2015年1月10日

金子兜太 少年~旅次抄録まで500句

「金子兜太」1980年2月刊 (昭和55)総合美術社 3500円 限定750部
句集 少年~旅次抄録まで500句

「雄の俳人」 (金子兜太小論) 佐佐木幸綱
  「社会性と存在」という論文の中で、金子兜太は、いわば自讃句として次の八句を亊げている。いずれも本集に収録されている句である。

   暗闇の下山くちびるをぶ厚くし
   朝はじまる海へ突込むぬの死
   青年鹿を愛せり嵐の斜面にて
   彎曲し火傷し爆心地のマラソン
   華麗な墓原女陰あらわに村眠り

 兜太はそこでこれらの自作を分析してみせ、激しい感情とそれを抑制しようとする意思の均衡を読みとってほしいと書いているのだが、私には、こうして五句を並べられてみると、金子自身がそこで言っている自注以前の、俳人兜太の根源的な体質のようなものがまず感じとれるのである。

 簡明に言えば、キーは動物と肉体である。「鴎」と「鹿」、「くちびる」と「火傷」と「女陰」、各句の中核をなすのは、兜太におけるこれらのイメージの彫りの深さにほかなるまい。兜太の句は肉体的であり、動物的である。もっと言えば、肉体を動物をとり込んだとき、兜太の句はもっとも冴える。

それは、兜太の体質のようなものであって、そんなことを全く意識せずに選んだ自作五句のすべてにこの二つが入っているということは、やはり偶然ではなさそうである。五句はどれも、私の好きな句でもある。

 事実、兜太の句には、動物がじつに多く登場する。獣、鳥、魚、昆虫、爬虫類。私の印象では、中で、魚類がやや少ないようだが、とにかく動物一般何でもござれといった感じである。兜太自身、また句中の動物たちに絶大な信頼と愛着とを持っていて、もし悪評の矢が飛んでこようものなら断固立ちはだかり、戦い、身をもって動物たちを守り抜いて来たのであった。「赤い犀」がそうであった。「あおい熊」もそうである。最近では「青鮫」がそうだ。

 じつは、昨日、ある雑誌のために兜太氏と対談をした。雑誌社の要請で季節が話題の中心であったが、私の印象に強く残ったのは動物に関する二つの氏の話であった。一つは蛇。氏のお宅の庭には大きな青大将が二匹棲んでいるのだという。本集にもある。

   蛇二匹今日も庭ゆく無明長夜

 なる句の「蛇二匹」がそれであろう。その蛇が、兜太氏の顔を見ると笑うのだそうだ。さすがに声を立てることはないらしいが、相好を崩して見せるのだという。いまひとつは青鮫の話。この句集には入っていない句だが、「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」との句があって、この「青鮫」の評判がどうもあまりかんばしくない。氏は、最初、辞書で「青鮫」と出遇ったのだという。出遇ったとたんに「ビビビビーとエレキのような」何かが響いて、氏の体内に入り込んだのだという。

そういう肉体的とも言える体験から発しているから、「青鮫」の句を「どんなにけなされてもたじろがない」のだ、と氏は言っていたこ どちらもさてと首をかしげたくなるような話であるが、兜太にあってはそれはそれほど不思議な話ではない。兜太には、たとえばこの二つのエピソードに見られるような強烈なアニミズムがあるのである。そういうものが成リ立ちにくい現代社会にあってなお、否、だからこそ、彼は大切にそれを養い育てているのである。

 現代の蛇は笑わない。現代の鮫は庭にやって来ることはない。では、蛇も鮫も、私たちとは全く関係のない、居ても居なくてもいい、無用かつ無縁なものたちなのだろうか。そうではあるまい、と兜太は考える。地上のものたちはすべて、その存在に関わる切なる思いによって関係性を持っているのだ。兜太語録を援用するならば、あるがままの天然を、自然という関係性においてとらえ返す不断の営みこそが、在るべき生の姿なのである。
 
