2016年2月16日

句集 「火蛾」 藤野 武

著者略歴
藤野 武(ふじの・たけし)
1947年 東京都五日市(  あきる野市)生まれ
1984年 「海程」入会、金子兜太に師事
1999年 「遊牧」創刊に参加
1990年 海程新人賞受賞
1992年 第三八回角川俳句賞受賞
2008年 海程賞受賞

現在「海程」「遊牧」同人、現代俳句協会会員
句集『気流』、合同句集『海程新鋭集I』 

 帯
  この二十余年の間には、公私ともに様々な出来事があった。これら日常・非日常のあれこれが私の俳句の拠りどころである。
 母や義母、弟や義兄たちが逝き、無二の友や俳句の友人・先輩たちとの別れもあった。これら亡くなられた方々(すでに八二年に亡くなっている父も含め了の鎮魂がこの句集の中心的なモチーフの一つなのだ(そして彼らは、私の俳句の中に今も時々、優しき相貌で立ち現われてくれる)。
 私の退職、娘の結婚、二人の孫の誕生もあった。老いがいやおうなく、ざわざわと訪れてきている。



 そして、二〇一一年の東日本大震災。この震災では、妻の生まれ育った三陸地方も甚大な被害をこうむった。私か第二の故郷とも思う、美しい村々の壊滅的な姿を目の当たりにして、自然と人の営みに対する考え方は、大きく変わった。暴力的で圧倒的で、それでいて優しく豊かな自然。そして人間の慢心と暴走。あらためて自然も社会も大も移ろうもの、そして人間も自然の一部なのだ、と思い知らされた。おそらく私の俳句も深い部分で変わりつつある。自然と生きもの、そして生きることの意味を、自問自答しつづけること、それがこの句集のもう一つのモチーフでありテーマであると言える。
 さらに今、世の中のきな臭さ。このことにもまた、決して無関心ではいられない。
 この句集は結局、こうした日々の、人々の営みの、光や影を、掌で掬いヒげ
た、慎ましきいのちの軌跡なのだ。

  二〇一五年 秋           藤野 武

自選15句
盆踊り山背に噎せる牛と人

遠雷や野の重心のうつりゆく

瓜食む音逆縁といい真白といい

鮎を突く水底優しき光を突く

風に鴎の白きバランス老いゆく秋

秩父巡礼この星にすみれ草という星

霧涌き地粉をこねるときにかな

襟足を剃る雪形(ゆきがた)は消えつつあり

夜振火よほんとうに皆いなくなる

静かな湾の遠花火地は記憶せり

花のように野火燃ゆる考古学少年に

百足虫梁にたましいも老いたるか

榠樝実る木屑のように時はこぼれ

燧石の火は生(あ)れて消ゆ上り鮎


日に陰に
初潮の子冬田に光の破片破片
朱欒割るどこか臨終のゆわらかさ
冬の集落眼窩のごとき窓いくつ
椅子の形に思いは曲がる春の雲
 三陸に生まれし義母逝く
ひゆうひゆうと逝く義母(はは) 足も手も枯れて
鮭遡上静かに土の泣くように
梅を椀ぐ光の中に潜りこみ
白鳥の在り夕ぐれの全重量

万緑の山
雛飾る火の匂いする妻の手よ
 兜太先生秩父音頭を踊る・「海程」40周年大会
師の踊る薄瑠璃色の春に酔えり
異種われら卵の殻のような顔で
死と言いてその単純な春の余韻
梟鳴く静かにみずならの発芽
 兜太師を仰ぎて
鬱然と秩父盆地の大ひまわり
蝉の声深ければ身の細りゆく
枯野駈け来し犬の鼓動が腕の中

白きバランス
ステテコさびし絶滅危惧種たり我ら
  母逝きぬ
浅漬けの白菜母の形見分け
  弟・幹夫逝く
桑苺一番笑っているのは遺影
大綿虫顔乗せて舟下りゆく
豆叩く母よ光を繰るように
榛の花泡だつものを老いという
香香強飯(こうここわめし) 霧の早さで暮らしおり
コンビニの白宙づりの言葉たち

静かな湾
 2011年3月11日 東日本大震災
死者の沈黙るいるいとぼうぼうとあり風花
木々よ芽吹け津波にのみこまれた空へ
人は故郷へ鮎は瀬に白き腹を
セシウム降り積み母は葱畑に小さし
冬の街に夥しき角(かど) というものがあり
冬海美し死にし人は数字ではない
福島に生きる畦塗る祖(おや) を塗る
盆唄や青鹿(あおしし) の息満つる谷

火蛾
消えし町まつすぐに曳く春の航
あすか美し嬰のひたいの汗疹など
火蛾舞いぬ百秒前を欲るように
生煮えの老境半睡の山法師
追憶の何処かに痛み冬桜
油膜のごとき福島顔無き冬はゆき
遍路老い陽の表層を漂いぬ

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