2017年8月1日

海程句集2海程創刊40周年記念アンソロジー 物故同人の章

海程創刊の頃の金子兜太・右
海程創刊40周年記念アンソロジー 

物故同人の章【あ~お】

 安達真弓
とほき野に江の氾濫のこり照る
青落葉さわぐをよぎり家路ならぬ
ザリ蟹もわれも異端めくふるさとよ
棒縞を着せて案山子と貧わかつ
樹のリンゴ片側紅き蜜月旅行(ハネムーン)
芙蓉大輪いつより時間ゆるやかに
片頬に老斑賜ひ万愚節

 穴井  太
吉良常と名づけし鶏は孤独らし
あおい狐となりぽうぼうと魚焼く
ゆうやけこやけだれもかからぬ草の犀
番長も俺も毛深きゆきのした
朝日あびる中学校の砒素の瓶
一樹病み百も二百も雨蛙
この世から少し留守して梅を見に 


 新井 清
朴の花熊棲む森の真ん中に
去年見つけし鈴蘭の群生に逢ふ
困民党育てし美の山(やま)の夕桜
飛行場真白にあけて二日かな
虎が雨家を残して子は北へ
麦秋や妻の背まがりぬ南無三宝
走り梅雨隠岐の白浜濡れて来し



 飯野又四郎
ものの芽萌ゆ薬草ありて山という
春の雪私は誰ぞ母の国
杉菜はびこり人間滅ぶかも知れぬ
関東に大王ありき亀鳴けり
星月夜母に映画の雨止まず
けんこんと落日す月冲天に
朝日子に野は金剛の露の中

 飯利允規
病み臥して菊の白きが胸の中
眼鏡かけて何もせずゐる雁の列
光響の風の流るる寒椿
北吹くや竹林ゆれて涛となる
鯉喰うて母の忌遠しみぞれふる
後の世は何待つ桃の花ざかり
落葉たくけむりの如く寝むるなり

 家木松郎
袋肩にひたすら暮色晩夏の僧
拝啓秋です樅と僕との背の隙き間
発汗せよ夕鴉愛せよ雲立てば
わが海原山上に馬ことごとく蒼し
海から来た黄色黄光麦畑
夜明なり耳すます松の木のB地区
母裸足葡萄の房は青きかな

 池田嘉奈子
青梅雨や百ぺん叩く足の裏
針錆びて絹よりうすき秋思かな
四月ゆくトロイの木馬の深眠り
終章へ石一つ置く竹の秋
難聴は私の科です豆の花
古備前の壷にくびれなき春陰
鬆のような会話豆飯が温(あたた)かい

 伊阪交采子
白桃にみやこの一騎写らんか
片頬を眉目流れゆき白鳥
虫籠を四五人の敵過ぎて午前
莫大な鳥影が湧く七草粥
吊革に一本の葱伊阪という
草曼陀羅三人飯を食う音す
さくら餅が炎えている遠島や

 石川とし子
いのちとは舌を出すこと寒蜆
産卵の鮎白濁の一刹那
羅に濃き乳首透き子をやどす
水に放てば天女の羽衣葱の皮
冬麗の野壷に墜ちし帰農の人
うすばかげろう婆嬉々として隣家の葬
座禅てふ苦楽を遂げて薄氷

 石原乃婦子
放浪の雲もふれゆく鯉のぼり
石蕗咲いて明るい孤独と向ひ合う
蘭談義して胸ひらく医師の前
楽しさはすぐに日暮れて返り花
蝶の昼ころころ遊ぶ紙コップ
梨の花見にゆくための握り飯
やわらかに空をひろげて水の初夏

 井筒安男
たそがれる俺菜の花といていいですか
れんげ田の家やがてかわず田の家
雨つぶ雨脚雨音母泣けり
雨しずく蜩(かなかな)しずく暮れてゆく
川音にひと囗呑まるるこそ故郷
しつこい蝿もよし母のいる村は
電話の声ばかりの母駈けたくなる

 稲葉 直
子規忌果てる百済観音だけを見に
生きものとして水涸れをさかのぼる
山ばかりにて老鴬の鳴き疲る
不揃いの箸の朝飯死者を置き
がさがさと雑木を移る十一月
低気圧通過す仏の砂を濡らし
滋賀県の許可なく毛虫這いまわる

 今井稚子
家じゅう原っぱ水葬と告げる
湯むきのトマトおさげ光りて五才
大き背の象春のまん中毀れたり
禁じられる遊び家中に鈴つける
夏空みるわたしけむりになるまでみる
かたつむりずーつと音を読んでいる
あるときは大音響をところてん