兜太は体質的に動物が好きなのだ。私もそうだから、よく分る。その兜太が、以上記したような確固とした視点、意識化されたアニミズムをして動物たちを句に呼び込んでいる。

   階下の人も寝る向き同じ蛙の夜
   なめくぢり寂光を負い鶏のそば
   わが湖あり日蔭真暗な虎があり
   石柱さびし女の首にこおろぎ往み
   犬一猫二われら三人被爆せず
   馬遠し藻で陰洗う幼な妻
   病む妻に添い寝の猫の真っ黒け
   高原晩夏肉体はこぶ蝮とおれ

 動物と動物、動物と人間は、どれも地つづきのところにいる。決して別次元にいることはない。これらの句を書き写しながら思ったのであるが、終りの方三句をはじめとして、これらの句のどれもが性の生臭さを感じさせるようである。乙にすまして動物たちを眺めていたのでは決してこういう句は生れない。肉体まるごと、その存在を賭けて動物との関係を迫ってはじめて可能な句であろう。

性が臭い立つのはおそらくそのためだ。こう見て来ると、兜太にあっては、動物を句に登場させることと、肉体をうたうこととがほとんど全く重り合っているのを知るだろう。

   曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
   新秋や女体かがやき夢了る
   芽立つじゃがたら積みあげ肉体というもの
   舌は帆柱のけぞる吾子と夕陽をゆく
   どれも囗美し晩夏のジャズ一団
   鮭食う旅へ空の肛門となる夕陽
   髭のびててつぺん薄き自然かな

 腹も、舌も、囗も、肛門も、どれもその機能を越えて地つづきである。人体の部分品としてそこに軽重はない。ただ在るというそのこと、生きて在るというそのことにスポッ卜が当てられている。

当然そこにも性の臭いが立ちのぼる。「どれも口美し」などはその最たるもので、兜太の肉体は、のぞかれる}つIつの口の中に。生の輝きとしての性を「ビビビビーとエレキのように」感じとっているにちがいないのだ。兜太の句は、おそらくそのような体験を基として発想されている。

 このような兜太の句の在りようは、他の俳人の句と比べて、きわだった特色をなしているように私には思われる。たとえば、次の二句を比べて見るがよい。

   始めあり赤蛙跳ねるダムヘの道    兜太
   はたはたや退路絶たれて道初まる   草田男

 あるいは、次の二句を並べて眺めてみてもいい。      。

   鮒ながれ火の気ながれて河口近し        兜太
   鼬(いたち)急ぐ浮かぶ瀬あらば身を捨てんと   草田男

 草田男の句は、悲劇的であり、倫理的である。つまり精神的なのである。それに比べると、兜太の句は圧倒的に肉体的である。性的であり、直感的である、とも言えるだろう。

ついでに言えば、兜太は、精神的、悲劇的なものに対して、概して辛い点をつけているようだ。芭蕉よりは一茶を、放哉よりは山頭火を、という選択がそれを示している。精神的なものより肉体的なものを、という意志が働いているのは確実であるが、もう一つ向こう側に、兜太独特の反骨があるのだろう。明治からこの方、俳人はいわゆる〈文学的)でありすぎた。へ文学的〉なところには、〈文学〉も(俳句〉も無いんだぞ、という主張が、精神的なもの、悲劇的な世界に対する点の辛さとなってあらわれているのではないか。どうもそんな気がする。

 昭和三十年代のはじめに、兜太、草田男論争があった。前衛と伝統、無季と有季がその主要な論点であったが、兜太は、作句は、「頭だけの作業」ではなく「肉体的な作業」であり、その「肉体的な作業」とは、「風土の厚み」をとり込んだ「土着の体質、情感」の発現であるべきだ、として自論を結んでいる。そして、〈文学的〉 〈俳句的〉な俳句を「季題宗」として退けようとしているのである。

 兜太が一貫して肉体の、動物の句をつくって来たのは、こうした彼の俳人としての根底をなす主張とも軌を一にしているのである。

 私は兜太の句を以上のように読み、愛読しているのである。そしてひそかに、「雄の俳人」と呼んでいるのである。


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