2017年9月30日

兜太の語る俳人たち「佐藤鬼房」


佐藤鬼房の俳句

 鬼房は、第一句集『名もなき日夜』を1951昭和26六年に出し、その4年後に第二句集『夜の崖』を出している。年齢にして32と36歳のとき。鬼房の初期句集はこの二冊に集約されていると見てよい。

 私は処女句集を出して間もない鬼房と福島市で出会っている。銀行勤めで福島の支店にいた私の阿武隈川べりの家に、京阪の俳句仲間に会っての帰り、鬼房はぶらりと立ち寄ったのである。炬燵を囲んで一晩をすごし、かれは熊のようにのそのそと塩竈(宮城県)の自分の家に帰っていった。まったく熊のように重く、どこか鬱屈を蓄えた後ろ姿が、いまでも目に浮かぶ。

      切株があり愚直の斧があり
      きりかぶが ありぐちょくの おのがあり
の鬼房をおもっていた。




 そして、その愚直のおくに潜む、切株のように孤立した者の野心を、私は受け取ってもいた。鬱屈は、この遂げられない野心による面が大きいとおもい、俳句にこれだけ打ち込んでいる男の野心を頼もしくおもっていたのである。

 第2句集『夜の崖』が出た1955年=昭和30年、私は神戸にいた。一帯が白っぽいエキゾチシズムの街にいて読むこの句集は、東北の風土を、鬼房の詩魂からにじみでる生ぐさい息づかいとともに、したたかに伝えて止まなかった。たとえば、

     青年へ愛なき冬木日曇る
     縄とびの寒暮いたみし馬車通る
     齢(よわい)来て娶(めと)るや寒き夜の崖
     子の寝顔這う螢火よ食えざる詩

があり、時勢への批判意識から生まれた、

      彼のボスか花火さかんに湾焦す
      孤児たちに清潔な夜の鰯雲
     壁になる冬の胸板軍備すすむ

などがある。前の4句は如実に風土とともにあり、後の3句も、風土を得て、批判意識のひとり歩きを免れていた。第1句集の野心とともにある文学青年の面影が消えて、塩竈に根を置く生活者の声がすべてを包んでいたのである。

 むろん野心消えず。野心は鬼房に若々しい気概を提供し、意欲的な句風を醸成してもいた。伝統を受け入れつつ、現代を獲得しようとする意欲といってもよい。しかし、塩竈の生活者としての、土着の性根に立つことなしには、意欲の空廻りを惹起しかねまい。鬼房は第二句集にいたってそのことにしっかりと気付いていたのだ。

 五七調最短定型という伝統詩形を土台とする表現行為にとって、風土が屈強の支えとなることにも確かな理解をもつようになっていた、ということで、もはや鬼房は単なる文学青年ではなかった。『夜の崖』で鬼房の句風は根拠を掴んだのだ。

 風土といい、土着の生活者といったが、鬼房はこう語っていた(『証言・昭和の俳句』〔下〕』角川書店刊)。「このときと(引用者注/十八歳で長谷川天更(てんこう)の主宰誌「東南風 いなさ」の同人になったのを契機に上京。しかしとりとめなくなって間もなく帰郷)、兵隊に行った間だけ塩竈を離れたわけです。それ以後はずっと塩竈です」。また、その語りのなかの「鬼房」の俳号を決めた由来がおもしろい。風土と生活者の自覚にふかくかかわる。要約する。

 詩を書いていた時期は「巍太郎 ぎたろう」で、俳号にも使ったりしていたが、第一句集上梓のすこし前あたりから「鬼房」と名のるようになる。理由は、「上島鬼貫の鬼です」。

だから「おにふさ」と読み、きほうとは読まない。鬼貫に惹かれたためだが、その人物、俳風が好きなこととともに、「平泉の衣川」の縁に気付いたことが基本。ここは鬼貫の祖先の地で、源義経をかばって討たれた人物の末裔だった。そして鬼房の母の出身地は「衣川の隣」。

 鬼房は書にも個性的だが、榊莫山の影響下に書に熱中した時期をもっている。しかし、かれの書体は、あきらかに鬼房のもので、その朴訥剛毅な美趣は、塩竈一帯の潮と土のものだと私はおもっている。土着への自覚の深まりのなかから書かれた書、という印象であって、かれの俳句と十分に重なる。

 同時に、いま一つ強調しておきたい鬼房俳句の特徴に、抒情の宜しさがある。前掲句からも分かるように、心意と風土の重奏の韻律が、ふかく情感をペースとして奏でられているということ。意識的な切り囗を避けて、情感の湿りと温かみで包んで、いわば鋭気ではなく、潤気とともに伝える。後半期の作も同様。

     陰(ほと)に生る麦尊けれ青山河
     蝦蟇よわれ混沌として存(ながら)へん
     観念の死を見届けよ青氷湖

 まさに「観念」でなく、日常の「思念」の生生しさを大事とし、意識的でなく情感
を労りながら五七調最短定型を形出していたのだ。そして、風土に立つ土着者の俳句
が、都市化し、本物の「自然」が見失われて、いわば「お自然」俳句の多産へと流れ
てゆく傾向への、屈強の反措定であることをも、鬼房は確信していたのであった。

http://shiomo.jp/sato-onifusa

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