 岩田秀一
河に夏月流れて数箇も流れるや
憫笑に似たるや鮮苗青火玉
厠に佇つと慰めのように雪が来た
池干してかくも暗きか蜻蛉下
よろけては秋風の鰭に掴まれり
安全弁のように早梅一輪あり
身中の虫が踏むなりけむり茸

 上坂白風子
落暉の鏡の中を漁りの舟いけり
水枕して林間の大きい振子
魚臭い少女らよ月にのしあがれ
不遜を重ね真夜中の白猫逃げ
藁屑の煙りほそぼそ花心病む
明るい積木部屋一ぱいが朧なり
転作田の麓は白い蝶のかたまり

 植杉勝衛
兜虫暁闇を翔ぶ白髪越へ
花茗荷いまやさかりの手踊りや
肋骨ゆすり驢馬が哭くなり秋しぐれ
わが塔の真柱(まはしら)支えん裸寄せ
吾が臍にねむりかさねる浅間山
大寒に刺されてゐるや三輪車
吾れ活きて居るも不思議ぞつくしんぽ

 上田都史
ゆく春の書斎に大鯰いて吾れがいて
肉片さくら色蹄鉄は遠くより
煮くづれを黒く笑いしお多福豆
黄の紋は身分証明花野往く
時空の外の手折れぬ花は物と化す
氷雨降る老来鈴虫白き髭
流れゆく川早春一兵卒でありし

 上野丑之助
木の実降る音の中から劇また劇
吐く息は夢の粒なり穀象も
コスモスに地震常住の白雲
昼の星喰う八十の眠り病
竹に朝日が少年の日の思いでや
吹く風は毛野ともいわず蝶や
九十歳とは春夕焼を見るごとし

 魚沼 泉
靴底熱し赤旗の列過ぎしあと
一色に雁木雪被て吾が忌来る
漆黒のメーデーの夜の泡立つ空
白菜噛む音の白さの雪降る村
未明の終業インキの汚点子に残し
海昏れて明日は撃たれる鴎に会う
蜘蛛の囲に眼光り今日が遠ざかる

 大家青哉
冬鳥よ汝のちちははは刃の裏に
春立ちて骨たいくつに遊ぶなり
ガーベラのはるかはるかの手風琴
口あけて老ゆ夏花は風なりき
妻にはるか夏の渚をキリンゆく
うさぎおりきれいな雪をみて睡る
雪が降る海鳴りは林檎の匂い

 大友力生
積木崩れるある日生米噛んでいて
さびしく酔う球面鏡に雑誌散らし
石の深部の泉に執しサラリーマン
杉生えるぼくら群集となる水際
犬の眼がはらからに似る又雪か
台風過ぎ純な野良猫に食あたえる
春愁は豆腐の中の水辺より

 大貫つるじ
梨光ってる夕刊淋しいからだろう
山茶花よもう少しだぞいい顔して
著莪いつ咲いて紙になってしまったの
こおろぎ深夜生まれたんだよ空気がいい
米ひと粒たいせつだった父の曰くる
蚊に愛され鯨のように眠っていた
めでてえな秩父の父の糸取唄

 大橋嶺夫
甲羅蒼く病者の日なた狼過ぐ
路面の氷針葉のごと夜盲すすむ
夭(わか)き背ら石負ぶ且菊月はや
鳥鋭し死木の夏を潜りては
陽うるさしペンで梨刺すわが死海
博労映る明治の写真晩秋なり
無味に似る慈姑を噛みぬ祭の家

 岡  あきら
始皇帝冬将軍とトーストを
山猫お猫空(から)鳴いて枯葎
流星の色香はほんに根深よな
絵手紙がやって来ました熟柿の朱
十二月帰去来無芸にして古稀
この猫の妖気冬瓜雁擬(がんもど)
青葉木菟遊びごころを遊ばせよ

 奥山甲子男
遊ぶべし家にも霧が来て遊ぶ
(いい)といい飯(いい)といい村が夕焼ける
耕せば土にめがありはらわたあり
茄子の馬一つ手前が駅だった
北京晩秋白い煉瓦が運ばるる
日と影を吹いたらとぶよ麦こがし
山独活のただ仄紅き村人ら

