2016年3月26日

兜太句を味わう 「長生きの朧のなかの眼玉かな」


長生きの朧のなかの眼玉かな      兜太

 あちこちでしゃべっていることの一つに、年齢七掛け説がある。日本人の寿命は延びているので、暦の年齢の七掛けを、自分の体の年齢(実年齢ともわたしはいう)と受取ったほうがよいということ。つまり、七十歳の人の実年齢は四十九歳。ただし、男性は女性より短命だから八掛けにして、五十六歳。

 これは、一九八八年十二月に物故した俳人楠本憲吉からきいたことに、わたしが男八掛けを加えたもので、テレビニフジオのタレントとしても活躍していたこの男の人付き合いは広かったから、そこでの実感として信用できたのである。現に、その後ますますそうなっている。

 これはまた別のところからだが、男は七十五歳から「本当の暮し」がはじまるとも聞いた。精神面のことをいっているのだろうが、人生わずか五十年などといっていた時代には考えられないことで、長寿時代の物言いなのである。

 わたしも長生きにあやかろうと願っている。「死んで花実が咲くものか」と、長崎の俳句仲間・隈治人(くま はると)がよく口にしていた。このことばで自分を励まして、痛めた身体を七十四歳まで生かして他界した。「本当の暮し」ということを、わたしなりに自然(ありのまま)の暮しと承知して、春朧のなかの、少し朧の大った眼玉をぐっと見開き、桜狩としゃれる。

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