2016年12月2日

「兜太句を味わう」河の歯ゆく朝から跪まで河の歯ゆく




河の歯ゆく朝から跪まで河の歯ゆく    金子兜太 (句集・狡童)

 冬の北海道に数日の旅をして、この日は、札幌市内のレストランで遅い昼食をとっていた。一人旅の気やすさもあって、窓のむこうをながれる豊平川の川面をながめながら、ゆっくり食べていた。

 豊平川は広い。しかも石狩川にそそぐ、と思うと、川でなく河と書きたい大きさがさらにひろがるのだが、風が吹いていて、その河面には荒れ気味の無数の河波が立っていた。ときどき白い波がしらがのぞき、それがつぎつぎに重なってながれてゆく。河波を河の歯だとおもう。

 わたしは若いころから食べものをゆっくりかむくせがあって。したがって食事時間が長い。「早飯早ぐそ早草鞋」が男子の心がまえのようにいわれていた時代に育ったわけだが、この三つともわたしには実行できなかった。
しかられてもどうしても食事時間を短縮できない。トイレの滞在時間を縮めることは、生理的に納得できない。旅立ちの支度を急ごうと思えば思うほど指先が動かない。

 しかし、わたしが現在健康でいられる一囚に、この遅さがあると、ここにきていよいよ確信しているしだいである。 いま、水をえた魚のように、わたしの食事はゆっくりながれている。ガラス越しの河の歯はぞくぞくとながれて絶えることはない。朝から晩まで絶え間なく、とおもえば、河波をいのちあるものと痛感し、無常の感なしとせず。

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