 尾郷友太郎
風邪声のポストまで行き眠られぬ
寒椿言葉ひとつに散り急ぐ
病みつきて一月一日眼玉浮く
豆腐沈むように看護婦寮は霧
翅音きく午睡のあとの寂寥感
かなしめば山羊のかたちの山ばかり
微熱兆す枯木の奥に枯木見え

 小澤杏林
白ゆえに灯の怖しき牡丹かな
みずうみの序曲は蝶の触れしとき
告白は舞うほかになし鶴の喉
空蝉の語りだすまで妣責める
手鏡に月ここからが絹の道
研ぎ上がる古刀てっぺんより一葉
柤とならん消えゆく鐘の音のほとり

 小田 保
湾流はやめ灯がつく再会の背後
雷火美し花の形にランナー寝て
冬がくる駄菓子のようなひとり笑い
石だけは喰えぬ石切山真冬
ヒロシマの雪降る河流手のない樹々
噴水に夏蝶あの日逃げ場なく
死よりも強く杭のごとくに一行詩

 小野 伝
人に似る犬の刮眼北風の夜
地球儀に遠く花散る子の寝息
霧の夜の電球はだか我が晩年
点滴がとまり夕べの彼岸花
看護婦の翼が包む聖夜の灯
吹雪く夜の白帆夜勤の看護婦は
人ら咲き野の夕焼けに喝采す

海津 節子
どこまでが真実白菜真二つ
蓮浮葉残夢のつづき灯し合ふ
咳込んで真昼の海猫(ごめ)をけぶらせる
小石めくれば仮眠のあとや夏の川
鶏が婆にさからう木の芽どき
オルゴールは落葉の上の柩かな
能面が真夜に出てゆく雪椿

 北脇 橘村
水皺に志那浜昏るる宗鑑忌
木馬天の近道を駆け父母を捨て
少年は白波遠い野分かな
何とやらん呟いている妻ピーマン
一握り置いてきぼりの土筆暮れ
ちちろ虫戻らばや巷明か明かし
めでたしと言わんか鶴の白世界

 城門 次人
体操に飢え猿まじる朝日かな
幻に候あけがたの鈴虫は
尺取りのすぐ突きあたる無限かな
流れのごとし夕焼けの馬の顔
鴨緑江節わすれるころの渡り鳥
秘すること半分になり夏は来ぬ
老人は虎落笛なりなんども覚め

  九月 隆世
抱きたい夜樹かげは美しい火柱
妻美し安達ヶ原を行く如く
母恋し明るい席へ現し世へ
疲れましたクリニックの入ら緑色
ぽきぽきと首の骨鳴り遥かなり
息の奥にもう一つの息せせらぎのように
癌細胞真白に胸に咲き乱れ

 工藤 巒仙
無冠なお今は悔なし捨案山子
荒梅雨や妻よ不遇の愚痴言ふな
子供の日鴉の色は黒でよし
古稀の年迎え無冠の案山子たり
人そしる癖の治らず鮟鱇鍋
団地窓みな銃口に見え梅雨の雷
石蹴れば石に癇あり寒の月

 隈  治人
冬田の謀議一撃で足る頭を寄せ
急ぐな雲せまい日本のめしが好き
あとの鴉の遥かあと雲柔和なれ
母と老い涙痕にがきごまめかな
鮭五郎月夜だ無政府の豊かさ
ひとり冷や酒野獣老いたかヤイ
逢いたくば芽ぶく柳の許に来よ

 見學 玄
炎天へ突き放されてゆく思ひ
埋火やたしかに人の居し空気
忘れ物網棚に花明りせり
春疾風本屋が小鳥売ってゐる
半島縦断す大根どこまでも干し
毛の国の境うろうろして残暑
菊を見る仏頂づらをして男

 小島 洪資
雷鳥子連れ灯渦まみれのシャツ翔たん
雪崩より生還林檎は夜も光る
山畑一戸霧の三日月散るような
逆立つ卯波夕日に突立つ怨の旗
月の砂丘に漁夫ら一雫づつの草
昏れる工場目鼻なき入ら門を出る
風が忘れた渚の小貝わが流離

 小島 花枝
一枚の空一枚の麦の秋
横にゐて横顔ばかり見て夜長
馬洗ふ夕星の潮汲みあげて
どんぐりのころんとここは指定席
黒猫の遁走二十三夜月
吾亦紅少し離れて夫をみて
鏡中に決心かため雪女郎

