2015年6月28日

金子兜太の句を味わう「毛越寺飯に蠅くる嬉しさよ」

毛越寺飯に蠅くる嬉しさよ      金子兜太

もうつうじ いいにはえくる うれしさよ

 毛越寺は、いうまでもなく岩手県平泉町にある古刹で、開山はいまから千百年ほど前。同じ平泉にあって、芭蕉『おくのほそ道』でも十分に知られる中尊寺をしのぐ規模だったと伝えられている。

 境内には、平安期の作庭様式を残す広大な庭園があり、芭蕉が平泉は高館でつくった「夏草や兵どもが夢の跡」の句碑があって、これは真筆といわれている。
芭蕉が平泉を訪れたのは、いまの六月(旧暦五月)。梅雨のさなかだったが、「天気明」と随行の曾良は日記に書いている。

 わたしがこの寺で開かれた俳句大会に出席した日も梅雨半ばだったが、やはり晴れていた。わたしは、自分を晴れ男と自認しているので、旅が晴れると、それだけで満足感がある。ましてや、みちのくの古刹の、青葉越しの陬ざしのなかの座敷にいて、ゆっくりと昼ごはんをいただいているときの充実感はなんともいえない。そこにかなり大きい蠅が一匹、元気よくとんできたのである。来たな来たなという嬉しさで、それを見ていた。

 その嬉しさは、日ごろ愛好している小林一茶の句「人一人蠅も一ツ家大座敷」を呼び出して、同じように緑濃い北信濃の寺にわたしを連れていってくれた。ただし、わたしはもっぱら蝿が来たことへの嬉しさにとらわれていたわけで、一茶のように一人を噛みしめていたのではない。


毛越寺

 毛越寺は慈覚大師円仁が開山し、藤原氏二代基衡(もとひら)から三代秀衡(ひでひら)の時代に多くの伽藍が造営されました。往時には堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれています。
奥州藤原氏滅亡後、度重なる災禍に遭いすべての建物が焼失したが、現在大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されており、国の特別史跡・特別名勝の二重の指定を受けています。

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