2017年2月19日

兜太のエッセー「紅梅」

1988年 主婦の友社1200E
第1章 俳句の基本
第2章 俳句を実際に作る
第3章 俳句を鑑賞する
第4章 兜太歳時記
二月紅梅(兜太歳時記より)

 今年は紅梅の開花が早く、寒の初めに咲いた。そう話すと、それは「寒紅梅」(冬季語)だろう。春季語の紅梅とは種類が違うのだよ、と教えてくれる人がいるに相違ない。

たしかに、寒紅梅と紅梅は別物だが、私の家の二本は早春に咲く紅梅で、八重で蕾のうちから紅いから「未開紅(みかいこう)」という種類だろうと思う(確認したわけではないが)。

毎年、寒の終わりのころから咲いて、春の到来をいち早く伝えてくれる。それなのに今年は驚くくらい早かったのだ。暖気のせいか、梅の木そのものになにか変化があってのことか。それはともかく、紅梅が咲くと、私はきまって、小林一茶の次の句を思い出す。

  紅梅にほしておく也洗ひ猫

 日の光が玲瓏の感を加えて、冬のどことない圧迫感から解放されてゆく時期にふさわしい句と受けとっている。それというのも、「洗ひ猫」をそのまま体を洗われた猫と解しているからで、猫のやつ、いい気持ちで眠っているわい、と眺めている。


 このことを、昭和六十一年の二月十八日、朝日新聞の夕刊に書き、NHK市民大学の「一茶」でもしゃべったのだが、重ねて東京都中野区の公民館でも話したところ、会場の老男性二人から疑問の旨お話があった。つまり、猫は「猫火鉢」のことではないか、というのである。だいいち、猫は水が大きらいだから洗うことなどできるはずがない、とお二人はいい、場内の年輩の女性からも、自分が子供のころ、父が冬になると使っていた、というお話があった。

 私も「猫火鉢」は知っていて、祖母が布団のなかに入れて足を温めていたのを見ている。寝るときまではこたつにのめり込んでいて、さて寝るとなるとそこから炭火をいくつか猫火鉢に移して、それを大事そうに布団の足のほうに入れる。そして自分も布団に入ると、「おお、温くてえ」と声をあげたものだった。私はそのことをすぐ思い出し、しまったとも内心つぶやいていた。

 どうも猫火鉢の、ねこに違いなかった。その後になるが、手紙でも訂正したほうがよい、と注意してくれた人がいて、私は一茶先生ニヤニヤしていることだろう、「兜太さんハメ手にかかったな」と喜んでいることだろうと思っていた。しかし、どうしても私の感覚のなかから生きものの猫が動かないのである。猫火鉢では興味半減もよいところで、私はこの句についてしゃべる元気を失ってしまうのだ。

 そこで、中野区のときもそう説明したのだが、ニャーの猫と猫火鉢の二重映しと受けとることにしている。ニャーの猫と見ていると「ねこ」、「ねこ」と見ていると猫がニャーと鳴く。その重なりの楽しさよ、ということ。

 いまもそのことを思いながら、この句を味わっている。紅梅の下に「洗ひ猫」がある(いや、いる)。ああ、早春だなあ、と思う。

 そして、いま一つ思い出すことがあって、私はふたたび一人笑いをした。それは、年がら年中マ スクをかけている男がいて、彼がマスクのまま紅梅のところに立っていたときの情景を思い出したからである。俳句仲間で年に数回は会う。そのときいつもマスクをかけていて、会話しているときでもそのままのことが多く、座敷にあがって茶をすすめる段になって、やっとはずすのだ。

 はじめは風邪をひきやすい体質なので冬の間だけだったようだが、花粉症にやられるようになって梅雨どきまで延びてしまったという。すると、習慣ということはおそろしいもので、マスクをはずすのが不安になり、暑い夏でもつけっ放しになった。秋にはむろんはずせない。

 したがって、いまでは顔の一部です、と目で笑いながら紅梅のそばに立っていたのだが、紅梅とマスクの白の対照が美しいというよりは妙に虚無的な印象だったのが忘れられない。

 「兜太の現代俳句塾」から 主婦の友社 1988年3月刊 

0 件のコメント:

コメントを投稿