2016年12月2日

「兜太句を味わう」河の歯ゆく朝から跪まで河の歯ゆく




河の歯ゆく朝から跪まで河の歯ゆく    金子兜太 (句集・狡童)

 冬の北海道に数日の旅をして、この日は、札幌市内のレストランで遅い昼食をとっていた。一人旅の気やすさもあって、窓のむこうをながれる豊平川の川面をながめながら、ゆっくり食べていた。

 豊平川は広い。しかも石狩川にそそぐ、と思うと、川でなく河と書きたい大きさがさらにひろがるのだが、風が吹いていて、その河面には荒れ気味の無数の河波が立っていた。ときどき白い波がしらがのぞき、それがつぎつぎに重なってながれてゆく。河波を河の歯だとおもう。

 わたしは若いころから食べものをゆっくりかむくせがあって。したがって食事時間が長い。「早飯早ぐそ早草鞋」が男子の心がまえのようにいわれていた時代に育ったわけだが、この三つともわたしには実行できなかった。
しかられてもどうしても食事時間を短縮できない。トイレの滞在時間を縮めることは、生理的に納得できない。旅立ちの支度を急ごうと思えば思うほど指先が動かない。

 しかし、わたしが現在健康でいられる一囚に、この遅さがあると、ここにきていよいよ確信しているしだいである。 いま、水をえた魚のように、わたしの食事はゆっくりながれている。ガラス越しの河の歯はぞくぞくとながれて絶えることはない。朝から晩まで絶え間なく、とおもえば、河波をいのちあるものと痛感し、無常の感なしとせず。

「俳句の作り方が面白いほどわかる本」金子兜太


2012年6月刊 中経出版 1200E  (文庫になっています)
第1章 俳句ってなんだろう
第2章 俳句の技法 あれこれやってみよう
第3章 兜太先生と一緒に俳句を鑑賞しよう
第4章 俳句の楽しみ

「小林一茶」小沢書店


1987年刊 1800円
小林一茶の2万句のなかから90句を選び、一句毎に鑑賞し評伝を
加えた寛政三年紀行・寛政句帖・西国紀行・挽歌・父の終焉日記・
暦裏句稿・享和句帖・文化句帖・七番日記・八番日記・文政句帖・
文政句帖以後・あとがき 

2016年11月30日

兜太句を味わう「水が照るこんなに照るよ冬なれや 」



水が照るこんなに照るよ冬なれや   金子兜太    「句集・遊牧集」

 先日隠岐を訪れたのを機に金光山の共生不動尊におまいりしてきた。お顔がおおまかで土くさく、なんともなつかしいのである。

 その山上には水がわいていて、大山の伏流水といわれてかれることがない。これを大きな金属の容器でくみとる。くんだ水が冬ぐもりの光を映していて清らかだった。

 こういうときは、「水光る」と書いて「水てる」と読みたい気持。そして「照る」とズバリかくときは、「水照り」ともいいかえて、湖沼や海のようなひろがりが、キラキラでなく、語感はよくないがテラテラと光をひろげている状態をいうことにしている。

 この「水照り」が記憶にのこるときは、なにか劇的な感銘をおぼえるときに多い。日常のなかで、冬という季節の到来を痛感したときの感銘が、この句のようになるわけである。

 国文学の暉峻康隆氏は太平洋に面する志布志(鹿児島県)の出身で、父君は僧。父君他界のとき話を人づてにきいて、感銘したことを思い出している。父君は死病と知ってから絶食し、水以外は囗に入れなかったという。

 そしてある日、やおら起き上って、床の上に正座し、そこにいる人たちに向かって、「お世話になりました」とふかぶかと頭を下げたというのである。それから日ならずして亡くなった由だが、遺骸の向うに志布志の海の照りを見る思いが、わたしにはある。

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