2015年2月20日

『俳諧有情』対談集

俳諧有情』金子兜太対談集 1988年6月 
三一書房 1200円
言葉の力 詩の心――ドナルドーキーン 
原郷としての野、フロンティアとしての原――樋口忠彦 
ひとりごころ ふたりごころ――高田 宏 
庶民のリズムー一茶をめぐって――井上ひさし 
ひと夜、夏無き、両太ぶし――飯田龍太 
肉体を賭けた季節感――佐佐木幸綱 
戦中・戦後、生き方の原点――小沢昭

あとがき 
 『俳諧有情』という題はすぐ決った。じつは、この造語は栗山理一著『俳諧史』(塙書房)を読むうちに自ずから出来てきたもので、以来、私の大事なことばの一つになっていたのである。『俳諧史』の出版が昭和三十八年(一九六三)九月だったから、すでに二十五年が経つ。その間、ますますこの語に親しみこそ
加われ、気持の褪せることはない。

 「俳諧」については、栗山氏が、《面正しい俳諧釈義においては一様にこの古典的解釈を踏襲している》とする、その(古典的解釈》、つまり〈『奥儀抄』に示された滑稍即俳諧の解釈内容は、「咲笑・和解」「利口諷諌」「狂」「即興」の四点に要約されるように思う。ただし、このことは俳諧をもって、「わざごと」とする解を否定するものではなく、むしろ「わざごと」の効用や機能を分析解明したと考えるべきであろう。云云を、私も今もって基本として受けとっているのである。付け加えて注日しているの は、「咲笑・和解」と十分に関わりのある「挨拶」であり、そのための約束としての「季題」である。「もじり」(本歌取の俳諧版)も大事と思う。

「諧謔」とはっきりいい加えておきたくもある。そして、「諧謔」をよくなし得る状態は、「自然 じねん」にありとも思い定めている。

 「有情」という語は、栗山氏が、芭蕉のことぱとして『あかさうし』が記す「習へといふは、物に入ってその徴の顫れて情感るや、句と成る所也」を踏まえて、《「物の微」と「情の誠」》の一章を設けて書いていた、そこで湧いたものだった。
《「物の微」はついには「情の誠」にまで変質し、高められることによって、あるいは前者が後者によって完全消化されることによって、詩的真実性が獲得されるという構造》を
説く栗山氏の行文は力強く冴えていた。私にはこの一章はいまでも忘れられないものなのだが。

この「情」を芭蕉が「こころ」と読み、「心」と書き分けていることにも気付いて、ますます引かれた。そして、万葉学者であり歌人でもある佐佐木幸綱氏の著書によって、万
葉集でもその書き分けがおこだわれていることを教えられたのだった。そこから私は、心」を「ひとりごころ」と読みかえ、「情」を「ふたりごころ」と読みかえたりして、
自分なりに噛みしめてきたのである。

 したがって、栗山氏の著書から「有情」を「うじょう」と読んで、「俳諧有情」の造語を得たあと、やがて、「情」を感情と受けとるよりも、はっきりと「ふたりごころ」と受けとるようになったのだが、いうまでもなく、「ふたりごころ」は温き感情と重なる。じょう」という読みがじつにわが意を得ているのである。

 対談集の題に、直ちにこの造語を置いたのは、私の俳句へのもとめの一環としてばかりでなく、対談そのものもまた「俳諧有情」と感じてきたためと思う。ときにやり合い、
ときに和解し、利口ぶり、狂に振舞い、即興を楽しむ。諧謔の後味。それらに情がこもっているということで、私は楽しい人だちとの対談に恵まれてきたのかもしれないのだ。

 終りになるが、三一書房の増田政巳氏の御好意に感謝し、あちこちに散らばっていたものを集め取捨して下さった可成屋主人金成博明氏に有難うと申しあげたい。
  
昭和六十三年(一九八八)初夏     金子兜太
                      
管理人が裏表紙に書いてもらいました


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