母は身罷る月が落ちた
黄の日暮死の父に雪後黄の日暮

 山 本   掌
鬱きざす頭蓋に散らす花骨牌(はなかるた)
口中の暗渠紅梅咲きて散り
白梅やあれはわたしの離魂(ドッペルゲンガー)
花ミモザあやまちのごと虚無に棲む
白馬(あおうま)のまなぶたをうつさくらかな
はつなつや霊長類としてさびる
麦の秋破れし海図少年期
月光の贄なるわれの生死かな
霧を裂きゆく言の葉を一花(いちげ)とし
裂帛や霧は人体這いのぼり

 山 本 昌 子
春落葉鳶の高さのレモンティ
吹雪く木の一本あれば足る花見
もどろかな紫陽花の鞠のバランス
切り株はこだまの席よででむしよ
抹香も金木犀の香もお山
居待月ちょっと前から糸通し
金婚の旅は落ち穂を拾うごと
八風街道東へ茅花流すかな
四条麸屋町くさめを一つして曲る
棒鱈のガチガチ人休標本図

  山 本 弥 生
故郷の放置農園春の雪
伊雑の宮見張り役なり青葉木菟
病み捨てて夏至の日暮れを靴磨く
杉山の荒放題に原爆忌
錆自転車止めて直立原爆忌
原爆忌母の日記の一行詩
蜜豆を食べ過ぎるなよ夢に母
一遍さん厠を借りる竹の春
流星一つ選べぬもどかしさ
足伸ばし板張りで観る里神楽

 柚 木 紀 子
永遠と一日を霧 青霧
水面てふ識閾残(しきゐきのこ)んの百日紅
内陣を窺ふごとし露の玉
水澄むや漢の澄みのただならね
澄(すみ)極み水の齢(よはい)のなかりけり
なかんづく仮面のひかり里神楽
死者に生者たりし日日(にちにち)冬麗
萍や言葉は人を語りけり
逆巻き去るしだれ白梅(しらうめ)め手ゆん手
ふらここの幼(をさな)抱擁地震(なゐ)ぐるみ

 輿 儀 つとむ
夜の鏡に俺の背筋とペンギンと
居酒屋の蟹と目が合い劣等感
飛石は月片異郷の師を迎ふ
トイレの壁に少年集い日照り雨
蛞蝓の道につまずきしか母よ
麻痺の脛に蟻ら吟行のごときかな
夜の村道明かるい方言のあと吾れら
谷底に石放るもう会えない人よ
ビルに抱かれて海の音聞く清掃夫
十一月素足のごとく風かな

 横地 かをる
囗に運ぶすずなすずしろ流離かな
沖をくる鳥の混沌雪降り積む
朧とは夜明けを告げる鶏のこと
木曽の荷馬シラタマホシクサと眠る
雨が来て声のふかぶか夏遍路
娘の子ども近江訛りで真みどりで
白玉屋力士三人座りけり
さりげなく雨を描く癖花卯木
かなかなや母いて卵かけご飯
水より淡ぐ姉のこころ根太大山蓮華

  横 山  隆
白鳥は洗面器に入らない
花の下めでたしめでたし赤ん坊
裁縫職人秋の河口は縫はない
透きとおり輪切りレモンなり別る
荒涼ともちがふ眞赤なトマト一つ
あまてらしゆまりきらきらおおみかみ
瓜賣りのこの世あの世を褒めるなり
鐘は鵈りゅめははだかの一部なり
ぶっつかり蟻ぶっつかりぶっつかり
ばななの皮一本分のばななの皮

  吉 川 渓 美
何方も葦切よしきり低体温
浮世絵の伏目とろとろと臘梅
猫の子のぞろぞろ生れる家の運気
震災の後サングラス濃きいろに
百千鳥椅子から立てぬほど尿意
原爆忌静かな雨に傘湧けよ
百合の花借りたショールで揚羽めく
生きざまが死にざまと彼黄砂降る
秋の山刺繍に百歳のいろどり
銀盤は山繭ほどの光かな

  吉 川 真 実
種を掌に虹に近づく心地する
本を読む息遣いにて摘草す
草笛吹く風の先端にいたくて
手花火や横顔という遠き島
翡翠の四方わが天窓であり
旅の夜の窓と思いぬ青林檎
はまなすや故郷に来て旅人のよう
実むらさき会う人々に湖ありて
真顔なる夫に綿虫つき易し
大雪や夜は静かなる天秤

  吉 田 透思朗
父の日は谺となりし休火山
辞世など快楽の如し波の花
蝶ひとつ飛べぬ大地の怒りかな
八重桜大地の怒り鎮めたまえ
あらたまやくにを忘るる人ばかり
海軍はむかし水軍いわし雲
この顔でいいのかと散る糸瓜かな
鳥渡る尖閣諸島潰されし
陽炎の化身イスラム原理主義
燕子花未だ天上に美酒を待ち

  吉村 伊紅美
言い訳を探しつつ摘む草いちご
余り苗一握りして植えられる
トマトがぶり少年の朝六時
幼児の紙雛どれも目のまるく
禅僧と席を並べて茸飯
草紅葉オムレツなんぞ外食す
祇園会やサラダのような下駄の音
靴底に毬張り付けて栗拾い
団欒が乗り込んでくる冬列車
定位置に身元をもどす大晦日

  六本木  伸一
石売った銭で酒飲む峡の冬
蝸牛伯父は被弾の足を引く
春蚕俺に挑発的な顔をせり
野仏の泪を舐める蛍かな
かかあ天下天井裏に湧煕ん蜂
棄村かな寒鯉くるむ新聞紙
飯粒をよーく嚼むよな田植歌
大朝日生姜畑へ吾子走らす
存愁を抜け出す路地にカツレツ屋
寒卵啜る我等に通夜更くる

    若 林 卓 宣
ランドセルまであたためし焚火かな
幸せに見ゆたくさんの干蒲団
紙風船半分凹み飽きにけり
力士のほかだれもわからぬ福は内
たけのこを噂と共にもらひけり
やがてたどりっくことになる蝸牛
湯たんぽいれてもらった順に寝る約束
そのむかうに贔屓の梅が隠れてゐる
一茶忌や雀のあそぶ土もなし
二階から八百屋の上の初日拝む

 若 森 京 子
風の峠ペン差したままの羽繕い
うたたねの私に岩波文庫の瀬
和国晴天なり弓なりに冬籠る
僧三人自然薯という厄介なもの
私にはとるふぁんうるむち蕪蒸
脱稿や花野に柔らかい落馬
白ふくろう胎蔵まんだら灯されて
フランス映画うすももいろのなめくじり
白底翳あの夕顔のひらきしまま
透明ないのちの分母かたつむり

    渡 部 愛 子
麦秋や等身大の三面鏡
MRIプールの一滴フイルムに
おんばさら唱える雨の落し文
残暑見舞生の火加減水加減
言い訳をしたくて絞るレモンかな
「草枕」声をかければ柿二つ
綿虫や視野がだんだん狭くなる
死ぬ力蓄えておこう七種粥
啓蟄や出てきた初任給袋
ポリープ切除白いご飯に菜の花漬

  渡 部 陽 子
鮑かむ鼻が重たき孤独かな
白玉や些事のごとくに母の愛
黙という矩形をすべる祈りかな
拇指の跡下駄に残して父逝けり
鈴虫の止みて電球の高さかな
逢いし身をきりきり洗えほととぎす
満月の落し蓋なる情事かな
ほら穴は暗算のよう花吹雪
即興とは現世を隠す時雨かな
雪催い忘却というけじめあり

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