  小寺 山布
名なき俺なまこぐにゃりとして売られ
水仙はかたちととのえ吹かれいる
山藤は母のちからの濃むらさき
余生安穏ならず熊野灘ささくれ
落ちてきた冬日子等はしるかな
老残のいちじく剪定ふかく枝払われ
老い痴れて百合の無疵に恥入りぬ

 小西 緋紗女
短日のジャズの館のある港
かくれんぼ耳がのぞくよ冬菫
初大師熟女ばかりの狐うどん
樹氷林ジグソーパズルの完成す
落ち椿糸でつなげば昔となる
石畳五月の街の未完の詩
百日紅自画像樹下に置いてくる

  小林 巌
蒼海に棘ある生物浮遊して
雪終る甘い錠剤かりかりと
微顫して赤とは見えぬ曼珠沙華
雪原に幻視の蛍追いにけり
野に立てば赤とんぼ止まりそうになろ
冬去れば寝床に来たる三葉虫
冷えの春体温計の長さかな

  小松崎さわ子
泡立草の黄にのめりこむ胸さわぎ
きれぎれの夢のあとさき蛍とぶ
過去遠し人も遠しと大野分
水のんで記憶濃くする十三夜
一村を包みこんだる鰯雲
ゆく程につのる淋しさ芒原
人追いこしてより恐しき夜の裸木

  小山 清峯
オムレツはかなしやまとの寺に坐り
塩素ガスに馴れたる肺がやはり咳く
逝く夏のむらぐもに澄みさなだむし
月よすっぽんよこんど生れたらと言う
天皇とほとけ多過ぎるくに陀羅尼助
かなぷんと俺はすとんと落ちねばならぬ
露草や野良猫もまた美貌なり

 斉藤 英子
陽だまりに白鳥眠る風もそっと
梅雨長し肩凝る夜は漂いて
耳鳴りと庭の紅葉を掃きよせる
絵の中の独楽がまわるよ夏の終り
オホーツクの夏は海猫のモビール
山鳩の抱卵熱い目の鴉
朝の雨桜紅葉は谺せず

 斎藤 三樹
家系図に見えがくれしている沢蟹
遠い流氷 鼠は藁の奥に生む
あまくくさる藁をへだてた裸身の抱きあい
屋上の縄飛び少女銀河を飛ぶ
湖に浮かぶ白鳥の腋に小さな娼窟
花見の途中に絵本へ還る三老婆
郵送される手鏡霧中に馬を映し

 境  三郎
まばゆい星に紙の飛行機とどかない
電柱の蝉つややかに暮れ統べる
鳩鳴けり曇日ひとに訣れきて
黄色い陽が動かぬ右往左往のぽく
冷風に切られて菌が沈む胸
大仏の腹ぴしゃぴしやと冷雨打つ
身がかゆし牛馬影なき干拓地区

 阪井 詩泉
水美しせんぶり村の嬋しぐれ
大安や芽ぶきも美し白牡丹
この日をば夢に描きて寒椿
せせらぎも泉も桜の中にあり
葱坊主まだゆく先はわからない
枝打てばちちの木霊の凍てかえる
はしり穂やちちの声かも草の中

  阪口 涯子
北風列車その乗客の鳥とぼく
れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ
からすはキリスト青の彼方に煙る
空に鳥たち茗荷はうすく礼装して
辺地雪舞う殊にバキュームカーのまわり
こおろぎの浪しぶきいる黒人女体
海に原潜山上によきおみなえし

  嵯峨 柚子
山椒魚の影がでてゆくめくら縞
竹林の薄眼をゆくほとけ見え
ずぶ濡れの山椒魚が立つ枕上ミ
昏睡の妻抱けばいちめんらっきよ畑
疲れ鵜の乱声(らんじょう)が棚経僧の喉ぼとけ
鵜らの血もまじる焼畑荒凡夫(ぼんぷ)
ははのくにへ地つづき濡れているやんまの眼

 佐々木計雄
電線の雀こぼれるまで凍つる
霞の中なる打楽器が夢さます
菜の花にならんでその身ゆすりいる
長すぎる地下道蝶のはがいじめ
蝶迷う頭上たいらに登校の列
ビルの肩重たく支える五月の雲
幼なき日の円をかすめる柿若葉

 佐藤野火男
散るために遠景となる銀杏が好き
夜の桃信じるものを幾つ持つ
粥すする影薄くのび秋日和
俺の骨海に撒くべし鳥渡る
空は春色個室に深く胸に深く
よもぎの香土筆握らせくれし人
丸く小さな咳水仙をどうぞ

