2016年2月14日

兜太句を味わう 髭のびててっぺん薄き自然かな

 



  髭のびててっぺん薄き自然かな       兜太

 頭髪が薄くなりはじめたのは四十代の初めごろだった。「十月の木の葉髪」というように、陰暦十月(初冬)には、木の葉と同じように髪の毛もよく抜け落ちるといわれている。

初めは、これだろうとおもっていたのだが、正月を越し寒の内になっても止まらない。寒さがひとしおこたえて、「頭寒足熱」などとしゃれているひまはない。
そうこうしているうちに、ついに、額から頭のてっぺんまで禿げあがり、まわりに毛を残すだけの〈総退却型〉が完成してしまったのである。

 気付くと、こころなしか髭のほうが濃くなっていた。頭髪が薄くなり、髭が濃くなる。これが自然というものだと、やがて自分で納得するまでには少し時間がかかったのだが、この思い入れにかなりの満足感があったことも事実である。

この句ができて、知り合いの和尚に見せたところ、かれはこういう。人間の体全体の毛の数は減らない。頭で減った分だけ、どこかでふえているはずで、髭もその現れだが、髭ていどでは足りないから、わきの下とか下腹部で増加しているはずだ、と。

なぜ減らないのか、と尋ねると、人間は猿より毛が三本多い動物である。だから、うっかり減ってしまったら猿になっちまうぜ、とうそぶくのである。真偽不明ながら、他がふえたことは間違いなさそうだ。

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