2016年9月1日

金子兜太主宰に聞く・海程500号までの道程 


2014/2.3~ 海程500号 金子兜太主宰に聞く  

聞き手は/河原珠美、室田洋子、柳生正名、
司会進行/堀之内長一、伊藤淳子

司会 年に「海程」は創刊五十周年を迎えましたが、「海程」誌も本号で記念すべき五〇〇号に達しました。主宰が変わらずに五〇〇号を迎えた俳誌はあまりないのではないかと思います。今回は五〇〇号を記念して、あまり肩肘張らずに、ふだんはなかなかお聞きできないようなことも含めて、金子先生にお話をおうかがいしたいと考えています。まず五○○号を迎えたことについて、先生はどのような感慨をお持ちでしょうか。


「海程」五〇〇号までの道のり

金子 感慨はあんまりないんですよ(笑)。実は五〇〇号ということより、五十年のほうが何だか印象的でしたね。五0O号になったかぐらいの感じです。

 海程ははじめは同人誌で、途中から主宰誌に変わったわけですが、その主宰誌に変わった背景には、阿部完市君が仕事のついでにあちこちの地方の海程人と会って話を聞いてきたことがありました。地方の人たちは自分かどういう俳句を作っていくかという目標をなくしてしまい、みんな勝手なことをやっていますよ、というわけです。 


海程に参加している人はみんなプライドを持っている。プライドを持っているから、地方にいても自分の俳句がいちばんの中心だと思っている。このままだと、海程はつぶれてしまう。先生は好きじゃないかもしれないけど、そろそろ主宰誌に切り換えて、あなたの考え方でみんなを指導する、まと
めていくぐらいの感じでやったほうがいいのではないかと彼からアドバイスがあったのです。おれも、詩の世界というのは、難しい俳句を作っていることがプライドになるようなものじゃない。単純な

ものにだってすばらしい詩があるし、難しい詩だってだめな詩があるわけだから、そういうものじゃ
ないと思っていたから、そこで阿部君と意見が合ったのです。多少議論もあったけれども、海程の名古屋大会で結局主宰誌に決まりました。

あのころ、そのときほぐしを盛んに図ったことは事実なんだ。やわらかくしていこう、やわらかくしていこうと。ほかの主宰誌を見ていると、いかにも自分がすべてを指導していくというような考え方の人が多いよね。おれは一緒になって友達になって遊ぶのは得意だけど、どうも自分が指導するこ
とが性分に合わなくてね。いま五〇〇号と言われたけれども、それでも主宰者という実感はないんだなあ。