 佐藤東北夫
熟睡青い硝子倉庫の断面
情死せり末枯れ一点肉色に
起重機の生いたち重い吾子抱けば
草いきれ寡黙な犬は話せそう
身体(からだ)温し潮騒やさしくあなたの遊
大根はわが厨房に着弾す
今夜は雪そっと野仏消えそうな

 佐藤 露舟
霧の声ほろびの山家火を育て
年の瀬の貸し借りもなき喪にこもる
火は北の魂雪をおびえ待つ
川一本澄みゆく血と肉となる
蛇泳ぐ売田よ荒鎌深く剌す
晩年は無風生き抜く蛇の舌
丸太積み裸たちまちこわれたり

 春城いくお
電話はいつも凍る角度で掛かる
多摩冬山ほとけ咲かせしうす眠り
雛の夜は太鼓たたいて橋わたる
もののはずみで難しく居るかたつむり
向日葵は奈落出ていく旗じるし
炎天下大いにわらう墓暴く
寒流が通る金槌の木の部分

  柴崎草紅子
ただならぬ風の景なり床屋にいて
望郷のたもと托鉢の海みがく
清潔に田が植えられて貯まる涙
北関東に禅寺白萩の暮れなり
芋畑なり月潜むところなり
雪来る気配馬来る気配抱けば
水を土をこがらし走り暮れを灯す

 柴田 孝之
音たててゆたかに春の水つかう
梅雨の大阪太く短く煙吐く
腰痛に咳横向きに仰向きに
耳からも咳が出てくる夢の二月
掌のひらに指の腹ありかまど馬
山茶花が程のさすらいわがさすらい
珊瑚樹咲く一人なりけり父なりけり

 志摩 一平
蕗煮つめる純白に光る仲間をもち
嬰児は影絵のように爆心地の葦
秋の岬に雲の混みあう内科あり
いつも孤りの帆をしろじろと被爆の耳
少年死す鳥の手紙をふところに
はにかみの春暁奔る白うさぎ
ガーゼ透きとおる海の製材所

 島田 夏子
都忘れ買うひと恋いの囗の終り
酒すこしたくろうを聴く氷雨の夜
枯れる中情のよう葉の深紅
皿割って見えるかの日の黒揚羽
はろばろと咲けり喉はダリヤなり
いとしみ熄まぬ心映してあじさい藍
秋草の繚乱とあり石ひとつ

 島津 亮
父醉いて葬儀の花と共に倒る
女に突かれ男抱きつく櫻の木
怒らぬから青野でしめる友の首
銅の青年火を焚いて森脂ぎる
朝の裸泉のごとし青年立つ
人生を男の頬杖 流れぬ驛
瞼まるまる白岩を閉じ家鴨病む

 島本 久夫
月ありて曠野閃めく霜鏡
確かなる秋の音すて鎌の風
巣籠の鳥の挽歌に天の青
海鳴りの止んで平明父帰り
徒歩掠めだんだら雲のぎらぎらと
群れ狂う蜂の終末のごと散らんか
花もやの夢いっぱいの荒莚

 鈴木 勁草
夏鶏の抜羽と乾くにわたずみ
昼寝数人のひとりは深き渕なせる
夕満月ぎしりぎしりと青野擦る
野の髄のちからが蛇に加わりぬ
誰も無帽で焼けただれし野踏みもどる
風荒きことばの葦を百束刈る
冬が来るごぽう畑の昼ごわごわ

 鈴木 鴻夫
はるかなる母の恥毛の雪あかり
貧乏神が炉にいる雄物川ひるすぎ
妻の寝息に雨の木があり雪の木あり
鍬掛けるところ八十八夜なり
過ぎたれば涅槃はただの青煙り
羽後よりも隠岐に日暮れはたっぶりあり
大吹雪母はわれ産む頃ならん

 関  由紀子
寺に泊れば寺の匂いの春三日月
下総の茂りの中の軽い飲食
おかめ笹青くこまやか駆けこみ寺
深海魚むんずと水を噛み残暑
大津絵の鬼と遊んで日短かし
狐火の青くひややか雨夜なり
言葉少なき僧と道づれ秋の雷

 園  一 勢
光飛ぶものを鶴とし誕生日
秋風裡おろろおろろと玩具の虎
膝つきて牛は枯野の汚点(しみ)となる
帽燈や寒夜の礼を円く地に
光る蝶生まんと河の荒々し
産湯つかう冬の力を全身に
寒明けの塵がしづかに身を起す


