2017年2月24日

『俳句の現在』(対談集・龍太、澄雄、尾形仂)


俳句の現在 (対談集・龍太、澄雄、尾形仂)富士見書房 
[1989年6月]2000円
飯田龍太・金子兜太・森澄雄・尾形仂⇒対談形式


表現のよろこび
俳句の魅力の所在/写生は表現のよろこび/虚子と秋桜子/季語の毒を知ること/しらけについて/複眼の写生とは/有情滑稽の世界/言葉の感応/老いの勇躍

花鳥諷詠の哲学
写生と滑稽と/茅舎修羅/茅舎を見なおす/虚子クーラ説について非情の姿勢/内心の写生/細道行脚の体験から/見られる意識と見る意識/泥臭のエネルギー

美意識化の時代
戦後俳句に欠けていたもの/美意識化と言葉/モダニズムの影響負い目からの出発/時代性と永遠性/自分に出会うこと/名句意識を捨てるとき/啓蒙意識の弊害/節目なき時代/実生活に根ざした美意識

俳句の指標
詩の成熟と完成/自由詩の宿命/詩の不毛の時代/俳諧を現代に生かすには/古俳諧の初々しさ/其角に学ぶ/作品に触れながら/俳句は引き算/言葉の花を

俳句の成熟とは
句作と年齢/リズムと語感と/不易流行/和歌と漢詩の伝統/リアリスト一茶「行く春や」の句について/月並俳諧是非/晩年の充実か大事アウトサイダーのしらけと真実/成熟のプロセスが生きる証

俳句の風雅と猥雑
作品と背景と/芭蕉の老いの意識について/蕪村の俳句は生活詠/「北寿老仙」の書かれた時期/二つの蕪村観/蕪村と新旧漢詩壇常識と類型兜太俳句をめぐって/晩年の吐息のように

挨拶と即興の文学
最後の旅のことなど/社会性論議の思い出/個我と無私と/「挨拶と滑稽」から/「純粋俳句」へ/草田男と波郷/現代は蕪村の時代か帰俗と高悟と「軽み」への疑問/技術を超えるもの

思郷と風土と
詩歌は自然体で/人生の緊張感は人間関係から/思郷の地、長崎絶筆のこと伝統の核としての詩歌/キリスト教との関わり/土俗と生死と/即物の詩人、草田男/いのちと軽みと

無頼と漂泊
無頼の二面性/山頭火の無頼/放哉の限界/句集『夢殿』と漂泊心主 題と即物性と/漂泊の詩境/表現の喜びを知る/下からの牽引力残るのは作品だけ

老年と俳句
愛別離苦「木の実のごとき臍もちき……」/養生訓のこと/老いと霊感と生理的感受性から霊的感受性へ/老境の艶冶/散文への関心をもっこと老いを豊かにするもの/老後の楽しみ

俳人の生きかた
島田宿の芭蕉/蛇笏の艶/我執の支え/自分に責任をもっ/中村汀女の恰幅初志貫徹の人/孤高の人たち

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