2017年2月23日

『荒凡夫』金子兜太


 『荒凡夫』白水社 [2012年6月] 白水社 2000E
プロローグ 私にとっての「荒凡夫」
第1章「荒凡夫」にたどりくまで
第2章 一茶と山頭火
第3章「荒凡夫」一茶の生き方゜
第4章「荒凡夫」と生き物感覚
第5章「荒凡夫」一茶と芭蕉の「風雅の誠」

付章 生きもの感覚と私

個々の「いのち」から精霊を感じる世界=" 原郷 ”

おおかみに螢が一つついていた

 学者から教えられたことですが、人類の始まりは森のなかにあった、と言います。森のなかで生活していた人類は、森から出て、野を歩きはじめることで、足が鍛えられていった。そしてやがて社会を作っていく。
最初にあった森での生活の状態を、人間はいまも忘れられない。そこを私は。" 原郷 "という言葉で呼んでいます。

 人間というのはみな、この、" 原郷 "をもっています。" 原郷 "はどういう世界かというと―‐―これは私の想像ですが――土の香りがする森で、木がたくさんあり、あらゆる生きものたちが生きている、そういう世界です。そこでは、すべて生きもの同士ですから、現在の私たちのように「自然と人間」という区別をするのはおかしいことになります。すべてが自然、人間も自然のなかの生きもの、という捉え方になります。そういう端的な風
景がそこには開けていた、と思っているのです。

 これが宗教としての「アニミズム」という言葉で言える世界だと思うのですが、そこでは、おのおのがおのおのを、ひとつひとつを個体として見ていた。ただ漠然と何かを見ていたのではなく、一本の木、一匹の虫、個体それぞれが、それぞれに「いのち」をもっている、と見て親愛尊敬していた。これが非常に特徴的なことなのです。

「いのちがある」という、漠然とした神がかった言い方、受け取り方ではなく、個々の樹木なら樹木をきちんと見、これは生きている、「いのち」がある、という見方だったはずです。

 個々に「いのち」があり、その「いのち」から精霊を感ずる。霊魂という言葉は古臭くなるかもしれません。日本人流にいえば、神、至上のものを感じる、そういう感じ方をしていました。個々の「いのち」つまり一本の木、一匹の虫に精霊を感じ、それを信仰していた。「アニミズム」とはそういう宗教形態でした。

 以上のような、定説となっている理解の仕方があります。私かこれを正しいと思うのは、森のなかの生活、〃原郷”のことを思うと、そのイメージがピタリと重なるからです。
そこで人間のもっていた宗教は、まさにそういうものだったと思います。たんなる「心情」といったものではなく「宗教」と呼んでちっとも恥ずかしくない、確固としたものだと思います。

 〃生きもの感覚”とは、この「アニミズム」を生む人間の生な感覚というのが私なりの受け取り方であります。「アニミズム」とは原始信仰の姿であり、いまではどうしても時代遅れの語感があります。ですからあまりこの言葉を使いたくありません。

 〃生きもの感覚”という言葉を使うことで、現代の概念、いまの感覚として受け取っておきたいという気持ちが強くあります。

 現代人もそうした。原郷”を奥深くにもっています。赤ん坊が母親の胎内にいるときに見ている夢は。原郷”の夢だ、という説があります。だから、なかには懐かしさのあまり、お母さんの股を覗きながら生まれてくる赤ん坊がいる、という冗談まであるぐらいです。それほど胎内卜。原郷”は非常に懐かしいものだ、ということです。

胎内は海中のようだ、という見方もあります。森の上と空気の匂いのようなもの、そういう。原郷”の「いのち」の塊みたいなものを、海に喩えて言っいるのではないだろうか。これはまったく私の独断ですが、でもかなりおもしろい独断だとは思っています……。しかし私の頭のなかに、海はありません。あるのは陸の、森の、野の風景です。私の想像の世界では、生きものはまさに森にいます。

 この章の冒頭に掲げた句は、私の頭のなかに森(産土としての秩父)があり、そのなかに狼があらわれてのこのこ歩いている。そういう光景に対して、私なりの。”生きもの感覚”が強く働いているのです。私のアニミズムの世界の一景なのです。

あとがきより抜粋
青年期から一貫して自分を支配していたのは“自由人"への憧れでした。
なかでも一茶の故郷・柏原と私の故郷・秩父が上武甲信の山続きであることが、よけいに親しみと懐かしさを呼び寄せました。そこでますます病みつきになったのです。山というものは、案外奥深いものです。

(〃生きもの感覚”は金子兜太が日頃から述べていますので一部アップしました・管理人)

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