 畠山  稔
隻眼の馬なりし弱き父なりし
花火工松林ゆくを日課とす
われのみの春園ときに稲光
早逝の兄よ柚子に似し頭なりし
青といふ馬の話や福寿草
さあらりと落葉呼吸の悦にゐる
使いたく無き老の字に春加う

 林  藤尾
星横抱きにわれら取り巻く神楽音
服一枚脱げば校舎は明るい衛星
雑木山春混沌の目のやさし
じやが芋のころがっている風の岬
桜ふぶきのずっと向うに涅槃の犬
巣ごもりの黒鳥首の自由をかなしめい
鴨飛翔負を持ちこした空があり

 林田 紀音夫
寄せてくる波の幾重に日の破片
祝婚の人びと時に立ちあがる
何を焚く火か何時よりの三日月か
飯粒のざわざわと春過ぎてゆく
手花火におくれて誰れの手か加わる
いつか雪来るその暗色の舟溜り
取りとめもない雨終の小糠雨


 飯田 孤石
蝶冷たし宇宙も冷えて来るなり
ふいに何の木ひとかかえもあろうか
藷掘って土より生れたと思う
畔塗って亡父(ちち)をうすめている白暑
満月の野に白雲(くも)と降り遊ぶなり
ルネサンスの女娼の裸身雪降らす
肉親来たぞと山奥の声あつまるおもい

 疋田  操
体のゼンマイ半分はずして生きていて萩
病臥二年蛇の化身となる花見
石室にひこばえ牛馬も人もかなだ
両手にあまる枯葉頭上にばらまいて
月がさし部屋中格子に囲まれる
洗菜が流れて来ます何故か独り
餌を買う孤独な象の足踏みに

 日比野てる子
少女老い花と揺れにき花の下
踊りの輪入ってゆけない私です
鴾とびて梅にぶつかる梅三分
つま先にきらりと翡翠春の蝿
朝茶旨し虫の自在さ見習うべし
初紅葉鼻唄聞くも久し振り
四方に散る雀ら土に春の雲

 平木 一輝
胸板に切り込む疾風晩夏です
身の何処か醒めて老いゆく夏の月
青梨が宅便で来る老の秋
胸の手が暁方は秋物寂しい
陽も暗く寒さくい込む肋骨
雄ん鷄がつまずく小石蛍草
耳鳴りであろうはずなし蝉時雨

 平野なおし
魚のような葬列誰も後を見ない
最後火となる冬耕の土不踏
どこかでいくさドラム缶叩く悪しき音
母の匂いの夕焼がくる麦飯村
土筆とは寂しがりやの人差し指
紙にも裏があるから哀し啄木忌
雲に手を入れひろしまの日に桃を椀ぐ

 藤井  栄
砂のような雨なり木下闇吾に
また現れぬ眼底のしみ沈丁花
爽やかに叩きぬ医師は胸の扉を
金雀枝や吾が沼の辺に明り消えて
老いながら裸で花の陽に濡れる
会う人に言葉生れぬ春立ちて
雪山は目のあたりなり急がずも

 藤本 鯖人
すべり台の天使降下す蟻の上
鰯焼く大西洋に崖たてて
旅愁急白夜広場の手品見て
観潮や四国一周シャツ一枚
鳴らぬ黒鍵二つ母校の夏休み
沈丁花です夜の階段を降りませんか
はっとラマンチャ晩夏の村の大風車

 藤原 七兎
夏草の落石に混じり二面仏
山深く川曲るところ合歓の花
町せばまりこどもみこしがバス停める
狭間なす海の日の出に馬ひょっこり
山中の抜ける青空へ寒桜
風花の砂塵坂馳せ海白光
黒黴の石垣片側椿咲いて

 星野 潔子
水鳥の羽根に埋まり春囗かげ
あけび籠に梅擬相思かな
延齢草ほほえむ窪地わが住処
田芹摘む手の確かさよ子沢山
枯葉舞い鵙の音高く茜なす
赤城秋色肝というのに向き合えり
雪二十日流離にも似て止り木に

 干場 丘光
生涯の彩にコスモス停年来る
燐寸ほどの瞳もなき土龍自愛の僕
裏山の冬木わいわい職人は
遠い山におらが酒の本桜の本
直立の鯉あり淡し夕のさざなみ
夢過ぎて凭れる花のなかりけり
足長蜂営み小さき我が家とあり

