2016年12月31日

「金子兜太 自選自解99句」

角川学芸出版 2,190E

『生長』
白梅や老子無心の旅に住む
裏口に線路が見える蚕飼かな
海に青雲生き死に言わず生きんとのみ

◆『少年』
蛾のまなこ赤光なれば海を戀う
富士を去る日焼けし腕の時計澄み
霧の夜の吾が身に近く馬歩む
曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
木曽のなあ木曽の炭馬並び糞る
赤蟻這うひとつの火山礫拾う
犬は海を少年はマンゴーの森を見る
古手拭蟹のほとりに置きて糞る
魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ
椰子の丘朝焼しるき日々なりき
水脈の果炎天の墓碑を置きて去る
死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む
朝日煙る手中の蚕妻に示す
独楽廻る青葉の地上妻は産みに
墓地も焼跡蝉肉片のごと樹々に
熊蜂とべど沼の青色を拔けきれず
きよお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中
雪山の向うの夜火事母なき妻
暗闇の下山くちびるをぶ厚くし
平和おそれるや夏の石炭蓆かぶり
白い人影はるばる田をゆく消えぬために
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫歩む


◆『金子兜太句集』

青年鹿を愛せり嵐の斜面にて
朝はじまる海へ突込む鴎の死
銀行員ら朝より螢光す烏賊のごとく
豹が好きな子霧中の白い船具
彎曲し火傷し爆心地のマラソン
華麗な墓原女陰あらわに村眠り
粉屋が哭く山を駈けおりてきた俺に
黒い桜島折れた銃床海を走り
果樹園がシャツ一枚の俺の孤島
わが湖あり日蔭真っ暗な虎があり

◆『蜿蜿』

どれも囗美し晩夏のジャズ一団
無神の旅あかつき岬をマッチで燃し
霧の村石を投らば父母散らん
鶴の本読むヒマラヤ杉にシャツを干し
三日月がめそめそといる米の飯
人体冷えて東北白い花盛り

◆『暗緑地誌』

林間を人ごうごうと過ぎゆけり
涙なし蝶かんかんと触れ合いて
犬一猫二われら三人被爆せず
夕狩の野の水たまりこそ黒瞳
谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな
二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり
暗黒や関東平野に火事一つ
 
◆『早春展墓』

馬遠し藻で陰洗う幼な妻
海とどまりわれら流れてゆきしかな
山峡に沢蟹の華微かなり

◆『狡童』より

河の歯ゆく朝から晩まで河の歯ゆく
ぎらぎらの朝日子照らす自然かな
日の夕べ天空を去る一狐かな
わが世のあと百の月照る憂世かな
髭のびててつぺん薄き自然かな

◆『旅次抄録』

霧に白鳥白鳥に霧というべきか
廃墟という空地に出ればみな和らぐ
大頭の黒蟻西行の野糞

◆『遊牧集』

梅咲いて庭中に青鮫が来ている
山国や空にただよう花火殼
谷間谷間に満作が咲く荒凡夫
猪が来て空気を食べる春の峠
山国の橡の木大なり人影だよ

◆『猪羊集』

黒部の沢真つ直ぐに墜ちてゆくこおろぎ

◆『詩經國風』

麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人
抱けば熟れいて夭夭の桃肩に昴
流るるは求むるなりと悠う悠う
人さすらい鵲の巣に鳩ら眠る
人間に狐ぶつかる春の谷
日と月と憂心照臨葛の丘
桐の花河口に眠りまた目覚めて
若狭乙女美し美しと鳴く冬の鳥
白椿老僧みずみずしく遊ぶ
麦秋の夜は黒焦げ黒焦げあるな
どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ

◆『皆之』

牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ
唯今ニー五〇羽の白鳥と妻居り
滴江どこまでも春の細路を連れて
れんぎように巨鯨の影の月日かな
夏の山国母いてわれを与太と言う
たっぷりと鳴くやっもいる夕ひぐらし
冬眠の鰒のほかは寝息なし

◆『両神』

酒止めようかどの本能と遊ぼうか
長生きの朧のなかの眼玉かな
春落日しかし日暮れを急がない

◆『東国抄』

よく眠る夢の枯野が青むまで
じつによく泣く赤ん坊さくら五分
おおかみに螢が一つ付いていた
おおかみを龍神と呼ぶ山の民
狼生く無時間を生きて咆哮
小鳥来て巨岩に一粒のことば

◆『日常』
老母指せば蛇の体の笑うなり
定住漂泊冬の陽熱き握り飯
病いに耐えて妻の眼澄みて蔓うめもどき
合歓の花君と別れてうろつくよ
言霊の脊梁山脈のさくら
左義長や武器という武器焼いてしまえ
今日までジュゴン明日は虎ふぐのわれか

◆所収句集一覧
『生長』(未刊句集)
『少年』(一九五五年、風発行所刊)
『金子兜太句集』(一九六一年、風発行所刊)
『蜿蜿』(一九六八年、三青社刊)
『暗緑地誌』(一九七二年、牧羊社刊)
『早春展墓』(一九七四年、湯川書房刊)
『狡童』(未刊句集)
『旅次抄録』(一九七七年、構造社出版刊)
『遊牧集』(一九八一年、蒼土舎刊)
『猪羊集』(一九八二年、現代俳句協会刊)
『詩經國風』(一九八五年、角川書店刊)
『皆之』(一九八六年、立風書房刊)
『両神』(一九九五年、立風晝房刊)
『東国抄』(二〇〇一年、花神社刊)
『日常』(二〇〇九年、ふらんす堂刊)
*「生長」「狡童」は単独の句集としては未完のものであるが、
『金子兜太句集』{一九七五年、立風書房刊}に収められた。


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