2015年12月12日

兜太の語る俳人たち 『井上井月』

映画『ほかいびと 伊那の井月(せいげつ)』予告編

舞踊家のが主演、井月になりきっていて素晴らしかったです

 長岡市の金峯神社に井上井月の句碑が建ったので、そこを訪れる。ほかにも数基建てられたのだが、この句碑の句は、

  行暮し越路や榾の遠明り
で、越後望郷の作だった。後ろに欅の大樹があって、これも冬紅葉。さかんに葉を散らせていた。井月は南信伊那の山峡を約30年間、俳諧とともに歩き廻って野垂れ死にした人物である。死んだのが明治20(1887)年、66歳といわれているから、伊那入りは安政年間だったろう。明治維新までたったの10年と迫っていた時代で、私の頭には安政の大獄と30歳の吉田松陰の刑死が浮かぶ。

井月は長岡藩士だった(明証はないが書簡などから推定できる)。そのことが理由となって、井月の句碑を長岡に建てたいという運動となり、ついに実現したのである。

それにしても、なぜ藩を出たのか。俳諧と酒に明け暮れつつ、家をもたないで歩き廻っている、放浪としかいいようのない生きざまをなぜ選んだのか。そしてなぜ伊那の地を選んだのか。そのあたりは謎の部分で、すぐれた郷土史家、研究者もいるのだが、まだまだ推測の域を出ない。

 私は、井月が西行と芭蕉の忌日に句をつくっていて、それ以外の人の忌日の句がないことに気づいてから、一つの推察を組み立ててきた。
 西行忌の句。
  今日ばかり花も時雨れよ西行忌
 芭蕉忌の句二つ。
  我道の神とも拝め翁の日
  明日知らぬ小春日和や翁の日

兜太のエッセー「俳諧有情・時雨」

1992刊 創拓社 1300円
俳句ごよみ
・随想「春」俳諧有情――春の月、虱、餅草、蜂たち、猫の恋、初午、冴え返、春北風 花粉症、春の湾、青い山
・随想「夏」虹、葭切、祭り、青葉潮、泰山木の花、蛍、父の日、鰻めし、俳諧有情――夕顔
・随想「秋」秋和り、星月夜、夜長、終戦日、流星、梨、曼珠沙華、酸漿、高きに登る
・随想「冬」俳諧有情――時雨、冬紅葉、冬至と大晦日の食べもの、忘年、日記買う、恵方詣初泣き、ラクビー、河豚、雪
随想「雑」借金昔話、顔、殴る、感じる、似ている、海暮らしの日々、死から生
・兜太のすべて
   

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