 細川 義男
泣き疲れ沈む孤島の白椿
目覚めるは鯨を落ちる背骨の冷え
運河に散る白髪鳩も啼く薄暮
湖に山容変らぬ爺と婆
傷もなく別れる海峡は凍え
流星は遺した長女の家覗く
沼で目眩の妻をいたわる小鳥たち

 堀  葦男
立冬の水まず置かれ旅の卓
辞書棚に戻し聴こえる冬の雨
膝に享く四温のなごみ冬董
冬落暉火中の釘となり一機
春兆す湖辺やわれらとて漂島
わが撞きし音の中なる初景色
初雀会釈ちらりと枡酒へ

 牧  ひでを
春の鯉唇のまわりに零(ぜろ)の玉
晩年に螢袋はひかるなり
大井戸に山茶花ちってちってわが家
細月と朝酒ありや木曽山系
タンポポと座ってゐたり僧四人
十里木紅葉酔いを長くしふとさみし
浪に白帆は今もここにあり

  真崎 敏道
源をたどれば銀河ぞ夏の河
汗ばめど心は澄みて一と葉かな
銀河にも雪解の兆し野水仙
わが肩をはなれて夏蝶酔いどれる
炎昼や地を這う風の声も絶え
鮭五郎「むつ」の呼び名の友ありき
夏来たる妻の刺したる胸の穂麦

 宮崎 あや
春ゆうべ毬つく音を釈童女
たそがれの山茶花は老いのうす泪
寒椿ぬれきて淋しや鼻ばしら
ゆく春や人の心は火打ち石
亀戸の硝子の風鈴夢の中
梅雨明けて青極まりし今年竹
茶の花よしみじみ視るや心清(すが)しも

 宮崎 光治
追うはかなし十五夜過ぎて十三夜
身から出た錆の一存蟇
胡桃袋とは情あり吾は撫す
積年のにしきぎ散れば狂う坂
ギリシアへ廻る横顔大き冬日かな
砲身のごとく石階椿落つ
郭公のおとこ啼きして青天井

 宮崎 重作
河原で拾う一つ一つが僕等の墓
一本は耳掻きに置く孔雀の羽根
臍の緒の少しおくれて水車
青畳野ざらし紀行まくらにす
喉仏叫んで吐けば蓮華かな
鹿の脛花曼陀羅の中にあり
左折して人情劇となる枯野

 村井 由武
電燈なし溺るるごとし鴨の悲鳴
短肢の犬と歩幅をともに泥の農婦
烈しき上蜂黄表紙の少女黒着てる
種びらびら野鴨はひかり風湿めり
酒に馬蝿百姓のくに踏みしめれば
マッチ燃すとき虫毀れ易し厨妻
青梨畑敗れてラガー肩組みゅく

 村田  清
羽抜鶏地を掻くあらぬ処見て
目を拭いては蟷螂の枯れ拒む
鳥渡る声まっくらな海があり
枇杷の花嗅いで薬禍の囗匂う
傘させが身丈に添えり立葵
白鳥着水遠嶺に映えて無垢の白
母逝けり師走寝嵩なく漂い

 茂木 岳彦
赤らみてひたいを狙う山茶花や
どすんと来る風の快感手打ちうどん
残雪をヒラメのようだと思ったりする
山の嫁は山百合の裏を通りぬ
通草の下を黄色人種ばかり通る
毀れて映る俺の素ッ首芹の水
笹鳴りやわが渋面やひとりの刻

 森  白桜子
孫とにらめっこして元旦の巌
枸杞の実ほどの母の口あけ粥ながす
烏瓜ひっぱって漂着のような腕
老人憩いて窓は麦踏む脚ばかり
芋虫がころんで一番天衣無縫
晴夜双眼鏡渡る移民の父
黒い記憶忘れな草の回転扉

 森田 誠坡
粥すすり月のかけらが樹に掛かる
汽笛鳴りそれより眠いみかんの黄
水の流れと一緒に歩む間近な記憶
また放浪癖虎杖生でかじり
雨は沖へかえる連翹の黄の飛沫
耳底の音落とす花野の片隅で
春の囗が落ちる砕石場のけむり

  聞所 祥司
故郷の唄きれぎれに有刺線
喪のひとり淡く汚れる放れ馬
耳うらに鈴の音ためくらげ食う
海暮れて耳ふかく棲むとりけもの
野火は濡れ和紙一枚の夜をたたむ
蝌蚪の血のつながりで往く湿地の灯
獣の飯ひかる豪雪の明るさに

