2016年1月7日

「金子兜太句集」芸林書房

「金子兜太句集」 2002年4月刊 芸林書房 1000E
アンソロジー 「少年、成長、金子兜太句集、蜿蜿、暗緑地誌、東国抄」


解説               佐佐木幸綱

 兜太の俳句はさまざな読みかた、楽しみかたができる。中で、兜太の句ならではの楽しみかたは、時代に洽った読みをしてみることだろう。いつの時代の句か。何年代の句集の句か。それぞれの時代と句との緊張関係を考えながら読んでみるのである。

 短歌は、近代以後、時代社会と接近しか地点でうたう方法を選んできた。だから、斎藤茂吉の五・一五事件の歌とか、北原白秋の二二六事件の歌など、直接、事件に取材した作もあるし、時代の動きや傾向に敏感に反応して作られた作も多くある。いっぽう、俳句の方は、超時代、脱時代的な行きかたを近代に選んだ。時代社会にかかわること少なく、花鳥諷詠を主としたこと、ご存じのとおりである。

2016年1月4日

海程創刊50周年記念アンソロジーより 

麦の秋は黄金色だったが、
麦の需要がなくなり今は小麦畑で茶褐色です。

海程創刊50周年記念アンソロジーより  金子兜太
2012年5月刊 海程発行

左義長や武器という武器焼いてしまえ

差羽帰り来て伊良湖よ夏満ちたり

夏の猫ごぼろごぼろと鳴き歩く

老母指せば蛇の体の笑うなり

長寿の母うんこのようにわれを産みぬ

定住漂泊冬の陽熱き握り飯

熊飢えたり飢え知らぬ子ら野をゆけり

病いに耐えて妻の眼澄みて蔓うめもどき

合歓の花君と別れてうろつくよ

言霊の脊梁山脈のさくら

今日までジュゴン明日は虎ふぐのわれか

マスクのわれに青年疲れ果てている

わが修羅へ若き歌人が醉うてくる

津波のあとに老女生きてあり死なぬ

今も余震の原曝の国夏がらす

被曝の牛たち水田に立ちて死を待てり

被曝福島米一粒林檎一顆を労わり

泣く赤児に冬の陽しみて困民史

東京暁紅ひたすらに知的に医師たち

樹相確かな林間を得て冬を生く


2016年1月3日

兜太句を味わう 「流るるは求むるなりと悠う悠う」


 流るるは求むるなりと悠う悠う     金子兜太
(ながるるは もとむるなりと おもうおもう)

「左に右に之を流む」「寐めても寐ても之を求む」「悠う哉」という詩の行があり、吉川孝次郎は「求」は「流れに洽うて求める意」で、ともにもとめると読むと注に記していた。「悠う」の読みは中国の古注にある由。私はこの、読みからくる内容の受け取り方がおもしろくて句をものした。そして流浪は求めの故なり、と自己流で受け取り、求めに向かって物思うときは悠々たるべし、と勝手に決めて、まとめた次第。
                          (『詩經國風』)

注・吉川 幸次郎(よしかわ こうじろう、1904年3月18日 - 1980年4月8日)日本の中国文学者。文学博士(京都大学)。芸術院会員、文化功労者、京都大学名誉教授。まんさく・まず咲くからとも言われています。黄の糸の集まりのような花です。兜太夫人の亡き皆子さんがとても好きな花でした。皆子夫人は、野山の花に詳しく私たちは密かに ゛歩くディクショナリ゛と言ってました。

まんさく咲きしか想いは簡単になる    金子皆子



人気の投稿