第12句集 『両神』 金子兜太
『両神』立風書房 平成平成7年12月刊 2,700円
句は芸林21世紀俳句文庫「金子兜太」より掲載
心臓に麦の青さが徐徐に徐徐に
梅雨の家老女を赤松が照らす
赤城山麓大胡(三句)
大前田英五郎の村黄落す
紅葉原野やつて来ました大村屋
鴨渡る昔侠客いまは石
少年二人とかりん六個は偶然なり (かりんの漢字無)
小鳥来る全力疾走の小鳥も
自我ぐずぐずとありき晩秋のひかり
青き馬倒れていたる師走かな
毛越寺(もうつうじ)飯(いい)に蝿くる嬉しさよ
酒止めようかどの本能と遊ぼうか
物足りてこころうろつく雑煮かな
気力確かにわれ死に得るやブナ若葉 (ブナの漢字無)
愚陀仏庵
二階に漱石一階に子規秋の蜂
長生きの朧のなかの眼玉かな
蛇来たるかなりのスピードであった
夏落葉有髪(うはつ)も禿頭もゆくよ
飯食えば蛇来て穴に入りにけり
両神山は補陀落初日沈むところ
城(五句)
春の城姫蜂落ちて水の音
夏の城魂はいつも鈍く
秋の城武は小心の極みなりき
冬の城文は自己遁辞なりけり
昼の城生きながらえてやがて離散
青春が晩年の子規芥子坊主
樹下の犀疾走も衝突も御免だ
花合歓は粥(しゅく)栗束は飯(はん)のごとし
春落日しかし日暮れを急がない
霧の寺廟に転ぶさくらんぼ
四川省の旅(四句)
桂花咲き月の匂いの成都あり
月よ見えね青蒼の山河確(しか)とあれど
靄の奥に月あり心象光満つ
燕帰るわたしも帰る並(な)みの家