 丸山千枝子
あらぬ目に雨だれ捕え羽抜鶏
蛇穴に入るを見しより少年期
母の丸い膝ふたつ風邪の枕元
混沌の刷り込み母在さず返り花
匍匐訓練せしと砂丘の花らっきょ
どくだみに細い雨晩年の女弟子
冬虹の太さへ亡き師槍投ぐる

 毛呂  篤
悪尉となり得ずあやめかきつばだ
鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり
従者は烏左大臣M氏へ長雨
芭蕉忌や遊んで遊ぴたりないと思う
大牛が三角法で来た並んだ
ステンドグラスは影花花や花や
桃の日の乳一石のあふれかな

 門田 誠一
野苺摘む鏡の奥へ走り来て
針を撒く母 いっせいに犬芽ばえ
鳩の怒りに一列の僧全燭光に燃え
時計にかくれいもうと影繁る蛍
石蕗に灯もる窓を箸翔ち祈る父
墨色のさくらを背(せな)の逃げきつね
萩うてば針沈みゅく水の影

 八木 和子
働いて今日も同じ樹すこし揺れる
少年は青葉かふいに風に鳴る
棒のごとき日があり晩夏の干潟あり
身の嵩を確めたく父抱き起す
無愛想なのはわたしかキャベツむく
紙のごと臥す鎮痛剤いろの満月
うつむかぬ野水仙あり子は翔ちゆく

 安井 信朗
残菊や吾肺の色煙り止まぬ
冷蔵庫夜はとくとくと家神のごと
栗の花四・五時二人ひとつ家に
何時しか老いしわれ面映ゆし蝸牛
梅咲きて月下濁世もいぶし銀
わが腕は孫の止り木桃の花
夏草や父の知己居し発電所

 安田くにえ
鵈猛るやがて出勤する主婦に
鬼灯の芯抜け母を亡くせしこと
デモに流血ごしごしと拭く梅雨の畳
残暑永し曲っても排気ガスの街
保線夫帰る一日陽炎追いつづけ
初鵙に旅程を辿る赤えんぴつ
山ぽうし人に遅れて笑いだす

 山崎 愛子
ピン拾いゆっくり髪へ遠い地滑り
立ち尿(いば)る老女の如く恋いこがる
手さぐりの妻に起きぬけのマッチ乾き
忍冬や猫の飲食われが握る
おしろい花どっと胸においてけぼり
庭先に白菜干され北京まで
跳んではだめと思って跳んで蓼に転げ

 山下  淳
冴えきらぬ脳に風鈴しきりになる
耕馬の息に吹かれてゆらぐ月見草
牛の舌の粗さ明快なパイロット
腸のようなねむたさパルプにうずもれて
肉親の夜の鰯雲燃え切れず
沼の暗さがつぶやきとなりきんぽうげ
島が見えるあの島が夏になる囗

 山本 仁太郎
花刈り婆白し地の嘘天の嘘
峠かな風は蓬の餅なりし
ほとけ押し押し分け鼠さわぐ梅雨
満月は母なりガラス屑ふるや
鳥ひとつの風の裏声雪佛
雨紡ぎつむぎ北潟冬の面ラ
うごかねば哀し鷆は懐手

 吉川 春元
大和川渡れば我が家冬日和
老残をてっぺんかけたか時鳥
覗きたい覗いていいよ蓮池だ
油照りあくびあくびの理髪店
花咲かぬ月下美人を見つめおり
余生とは余生とは酒と蜩
ちちろ鳴く吾は極楽しか行かぬ

 吉田 時子
錆びた水に白鳥の死角おく眠り
なん南西微光にふるえ産卵
銀婚は木管楽器とかもめ達
人も草も光れる苔だパン種殖ゆ
吉野寝覚めぼあっとゆるむ水の根
塔頭の虹も売りますがらくた市
封筒のずぶ濡れ抱え熊野青柿

 渡辺 政吉
やわらかきとりなしごとのぽたんかな
闇こぼれる鈴よりもたしかにふるえて
すすきの笛煙か雲かもえつくす
ひさびさの山は一個で遠ざかる
半分の空の向方も星祭
一枝の葉も夏の木なり木の下なり
露とめて小枝のまなこたわむほど

 渡辺  元
湯ざめして推理小説よむは愚か
人去って夕べの冬木まっすぐに
松籟を時には楽と春観音
禅の森一葉残さず散り急ぐ
秋立つや炎を細めて貝を焼く
白桃の触れれば傷むかも知れず
餅切って哀楽遠き過去となる


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